2011924
各専門家のコメントは、その時点の情報に基づいています。
SMCで扱うトピックには、科学的な論争が継続中の問題も含まれます。
新規データの発表や議論の推移によって、専門家の意見が変化することもありえます。
記事の引用は自由ですが、末尾の注意書きもご覧下さい。

専門家コメント

PETを用いた分子標的薬の効果測定について

Ver.1.1 (110902-17:28)

・これは、2011年8月12日にジャーナリスト向けに発行したホット・トピックです。

・記事の引用は自由ですが、末尾の注意書きもご覧下さい。

<SMC発サイエンス・アラート>

PETを用いた分子標的薬の効果測定について :専門家コメント

「ポジトロン断層法(PET)」の応用について、最新の情報をお届けします。
 がん検診に用いられていたPET(ポジトロン断層法)を、新規開発の分子標的薬の効果を測るのにも用いた結果、これまでは効果なしとされていた症例でも、実は薬が効いていたことがわかりました(大阪大学 畑澤順教授のコメント)。
 医療用の放射線を使った画像診断は、同時に被曝による発がんのデメリットも指摘されていますが、今回は、PETとCTを組み合わせた新しい画像診断装置「PET-CT」と、PET応用の可能性についてのコメント(慶応義塾大学 村上康二教授)を紹介します。
 PETや放射線を用いた検査については、引き続きお届けする予定です。

【SMCより:添付ファイルの画像について】今回は新しい試みとして、画像を添付致しました。専門家コメントと同じく、この画像は報道内で自由に使って頂いて結構です。クレジットは「提供:□□大学○○教授」のように、それぞれのコメントをお寄せ頂いた先生の名前でお願いいたします。
また、画像は圧縮してあります。より高解像度の画像が必要な場合、SMCまでお問い合わせ下さい。

畑澤 順(はたざわ・じゅん)教授

大阪大学大学院 医学研究科

 “がん”の治療薬の開発、治療効果の評価にPETが役立っている。大阪大学では新規に開発された分子標的医薬品の効果を“早期に確実に”診断するためにPETを用いてきた。消化管間質腫瘍は20代成人に好発する悪性度腫瘍で、診断されてからの余命は平均3ヶ月、外科的切除も化学療法も放射線治療も効果がなかった。大阪大学の北村幸彦教授らはこの腫瘍の原因が特定の遺伝子の突然変異であることを発見し、同様のメカニズムで発病する慢性骨髄性白血病の分子標的治療薬イマチニブが消化管間質腫瘍にも効果があるかもしれないと考えた。すぐに阪大病院で医師主導型の臨床試験が始まった。

 治療前のCTには肝臓内に転移した腫瘍が写っている(図1:添付ファイルFig.3,不規則な黒い部分)。イマチニブ投与後のCTでは腫瘍がさらに大きくなり、形態からは「効果なし」と判断された。一方、PETで腫瘍のブドウ糖代謝をみると、イマチニブ投与後には異常に亢進していた悪性腫瘍の代謝が著しく低下しており、「効果あり」と考えられた。PET検査の結果を重視し、イマチニブの投与を継続したところ、数週間後にはCTでも腫瘍が縮小しはじめた。臨床試験の結果を踏まえ、厚生労働省はただちにイマチニブの保険適応を拡大した。イマチニブは、消化管間質腫瘍の標準治療薬として、全世界で用いられている。

 新しい抗がん剤による治療効果がPET画像で見えるようになると、治療を受けた患者さんも医療スタッフも大きな希望を持って治療を続けることができる。治療前のPET検査では(図2:添付ファイルFig.4)、全身に分布した腫瘍細胞(悪性リンパ腫)が黒く写っている。抗がん剤治療後には腫瘍細胞が消失している。患者さんはこの後数ヶ月に一度PET検査を受け、再発していないかを確認する(図3:添付ファイルFig.5)。

 “発がん”の分子レベルの異常を標的にした新しい抗がん剤が数多く開発され、PETを用いて安全性、有効性の検証が行われている。PET悪性腫瘍診断は1980年代に日本から世界に発信した技術が発展したものである。PETを利用して有効な治療薬を開発する、治療効果を評価する、再発がないかどうかを定期的に調べる、再発していたら直ちに抗がん剤治療や放射線治療を行う。いまや“がん”は、治療を続け消長をPETで見ながら長くつきあう疾患になりつつある。

 悪性リンパ腫の治療効果判定にCTやMRIよりもPET検査が格段に有効であることは、2011年6月米国サンアントニオで開催されたSociety of Nuclear Medicine第58回年次総会で発表しました。」

 

村上 康二(むらかみ・こうじ)教授

慶應義塾大学医学部 放射線診断科核医学部門

「通常の画像診断法、たとえば超音波検査、CT、MRIなどが主として「がんの形」を診断するのに対して、PETは腫瘍の “ブドウ糖摂取量の多寡”、つまり「がんの活動性」を診断します。ブドウ糖の摂取量から腫瘍の悪性度や増殖能の予測などが可能であり、これは従来の画像診断では得られない情報でした。今後はがんの化学療法の効果判定にも有用性が期待されています。

 ところで、最近はPET専用機に変わってPET-CT装置が普及しています。PET-CTとはPETとCTが一体型になった画像診断装置です。もちろんPETだけでも十分に診断が可能ですが、PETだけでは空間分解能が悪く、病変の位置を明確に特定できないという欠点があります。そこでCTを同時に撮影し、PETとCTを合わせて診断能の高い検査を可能としたのがPET-CTです(図1)。PET-CTは1回で全身の検査が出来るので、さまざまな臓器への転移や再発病変の検出に有効です。

 さらにCTとPETを組み合わせて病変の位置と解剖構造を3次元的に画像化することも可能になりました(図2)。このような画像は病気を診断するというよりも、手術のさいに人体の「地図」の役割を果たす、いわゆる Navigation image としての役割をはたすものと言えます。

 最近の手術は少しでも皮膚の傷口を小さくする内視鏡手術が頻繁に行われていますが、そのときには狭い視野でも安全に手術を行えるよう、このような画像が大いに役立つものと期待されています。

 ところで、現在のPETは「FDG」という糖代謝を調べる薬剤が主に使用されていますが、今後はアミノ酸代謝や核酸代謝を調べる薬剤などが開発され、臨床に応用されるかもしれません。

 さらにアミロイドという蛋白に親和性を持つ薬剤を使用すると認知症の早期診断に役立つ事が知られています。現在はこの新薬は治験中であり、まだ本邦で使用することはできませんが、将来的にPETは腫瘍以外の分野においてもさまざまな分野で臨床応用されるでしょう。

 今は原発事故の影響もあり、放射線というと「怖い」印象が強いようですが、以上のように放射線はPETをはじめとして、医療にはさまざまな形で役に立っています。放射線検査には必ず専門家が立ち会っているので、あまり過敏にならずに検査を受診して頂きたいと思います。」

 

【図1】
a:CTだけでは矢印の病変を指摘することは困難である。
b:PETでは異常所見は明瞭であるが、場所が分からない。
c:PET-CTでは両者の融合画像が得られ、診断能が非常に高い。

 


【図2】
大腸癌のPET-CT。CTによる解剖とPETによる大腸癌の画像を3次元的に構築している。

 

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