糸長浩司教授

【寄稿】原発被災地の苦悩と再生ガバナンスの構築について:糸長浩司教授

2011年6月11日

Ver.1.0 (110603-16:00)

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 飯館村で環境配慮型の村作りを長年支援してきた糸長教授から 放射線被害で村民が離村を余儀なくされた飯館村の再生についての提言です。

糸長浩司(いとなが・こうじ)教授

日本大学生物資源科学部

 私は20年ぐらい飯館村で環境配慮型の村づくりを手伝いしてきました。飯館村は7割以上が山、つまり里山です。かつては炭を焼いていたりして、一部切り開いて牧草地にしてきました。飯館村の放射能の問題は農地や水田だけの問題ではなく、里山の土の問題です。これが、もし一面アスファルトの場所であれば、水で流してしまえば海は汚れるかもしれないが土地はきれいになります。しかし、こういう場所では、落ちてきた放射性物質は、土や落ち葉にはりついてます。

 今、国や農林水産省は、里山や林の話を全然出しません。しかし、山が荒れれば、当然、川が荒れ海が荒れるという状況があるので、山をどうするかについて考えないといけません。放射性物質のうちセシウムは、菌類(キノコ類)がよく吸着するといわれています。チェルノブイリでもキノコによる人体の内部被曝が指摘されました。

 かつ、飯館村周辺のような複雑な地形では、降ったものが下に流れていき、窪地、湿地に問題が出てきます。 これらは、放射能生態学とでもいうべき研究を深め、きちんと考えていかなくてはならない問題です。

●原発災害が起きるまでの飯館村

 飯館村の村づくりは、基本的には手づくり型でいきましょうということでやってきました。人口6200人で、20の集落、コミュニティがあります。コミュニティごとに自治会があって、お祭りなど地域づくりをしてきました。15年ほど前に、各々の集落で、計画策定委員会を住民参加で作っていただき、それに対し行政が各地区毎に、10年間で1000万の補助金を出して、自分たちで行動していきましょうということをやってきました。集落の活動事例では、住民の高齢化率も高いですが、老人が協力して炭焼きをやり、山菜を売る集落の茅葺きの直売所を若者と共同して造ったりしています。10年目標で実施し、現在はその次の総合計画でも同様に住民参加で進め、今年5年目に入ったところでした。

 東北弁に「までい」という言葉があります。「じっくり、ゆっくり、丁寧に」という意味です。飯館村は、この「までい」の精神で、市町村合併でも合併せず、自立していこうということしてきた村です。2009年度の環境省の100%補助事業のモデルエコ住宅で、全国20箇所の一つに選ばれて造った「までいな暮らし普及センター」は、今回の震災ではほとんど傷まず、暖かくて、今回の地震では快適な避難所として評価されました。石油に頼らない自然エネルギープランを作り、里山からとれる木をチップした木質エネルギー活用のチップボイラーを使っていこうと、日本で最初のデンマークのチップボイラーを老人ホームで導入しました。今回の地震でも、老人ホームはチップボイラーなのでエネルギー系にしては大丈夫と言っているが、燃料の森が放射能で汚染されてしまったので、これからどうすればいいのでしょう。

●取り残された飯館村

 震災が起きてから最初は、南相馬の人たちが逃げてきたのを引受けて、公共施設で避難民の対応をしてきました。しかし、ここでも危ないということで避難民はもっと西に逃げて、村の人たちは取り残されました。この時の避難者対応では、放射能雨や雪で村民は内部被曝している可能性が高いです。国の情報開示の遅れがこの重大な問題を起こしました。

 その時に、我々は村役場に対して、村の南部に住んでいる人達の集団避難を要請し、実現はしましたが。その後、村には1次産業もそうだが、2次産業も含めた工場が沢山あり、徐々に人が戻ってきている状況です。  国の原発事故対応施策が、チェルノブイリのような状況になるということを想定していなかったので、飯舘村のような所にどう指示をしていいかわからず、右往左往し、その結果、汚染の酷い飯舘村が被曝と困惑の中に放置されていました。

●放射線量の測定

 一番の問題が、データを周知して皆で考えるということがなかったことです。20キロ、30キロという圏域という机上のものだけでやっている。実際は放射能汚染のモニタリングをやっていたのですから、それに合わせた被災対応管理をしていくべきだが、それができていない。これは、人災と考えざるを得ません。  役場の前に測定機があり、役場では毎日測っていて、我々もデータをもらっていました。数値が段々下がってきているので、地元の人たちは「下がってきているから安心」と言っていました。しかし、我々はセシウムの話を聞いていたので、「そろそろ安定してきてしまっているのでヤバいのではないか」と思っていました。問題は空気中の放射線量ではなく、土壌の放射線量です。 積算放射線量の問題もありました。国は緊急的な被爆量の事だけで、積算(被ばく量)については一切基準を言いませんでした。 我々は、村を介して県や国の安全委員会に対して「30キロ圏内という線引きにこだわらず汚染状況に応じたきめ細かい対応をしてほしい」、「土壌検査の結果を公開して欲しい」という要望を出しました。

*使用済み核燃料は、水がない状態では臨界にならないでしょう

●100年の心構えで村の再生を

 我々は自然とともに問題に対処せざるをえません。自然に対しては、長期的に「しなやかに付き合っていく」ということを考えます。 原発は人災なので、対応の仕方が全く違うでしょう。避難や対応の遅れや失敗は、人災です。原発の被害者は次の世代あるいは次の次の世代であって、60歳過ぎたお年寄りではありません。今の1歳や子供たちが一番ダメージを受けています。これを早めにクリアすることが最も重要です。 次のテーマとして、空間・環境復興のデザインを考えていかなければなりません。それから、経済・社会復興再生デザイン。これまでの非常に経済至上主義的な仕組みをもう一度見直す必要があります。「幸せの経済学」というものがありますが、復興は、地域や風土を尊重しながら、かつ、自然は敵ではないので、自然とともに再起を改めて考えなくてはなりません。

 今回つくづく感じたのは、農村の人たちが行政のトップのリーダーシップに頼るのは当然のことだが、その限界も見えてきたことです。農業には国からの補償があります。農村は、これまで、そういう縦型の民主主義の仕組みでやってきました。それに欠けていたのは、皆で周知して作り直し対応していくこと。そのためには皆で勉強しなければいけない。住民参加、協働のガバナンス(協治)を本当に考えていかなければならないということです。国がやっている有識者を集めて構想会議というレベルの話ではありません。もっと現場の人たちが集まって考えて復興事業、避難事業計画を出さないと復興に向かっていかないわけです。 災害の再生ガバナンスは、全体の協議会的なものを立ち上げて、モニタリングに関する研究・方法、避難先の確保、放射能教育などを行う。あとは、汚染された土壌をいかに修復するか、近々にやらなければいけないことがあるし、長期的なスパンでやらなければならないこともあります。ファイトリミディエーション的なことも当然やっていかなければならない。これを非常に被爆量の高い場所でやらなければいけないのでは、二次被爆を避ける方法も考えなければなりません。 村に当面住めないとすれば、新たな村をどう作るかということも考えねばなりません。

 村は何千年生きてきました。森を育てるのは100年かかる。放射能はセシウム半減期が30年です。呑気かもしれないが、村を作り直すのも100年くらいの構えでいかないといけません。

 

 

 

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