Horizon Scanning 2025-#30 「ゲノムデータプライバシーにおける新たな所有者ガバナンスシステムの提案」、「海洋温暖化、地球の酸素の20%を生成する海洋の細菌を脅かす」 等

2025年9月12日

Horizon Scanningでは、これから議論になることが予想される科学技術のトピックに関して、(1)海外SMCからの情報、(2)学術出版社や研究機関からの情報をお送りします。

掲載日: 2025年9月10日 | 掲載誌: Cell Reports Methods

ゲノムデータプライバシーにおける新たな所有者ガバナンスシステムの提案

ゲノムデータの管理におけるプライバシー保護と利用者の主体的なコントロールを両立させる新システム「Governome」を提案。近年のシーケンス技術の進歩により、個人が自らのゲノム情報へ容易にアクセスできるようになったが、既存のデータ管理体制は不十分であり、プライバシー侵害やデータ共有の制限、研究の停滞を招いているとのこと。Governomeはブロックチェーンを用いて取引や権限を管理し、利用者にリアルタイムでのアクセス制御と使用状況の透明化が可能となるという。また、準同型暗号やゼロ知識証明を活用し、データのライフサイクル全体で暗号化と検証可能性を維持したまま解析を可能にする。実装試験では、個別変異の照会、コホート研究、GWAS解析、法医学的利用を1,000 Genomes Projectの2,504ゲノムで実証し、堅牢性と拡張性を確認したとのこと。

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掲載日: 2025年9月11日 | 掲載誌: Nature

小惑星リュウグウの岩石は氷を十億年保持していた

【概要】
東京大学らの研究チームは、はやぶさ2がリュウグウから持ち帰った岩石試料のルテシウム-ハフニウム同位体を分析することにより、炭素質小惑星の誕生から 10 億年以上後に、氷が溶けて水が流れ出たことを明らかにした。小惑星は、惑星に比べて遥かに早く冷えるため、液体の水を 10 億年も持ち続けることは一般に極めて困難であり、本研究で明らかになった 10 億年以上遅れて起きた水の活動は、リュウグウ母天体を破壊したような天体衝突が起きた際、一時的に温度が上がり液体の水がつくられた結果と考えられる。また、10億年以上後の水の流出は、リュウグウ母天体の炭素質小惑星に別の天体が衝突した際、小惑星内部に含まれていた氷が溶けたことで起きたと研究グループは推察している。本研究成果は、地球の材料となった炭素質小惑星が、含水鉱物に加えて、氷として水を含んでいたこと、そしてこの水の総量は従来推定値の 2~3 倍になることを示唆する。論文は9月11日、Nature誌に掲載される。

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掲載日: 2025年9月10日 | 掲載誌: BMJ Mental Health

認知症発症リスクは併存する精神疾患の数と強く関連

BMJ Mental Healthに掲載される論文によると、認知症発症リスクは併存する精神疾患の数と強く関連しており、1つの精神疾患では2倍、4つ以上では11倍に上昇するとのこと。特に、気分障害と不安障害(mood + anxiety disorder)が併存する場合は上昇幅が大きかったとのこと。著者らは、認知症への影響は併存する精神疾患に特異的であり、認知症の早期警告(early warning)となり得ることを示唆しているという。分析したデータはBicêtre Hospital精神科(パリ)の臨床データベース。45歳以上で、2009年8月から2023年10月までに最も一般的な精神疾患(うつ病、不安障害、精神病、薬物濫用、パーソナリティ症、双極性障害)のいずれか1つ以上と診断された3688名の患者を対象に、認知症の発症リスクを測定。年齢、性別、心血管リスク因子を調整したとのこと。なお、因果関係はわかっていない。

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掲載日: 2025年9月9日 | 掲載誌: Nature Microbiology

海洋温暖化、地球の酸素の20%を生成する海洋の細菌を脅かす

Nature Microbiologyに掲載される論文によると、熱帯海域の温暖化が中程度から高度になると、地球の酸素の約5分の1を生成する原核緑藻(Prochlorococcus)という細菌の半数以上が死滅する可能性があるとのこと。研究チームは船舶で収集した10年分の実測データを使用し、海洋温暖化に伴う原核緑藻の変化を予測する。その結果、温暖化が「中程度」または「高度」の場合、2100年までにプロクロロコッカスが17%~51%減少する可能性が示された。地球の酸素供給に重大な影響を与えるとのこと。この微生物が想定以上に温暖化の影響を受けやすく、海面水温が28℃に達すると繁殖能力が急激に低下することが示唆されたという。研究チームは、耐熱性の希少株が存在する可能性はあるとも述べている。

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掲載日: 2025年9月9日 | 掲載誌: Nature Climate Change

気温上昇が砂糖摂取量の増加と関連する可能性(米国)

気候変動による気温上昇が米国における砂糖摂取量増加と関連する可能性が示された。2004~2019年の世帯購入データと気象データを解析した研究によれば、気温が12~30℃の範囲で1℃上昇するごとに、一人当たり1日約0.70グラムの砂糖摂取が増加していた。特にソーダやジュースなどの清涼飲料水、アイスクリームなどの冷菓による影響が大きく、所得や学歴の低い世帯で増加傾向が顕著だった。将来予測では、産業革命前比で5℃上昇する2095年までに、全国で一人当たり1日約3グラムの砂糖摂取増加が見込まれる。過剰な砂糖摂取は肥満や代謝性疾患のリスクを高めるため、社会的に不利な立場にある集団を中心に健康格差拡大が懸念される。著者らは、栄養・健康格差への対策や、気候変動に対応した食政策の重要性を強調している。

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掲載日: 2025年9月3日 | 掲載誌: PLOS One

重度のつわりや妊娠中の吐き気を経験した女性の90%が「もう妊娠したくない」と考える

オーストラリアの女性289人を対象とした調査によれば、妊娠中に重度のつわりや吐き気・嘔吐を経験した女性の50%が、日常生活の基本的な行動や社会生活に大きな影響があったと答えた。調査では、症状によって「しばしば」または「常に」抑うつや不安を感じたと答えた人が62%、妊娠中絶を考えた人が54%、そして再び子どもを持つことを考えなくなったと答えた人が90%にのぼった。また、症状に対して使用した薬についても調査が行われた。結果、使用される薬剤の種類は多岐にわたり、中には胎児へのリスクに関する相反するデータが存在する薬剤も含まれていることが分かった。この点から、研究者たちは、妊娠に伴う重度のつわりや吐き気といった症状を医師が適切に管理するためのより良い指針が必要であるだろうと述べている。

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掲載日: 2025年9月2日 | 掲載誌: Economic Inquiry

臨時雇用と人的資本への投資の保護:メジャーリーグの選手市場の分析

メジャーリーグベースボール(MLB)を対象に、臨時雇用と正規雇用で人的資本保護への投資が異なるかを検証したという。2009〜2017年の選手データを用いた固定効果回帰分析の結果、契約最終年など臨時的立場にある選手は、負傷による欠場試合数が平均で約5試合少ないことが判明した。これは、球団が長期契約選手には健康保護のため慎重な負傷管理を行う一方、臨時選手には投資インセンティブが弱く、また選手自身も契約獲得を優先して怪我を隠す可能性があるためと考えられる。結果は、非正規雇用者への人的資本投資が抑制されるという一般的な労働市場理論と整合的であり、スポーツの事例を通じて企業の雇用形態別投資行動を示すエビデンスであるとのこと。

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掲載日: 2025年9月6日 | SMC-UKが収集した専門家コメント

英国リフォームUK党大会におけるAseem Malhotra博士の演説に対する専門家コメント

【専門家コメント】

Anne Willis 教授(ケンブリッジ大学 MRC毒性学ユニットディレクター):
私の知る限り、ワクチン接種後にヒト細胞にどれだけのmRNA分子が取り込まれるかを示すデータは存在しません。さらに、重要なのは注入されるRNA分子の数ではなく、特定の濃度で細胞にどれだけのRNAが取り込まれるか、そしてmRNAの分解速度に対する曝露時間です。データは、ワクチン接種後のmRNAが筋肉、免疫細胞、肝臓など、様々な組織に分布していることを示しています。異なる種類の細胞間の取り込みは、一般的にかなり少なく、ばらつきがあります。mRNAワクチンは急速にターンオーバーされ、分解されます。RNAが細胞内に留まるのは最大で約4日間です。

平均的な細胞には約50万個のmRNA分子しか含まれておらず、細胞質は分子レベルですでに非常に混雑しているため、個々の細胞が「何百万」ものRNA分子を収容する余地はまったくありません。がんを引き起こすという主張を裏付ける、あるいはワクチンのmRNAが腫瘍抑制タンパク質に結合してその正常な機能を競合するということを示す信頼できるデータは存在しないと思います。

Penny Ward 教授(キングスカレッジロンドン 客員教授)
製薬業界の現従業員(あるいは元従業員)である私たちは、過去1世紀にわたり医療現場を変革してきた数多くの新薬、診断薬、医療機器の発明、開発、そして市場投入という私たちの仕事に対する、不当な非難や批判に慣れていかなければなりません。これらの製品を市場に出すには、対象となる疾患の治療に使用した場合、リスクを上回るベネフィットがあることが示されなければなりません。これらの製品の認可を担当する規制当局は、提供された科学的情報を評価する費用を企業に請求し、納税者が負担するこれらの機関の費用を相殺しています。さらに、規制当局は企業検査を実施し、提出された情報が正確かつ真実であることを確認しています。規制当局は、業界ではなく自国の政府に報告します。したがって、彼らの仕事に利益相反はありません。

医薬品は疾患の緩和にベネフィットをもたらす必要がありますが、それはリスクがないことを意味するものではありません。残念ながら、まれに、時には重篤な副作用が、服用している患者に悪影響を及ぼすことがあります。これはまた、市販されている薬剤のベネフィットとリスクが使用中に常に見直され、提供される情報が常に最新のものであるようにする理由でもあります。

今回のスピーチではCOVIDワクチンに関する科学的エビデンスについて独自の解釈を示しています。WHOは、参加国の政府、およびゲイツ財団を含む科学財団からの助成金や寄付によって財政的に支援されています。WHOは、グローバル・サウスの多くの資源に乏しい国々において、医療サービスの主要な提供者であり、WHOがなければ、医療にアクセスできない層はかなり多いでしょう。WHOの意思決定委員会は、WHOによって指名された専門家で構成されています。国民は自らの医療サービスを受け、政府から資金提供を受けています。これらの人々は、情報の質と助言が最高の倫理的・科学的基準を満たしていることを担保するという責任を非常に真剣に受け止めています。Reform UK国民の健康管理の責任を負うことになった場合、同様の対応をしてくれることを強く期待します。

Brian Ferguson 教授(ケンブリッジ大学ウイルス免疫学):
Aseem Malhotra氏の演説は、mRNAワクチンや医学研究に関する多くの誤った主張や物語、そして製薬業界に対する大げさな主張といった様相を呈している。そこには、すでに広く反証されている、よく使用されるワクチン反対論の常套句の繰り返しが見られる。例えば、この発言は、真実ではない:『ここ数年、製薬業界が数百万人の死とCOVIDワクチンに責任があることは、証拠から明らかである』。mRNAワクチンを含むCOVIDワクチンが数百万人の命を救ったことを証明する質の高い研究は数多く存在する。mRNAワクチンが害を及ぼした証拠は全く存在せず、そうした主張は精査に耐えられない。例えばMalhotra博士がスピーチで引用した『Vaccine』誌の論文は、手法も著しく欠陥だらけであったので、後にその結論を反証する複数の論文が発表された。しかし残念ながらこのi論文は撤回されず、Malhotra氏らはワクチン有害性に関する誤った結論を引用し続け、正反対の結果を示す質の高い研究の数々を無視している。

同様に、mRNAワクチンが癌を引き起こすという証拠も単純に真実ではない。例えば、「細胞内に侵入する数百万のmRNA分子が生化学的混乱を引き起こし、タンパク質代謝を妨げ、がん抑制遺伝子を阻害している」といった主張は、意味をなさない疑似科学に過ぎない。これらのワクチンががん抑制遺伝子を阻害したり、癌を引き起こすいかなるプロセス(生化学的その他の)を促進するという信頼できる証拠は存在しない。特に、この疑似科学をイギリス王室における不幸ながん事例と結びつけようとする試みは愚かであり、あらゆる若者の死をワクチン接種状況と関連付けようとした(が最終的には失敗した)「突然死(died suddenly)」という言葉のあやを彷彿とさせる。この種の荒唐無稽な陰謀論は、それを拡散する者自身の信頼性を損なうだけである。

【COI】
Prof. Anne Willis:UKRI-MRCとウェルカウトラストから資金提供あり。
Prof. Brian Ferguson: 特になし
Prof. Penny Ward:複数の製薬会社で勤務経験があり、現在は民間コンサルティング会社のオーナー兼取締役として、感染症、がん、自己免疫疾患の治療における新規医薬品、医療機器、診断法の開発についてクライアントにアドバイスを提供している。また、キングス・カレッジ・ロンドンの薬学医学客員教授であり、英国王立内科医協会薬学学部フェローでもある。
【コメント原文リンク】
https://www.sciencemediacentre.org/expert-reaction-to-claims-in-speech-made-by-dr-aseem-malhotra-at-the-reform-party-conference/

掲載日: 2025年9月4日 | 掲載誌: JAMA Network Open

性別違和(gender dysphoria)の診断後に法的に性別を変更した人のほぼ全員が、その性別を維持している

JAMA Network Openに掲載された論文で、研究者らは法的に性別を変更した人々(7,293人)が、変更後少なくとも10年間は元の性別に戻らない確率が98%であるとのこと。研究チームは、2013年から2023年にかけて性別違和の診断を受けた7,293人のスウェーデン国民登録データを分析した。その結果、診断を受けた人の約3分の1にあたる2,467人が研究期間中に法的に性別を変更し、そのうち性別変更を撤回したのはわずか21人(研究対象者の1%未満)だった。

論文リンク

掲載日:2025年9月 | 掲載誌: UNSW Media Release

体外受精で生まれる多様な家族形態

The University of New South Walesのメディアリリースで発表された新しい年間レポートによると、独身女性や女性同性カップル(​​female-female intended parents)がオーストラリアの体外受精(IVF)利用者の重要な割合を占めるようになったことがわかった(レポート著者の一人で、UNSW国立周産期疫学統計ユニット(NPESU)所長のGeorgina Chambers教授は、「体外受精は異性カップル不妊治療だけのものではない」と述べている。また、「医療補助生殖技術が必要な個人が、関係状態や性的指向に関わらず自らの家族を築く手段として、ますます活用されているのだ」とコメント。

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