Horizon Scanning 2025-#31「皮膚を引き伸ばすことによる、針なしでのワクチン接種への可能性」、「米国の援助削減により、今後5年間で結核による死者がさらに220万人増加する可能性 」

2025年9月19日

Horizon Scanningでは、これから議論になることが予想される科学技術のトピックに関して、(1)海外SMCからの情報、(2)学術出版社や研究機関からの情報をお送りします。

掲載日: 2025年09月18日 | 掲載誌: Cell Reports

皮膚を引き伸ばすことによる、針なしでのワクチン接種への可能性

Cell Reports に掲載された研究によると、皮膚を伸ばすことで免疫細胞が活性化し、大きな分子(ワクチン成分を含む)が皮膚に浸透しやすくなることが示された。研究チームは吸引圧を用いた装置でマウスとヒトの皮膚を20分間伸展させたところ、コラーゲン繊維が再配列し毛包が開いて、皮膚の透過性が一時的に高まった。さらに24時間後には皮膚内の免疫細胞数が増加し、炎症関連遺伝子を含む1000以上の遺伝子の発現変化が確認された。この仕組みを利用して、インフルエンザワクチンを皮膚に塗布した結果、筋肉注射よりも高い抗体レベルが得られ、アジュバント(免疫増強剤)を加える必要もなかった。著者らは、この「皮膚伸展による免疫経路」が針を使わないワクチン投与法として有望であるとし、将来的には細胞治療や診断応用への可能性も示唆している。ただし多くの実験はマウスで行われたため、ヒトで同様の効果や副作用が生じるかは今後の研究課題であるとのこと。

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掲載日: 9月10日 | 掲載誌: PLOS Global Public Health

米国の援助削減により、今後5年間で結核による死者がさらに220万人増加する可能性

米国による最近の対外援助の削減は、結核に対する世界的な保健プログラムに影響を与えており、今後5年間で新たに最大220万人が命を落とす可能性があることが新たな研究で明らかになった。2024年、米国は結核対策プログラムに対する外部資金の55%以上を拠出している。研究チームは、この資金削減により、結核の負担が大きく、対策を外国からの支援に頼っている26か国で、今後どのような事態が生じうるかをモデル化した。最悪のシナリオでは、結核対策に関する保健医療サービスの低下が長期化した場合、2025年から2030年の間に、新たに約1,067万件の結核症例と220万人の死亡が発生すると予測された。一方、最良のシナリオでは、このサービスが3か月以内に回復した場合、追加の症例は約63万件、死者数はおよそ10万人に抑えられると見込まれている。

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掲載日: 9月11日 | 掲載誌: PLOS Medicine

機械学習による自殺リスク予測、現時点では実用に耐えず

医療現場では長年にわたり、自傷や自殺のリスクが高い人を正確に予測することが課題となってきた。オーストラリアの研究によると、機械学習を用いた新しい手法も、現時点ではこの問題の解決に有効とは言えないという。研究チームは、自殺および自傷を予測する機械学習アルゴリズムに関する過去53件の研究を収集し、分析を行った。対象となったのは、3,500万件を超える医療記録と、およそ25万件の自傷および自殺の事例である。その結果、アルゴリズムは多数のケースを見逃す傾向があり、一方で「高リスク」と判断された多くの患者は実際には自傷行為を行わないことが明らかになった。こうした理由から、これらの手法はメンタルヘルスのスクリーニングには十分に機能していないとされる。研究者たちは、自傷や自殺のリスクを予測すること自体が、たとえ機械学習を用いたとしても、限られたメンタルヘルス資源の配分を決める手段としては適切ではないと結論づけている。

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掲載日: 9月10日 | 掲載誌: Science Advances

DNAカセットによるデータ保存法の開発:専門家コメント

南方科技大らの研究チームは、人工DNAを用いてファイルを保存・管理できる「DNAカセット」を開発した。DNAは極めて高い情報密度と長期保存性を持ち、次世代ストレージとして注目されているが、データ保存にはDNA合成が必要で高コスト・時間を要し、読み出し時にDNAが損傷するなど運用面に課題がある。今回のカセットはポリエステル‐ナイロン膜製のテープにバーコードパターンを印刷し、明るい部分にDNA化したデータを保存し、暗い部分で区切りやアドレス指定を行う仕組みとなっている。研究チームは専用のカセットドライブ装置を作り、テープからの読み出しを実現した。この構成により、自動的なファイルアドレス指定、安全な保存、検索、読み出し、削除、再配置が可能になるとしている。ただし、保存速度やコストの面で実用化にはなお大きなハードルが残るとされる。論文は9月10日、Science Advances誌に掲載された。

Prof. Dr. Thomas Dandekar Leiter der Abteilung Bioinformatik, Julius-Maximilians-Universität Würzburg:
–研究の進展について
特にアドレス指定(データ検索)プロセスの改良が顕著です。従来の磁気テープのようにDNAバーコーディングを使って、一次・二次のアドレス指定を導入しました。一次では大まかな領域を絞り、二次では約2秒で目的ファイルを特定します。2400rpmで1秒あたり1570件という従来比10〜100倍の速度を達成しましたが、一般的なコンピュータよりは依然として非常に遅いです。
–DNAストレージの利点と課題
DNAは数千年単位で安定し、極めて高密度に情報を保存できますが、読み出しやアドレス指定が難しく、計算も極端に遅いのが欠点です。今回の研究は速度を10倍以上改善した重要な進歩ですが、さらなる改良が必要です。実用化は16年ほど先と見ています。
–他のストレージ候補
高密度ならガラス、グラフェン、ナノセルロース、新型半導体なども有望です。

Prof. Dr. Robert Grass Titularprofessor im Labor für Funktionsmaterialien, Departement für Chemie und Angewandte Biowissenschaften, Eidgenössische Technische Hochschule Zürich (ETHZ), Schweiz:
–研究の意義
DNAストレージと身近なカセット技術を融合させ、実用化に一歩近づけた点が魅力的です。
–利点と課題
DNAをカセット状に整列固定することで、従来の無秩序な状態よりも検索・読み出しが容易になりました。DNAは数百〜数千年も安定し、理論上1グラムで数百万TB保存可能ですが、DNA合成(書き込み)速度が非常に遅く高コストで、大容量保存には課題が残ります。一方、DNAを製品素材に埋め込むDNA-of-thingsや暗号用途など、小容量利用ならすでに可能です。

Dr. Uwe Vogel Leiter der Abteilung Mikrodisplays und Sensoren, Fraunhofer-Institut für Photonische Mikrosysteme, Dresden:
–研究の意義について
DNAベースのデータストレージを従来型のカセットテープ形式に実装するという発想は興味深いです。第一印象としては、より高い記録密度、長期保存性、理想的には低エネルギー消費が期待でき、既存のインフラも部分的には活用できる可能性があります。ただし本研究は、DNAでコード化したバンド基材の製造、外部で合成したDNAのバンド基材への塗布・カプセル化、それを読み出すための逆工程に焦点を当てています。
とはいえ、将来に向けてこの『DNAをテープで保存する』方式が有用かどうかは疑問です。なぜなら依然としてテープを物理的に動かす機構が必要であり、従来の磁気テープシステムとの機能的互換性も非常に限定的だからです。
–従来型ストレージと同等レベルにするために必要な研究
DNA合成そのものを、高密度かつハイスループットなプラットフォームで実現する必要があります。そのためには、X-on-Siliconのようなマイクロエレクトロニクス・マイクロシステム技術を用い、大量生産できる仕組みが有望です。さらなるスループットを得るには、マイクロ流体以外には可動部を持たない合成・保存システムが求められます。エラーのない、極小で配列を自由に設計できるDNA断片のハイスループット合成こそがボトルネックです。これが実現するまでにはまだ長い年月がかかると思われますが、その方向に向けた研究開発は進められています。
–代替となるストレージ技術
不揮発性メモリ(Non-Volatile Memory)では、CMOS(相補型金属酸化膜半導体)と統合可能な強誘電体などの新材料を用いた固体メモリの研究が進んでいます。

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掲載日: 2025年9月16日 | 掲載誌: Nature Materials

塩分を含む氷、通常の氷に比べて1000倍の電荷を生成

Nature Materials に掲載された研究によると、塩を含む氷は、力を加えて曲げると通常の氷の1000倍もの電荷を発生させることがわかった。これは「フレクソエレクトリック効果」と呼ばれる現象で、物質を曲げると電気が生じる仕組みを利用する。従来、純粋な氷では発生する電流が小さすぎ、実用化には至らなかった。研究チームは、塩分濃度を変えて水を凍らせたところ、塩分25%の氷で特に強い効果が確認され、電荷発生は純氷の1000倍、塩単体の100万倍に達した。この現象は、氷結晶の縁に形成された塩水が、曲げられた際に圧縮側から伸張側へ流れることで電荷が生じるためと考えられる。著者らは、この仕組みが低温環境での持続可能な発電やセンサー開発につながる可能性を指摘している。また、氷と塩が共存する自然環境、例えば氷河や木星の衛星エウロパ、土星の衛星エンケラドスなどの氷地質にも影響を及ぼす可能性があるとのこと。

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掲載日: 9月17日 | 掲載誌: Nature Communications

長期のCOVID-19、月経期間の長さ・重さ・出血量の増加に関連

Nature Communicationsに掲載された論文によると、新型コロナウイルス感染症の後遺症が長く残る人では月経期間がより長く重くなる傾向があり、また月経間での出血量も増加する傾向にあるとのこと。研究チームは英国で12,000人を調査し、長期に渡り症状が残るD患者から得られた結果を、急性COVIDから回復した人や、感染経験のない人と比較。また研究チームは、対象者を少なくした別の研究で、長期COVID症状が月経直前および月経中に悪化することも確認した。初期の知見から、こうした変化は子宮の炎症やホルモンバランスの乱れが原因である可能性が示唆されている。ただし本研究ではサンプルサイズが小さく参加者の大半が白人であったため、研究チームはより大規模で代表性を担保した研究が必要だと指摘しています。

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掲載日: 9月13日 | 掲載誌: JAMA Network Open

幼少期の孤独が認知症リスク増加と関連

JAMA Network Openに掲載された研究によると、子供時代の孤独(定義:自己申告により、17歳までに頻繁に孤独を感じ、親しい友人関係もなかったこと)が、成人期の早期の認知機能低下・高い認知症リスクと関連がある可能性があったとのこと。これまで、子供の頃の孤独と認知機能低下・認知症リスクとの長期的な関連は知られていなかった。この研究では子供時代と成人期の孤独について回答した13,000人以上の成人を対象に、記憶機能と認知症の状態を調査。その結果、この関連性は、成人期の孤独を経験していない参加者でも確認された。研究チームは、この結果は子供時代の孤独が独立したリスク要因である可能性を示唆しており、孤独予防を目的とした公衆衛生施策を幼少期から開始すべきだと述べてる。

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掲載日: 9月16日 | 掲載誌: PNAS

世界最古のミイラ製作の証拠が発見される

PNASに掲載された研究で、松村博文教授(札幌医科大学)・山形眞理子特任教授(立教大学)を含む国際研究チームは、1万年以上前に遡るミイラ製作の証拠を発見した。場所は、東南アジアと中国各地の遺跡における墓地。研究チームは、特殊な実験室技術を使用し、中国南部と東南アジア全域の11遺跡で発見された新石器時代以前の54の墓地の骨から、古代の燻煙・焼却痕を特定。一部は放射性炭素年代測定され、ベトナム北部の一例では1万4000年前と判明している。研究チームによると、古代中国や東南アジアの狩猟採集コミュニティでは、死体を折りたたんで縛り、煙の出る火の上に長時間吊るすことで死者を敬う習慣が一般的だったという。研究の共著者であるPeter Bellwood教授は、この「燻製法(smoke-dried)」によるミイラ化により、住居や洞窟、岩陰などの保護された場所で、死体を何年も公開できる状態に保てたと説明している。Bellwood教授はメディアリリースで、「この種の燻製乾燥は、現時点で世界中で確認されている意図的な遺体保存法の中で最古の事例です」と語った。

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