掲載日: 2025年9月24日 | 掲載誌: BMJ Evidence Based Medicine
アルコール摂取は少量でも認知症リスクを高める可能性
BMJ Evidence Based Medicine誌オンライン版に掲載される論文によると、アルコール摂取が少量でも認知症リスクを高める可能性あるとのこと。最近の見解では、脳の健康にとってアルコールの「最適な摂取(optimal dose)」が存在する可能性が示唆されているが、こうした研究では因果関係の推定が困難だった。そこで研究チームは、観察研究と遺伝学的研究を併せて実施したとのこと。観察分析では、2つの大規模データベース(米国退役軍人省のUS Million Veteran Program (MVP)・英国の UK Biobank)から56歳-72歳の合計559,559名を対象とした。アルコール摂取量と認知症リスクの間にU字型の相関性があったという。非飲酒者のリスクが、軽度飲酒者(週7杯未満)と比べて41%高い結果となった。また、ゲノムワイド関連解析(GWAS)を通じて遺伝的に予測される認知症リスクを評価。今度はアルコール摂取量と認知症の間にU字型の関連性は認められず、低アルコール摂取による保護効果も観察されず、飲酒量が増えるにつれて認知症リスクは着々と上昇していた。加えて研究チームは、認知症患者には典型的に認知症診断前の数年間でより少なく飲酒する傾向があるが、これも因果関係が逆である(認知機能の初期の低下が、飲酒量を減らしている)可能性があるとのこと。
【論文リンク】https://ebm.bmj.com/lookup/doi/10.1136/bmjebm2025-113913
【掲載誌】BMJ Evidence Based Medicine
【掲載日】2025年9月24日
掲載日: 2025年9月24日 | 掲載誌: Nature Communications
2100年までに世界的な深刻な水不足が発生する可能性を指摘
釜山国立大学らの研究グループは、大規模な気候モデルアンサンブルに基づいた確率論的手法で、人為的気候変動によるDZD(Day Zero Drough:デイ・ゼロ干ばつ;貯水池や水道などの水供給システムがほぼ枯渇し、日常生活に必要な水が確保できなくなるほど深刻な水不足)発生時期と確率を評価し、気候変動により2100年までに世界の干ばつ多発地域の約74%が極端なDZDに直面すると警告した。地中海、南部アフリカ、北米の一部では2020〜30年代に水不足ホットスポットが出現し、1.5℃上昇時でも約7億5300万人(都市部4.67億人)が影響を受ける可能性がある。さらにDZDの発生間隔が短縮し、回復前に次の干ばつが到来してリスクが増す懸念も示された。地下水の緩衝作用は考慮されていないが、著者らは統合的な水管理と予防的政策の整備が急務と提言している。論文は、9月24日, Nature Communicationsに掲載される。
【論文リンク】https://www.nature.com/articles/s41467-025-63793-5
【掲載誌】Nature Communications
【掲載日】2025年9月24日
掲載日: 2025年9月17日 | 掲載誌: Nature
人工知能の疾患リスク予測:専門家コメント
欧州分子生物学研究所(EMBL)の研究チームが中心となって開発した新しいAIモデル 「Delphi-2M」 により、個人や集団における1000以上の疾患リスクを予測し、最長20年先までの健康状態を予測できる可能性が示された。UKバイオバンクの40万人分の診療・生活習慣データで学習させ、デンマークの190万人分のデータで検証した結果、Delphi-2Mは単一疾患を対象とする従来モデルと同等以上の精度を示し、特に進行パターンが明確ながんや心筋梗塞、死亡で高精度だった。一方、精神疾患や妊娠合併症、希少疾患では精度が低く、UKバイオバンクに英国人や高齢者が過剰に代表されているためデータの偏りも考えられる。研究グループは臨床応用には時期尚早であり、血液データなどを追加して改良が必要と述べ、潜在力を認めつつ倫理的懸念への対応にも言及している。論文は9月17日、Natureに公開された。以下、専門家のコメントを紹介する。
【論文リンク】https://www.nature.com/articles/s41586-025-09529-3
【掲載誌】Nature
【掲載日】2025年9月17日
【専門家コメント】
Prof. Dr. Robert Ranisch Juniorprofessor für Medizinische Ethik mit Schwerpunkt auf Digitalisierung, Fakultät für Gesundheitswissenschaften, Universität Potsdam:
–倫理的懸念について
このモデルは、生成AIが健康研究において、将来的には医療提供においても持ちうる可能性を印象的に示しています。GPTモデルは言語だけでなく疾患経過までも予測できる点で非常に多用途で、研究にとってきわめて魅力的です。しかし同時にどのような用途に使われ、どんな結果をもたらすかはまだ未知であり、その影響は実際の運用を通して初めて明らかになるというリスクもあります。
バイアスや差別の可能性は、医療分野のどのAIモデルでも中心的な課題です。性別・出自・社会的地位などによって特定集団を過大・過小評価する危険性があります。数百もの疾患を一括して予測するモデルは可能性を広げる一方で、バイアスを増幅するリスクも持っています。
–患者への予測結果の伝え方
まず重要なのは、これはまだ未来の話であり、実際の医療応用までの道のりは長いということです。どれほど優れたモデルでもパターンを見出すにとどまり、未来を決定づけるものではないため、患者はこれを運命的な宣告として受け止めるべきではありません。あくまで予防や治療方針の参考指標と伝える必要があります。さらに重要なのは、こうしたモデルの使用が患者の意思決定の自由を狭めないことです。将来の健康だけに基づく治療方針に現在の自己決定を従属させてはなりません。たとえ形式上は強制でなくとも、予測された未来に合わせた行動を迫られる“心理的圧力”は残るでしょう。そのため「知らないままでいる権利(知ることを拒む権利)」も保障されるべきです。
–想定される利用対象と悪用リスク
Delphi-2Mのようなモデルをどう評価するかは、利用目的に大きく左右されます。たとえば社会的に不利な立場にある集団の医療格差を把握する『公正な集団予防』に役立つ可能性があります。しかし逆に、将来の健康に対する個人責任を強調し、“自己管理義務”を押しつける方向に傾く危険もあります。さらに懸念されるのは、保険会社や雇用主(特に国外)などが、こうしたAIモデルに過剰な期待を抱く恐れです。実際の予測精度ではなく、「正確に未来を計算できる」という幻想が独り歩きし、不当な不利益や差別につながる可能性があります。したがって医療制度のどこに、どのように組み込むかを非常に慎重に検討する必要があります。
–法的課題
これまで倫理や法制度は、健康か病気かという二元的な枠組みに依拠してきました。
しかしデジタル医療や予防医療ではグレーゾーンこそが重要です。AIは大量データから“将来病気になりそうな”パターンを抽出できるため、『健康な人が“まもなく病気”と分類されたらどうなるのか』『予測に大量の個人情報を使うとき、健康データをどう守るのか』といった問題が浮上します。こうした技術の倫理的・法的影響を私たちはまだ理解し始めたばかりです。
Prof. Dr. Julian Varghese Direktor des Instituts für Medical Data Science, Otto-von-Guericke-Universität Magdeburg:
–モデルの位置づけ
このモデルは、UKバイオバンクに登録された約40万人という非常に大規模な患者コホートを用いて学習されており、医療現場で重要とされる幅広い疾患をカバーしている点で特筆されます。
さらに、追加の微調整を行わずにデンマークの外部コホートで検証され、次の診断の予測や特定患者群での罹患率カーブのシミュレーションで比較的良好な結果を示しました。
ただし、個々の患者への臨床応用には結果の精度がまだ不十分であり、著者らもその用途は想定していないと明言しています。このモデルはむしろ、集団レベルで疾病負担を予測したり、さまざまなリスク因子の組み合わせによるシナリオをシミュレーションしたりして、医療計画や予防戦略をデータに基づいて支援する堅牢なアプローチといえます。もっとも、全ての疾患で性能が同じではありません。たとえば糖尿病ではHbA1c(過去2〜3か月の平均血糖値)という単純な指標の方が優れた予測性能を示します。また敗血症については、入院中にしか記録されないため、他の入院診断があるだけでリスクを過剰推定するという“符号化上のアーティファクト”が見られ、実際の医学的関連とは限らないと著者ら自身も指摘しています。さらに、希少疾患では症例数が少ないため予測の信頼性が低く、高齢者(80歳超)や死亡率の高い疾患(侵攻性の高いがんなど)もUKバイオバンクにほとんど含まれず、予測精度が不確かです。
–ドイツへの適用可能性
ドイツ・英国・デンマークは集団遺伝的背景や疾患パターンが類似しており、用いられる疾病分類(ICDコード)も共通性が高いため、基本的には高い移植可能性があります。
ただし実運用には、ドイツのICDコードやリスク因子(特に飲酒・喫煙)が国際的に統一されていないため、適切なマッピングと代表性あるドイツコホートでの再調整が必要です。
–想定される応用分野と限界
個々の患者のリスク判定として使うには、今回示された予測精度は十分ではありません(平均AUCは0.76)。また、1年後や5年後に肺がんを発症するかといった短期的予測精度の評価は行われていません。個別臨床応用を目指すには、実際の臨床試験やケア現場での検証により具体的な有用性を示す必要があります。さらにその際には、今回の研究では用いられていない血液検査データ・画像/生体信号データ・遺伝情報なども取り入れてモデルを開発・評価することが求められるでしょう。著者らも今回の研究では、個別臨床応用は目的としていないと明言しています。
PD Dr. Markus Herrmann Leiter des Bereichs KI-Ethik am Institut für Medizin- und Datenethik, Universität Heidelberg:
–個人単位での活用と重要な条件
個人に対する予測に使う場合は、特に慎重な配慮が必要です。臨床判断の“補助的手段”にとどめ、必ず医師の判断で補完されるべきであり、患者にはAI使用の有無とその意味を明確に説明する義務があります。診察の信頼関係の中で結果を文脈づけ、丁寧に話し合うことが不可欠です。とりわけ数値確率によるリスク説明は誤解されやすく、患者が正しく理解できない恐れがあります。また、運動や食習慣、遺伝などの生活要因はモデルに含まれておらず、予測には反映されていないことも強調すべきです(将来的には追加可能ですが)。 本人の同意なしに個人リスク評価結果を提示することは許されません。倫理的にも法的にも、人には「知らない権利(不知の権利)」があり、将来の病気に怯えて生きない権利があります。
–実用化へのハードル
懸念されるのは、Delphi-2Mが今後改良・検証されても臨床に導入されず、他の有望なAIモデルと同様に論文発表止まりになる可能性です。医療機器法に基づく認証には莫大な費用と時間がかかるうえ、研究者には法務・経営的プロセスを経て製品化する動機も能力も乏しいのが現実です。公的研究機関が橋渡しの仕組みを整え、Delphi-2Mのような成果を患者に還元できるようにする責任が求められます。
掲載日: 2025年9月23日 | 掲載誌: The Lancet
アルツハイマー病治療の進歩を最大限に活かすために必要な医療、政策、社会的変革についてのレビュー
アルツハイマー病の新規抗体薬(レカネマブ・ドナネマブ)や血液診断検査の登場は、診断・治療の新時代を拓くが、医療体制・政策・社会の改革なしには潜在力を活かせないと、専門家40名がレビュー論文をまとめた。両薬剤は進行抑制効果でがんや関節リウマチ薬に匹敵する一方、高コストや検査の複雑さ、行動症状ケア不足、資源制約が普及を阻む。欧米では高リスク者向けの個別予防「ブレインヘルスサービス」は進展しているが、多くの患者は低〜中リスク層に発症するため、都市設計改善やアルコール・砂糖飲料規制など集団施策も不可欠と指摘している。また、血液検査や予防法が進む中でも、行動障害ケアや心理社会的支援など従来型の基盤的診療の維持と人材育成が必要であり、科学の進歩に制度改革を追いつかせる世界的協調行動を訴えている。論文は9月23日, The Lancetに掲載された。
【論文リンク】https://www.thelancet.com/journals/lancet/article/PIIS0140-6736(25)01294-2/fulltext?dgcid=tlcom_carousel1_lancetalzheimers25
【掲載誌】The Lancet
【掲載日】2025年9月23日
掲載日: 2025年9月18日
世界の水循環がより不安定に
世界気象機関(WMO)の報告によると、昨年、世界の河川流域のうち正常な状態にあったのはわずか3分の1であり、残りは水が少なすぎるか多すぎるかのいずれかだった。この報告は世界の水資源についてまとめたもので、2024年には全ての地域で3年連続となる氷河の大規模な消失が確認され、南アメリカの広い範囲が深刻な干ばつに見舞われた一方で、アジア、中央ヨーロッパ、アフリカの多くの地域では平年よりも湿潤な状態が見られた。その結果、世界中で洪水か干ばつという混沌とした状況が広がった。
【報告書リンク】https://wmo.int/publication-series/state-of-global-water-resources-2024
【掲載日】2025年9月18日
掲載日: 2025年9月17日 | 掲載誌: New England Journal of Medicine
GLP-1経口薬により体重が11%減少
この多国際フェーズ3試験(ATTAIN-1)は、2型糖尿病を持たず肥満の成人を対象に、経口の小分子GLP-1受容体作動薬「オルフォグリプロン(orforglipron)」の安全性・有効性を評価した。日本からの被験者を含む対象者3,127人を、6mg・12mg・36mgの3用量群およびプラセボ群に分け、72週間、食事と運動の指導を併用した。その結果、36mg群では平均体重が基準値から約11.2%減少した。6mg群で約7.5%、12mg群で約8.4%、プラセボ群では約2.1%の減少だった。さらに、ウエスト周囲径、血圧、トリグリセリドや非HDLコレステロールなど心代謝マーカーも改善。副作用は主に消化器症状で、重篤なものは比較的まれだった。この薬の利点は、注射型ではなく経口投与であること。これによってアクセスが容易になり、患者の負担が減る可能性がある。ただし、現時点では注射型の有効なGLP-1薬と直接比較されたデータはなく、さらなる長期安全性と多様な集団での効果を確認する必要がある。
【論文リンク】https://www.nejm.org/doi/10.1056/NEJMoa2511774
【掲載誌】New England Journal of Medicine
【掲載日】2025年9月17日
米国ワクチン委員会、COVID-19ワクチン等の安全性審議へ
【概要】
米国では木曜日と金曜日に、CDCの「予防接種の実施に関する諮問委員会(ACIP)」が開催され、ワクチンの推奨に関するデータ検討と投票が行われる。ACIPの構成はトランプ政権によって刷新され、ロバート・F・ケネディ・ジュニアが前委員全員を解任し、後任を自ら選任した。議題案によれば、木曜日は麻疹・おたふく風邪・風疹・水痘(MMRV)ワクチンとB型肝炎ワクチン、金曜日はCOVID-19ワクチンが審議される。以下、オーストラリアの専門家のコメント。
【専門家コメント】
Kristine Macartney教授(シドニー大学):
ワクチンの安全性を確保するため、開発から供給までの全段階で高度なシステムと厳格な科学的手法が使用されている。近年、虚偽や誤解を招く情報が「科学的」と称して広められているが、実際にはそうではない。こうした主張は、ワクチンの安全性と必要性を損なおうとする組織的な努力の一部である。
–COVID vaccinesについて
COVID-19ワクチンは世界で数千万人の命を救い、特に高齢者や基礎疾患を持つ人々など、重症化リスクの高い人々を今も守り続けている。ウイルスベクターワクチン(現在は使用されていない)に関連した死亡例は少数確認されており、mRNA COVID-19ワクチン接種後の心筋炎リスクは若年男性などで低い。しかしこの事実が歪曲され、死亡者数が誇張されている。
–安全性監視システムについて
米国ワクチン副反応(有害事象, Adverse Event)報告システム(VAERS)は、類似したオーストラリアのワクチン副反応監視システム(AEMS)と同様に、あらゆる懸念について、いつでも、誰でも報告を受け付ける。AEFI(予防接種後の副反応)の報告は、科学者が予期せぬ事象の兆候を探るために奨励されている。これらの報告は、有害事象が予防接種によって引き起こされたことを意味しない。報告された事象の多くは偶然の出来事か、別の(しばしば不明な)原因による可能性がある。ワクチンが望ましくない健康事象の発生確率を高める場合を調査するには、厳密な臨床的・科学的・疫学的手法が必要であり、実際に行われている。
–ワクチンと自閉症:ほとんど30年にわたり、今では完全に信用を失った研究(筆頭著者は不正行為で医師免許を剥奪された)を当初は根拠にして、ワクチンが自閉症などの神経疾患や発達障害を引き起こすとする多くの誤った理論が作り出されてきた。しかし、数十に及ぶ質の高い研究と多くの国の独立した科学者たちが、ワクチンが深刻な疾病から保護し、自閉症を引き起こさないことを示している。
(…)
ワクチンは人々の健康維持を目的として、慎重に設計・評価・提供されている。世界中の数千人の高度な訓練を受けた科学者、医療従事者、公衆衛生担当者がこの努力に貢献している。