高齢化が薬剤耐性菌による感染増加を加速させる
国際的な研究チームは、欧州では、今後、数十年間に起きる高齢化によって、薬剤耐性菌の感染が増えるだろうと報告した。研究チームは、2015年から2019年にかけて欧州全域で実施された1,200万件以上の血液検査データを用いて、8種の薬剤耐性菌の発生変化を追跡した。このデータに基づいて将来の発生を予測したところ、耐性菌の拡大速度は、年齢、性別、国によって異なるとわかった。研究者らによると、この先の数十年の薬剤耐性菌による感染症は、女性よりも男性で増え、74歳以上の高齢者で急増する一方、若年層では現状維持か減少傾向にあるという。この結果は、薬剤耐性菌の抑制対策を講じる際に、年齢や性別が感染拡大に与える影響を考慮する必要があることを示している。
【論文リンク】https://doi.org/10.1371/journal.pmed.1004579
【掲載誌】PLOS Medicine
【掲載日】2025年11月4日
ローマ帝国の道路網に関する高解像度データセット
ローマ帝国の道路網を高精度で再構築した、オープンアクセスのデータセット「Itiner-e」が発表された。このデータセットは、およそ400万平方キロメートルの範囲をカバーする。また、約29万9,171キロメートルに及ぶ道路を記録しており、これは、従来、知られていた総延長(約18万8,555キロメートル)のほぼ2倍に相当する。各道路区間には、情報源、確実性の分類(「確実」「推定」「仮定」など)、道路種別(主要道・副道)、および地理座標などの詳細なメタデータが付与されている。一方で研究チームは、高い空間的確実性で特定できている道路は全体の約2.7%に過ぎず、ローマ帝国交通網の知識には、依然として多くの空白が残されているとも報告した。Itiner-eは、考古学的・碑文学的・歴史的資料に加え、現代および歴史的地図、衛星画像などを統合し、統一的な手法でデジタル化したものといえる。研究者たちは、このデータセットにより、古代ローマ世界における移動、交易、疾病拡散、統治などの研究が次段階に進むとし、今後も、更新と共同研究の基盤として活用されることを期待している。
【論文リンク】https://doi.org/10.1038/s41597-025-06140-z
【掲載誌】Scientific Data
【掲載日】2025年11月7日
非侵襲的な超音波刺激で脳出血を治療する
超音波によって、脳出血やくも膜下出血様の損傷を与えたマウスの脳内から神経毒性のある老廃物を除去できることが示された。超音波刺激を与えた後に、脳から赤血球の半数以上が除去され、老廃物がリンパ節へ移動していることが確認され、炎症と神経損傷が軽減し、生存率や運動機能の改善も見られたという。脳出血などで血液細胞などの老廃物が脳内に蓄積すると、炎症や神経細胞損傷が引き起こされる。こうした老廃物の除去不全は脳卒中や認知症の要因になるとされるが、外科的治療は侵襲性が高く、承認された薬物療法もない。臨床試験により、ヒトでも同様の効果が確認されれば、外科手術や薬剤を用いずに、安全かつ簡便な脳出血の治療が可能になるかもしれない。アルツハイマー病、脳外傷、神経変性疾患などへの応用も期待できるという。すでに研究チームは臨床試験の準備を進めているとのこと。
【論文リンク】https://www.nature.com/articles/s41587-025-02866-8
【掲載誌】Nature Biotechnology
【掲載日】2025年11月11日
寄生先コロニーの女王アリを敵と誤認させて殺害させる、特異な生存戦略
九州大学の高須賀敬三氏らの研究チームは、「寄生性アリの女王が宿主コロニーの働きアリを欺き、自らの母である女王(母女王)を殺して王座を奪う」という、これまで知られていなかった社会的寄生の戦略を発見した。研究対象となった寄生アリ Lasius orientalis および Lasius umbratus(通称「悪臭アリ」)は、宿主である Lasius flavus や Lasius japonicus の巣に潜入し、においを利用して同種の仲間であるかのように偽装する。寄生女王は、宿主の働きアリから体に巣のにおいを移し、敵と認識されないようにして侵入する。巣内で宿主女王を見つけると、寄生女王は、その体に蟻酸(formic acid)とみられる悪臭の液体を吹きかける。この臭いにより、通常は母女王を守るはずの働きアリたちが、母女王を「敵」と誤認し、集団で攻撃・殺害してしまう。寄生女王は一時的に退避し、臭気が収まると再び戻って攻撃を繰り返し、最終的に、宿主女王が排除された後に自らの卵を産み始める。こうして寄生女王は、母女王を殺害した働きアリたちを従え、新たな支配者として巣を乗っ取る。この「第三者による母殺し(matricide)」は、母や子のどちらにも利益をもたらさず、寄生者のみが利益を得るという点で自然界でも極めて特異な現象である。
【論文リンク】http://dx.doi.org/10.1016/j.cub.2025.09.037
【掲載誌】Current Biology
【掲載日】2025年11月18日
寄生先コロニーの女王アリを敵と誤認させて殺害させる、特異な生存戦略
九州大学の高須賀敬三氏らの研究チームは、「寄生性アリの女王が宿主コロニーの働きアリを欺き、自らの母である女王(母女王)を殺して王座を奪う」という、これまで知られていなかった社会的寄生の戦略を発見した。研究対象となった寄生アリ Lasius orientalis および Lasius umbratus(通称「悪臭アリ」)は、宿主である Lasius flavus や Lasius japonicus の巣に潜入し、においを利用して同種の仲間であるかのように偽装する。寄生女王は、宿主の働きアリから体に巣のにおいを移し、敵と認識されないようにして侵入する。巣内で宿主女王を見つけると、寄生女王は、その体に蟻酸(formic acid)とみられる悪臭の液体を吹きかける。この臭いにより、通常は母女王を守るはずの働きアリたちが、母女王を「敵」と誤認し、集団で攻撃・殺害してしまう。寄生女王は一時的に退避し、臭気が収まると再び戻って攻撃を繰り返し、最終的に、宿主女王が排除された後に自らの卵を産み始める。こうして寄生女王は、母女王を殺害した働きアリたちを従え、新たな支配者として巣を乗っ取る。この「第三者による母殺し(matricide)」は、母や子のどちらにも利益をもたらさず、寄生者のみが利益を得るという点で自然界でも極めて特異な現象である。
【論文リンク】http://dx.doi.org/10.1016/j.cub.2025.09.037
【掲載誌】Current Biology
【掲載日】2025年11月18日
専門家コメント:妊娠中のパラセタモール(アセトアミノフェン)服用と、子どもの自閉症やADHDとの関連性を示す明確な証拠はない
2025年9月、米国大統領は、子宮内で薬に曝露された子どもに自閉症のリスクがあるとして、妊娠中のパラセタモール(有効成分アセトアミノフェン、商品名タイレノールなど)使用を控えるよう勧告した。この発表は、妊婦や自閉症児の母親に大きな懸念を引き起こした。高熱時にパラセタモールの使用を控えることは、妊娠の転帰(outcome, 治療における症状の経過や結果)を悪化させるおそれがある。各国の規制組織や専門家団体は、妊娠中のパラセタモール使用が安全だと再確認する声明を発表した。専門機関や保健団体は、妊婦に対し、医療従事者に相談してエビデンスに基づく情報を得るよう助言した。ただし、先行研究のエビデンスの全体品質と妥当性は、まだ十分とはいえない状況だった。
このような状況において、日本時間11月10日に発表されたレビュー論文で、研究チームが「妊娠中のパラセタモール服用と子どもの自閉症やADHDとの関連性を指摘した過去の研究の信頼度は低いか、極めて低い」と指摘した。すでに世界中の規制機関によって安全と認められている通り、妊娠中のパラセタモール服用の安全性が支持された。先行研究は、自閉症やADHDが家族内で共有される遺伝的・環境的要因による可能性を示唆している。研究チームは、既存の証拠の全体的な質と妥当性、および妊娠中のパラセタモール使用と子どもの自閉症やADHDリスクとの関連性の強さを評価するため、複数のシステマティック・レビューのアンブレラ・レビュー(質の高いエビデンスの統合と分析)を実施した。その結果、9件のレビューが、母親のパラセタモール服用と子どもの自閉症またはADHD、あるいはその両方との間に「関連可能性あり」ないし「強い関連あり」と報告していたが、その結果の信頼度は、「低い」(2件)・「極めて低い」(7件)とされた。バイアスや(交絡)因子を調整したところ、両者の関連は消失または減少した。
英国SMCでは、本論文に関する専門家コメントを収集した。
・Prof Grainne McAlonan, Professor of Translational Neuroscience, Institute of Psychiatry, Psychology and Neuroscience (IoPPN), King’s College London
本論文は歓迎すべき丁寧な評価であり、妊娠中のパラセタモール使用と子どもの自閉症・ADHDとの明確な関連性を示す証拠がないという結論は妥当だ。手法は堅牢で明確に示されている。家系(family history)の重要性を強調した点も適切だ。経験豊富な専門家が緊密に関わったことが強みの一つである。著者が懸念する「女性の健康研究、特に妊娠に関する歴史的かつ継続的な資金不足(underfunding)」についても、私は強く支持する。これは事実よりも意見が重要視される余地を生んできたし、それが政策レベルで起こると憂慮すべき事態となる。
・Prof Dimitrios Siassakos, Professor in Obstetrics and Gynaecology, University College London
新たなアンブレラ・レビューで用いられた質の高い研究方法は、世界中の専門家が言ってきたことを裏付ける。妊娠中のパラセタモール使用と自閉症を結びつける証拠は貧弱(tenuous)であり、関連性を報告している研究でさえ、自閉症やADHDが家族間で共有される要因(遺伝的要因や生活様式など)と関連していることで混同させられている。
【論文リンク】https://www.bmj.com/content/391/bmj-2025-088141
【掲載誌】The BMJ
【掲載日】2025年11月10日
「どこへ行っても扉は閉じたまま」―Long-COVID患者が抱える医療アクセス問題
ニュージーランドの研究により、Long-COVID(新型コロナ後遺症)の患者の間に、ガスライティング(心理的虐待の一種)、ニーズの未充足、取り残された感覚があるとの報告がなされた。Long-COVIDとは、COVID-19感染後12週以後も症状が続くことを指す。10人に1人の割合でみられるとされるが、専門クリニックへの公的支援はニュージーランドではほとんど行われていない。そのため、多くの人々は最初に総合医療ケア提供者(primary care providers)を受診するが、ここではLong-COVIDの理解は不十分だ。そこで研究チームは、Long-COVIDの患者(成人18人)を対象に、Zoom上(16人)および書面(2人)でナラティブ・インクワイアリー・アプローチ(narrative inquiry approach)によるインタビューを実施し、結果についてBraunとClarkeのテーマティック分析(thematic analysis)を行い、「ガスライティング」「ニーズの未充足」「取り残された感覚」といったテーマを見いだした。研究者らは、政府に対し「耳を傾け、行動を起こし、責任を取る」よう求めている。
【論文リンク】https://journals.plos.org/plosone/article?id=10.1371/journal.pone.0324489
【掲載誌】PLOS ONE
【掲載日】2025年11月5日
呼吸困難を訴えると、そうでない患者より死亡リスクが6倍高くなる
国際研究チームは、入院後に呼吸困難だと訴えた患者の死亡リスク(risk of dying)は、そうでない患者の6倍高かったと報告した。研究者らは、約1万人の患者を対象に、患者自身が評価した呼吸困難と痛み(patient-rated shortness of breath and pain)が、それぞれ死亡リスクと有意に関連するかどうかを分析した。患者はわずか45秒で、痛みと呼吸困難を自己評価した。痛みを訴えた患者では、死亡リスクは高まらなかったという。研究チームは、患者による呼吸困難の訴えが、医師や看護師による注意深いケアの必要性を示していると述べている。
【論文リンク】https://publications.ersnet.org/content/erjor/early/2025/09/29/2312054100804-2025
【掲載誌】European Respiratory Journal
【掲載日】2025年11月10日