*Horizon Scanningでは、これから議論になることが予想される科学技術のトピックに関して、(1)海外SMCからの情報、(2)学術出版社や研究機関からの情報をお送りしていきます。
言語習得には、単に音を聞き取るだけでなく、音の組み合わせの特徴を学ぶ必要がありそう
米国の研究により、ヒトの脳は「馴染みのある言語」の音でも「馴染みのない言語」の音でも、同じような反応を示すことが報告された。研究者らは、母語がスペイン語、英語、または中国語である34人の脳をスキャンし、彼らが母語または馴染みのない外国語の文を聞いているときの反応を調べた。その結果、これまでにも音声知覚への関与が示されていた上側頭回とよばれる領域が最も活発であり、この傾向は馴染みのある言語でも、馴染みのない言語でも同じだった。一方で、既知の言語を聞く場合には、その言語音の特徴に反応する脳信号が増強され、それが「経験が音声を言葉としてまとまり化する過程」を支えていることも示唆された。これらの結果は、新たな言語の習得には、単に音を聞き取るだけでなく、音がどのように組み合わさって言葉を形成しているのかを学ぶ必要があることを示しており、研究者らは、これが言語学習の難しさの一因かもしれないとしている。
【論文リンク】https://www.nature.com/articles/s41586-025-09748-8
【掲載誌】Nature
【掲載日】2025年11月19日
摂食障害の悪影響、様々な方面で長期間に及ぶ
英国の研究により、拒食症、過食症、過食性障害などの摂食障害は、体のさまざまな器官系に影響が及ぶ複雑な健康被害をもたらし、その影響が長期にわたって続くことが明らかになった。50万人以上を対象としたこの研究では、摂食障害の診断後1年以内に腎不全と診断されるリスクが6倍、肝疾患を診断されるリスクが約7倍に高まることが示された。また、骨粗鬆症、心不全、糖尿病のリスクも有意に上昇した。さらに、診断後5年時点でも、腎不全と肝疾患のリスクは依然として2.5~4倍の高さだった。メンタルヘルスの悪化と死亡リスクも、診断後12か月時点で有意に高く、その後5年が経過しても高い水準が続いた。これまで摂食障害の有病率に比してその身体影響が十分に認識されてこなかったことが指摘されており、本研究はその理解を補うものとなる。
【論文リンク】https://doi.org/10.1136/bmjmed-2025-001438
【掲載誌】BMJ Medicine
【掲載日】2025年11月10日
調べてみたら、ヒト母乳と同じように複雑だったアザラシのミルク
スウェーデン・イェーテボリ大学らの研究者は、野生の大西洋グレーアザラシ5頭の母乳を、約17日間にわたる全授乳期間を通じて採取し、糖鎖の分析を行った。その結果、計332種類の糖分子を検出し、そのうち166種はこれまで報告のない新規糖分子であった。また、最大28糖ユニットからなる巨大オリゴ糖が見つかり、これはヒト母乳で知られる最大の糖よりも10糖ユニット大きいものだった。さらに、アザラシの母乳も授乳期間中に子の成長にあわせて糖組成が協調的に変化しており、この点でもヒトの母乳と類似していた。研究者らは、「ヒトの母乳は他の哺乳類と比較して特に複雑である」という従来の見方を見直す必要があるかもしれないとしている。
【論文リンク】DOI:10.1038/s41467-025-66075-2
【掲載誌】Nature Communications
【掲載日】2025年11月26日
【専門家コメント】インフルエンザのmRNAワクチン、従来ワクチンよりも予防効果が高いと判明
Pfizerが開発したmRNA断片を用いた新たなタイプのインフルエンザワクチン(mRNAワクチン)は、従来ワクチンよりも約34.5%高い発症予防効果を示し、特にA型ウイルスに対する抗体誘導が強いことが明らかになった。副反応については、注射部位痛や発熱などmRNAワクチン特有の症状が多いものの、ほとんどが軽度~中等度で一時的であり、重篤な副作用は両ワクチンで同程度(約1%)だった。mRNAワクチンは変異ウイルスへの迅速な対応が可能で、パンデミック時の利点が大きいと期待される一方で、高齢者などハイリスク群にはアジュバント高用量の既存ワクチンも依然として有効とされる。ModernaのインフルエンザmRNAワクチンでも良好な免疫反応と高い抗体誘導が報告されており、mRNAワクチンは今後のインフルエンザワクチンの重要な選択肢となる可能性がある。
専門家コメント:Prof. Dr. Florian Krammer wissenschaftlicher Direktor des Ignaz Semmelweis Instituts, interuniversitäres Institut für Infektionsforschung und Direktor des Ludwig Boltzmann Instituts für Wissenschaftsvermittlung und Pandemievorsorge, Medizinische Universität Wien, Österreich, und Professor für Vakzinologie, Abteilung für Mikrobiologie, Icahn School of Medicine at Mount Sinai, New York City, Vereinigte Staaten von Amerika:
mRNAワクチンの利点
重要な点は2つあります。
1つ目は、迅速に製造できることです。北半球向けの従来ワクチンは製造に約6か月を要するため、株の決定を2月に行わなければなりません。その間に南半球で流行するウイルスが変化し、ワクチン株が実際の流行株とずれる可能性があります。しかしmRNAワクチンは迅速に製造できるため、株の決定を5~6月に行えます。その頃には南半球の流行データが得られるため、実際の流行株とよく一致するワクチンを作れます。
2つめは、パンデミック対応に素早く対応できることです。季節性インフルエンザのmRNAワクチンが承認されれば、新たなパンデミック株(例えば高病原性のH5N1)が出そうな時に素早く作り出せます。季節性インフルエンザのmRNAワクチンと同じ製造法なので、追加の大規模有効性試験は不要です。はじめてCOVID-19のmRNAワクチンを作った時のように、1年近く待つ必要はありません。
効果と副反応
今回の研究やModernaの研究から、インフルエンザのmRNAワクチンは十分に機能するとわかりました。副反応は多いものの、特にハイリスク群では、より高い防御効果を得る目的で受け入れられるでしょう。ただし、既に高用量ワクチンやアジュバント入りワクチンなど改善型ワクチンが存在しており、これらと比較することが必要になります。
懸念点
現時点のPfizer/ModernaのmRNAワクチンには、インフルエンザウイルスの第2の表面抗原であるノイラミニダーゼ(NA)が含まれておらず、これは欠点といえます。また、すでにある改善型ワクチンとの直接比較も必要です。
偏食(Picky eating)は単に栄養不足を招くだけではなく、発達障害のリスクとも関連
国際研究チームは3~8歳の子ども3万5,000人以上を対象とした研究により、6~18%の子どもが極めて限られた食品しか摂取せず、回避性・制限性食物摂取障害(ARFI)の状態にあると推定されることを報告した。約2~3%の子どもでは、この制限された食事が栄養不足など臨床的に深刻な状態に陥ることも判明した。さらに、回避性・制限性食物摂取の影響を受けた子どもたちは発達障害のリスクが高いことや、この偏食に関与している可能性のある複数の遺伝子も特定された。著者らは、食行動と発達障害リスクの双方に対応する広範な介入と、関連遺伝子メカニズムの理解が必要だと述べている。
【論文リンク】https://jamanetwork.com/journals/jamapediatrics/fullarticle/2841700
【掲載誌】JAMA Pediatrics
【掲載日】2025年11月25日
女性に対する暴力、この25年間ほとんど減少していない、WHOが報告
世界保健機関(WHO)は「女性に対する、親密なパートナーによる暴力と非パートナーによる性的暴力の広がり(prevalence)に関する報告書」を発表し、「暴力を抑制する歩みは2000年以降、痛ましいほど遅い」と報告した。同機関によれば、女性の約3人に1人が生涯に身体的・性的暴力を経験しており、過去20年間の減少率はわずか0.2%だった。報告書によると、オーストラリアとニュージーランドでは女性の4人に1人弱が生涯に「親密なパートナーからの暴力」を経験し、過去12か月以内では1.7%が経験していた。また、同地域の女性の5人に1人は15歳以降に「パートナー以外からの性的暴力」を経験しており、過去1年以内では4.2%が経験していた。
報告書の推定によれば、日本では女性の14.7%(約7人に1人)が生涯に「親密なパートナーからの暴力」を経験し、過去12か月以内では3.7%とされる。また、生涯の「パートナー以外」からの性的暴力は、日本人女性の約7.5%が経験していると推計されている。
【報告書リンク】https://www.who.int/publications/i/item/9789240116962
【掲載日】2025年11月19日
抗うつ薬服用中の授乳は、乳児のIQ低下と関連なし
国際研究チームは、授乳中に抗うつ薬として選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)を服用しても、子どものIQスコア低下とは関連しないと報告した。先行研究では妊娠中のSSRI曝露への懸念が示されていたが、授乳による曝露の影響は明確でなかった。今回の研究では、SSRIを含む母乳を介して曝露した子ども(授乳あり)、授乳は受けるが出生後のSSRI曝露がない子ども、授乳を受けない子ども(人工栄養など)の3群を比較した。その結果、4~5歳時点のIQスコアは3群間で同等であり、出生後の母乳を通じたSSRI曝露が認知機能に明確な悪影響を及ぼす証拠は得られなかった。著者らは、この知見から、治療上SSRIが必要な母親に対して、授乳を継続することを推奨できると述べている。
【論文リンク】https://jamanetwork.com/journals/jamanetworkopen/fullarticle/2841745
【掲載誌】JAMA Network Open
【掲載日】2025年11月21日