放射線被ばくに関して:李玲華・ドイツ重イオン研究所
Ver.1.0 (110318-03:56 Updated: 110321-19:09)
※あくまで、コメント時にそれぞれの専門家が把握していた状況に基づいています。ご注意下さい。
※記事の引用・転載(二次使用)は自由ですが、末尾の注意書きもご覧下さい。
李玲華(り・りょんふぁ)博士
ドイツ・ダルムシュタット、重イオン研究所、生物物理部
GSI Helmholtzzentrum fuer Schwerionenforschung, Biophysik
今回の福島第一原子力発電所での事故に関して、放射線被ばくについて報道がされています。今回、人体への放射線被ばくについて教科書的に知られている事柄についてご紹介したいと思います。事態を把握する上で参考のひとつになれば幸いです。
放射線は五感で感じることは出来ませんが、常に身の回りに存在しています。日本で生活していると一年で約1.5 mSv(ミリシーベルト)の自然放射線を受けます。また胸部レントゲン(約0.1 mSv)やCT(数 mSv)などの医療検査でも放射線被ばくをします。
ミリ、マイクロという単位は次の様に換算されます:
1 シーベルト(Sv) = 1000 ミリシーベルト(mSv) = 1000000 マイクロシーベルト(μSv)
シーベルト(Sv)とは、簡単に言うと「ある時間で被ばくした放射線量の合計」です。この時間単位(線量率)である1 Sv/hour(Sv/h, Sv/時, シーベルト/時、とも表記する)は、「一時間に1シーベルト被ばくする環境」ということで、たとえば1.5 mSv/hの環境が続いているときに、そこに2時間いれば、1.5×2 = 3 mSvの被ばくをすることになります。現在の日本において、基本的に測定されているのはこの「線量率」です。
被ばく線量(=Sv)がより高くなると放射線障害が出てきます。全身に比較的短時間で放射線が照射された場合は 500 mSvくらいで造血機能が低下します。1000 mSv(1 Sv)を超えると吐き気や嘔吐の症状が出てきます。数 Svで死亡者が出始め、10 Svでは治療を受けたとしても命の助かる見込みはかなり小さくなります。体の一部への被ばくだったり、長期間にわたって低線量率で照射された場合は影響の程度が小さくなります。これらの放射線障害は、確定的影響と呼ばれていて、ある「しきい線量」を超えると影響の発生する頻度が目立って増加し、さらにある線量に達すると全員に影響が発生します。そして線量の増加と共に影響の重篤度が重くなります。また、胎児の奇形誘発や知能への影響は100 mGy(放射線の種類がX線やガンマ線の場合は100 mSvに等しいです)前後がしきい線量と考えられています(国際放射線防護委員会(ICRP)2007年勧告による)。
一方、確率的影響と呼ばれるものは、低い線量や低線量率の放射線によって発生するかもしれない障害のことです。どんなに小さい線量でも影響の発生するリスクは0ではないと仮定し(しきい線量がないとする)、線量の増加とともに影響の発生率(リスク)が増加すると考えられています。ここでは、発生した症状や重篤度の程度は線量に関係なく一定です。
どれだけリスクが増加するかについてですが、ICRP2007年勧告では、がんでは0.055 /Sv(Sv-1)、遺伝的影響では0.002 /Sv、合わせて0.057 /Svの損害リスク係数が見積もられています。これは、がんや遺伝的影響の出るリスクが1 Svあたりでそれぞれ5.5 %、0.2 %増加するということを意味します。例えば100 mSvを被ばくした場合は、リスクはそれぞれ0.55 %, 0.02 %増加します。ここで、次世代への遺伝的影響は被ばく者本人ががんになるリスク係数よりも20倍以上低いという事を強調しておきたいと思います。普通に日常生活をすごす人ががんになるリスクは約30 %とされていますが、放射線被ばくの線量によってこのリスクがさらに追加されて増加する事になります。
これらの確定的影響と確率的影響を考慮して、放射線作業従事者や原発の付近住民などの公衆を放射線から防護するために線量限度が設定されます。たとえば、通常の職業被ばく限度は年間平均で20 mSv、かつ年間最大で50 mSvを超えないように、また公衆(一般人)の被ばく限度は年間で1 mSvに設定されています。福島第一原発では緊急時ということで、作業者の線量限度が250 mSvに引き上げられました。それでは、緊急時の場合、公衆はどのように放射線から防護されるべきでしょうか。ICRP2007年勧告は、放射線事故などの非常状況時において公衆の被ばくは20~100 mSvを超えないようにという参考レベルを示しています。
今回の東京電力福島第一原発の事故で、文部科学省は、福島第一原発を放射線源として、周辺の放射線の測定を行っています(http://www.mext.go.jp/a_menu/saigaijohou/syousai/1303726.htm)。
例えば原発から約25 km離れた、屋内退避圏の川内村役場の屋内では1 μSv/h(毎時マイクロシーベルト)の数値が測定されました(3月16日13時52分)。放射線率が常に同じ値だと仮定すると、これは、一日で24 μSv、一ヶ月で720 μSv(= 0.72 mSv)の放射線を受けることになります。また、3月16日20時報告分で最も高い数値(屋外)は原発から約30 kmの地点での80 μSv/hです。放射線量は一般に放射線源(この場合は原発)からの距離の2乗に反比例して弱くなっていきます。気象や地理的な条件などを無視すると原発からさらに2倍離れた60 kmの地点では1/4の強さの20 μSv/hになり、120 km地点で1/16の強さの5 μSv/h、240 km地点で1.25 μSv/hになります。
非常に深刻な事故が起こってしまった場合、放射能がより強い放射性物質が大気中に飛散します。身体の外から放射線を受けた場合は外部被ばく(体外被ばく)になります。放射性物質を経口、吸入、皮膚経路で体内に取り込んだ場合は体内で放射線を受けることになりますが、こちらは内部被ばく(体内被ばく)といいます。内部被ばくの場合は体内の放射性物質を取り除くことが通常できません。また、特定の臓器に集まりやすい核種が存在します。例えばヨウ素は甲状腺に、ストロンチウムは骨に集まります。従って出来るだけ放射性物質を体内へ取り込まないように注意しなければなりません。
放射線被ばくを出来るだけ防ぐ方法と、被ばくをした際の対処法が次の放射線医学総合研究所のサイトで紹介されています。下記リンクの赤字部分に目を通されることをお勧めします。
以下のサイトでも述べられていますが、安定ヨウ素剤は医師の指示で摂取して下さい。うがい薬などのヨウ素を含む消毒液などは飲まないで下さい。また、海草類を食べても十分な効果はないとのことです当然の事ながら、放射能汚染された食品を食べない事によって体内被ばくを防ぐ事が出来ます。放射性物質の検査で指標値の上回る食品は市場には出回らないはずなので、放射能汚染された食品を口にする危険性は低いと思われます。
■放射線医学総合研究所
http://www.nirs.go.jp/index.shtml
【3/19-21:15 追記】
体内被ばくを出来るだけ防ぐ方法については、上記放射線医学総合研究所(放医研)の放射能分野の基礎知識(3月14日)の2番をご覧下さい。また、除染の方法もお読みください。
以下の医療関係者向けの資料で内部被ばくに対する処置が説明されています。知識として知っておくには良いと思いますが、これらは医療従事者によって処置されるものです。かならず医療従事者の指示のもとで処置を行ってください。
緊急被ばく医療ポケットブック「第2章 被ばく医療の基本的手技」内部被ばくおよび身体汚染に対する処置
http://www.remnet.jp/lecture/b05_01/index.html
最新の情報ではありませんが、15, 16日に放医研が行った東京電力(原発)やその近辺の作業者の被ばく検査で、除染が必要な被ばくをしていた方は一人もいらっしゃらなかったとの事です。
【参考資料】
なお、本文書作成にあたっては、次の資料を参考にしました。
1, ICRP2007年勧告
http://www.icrp.org/publication.asp?id=ICRP%20Publication%20103
2, ICRP2007年勧告に関する関連資料
http://iopscience.iop.org/0952-4746/28/2/R02/pdf/0952-4746_28_2_R02.pdf
http://www.medicalview.co.jp/download/blue_yellow/2007ICRP.pdf
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/housha/sonota/__icsFiles/afieldfile/2010/02/16/1290219_001.pdf
3, 新 放射線の人体への影響 日本保健物理学会、日本アイソトープ協会 編
4, 詳解 放射線取扱技術 新版 日本原子力産業会議
【ノート】
・ SMCからの「サイエンス・アラート」は、科学技術の関わる社会問題に関し、専門家の知見を素早く伝えることを目的にしています。
・ マスメディア、ウェブを問わず、科学の問題を社会で議論するために継続してメディアを利用して活動されているジャーナリストの方、ぜひご利用下さい。
・ サイエンス・メディア・センターでは、このような情報をメールで直接お送りいたします。ご希望の方は、下記リンクからご登録ください。
(登録は手動のため、反映に時間がかかります。また、上記下線条件に鑑み、広義の「ジャーナリスト」と考えられない方は、登録をお断りすることもありますが御了承下さい。ただし、今回の緊急時に際しては、このようにサイトでも全ての情報を公開していきますので御安心下さい)
【メディア関係者データベースへの登録】 http://smc-japan.org/?page_id=588
【記事について】
○ 私的/商業利用を問わず、記事の引用・転載(二次利用)は自由です。
○ 二次利用の際にクレジットを入れて頂ける場合(任意)は、下記のいずれかの形式でお願いします:
・一般社団法人サイエンス・メディア・センター ・(社)SMC
・(社)サイエンス・メディア・センター ・SMC-Japan.org
○ リンクを貼って頂ける場合は http://www.smc-japan.org にお願いします。
【お問い合わせ先】
○この記事についての問い合わせは下記まで:
一般社団法人 サイエンス・メディア・センター(日本)
Tel/Fax: 03-3202-2514
E-mail: inquiry[at]smc-japan.org
記事のご利用にあたって
マスメディア、ウェブを問わず、科学の問題を社会で議論するために継続して
メディアを利用して活動されているジャーナリストの方、本情報をぜひご利用下さい。
「サイエンス・アラート」「ホット・トピック」のコンセプトに関してはコチラをご覧下さい。記事の更新や各種SMCからのお知らせをメール配信しています。
サイエンス・メディア・センターでは、このような情報をメールで直接お送りいたします。ご希望の方は、下記リンクからご登録ください。(登録は手動のため、反映に時間がかかります。また、上記下線条件に鑑み、広義の「ジャーナリスト」と考えられない方は、登録をお断りすることもありますが御了承下さい。ただし、今回の緊急時に際しては、このようにサイトでも全ての情報を公開していきます)【メディア関係者データベースへの登録】 http://smc-japan.org/?page_id=588
記事について
○ 私的/商業利用を問わず、記事の引用(二次利用)は自由です。ただし「ジャーナリストが社会に論を問うための情報ソース」であることを尊重してください(アフィリエイト目的の、記事丸ごとの転載などはお控え下さい)。
○ 二次利用の際にクレジットを入れて頂ける場合(任意)は、下記のいずれかの形式でお願いします:
・一般社団法人サイエンス・メディア・センター ・(社)サイエンス・メディア・センター
・(社)SMC ・SMC-Japan.org○ この情報は適宜訂正・更新を行います。ウェブで情報を掲載・利用する場合は、読者が最新情報を確認できるようにリンクをお願いします。
お問い合わせ先
○この記事についての問い合わせは「御意見・お問い合わせ」のフォーム、あるいは下記連絡先からお寄せ下さい:
一般社団法人 サイエンス・メディア・センター(日本) Tel/Fax: 03-3202-2514
クワント さま
当然の事ながら、放射能汚染された食品を食べない事によって体内被ばくを防ぐ事が出来ます。放射性物質の検査で指標値の上回る食品は市場には出回らないはずなので、放射能汚染された食品を口にする危険性は低いと思われます。
体内被ばくを出来るだけ防ぐ方法については、上記放射線医学総合研究所(放医研)の放射能分野の基礎知識(3月14日)の2番をご覧下さい。また、除染の方法もお読みください。
以下の医療関係者向けの資料で内部被ばくに対する処置が説明されています。知識として知っておくには良いと思いますが、これらは医療従事者によって処置されるものです。かならず医療従事者の指示のもとで処置を行ってください。
緊急被ばく医療ポケットブック
第2章 被ばく医療の基本的手技
内部被ばくおよび身体汚染に対する処置
http://www.remnet.jp/lecture/b05_01/index.html
最新の情報ではありませんが、15, 16日に放医研が行った東京電力(原発)やその近辺の作業者の被ばく検査で、除染が必要な被ばくをしていた方は一人もいらっしゃらなかったとの事です。
吉田正之 さま
お礼のコメント、こちらこそありがとうございました。
先ほど、原発近隣地域における農産物の残留放射能が検知されたと
報道がありました。
体内被曝に関する詳しいガイドラインがあれば教えて下さい。
放射線について、分かりやすく解説して頂き 誠にありがとうございます。