Ver. 2.1 (Update: 111115)
サイエンス・アラートについて
サイエンス・メディア・センター(SMC)の活動のうち、重要なものの一つが「サイエンス・アラート」の発行です(注)。このページでは、このサイエンス・アラートについて説明します。
注:「サイエンス・アラート」という呼び名は、SMCJのみのものです。同種のものは各国にありますが、それぞれ微妙に異なっています。英国SMCでは"Rapid Round Up Review", SMCカナダでは"Heads Up"と呼んでいます。日本語ではいずれも意味が伝わりにくいため、SMCJでは「サイエンス・アラート」という名称を採用しました。
サイエンス・アラートとは
SMCがジャーナリスト向けに発行する「科学技術の専門家コメント」は、「サイエンス・アラート(以下SA)」と言います。
これは「科学技術の関わる社会問題のトピックに関し、ジャーナリストに専門家の知見を素早く伝えること」、また「科学の興味深いトピック、新規技術の可能性や社会的意義などについて、第三者の知見を提供する」ことを目的としています。
理解して頂くためには、具体的な例を見て頂いた方が早いでしょう。
上記の例を見て頂ければお分かりのように、基本的にこれらは「特定のトピックに関して、その分野の専門家・研究者のコメントを羅列した」ものです。
しかし、こうしたコメントを集めたSAは、社会における科学技術の議論をより良いものに変えていける力を持っていると、私たちは考えています。以下では、SAの意義について説明します。
サイエンス・アラートの目的
なぜSAが必要なのか?
科学技術とメディアの関係は、これまで決して良好であったとは言えません。そこで、私たちはこれまで「科学とメディアのあいだには、どのような問題が横たわっているか?」という問いに関し、調査研究を行ってきました。その成果をごく簡単にまとめると、次のようになります(図1):
図1:研究者とジャーナリストのすれ違い
つまり、研究者は「ジャーナリストは問題の(科学技術的な)本質をわかっていない」と感じています。一方で、ジャーナリストは「研究者は何が問題かを、わかりやすく語ってくれない」と感じています。非常にシンプルですが、克服は容易でない課題です。
SAを発行し、またそれをきっかけとして研究者とジャーナリストが「協働的に、社会の議論を構築する」ための橋渡しをすること。それがSAの目的です。
社会のなかの「科学技術のニューズ・ルーム」として
この問題の克服のため、SAの発行を通じて、SMCは「社会のなかの『科学技術のニューズ・ルーム』」として機能することを目指しています。ニューズ・ルームとは、聞き慣れない言葉かも知れませんが、たとえば新聞における「編集部」と言っても良いかも知れません。
ただ、おかしなことを言うようですが、SMCはできるだけ「編集」はしません。SMCが行うのは、編集部の行う機能のうち、初動の部分です。つまり:
「いま、社会が求めている科学技術の情報とは何か?/科学者が社会で議論すべきと考えている問題は何か?」
「次に起こる科学技術の問題は何か?」
「その問題の把握や解決の糸口となりうる科学的知識はどのようなものがあるか?」
「その科学的知識に関し、アカデミア(学術界)の意見の分布はそれぞれどうなっているか?」
こうした問いに対して、SMCスタッフは研究者とジャーナリストの双方から意見を聞き、ミーティングを開き、議論し、またそれを踏まえて各分野の専門家の意見を収集します。
しかし、たとえば新聞の「科学部」がするように「収集した情報を、ひとつ記事としてまとめあげる」ことはしません。完成の一歩以上手前でとどめ、専門家の生のコメントなど、あえて未完成な「情報の素材」をSAとしてジャーナリストに提供します。
サイエンス・アラートの受け取り手は「どんな」ジャーナリストか?
こうしたSA情報の受取り手として想定しているのは、実は「科学技術ジャーナリスト」だけではありません。むしろ、主な情報の受け手としては「科学技術を専門としない」ジャーナリストを想定しています。
科学者・技術者が取材を受けて「問題をわかってくれない」とフラストレーションを感じる状況は、その多くが科学を専門としないジャーナリストとのやりとりの中で生じていることがわかっています。
逆に言えば、SAのような情報をもっとも必要としているのは、たとえば新聞社では科学のトピックを扱わざるをえなくなった「社会部」のジャーナリストであったり、科学の専門セクションを持たないメディア組織(雑誌や、たとえば地方のメディア企業では良くあることです)のジャーナリストです。
(もちろん、専門職としての「科学ジャーナリスト」も私たちの情報を生かして頂くことを願っています。)
注:SMCの「ジャーナリスト」定義は、マスメディアに所属するジャーナリストに限定していません。インターネットが発達した現在、ブログなどで「継続的に・他者による検証可能なかたちで」情報発信している人々もジャーナリストとして捉え、こうした方々のデータベース登録も受け付け、情報を提供しています。
ジャーナリストは、サイエンス・アラートからなにを読み取ることができるか?
時に「SAの内容は、科学の側から報道を枠に嵌めようとするものではないか」という批判も頂きます。しかし、そこから先はジャーナリストの仕事であると考えます。
科学の営みは、それ自体が一つの権力です。「科学的に言うと」という言い回しには、ある種の説得力が伴います。しかし心あるジャーナリストならば、私たちの提供する情報を鵜呑みにすることは無いと考えます。
「科学者がそう言っていても、社会の中でその施策を行うことにより傷つく弱者はいないのか?」
「サイエンス・アラートにコメントを寄せている科学者には、バイアスがかかっているのではないか?」
こうした疑問はジャーナリストならば持つのが当然ですし、私たちは、それで良いと考えてます(もちろん、ここに挙げたようなバイアスを除去するよう、私たちは内部でも議論を重ねています)。
今一度、最初にかかげたSAの例(リンク先)をご覧下さい。
このコメントの集まりからは、何が読み取れるでしょうか。前者はひとつの論文に対するコメント、後者はひとつの科学的観測事象に対する解釈ですが、両者ともに、同じトピックに関する複数の専門家のコメントです。しかし注意深く読めば、そこには「専門家のあいだで共有されている科学的前提」と、「その前提から導き出される、それぞれに異なる科学的解釈」の差が読み取れると思います。
つまり、先に掲げた問題に関し、私たちはSA/HTを通じて、ジャーナリストにそこから「社会で議論すべき問題の本質(=議題)」を見いだしてくれることを願っています(図2)。
図2:研究者とジャーナリストによる社会の議題構築
研究者にとってのSAのメリット
研究者の方には自明でしょうが、これはある意味で「科学の仕組み」を「科学がかかわる報道」に生かしていこうという試みです。もう少し具体的に言えば、特定のトピックに対する議論やピア・レビュー(研究者相互の評価)という仕組みを、ジャーナリストのわかる平易な言葉で、その目前で展開することにより、社会の議論に反映して貰おうという仕組みです。(もちろん、ピア・レビューの欠点に関する議論もありますが、ここでは脇に置いておきます)
正常に動いている科学は、出来るだけ多くの情報(先行研究)に基づき、それを批判的に検討し、問題や課題に対して答えを求めていきます。これは、社会の議論の中でも反映されるべき仕組みであると考えます。
さて、SAという形式を取ることは、研究者にとってもメリットがあります。
先にも述べた調査のなかで、私たちが研究者に「取材を受けて、フラストレーションを感じるのはどのようなシチュエーションか?」と質問してまわったところ、多く上がってきた具体例は次のようなものでした:
「ジャーナリストによるストーリーの押しつけ」:こちら(研究者)の話を聞こうとせず、事前に用意してきた(誤った理解に基づく)ストーリーを押しつけてくる。
「コメントの不適切な引用」:上記のストーリーに当てはめるため、コメントを、無理矢理とって持論の補強に使おうとする。また、極めて恣意的な発言の切り取りを行って引用する。
既におわかりのように、SAは、この両方を回避することができる可能性を秘めています。
あえて羅列されただけの、研究者による「語り」は、ジャーナリストの思い込みによるストーリーの構築を排することができます。また、コメントに関しても、SAは「完全なかたちで、複数のジャーナリストに提供され」、また「暫時の後には公開される」ので、研究者にとっては「あんなことは言っていない」という釈明を(同僚などに)いちいち行う必要もありません(注)。
注:実は、科学技術の専門家がメディアにコメントすることの大きな障害になっているのが「同僚からの評価」です。「メディアで科学的な問題の背景を説明する責任」はほとんどの専門家が同意するにもかかわらず、これを行う専門家に対しては「本業をおろそかにしている」という批判や、「メディアに出て注目を浴びている」という嫉妬が向けられ、それが専門家に対するプレッシャーとなっていることが、私たちの調査からも、また海外の研究からも明らかになっています。
ジャーナリストにとってのサイエンス・アラートのメリット
2005年以降、「科学ジャーナリストの仕事の状況」について、各国で調査が行われています(英国王立協会(Royal Society)、全米科学振興協会(AAAS)、欧州委員会(EC)、そして私たちのJST-RISTEX平成20年度プロジェクト企画調査 など)。
いずれにおいても、各国のジャーナリストたちがそろって「ここ数年の変化」として実感しているのは、「インターネットが発達した結果、仕事に求められるスピードが早まったこと」や、「多メディア化が起こり、また情報の賞味期限が短くなった」こと、またそれらの結果として、「一つ一つの記事にかけられる時間が減った」という問題が生じている現状です。
これは、報道のクオリティを維持するうえでの危機と言えるでしょう(もちろん、こうした問題は、科学に限らず、全ての分野において起こっていることですが)。
問題を把握しつつ専門家を探し、取材交渉を重ねてコメントを取ることは、取材のうえで特に時間を割かれる部分です。時間の無い中で、より的を射た問題提起をおこなうため、SAは利用できるのでは無いかと考えています。
SAは、科学における議論の分布の「見取り図」のひとつとして使うことも出来ますし(その見取り図を疑うことから取材を始めることもできます)、ジャーナリストが獲得出来た専門家コメントの対抗意見(両論併記の片割れ)がどうしても入手できない場合は、SAの研究者のコメントを引用することも出来るでしょう。
こうして少しでも時間を節約することにより、コメント取りよりも、そのジャーナリストの視点に基づく「論」を構築することに、より多くの時間を割いて頂ければ、社会の議論はより豊潤なものになると考えます。
※この点は、「他人(SMC)が取ってきたコメントは、プロの矜持にかけて使えない」という反論も良くいただきます。また、使おうとしたところ、上司に止められた、ということも聞き及んでいます。それでも私たちは、上記のように少なくとも「意見の分布の見取り図」として使えるでしょうから、それで構わない、と考えています。
ただ、海外の報道を見ていると、SMCのコメントもどんどん盛り込んで、刺激的な記事を書いているジャーナリストも多く見受けられます。報道の作法などの文化差もあるでしょうが、何かの折には使って頂ければ幸いです。もちろん、研究者の方々にご協力いただきながら、より良いコメントを掘り起こしていくことも、私たちの責務だと考えています。
公共における科学問題の議論のために
ジャーナリストが科学技術の知識を踏まえて論じるためには?
研究者とて、様々に意見を持っています。データや状況の解釈は、異なっていて当然です。しかし、既に教科書に記載されているような科学的前提は共有しているはずです(図3)。この「合意されている科学のコア」を尊重することこそ、研究者がジャーナリストに求めていることではないでしょうか。
図3:研究者の意見分布の模式図
※青・緑・赤はそれぞれの研究者の意見。重なる部分も異なる部分もあるが「科学的な議論」として共有している前提(橙)が存在する。
結局のところ、研究者がフラストレーションを感じるのは、社会において、(図4のように)「科学の芯を外した」議論(議題フレーム)が展開されている状況だと考えます(図4)。
図4:ジャーナリストが科学的に的外れな報道をしている場合
※科学的な議論の前提から外れたところで、メディアの議論が展開されている場合、科学者はフラストレーションを感じる。この場合、全ての研究者が「この記事は科学的に間違っている」と感じるし、赤の意見の研究者は、自分が寄せたコメントが「そんなことを言ったつもりは無いのに、非常に恣意的に引用されている」と感じる。
訓練されたジャーナリストならば、SAから多くを読み取ることができるでしょう。そして、そのうえで展開する議論は、科学者にとっても納得が行くものになるはずです。
逆に言うと、科学者は、ジャーナリストがこの科学的前提を踏まえていれば、仮に自分とは異なる立場をとって議論を展開したとしても、それは受け入れることができるかと思います。それは、そもそも科学という営みの中で行われていることなのですから。
図5:ジャーナリストが「科学的に妥当な」報道をしている場合
※科学的に妥当な範囲で、メディアの議論が展開されている。青や赤の意見はあまり汲まれていないが、科学的な前提は踏まえているため、科学者にとってはひとつの意見として納得することができる。
SAをひとつのきっかけとして、さらにジャーナリストが取材を重ね、社会に問題を提示することで議論が活性化した先にこそ、より良い議論が存在すると考えます。
SMCによるサイエンス・アラート作製の手順
SAの手順
SAの発行に際しては、次のような手順を踏みます(この手順や詳細は、現在も改良を重ねています):
- トピックの選定
- 専門家の探索・選定
- コメントの取材・取得
- ジャーナリストにSAを発行(メールマガジンによる発行)
- SAをサイト公開(上記4. ジャーナリスト向け発行のだいたい一週間後)
こうしたSAは、合わせて1ヶ月に6回ほどの発行を目指しています。 以下、それぞれについて説明します。
1.トピックの選定
「そもそも、どんな話題を取り扱うのか?」この問いは、どこまで行っても恣意性を免れ得ません。しかし、SMCでは幾つかの規準を設けています。
- その話題が、社会における重要な議題になっている(なりうる)こと。
- ジャーナリストが科学者の知識を求めていること、あるいは科学者が社会で議論する必要を感じていること(あるいは、市民がその議論を求めていること)
こうした点に関し、SMCはメディアで報道されている内容を日々モニタリングし(メディア・クリッピング)、一見科学とは遠そうな事件においても、科学の要素が含まれているものを探し、また科学技術の最新トピックをチェックしています。
また、学会、研究者やジャーナリストの方からの情報提供も、重要な要素になっていますので、ぜひご意見をお寄せ下さい。「まだ社会の問題になっていないが、これから問題になることが予想されるトピック」に関してもっとも敏感なのは、当該分野の専門家です。まだ日本では試行錯誤の段階ですが、海外SMCではこうした研究者からの問題提起も重要な要素になっています。
2.専門家の探索・選定
「ある問題に関する(適切な)専門家とは誰か?」これも非常に難しい問題です。
SMCでは、独自に構築している「研究者データベース」に登録して下さっている研究者や、諮問委員、学会年会の要旨集やネット検索などを駆使し、その問題について語ってくれる研究者を捜していきます。
また、上でも述べたように、専門家にコメントを頂ける場合は、「学問上はあなたと意見を異にするが、あなたが評価している研究者の方を紹介してくださいますか?」と訊ねることもあります。
冒頭の問い-「ある問題に関する専門家とは誰か?」−に対する答えは、幾分逆説的ですが「問いに答えつつも、自分と異なる意見を持つかもしれない専門家を紹介できる専門家」と言うこともできるでしょう。 SMCはこうした細かなプロセスにより、より確実に意見の分布を把握しようと努めています。
3.コメントの取材・取得
SMCが集めるコメントは、出来る限り「電話取材」をベースにしています(取材相手が多忙な場合は、メールでお願いすることもありますが)。これは、電話取材には幾つかのメリットがあるからです。それは、例えば次の様なものです:
- 口頭で説明するため、ジャーゴン(専門用語)を使えない:これは一般向けの記事のなかでコメントを引用したいジャーナリストにとっては、非常に重要な要素です。研究者は、自分でも気付かぬうちに専門用語を使ってしまいがちです。こうしたジャーゴンは、電話ごしでは伝わりにくいため、自然と普通の言葉に言い換えるようになります。
- 電話は対話プロセスにより成り立つため、聞き手に理解しやすい構成になる:ここでいったん一人の人間が聞き取り、書くという編集プロセスを入れることで、格段にわかりやすいコメントになります。
※電話取材したコメントは、SMCスタッフが書き言葉に整理した上で、取材相手の研究者にメールやFAX送付などして確認を取らせていただきますので御安心下さい。
4.ジャーナリストにSAを発行
上記のコメントが揃ったら、メールマガジンを通じて、ジャーナリストにSAを発行します。ジャーナリストは掲載されたコメントを自由に使うことができます。
5.SAをサイト公開
ジャーナリストに送付したあと数日したら、SA/HTをSMCのサイトでも公開します。これにより、コメントを寄せてくださった研究者も、自分が言わんとしたことをインタクト(完全)な状態で、社会に提示することができます。
また、SMCが直接にサービスを提供する対象は、科学技術の研究者とジャーナリストですが、この情報公開により、一般の方も議論に参加することが出来ます。
終わりに:サイエンス・アラートの改良に向けて
以上が、私たちSMCが現在議論を続けながら作っている、SAの意義と仕組みです。
現在も、この試みはJST-社会技術研究開発センター(RISTEX)のプロジェクトとして、改良を続けています。 私たちが発行したSAがジャーナリストにどのように利用されたか、研究者の意図は伝わったか、そして社会における科学の理解や議論の良いきっかけとなったか。
こうしたメディア分析を踏まえつつ、今後もより良いものにしていこうと努力を続けています。 研究者、そしてジャーナリストの方々のご協力と利用をお待ちしています。
【文責:田中幹人(SMCリサーチ・マネージャー/早稲田大学准教授)】