2015410
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専門家コメント

fMRIを用いた自閉症スペクトラム障害の乳幼児の言語発達予測について

・これは、2015年4月9日にジャーナリスト向けに発行したサイエンス・アラートです。

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<SMC発サイエンス・アラート>

fMRIを用いた自閉症スペクトラム障害の乳幼児の言語発達予測について:専門家コメント

イギリス、アメリカ、キプロスの研究チームは、fMRI(functional Magnetic Resonance Imaging、機能的核磁気共鳴画像法) を用いて自閉症スペクトラム障害(Autism Spectrum Disorder、ASD)の乳幼児の脳の活動を調べることで、その後の言語発達に遅れが出るかどうかを予測できるとする成果を発表しました。論文は4月10日付けのNeuronに掲載されました。この件に関する国内専門家コメントをお送りします。

【論文リンク】(アブストラクトのみ無料でご覧いただけます)
Michael V. Lombardo et al., 'Different Functional Neural Substrates for Good and Poor Language Outcome in Autism', Neuron 86, 1-11.

http://www.cell.com/neuron/abstract/S0896-6273(15)00219-6

山末 英典 准教授

東京大学医学部附属病院 精神神経科

この研究は、自閉スペクトラム症(以下、ASD)と診断された60名と言語などの発達が遅れているがASDでない19名と一般的な発達をしている24名の幼児を対象にしています。研究開始時の1歳から4歳の時点で、診察や保護者からの情報に基づいて言語や精神発達の程度を評価した上でfMRI画像を撮影し、音や声に対する脳活動を解析しています。さらに、その半年後と1年後に言語や精神の発達を縦断的に評価して、ASDと診断された幼児を後の言語発達が乏しかった24名と比較的言語発達が良好だった36名のグループに分けて、ベースラインの脳機能による言語発達の予後予測を試みています。

その結果、後の言語発達が乏しかったASD児では、他の3つのグループと比べて、声に対する上側頭皮質などの脳活動が弱いことがわかりました。この脳活動の弱さが診察や観察で認めた言語やコミュニケーション能力の程度と関連していました。さらに、研究開始時の診察や観察で評価した情報(感度79%、特異度61%)*や脳活動(感度71%、特異度67%)によってASDと診断された幼児が後に言語発達が良好か乏しいかが予見可能であることがわかり、この予見能は、診察や観察と脳活動の情報を組み合わせた場合に最も高いと示しています(感度88%、特異度75%)。

評価すべき点は、合計100名を超える幼児を対象にfMRI画像を含めて検討し縦断的検討も組み合わせた点、精緻で妥当な解析法を用いた点、それによってベースラインの脳機能やそれを診断や観察と組み合わせることが自閉スペクトラム症の発達予後の予測に有用だと示した点などでしょう。

しかし、研究成果の実用性という点では解釈に注意が必要です。診察や観察と脳活動による予後の予測能はほぼ同等で、両者を組み合わせることによって予後の予測能が飛躍的に向上した訳でもありません。一方で、幼児期にfMRI画像を撮影し解析することは相当の労力やスキルを要します。そのため、実用に向けて多くの課題が残されており、現時点では診察や観察の方法を改善させて予後の予測能を高める方が現実的で適切であるとも考えられます。

*感度、特異度:言語発達が乏しかったASD児を正しく予見できた割合を感度、言語発達が乏しくなかったASD児を正しく予見できた割合を特異度としています。

 

小坂 浩隆 特命教授

福井大学 子どものこころの発達研究センター

今回の研究は、1〜4歳頃までの乳幼児に対しfMRIを用いてASDの子どもの言語発達を予測する画期的な成果です。fMRIは撮影音が大きい上、狭い環境下で安静を保たなければならないため乳幼児には負担が大きく、撮影するのが難しいのですが、この研究では鎮静をかけずに睡眠中に撮影をするなど工夫されています。また、6か月ごとに症状評価を行っており、60人のASD児を言語発達がみられる群とみられない群に分けて、事前のfMRIの結果を比較検討しています。事前のfMRIの左上側頭回の賦活パターンでASD児ののちの言語発達レベルを約80%で推測できるとしており、その点も評価できます。合計で103人を対象にした研究ですが、規模も妥当といえます。

金沢大学の研究グループはMEG(Magnetoencephalography、脳磁計)を用いて、3〜7歳のASD児は左脳の働きが弱いことを突き止めています。今回の成果はその結果と一致していますが、更に低年齢層を対象としています。ASD児の中には左脳の働きが良いグループもいるという言語機能面でASDの多様性を脳科学的に証明していることに加え、グループごとの相関を検討していることからも信頼性の高い研究結果といえます。

一方で、今後の課題だと考えられる点もあります。睡眠中の脳活動の結果であり、覚醒中の脳活動を見たわけではありません。この種の研究の限界でもあります。また、全被験者において撮影が成功したかどうかの記載がなく、ある程度の割合で撮影ができなかったとしたら、今後の課題になるでしょう。さらに、MEGなどの異なる手法で検討した場合には、異なった結果となるかもしれず、この点も憂慮されます。今回は言語に対する反応に着目していますが、音楽や音の種類によっても結果が変わることも予想されます。さまざまなアプローチで、ASD児の言語機能を脳科学的証明していくことが望まれます。

今回の成果は、個々の症例において、ASDの早期発見やASD診断後の言語発達の推測にもつながるものです。さらに言えば、この成果を早期の療育にフィードバックすることこそが重要でしょう。乳幼児期にその後の言語発達がある程度予測できるとすれば、個々の症例に適した療育に迅速につなげることができます。臨床への応用までの距離がそれほど遠くない研究成果だという印象を受けました。

菊知 充 教授

金沢大学 子どものこころの発達研究センター

この研究では、機能的核磁気共鳴断層画像法(fMRI)を用いて、1歳頃〜4歳程度まで、自閉症スペクトラム障害60人を含む計103人の幼児の脳機能の発達を追跡調査しています。その成果は、自閉症幼児では、人の話し言葉に対する脳の反応の大きさを見ることで、1歳の時期で既に、その後の言語発達の予後予測ができることを示した画期的な成果です。

これまでは、1歳という低年齢を対象とした脳科学研究が困難であることから、当然、自閉症についての研究も乏しいものでした。ましてや自閉症幼児の言語発達の多様性を説明できるような研究はありませんでした。今回の研究では、自然睡眠中という幼児にとって負担にならない環境下で、工夫を重ねて脳機能の記録を実現しています。さらに、2〜3年の追跡調査を行うことで、言語発達の予後を確実にとらえています。心理テストとfMRIの組み合わせにより、1歳において、後の言語発達の予後を80%という高い精度で予測しています。

一方で、今回の研究だけではまだわからない点もあります。この研究では、1〜4歳に安全にfMRIを試行するために、夜間の自然睡眠中に計測しています。工夫を重ねていますが、この検査には労力を要することから日常的に行うことは困難です。自閉症幼児の被験者数(言語に遅れあり24人、遅れ無し36人)が少ないことから、この方法をもちいた言語発達予後予測の精度を確認するためには、さらなる追試験が必要でしょう。

自閉症は症状の有無や程度など多様性が高い疾患です。その多様性の原因は環境よりも、先天的な素質が影響していると考えられています。特に言語発達は、後の日常生活の質に大きな影響を与える要因であり、親の関心も高い問題です。その一方で、それぞれの自閉症患者によって言語の発達パターンは多様性が高く、予後予測が困難でした。今回は、1歳という低年齢児において、その後の言語発達に関わる脳の要素が一部明らかにされた点が素晴らしいと思います。素質を早期に正確に評価することができれば、今後は早期介入を効率的に行うことにもつながると期待できます。

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