201561
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専門家コメント

現生人類の出アフリカ経路、「北ルート」が有力か

・これは、2015年5月29日にジャーナリスト向けに発行したサイエンス・アラートです。

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<SMC発サイエンス・アラート>

現生人類の出アフリカ経路、「北ルート」が有力か:専門家コメント

イギリスのサンガーセンターやケンブリッジ大学のチームは、現在エジプトとエチオピアに住んでいる人のゲノムを分析し、ヨーロッパやアジアなどの非アフリカ人と比較。約6万年前に現生人類がアフリカから拡散したルートは、シナイ半島経由(北ルート)だった可能性が高いとの成果を発表しました。これまでに、北ルートの他、エチオピアからバブ・エル・マンデブ海峡を渡ってアラビア半島に到達したとする「南ルート」説も提唱されています。論文は29日、The American Journal of Human Geneticsに掲載されました。この研究に対する専門家コメントをお届けします。

 

【論文リンク】

Luca Pagani et al.,‘Tracing the Route of Modern Humans out of Africa by Using 225 Human Genome Sequences from Ethiopians and Egyptians’ The American Journal of Human Genetics.
http://www.cell.com/ajhg/abstract/S0002-9297(15)00156-1

 

太田 博樹 准教授

 北里大学 医学部 解剖学教室

現生人類よりも古くからユーラシア大陸に存在していたネアンデルタール人の化石のいくつかは、レバント地方(アラビア半島の地中海沿岸)から発見されているので、北方ルートであったとしたら、現生人類はネアンデルタール人と接触したのちユーラシア大陸全体へ拡散した可能性が高くなり、南方ルートだとするとその可能性は低いと考えられます。近年、ネアンデルタール人のゲノム解析が進み、現生人類との交雑が議論されているので、この点からも本論文は興味深いものです。

本論文では、100人のエジプト人とエチオピアの5集団(125人)を次世代シークエンサーで全ゲノム解析し、この拡散ルートの解明に挑んだものです。トライアルとして高く評価できる研究との印象を受けます。もし、北方ルートが正しければ、エジプト人のゲノムは非アフリカ人のそれにより近いでしょうし、逆に南方ルートが正しければ、エチオピアの人々の方が非アフリカ人に近いという結果になるでしょう。それぞれの集団がゲノムをどれくらい共有しているか、集団が別れた時期はいつかなどを推定し、著者達は北方ルートがより尤もらしいと主張しています。

こうした解析で最も問題になるのは最近の混血の影響です。著者達はできる限りその影響を取り除く努力をしていますが、より古い時代(例えばヨーロッパへ行った人々とアジアへ行った人々が分岐する前後)の混血の影響までは、取り除くことが難しかったと思われます。したがって、本論文の結論が決定的とは言えないでしょう。今後の発掘調査や化石人骨からのゲノム解析が、最終的な結論を導くものと期待されます。

 

篠田 謙一 人類研究部長

 国立科学博物館 

私たち現代人(ホモ・サピエンス)の誕生は、化石とDNAの証拠から、おおよそ20万年前のことであると考えられています。そして出アフリカをなし遂げたルートには、エジプトからシナイ半島を経由する北方ルートと、バブ・エル・マンデブ海峡を通ってアラビア半島に至る南方ルートの2つが想定されています。遺伝子の証拠から、出アフリカをなし遂げた人数はそれほど多くないと考えられており、地理的にも離れた、この二つのルートの双方を使ったとは考えにくく、論争が続いている状況です。

本論文では、エジプトとエチオピア集団のゲノム解析から、後の時代の混血の影響を排除し、どちらがアフリカ人以外の集団との共通性を持つかを検討しています。その結果、エジプト集団の方がより非アフリカ集団に類似することから、出アフリカは、北方ルートを利用したと結論しています。この結論が正しいとすると、高解像度のゲノム解析の持つ圧倒的な情報量は、6万年前とされる出アフリカの遺伝的な痕跡をも検出したことになります。

ただし、現代人のデータから6万年前のできごとを推測するのにはやはり無理があるでしょう。この研究結果も現時点での解析方法の到達点を示すものではありますが、決定的な結論とはなってはいません。特に農耕開始期以降には地域集団の遺伝的な特徴が大きく変わることが知られており、初期集団の遺伝的な特徴を現代人のそれから類推することは難しいのが現状です。この問題を解決するには農耕開始以前の古人骨のDNA分析や、化石や考古学の直接的な証拠による裏付けが必要だと思います。

 

木村 亮介 准教授

 琉球大学大学院 医学研究科 人体解剖学講座

現生人類はアフリカで誕生し、今から5万〜10万年前に出アフリカをしたと考えられています。そのルートとして仮定されている候補には、エジプトからシナイ半島を経てレバント地方に抜ける「北ルート」とエチオピアからアラビア半島を通る「南ルート」の2つがあり、考古学において論争が絶えません。

本研究は、現代のエジプト人とエチオピア人のゲノムを調べることで、この問題にチャレンジしています。しかしながら、現代の北方アフリカ人のゲノムにはユーラシアからの逆方向の移動の影響が多くみられるために問題は簡単ではありません。そこで著者らは、逆方向の移動の影響を取り除くことで、出アフリカ当時のエジプトおよびエチオピアの人と出アフリカしたユーラシア人との関係を明らかにしようと試みています。結果として、エジプトおよびエチオピアの人がヨーロッパの人と分岐したのは、それぞれ5万5000年および6万5000年前であると推定され、「北ルート」での出アフリカが支持されました。

今回の研究は、膨大な現代人のゲノムデータを用いて考古学の問題を補完するものであり、統計解析の上でも現存しない集団のゲノム構成を復元するというチャレンジングな問題を含んでいます。方法論的なことも含めて、今後さらなる検証が必要だと思います。

 

大橋 順 准教授

 東京大学大学院 理学系研究科 生物科学専攻

今回の研究では、出アフリカ時の経路を明らかにすべく、100人のエジプト人と125人のエチオピア人の全ゲノム配列解析を行い、他の現代人の全ゲノム配列データと比較しています。エジプト人が非アフリカ人と遺伝的に近ければ「北ルート」説が、エチオピア人が非アフリカ人と近ければ「南ルート」説が支持されることになります。しかし、エジプトやエチオピアなどの北東アフリカには、ヨーロッパから無視できないほどの現代人の遺伝子移入(逆移住)があったことが分かっています。そのため、いかに遺伝子移入の影響を排除して解析するかが、遺伝学的研究の課題でした。

ゲノム配列の変遷をたどる指標に、SNPs(一塩基多型)があります。特定部位の塩基が、あるヒトではA、別のヒトではGであるような違いのことです。ヒトの場合は、ゲノム全域で数千万個のSNPsが存在していると考えられています。SNPs部分の塩基の組合せにより、着目するゲノム領域の配列を特徴付けることができ、その組合せをハプロタイプとよびます。ハプロタイプは親から子に受け継がれるときに組換えによって変化しますが、短いハプロタイプはそのまま伝達される確率が高いといえます。著者らは、ゲノムを小さな領域に分けたうえで、それぞれのハプロタイプを調べあげ、その情報をもとに、エジプト人とエチオピア人のゲノム配列から、ヨーロッパ人に由来する可能性が高い領域を取り除きました。そのうえで非アフリカ人のゲノム配列と比較したというわけです。

要点だけを述べると、アフリカ人で観察されるハプロタイプの中から、エジプト人にだけ観察されるハプロタイプとエチオピア人にだけ観察されるハプロタイプ(以下、「エジプト特異的ハプロタイプ」、「エチオピア特異的ハプロタイプ」)を選び、それぞれの割合を求めます。さらに、アフリカ人、ヨーロッパ人、アジア人の全てに観察されるハプロタイプの中から、先に定義した「エジプト特異的ハプロタイプ」と「エチオピア特異的ハプロタイプ」の割合をそれぞれ求め、アフリカ人の中での割合と比較したところ、前者は1.25倍となり、後者は0.82倍になったとしています。このことは、出アフリカを果たした集団において、「エジプト特異的ハプロタイプ」の割合は高く、「エチオピア特異的ハプロタイプ」の割合は低かったことを示唆しています。そこで、著者らは、「出アフリカ時に『北ルート』を経由した人々が、現在の非アフリカ人の主な祖先集団である」と結論づけました。この北ルート説は、5万5,000年前の人骨が北ルートに近いイスラエルの西ガリラヤ地域のマノット洞窟で発見されている事実とも符合します。

ただし、今回の研究では、解析に使用した集団が少ないために、ヨーロッパ人由来のゲノム領域を除いた際や、非アフリカ人との近縁性を評価した際に偏りが生じ、誤った結果が得られた可能性が否定できません。また、出アフリカの回数についても分かりません。今後、さらに多くの集団を含めた解析を行うことで、より確かな結論が得られることに期待したいと思います。

 

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