201568
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記事の引用は自由ですが、末尾の注意書きもご覧下さい。

専門家コメント

「地球温暖化は停滞」に異議

専門家コメント・これは、2015年6月5日にジャーナリスト向けに発行したサイエンス・アラートです。

・記事の引用は自由ですが、末尾の注意書きもご覧下さい。

<SMC発サイエンス・アラート>

「地球温暖化は停滞」に異議

さまざまな観測データの解析により、21世紀以降は地球温暖化が頭打ちになっているのではないかと考えられるようになっています。ところが今回、アメリカの研究チームは、海面温度の観測値に生じる「偏りやゆがみ(バイアス)」、データの質などを検討し、言われているような地球温暖化の停滞現象(ハイエイタス)は起きていないと報告しました。著者らは、現在も、20世紀後半の気温上昇と同程度の割合で温暖化し続けていると結論づけています。論文は6月5日、Science速報版に掲載されました。この件についての専門家コメントをお送りします。

海外SMCの専門家コメントについては下記リンク先をご参照ください。
http://www.sciencemediacentre.org/expert-reaction-to-new-study-on-the-global-warming-hiatus/

【論文リンク】
Thomas R. Karl et al., 'Possible artifacts of data biases in the recent global surface warming hiatus’,published  in Science.
http://www.sciencemag.org/content/early/2015/06/03/science.aaa5632

 

木津 昭一 准教授

東北大学 大学院理学研究科

2013年に公表されたIPCC(気候変動に関する政府間パネル)の第5次評価報告書は、最近15年間(1998~2012年)の地球の平均地上気温の上昇率が、それまでの半世紀に比べて顕著に鈍って見えることを示し、その原因が、1998年に起こった観測史上最大のエルニーニョ(年単位で気温が高めに出やすくなる)と、それ以降の短期間でトレンド(気温変化の傾向)を見積もったことにあるとしました。この鈍りを温暖化傾向の停滞と捉えた科学者たちは、これをハイエイタス(「ひび」や「すき間」の意)と呼び、その原因を説明するいくつもの仮説が提唱されてきました。

本論文は、こうした見方に真っ向から反論し、IPCC が認めた温暖化傾向の鈍りそのものが、観測データの不足やバイアス(系統的な誤差)に起因する事実誤認だったのではないかと主張しています。著者は、過去の解析では主に海面水温の測定方法の変遷に由来するバイアスの補正が不十分であったとして改良を加えました。また、解析で用いるデータを選別し直し、陸域の地上気温の算出方法を改め、データの乏しい極域の補間方法も見直しました。そして観測史上最も暑かった2014年まで含めて解析し直した結果、これまでハイエイタスとされていた期間も含め、前世紀半ば以降の温度上昇率に鈍化は見られないと結論づけています。

本論文で主に問題とされた海面水温に限らず、気象や海洋の観測では、年代による測定方法の変遷や、観測点自体が地球上で偏って存在することから来る問題にしばしば直面します。様々な時空間規模の変動を含む観測データの中から、温暖化トレンドのような小さな信号を精度良く抽出するには、高品質の観測ネットワークを長期にわたって維持することが何よりも重要です。本論文は、そのことを改めて浮き彫りにしたと言え、今後多くの議論を呼ぶことが予想されます。

 

 

石井 正好 主任研究官

気象庁 気象研究所 気候研究部

19世紀半ば以降の物理的な観測に基づく地上気温ならびに海面水温データは、過去の気候変化について最も精度の高い情報を提供します。論文中 (Fig. 2) に示された時系列は多くの研究者が40年以上の研究の時間をかけて何度も修正を加えてきました。今回は海面水温観測方法の違いに由来するバイアス(統計的誤差)を除去し、最新の陸上気温データベースを用いた点に新規性があり、過去の記録の精度を高めることに貢献していると思います。ただし、これまでの経験から未知の観測データの問題が残っている可能性はありますので、引き続きデータについての注意深い吟味が必要であることは強調しておくべきです。詳細な検証作業はまだですが、我々の研究グループが既に報告した海面水温解析の結果とも、整合すると考えています。

観測のバイアスや気温推定誤差は長期温暖化トレンドに比べて著しく小さいため、今後データが修正されることがあるとしても、過去の温暖化傾向は事実として残るでしょう。論文中に示されている図(Fig.2 B)からも、補正の有無にかかわらず明白な温暖化の傾向を確認することができます。一方で、時系列には温度上昇の小さい期間と大きい期間が繰り返し現れています。

論文中では、2000年〜2014年の温度変化の傾向はそれ以前のものと大差なくなったため、温暖化停滞説を支持しないとしています。しかし、2000年代前半部に限れば温度上昇は小さくなっています。いずれにしても、短期間のトレンドの大小にこだわるのは、やや近視眼的でしょう。温暖化停滞研究は、地上気温上昇停滞の要因に幾つかの気候変動メカニズムが考えられるとして、新しい視点を提示してきました。これらの研究成果と併せて過去の温暖化の実態を解明していくことが重要です。

 

川合 義美 主任研究員

 海洋研究開発機構 地球環境観測研究開発センター

IPCCレポートで使われている全球海面水温データセットの一つ(ERSST)が、新たな補正を施されたうえで昨年バージョン4にアップデートされました。本論文はこの最新バージョンのデータセットの解析から、1998年以降の全球平均表面温度(海面水温+陸上気温)のトレンドは20世紀後半のトレンドと同じくらい大きいことを示し、従来指摘されていた全球平均温度の上昇が停滞する現象、いわゆる「ハイエイタス」を支持しない結果になったと指摘しています。

但し、論文中出示されているように(Fig.2A)、例えば1998年から2008年の期間だけで見てみると、全球平均温度があまり上がっていないことに変わりはありません。このことから、本論文自体は、近年のハイエイタスに関する最新の研究成果を否定するものにはあたらないと私は考えます。この補正が絶対的に正しいというわけではなく、補正方法によってトレンドは変わり得るものであるという点には注意が必要です。また、トレンドの値は、期間の取り方によっても大きく変わることがあります。特に期間が短いほど気をつける必要があります。

しかしながら、「現時点で一番もっともらしい」補正を使うと、温度のトレンドは小さくなるのではなく大きくなる可能性が高い、ということを示したことには大きな価値があると考えます。1998年以降は人間活動によらない自然変動が人間活動による温暖化を打ち消してきたとものと考えられており、近いうちにまた温暖化のペースが上がるのではないかと懸念されていますが、本論文の結果は、温暖化のペースがすでに元に戻っていることを示唆しているのかもしれません。

塩竈 秀夫(しおがま ひでお) 主任研究員

国立環境研究所 地球環境研究センター 気候モデリング・解析研究室

日本の気象庁、英国気象局、米国海洋大気局などがそれぞれ独立に提供している全世界平均地上気温の観測データセットの解析によると、21世紀に入ってからは全世界平均地上気温の上昇速度が遅くなっていると言われていました。この現象は「地球温暖化の停滞」と呼ばれ、その原因を探るべく、数多くの研究が行われてきました。長期間の観測データセットを作成する際には、観測方法や機器の変更、観測場所の移転などに伴う観測値のギャップを補正する必要があります。本論文では、米国海洋大気局が、この補正方法をより精緻化しました。また、陸上の気温に関して、これまで使用することができなかった観測データが整備され、新たに組み込まれました。これらの改善を行った結果、最近15年ほどの気温上昇速度は、20世紀後半とほとんど変わらないことがわかり、「地球温暖化の停滞」は上記のギャップが補正し切れていなかったことによって生じた幻であったと結論されています。また海氷に覆われた極域では海面水温の観測データは得られませんが、その領域の温度を推定してやると、気温上昇量はさらに大きくなることも示されました。

この論文は、過去の気候変動を理解する上で、重要な新情報を提供しています。気象庁や英国気象局などでも、より正確なデータセットを提供するための改善が常に行われており、今後本論文と整合的な結果が出てくるのか、それとも異なる結果が示されるのかが注目されます。

 

渡部 雅浩 准教授

 東京大学 大気海洋研究所 気候変動現象研究部門

この論文では、新たに導入した海面水温データの補正を用いると、IPCCの第5次評価報告書(AR5)で述べられているような「1998年〜2012年における、地球全体の気温上昇の停滞現象(ハイエイタス)が見られなくなる」としています。つまり、「ハイエイタスというのは不完全なデータがもたらした幻想である」といった趣旨です。

一方で、IPCC AR5では、必ず3つ以上の独立なデータセットを用いて観測の推定値を求めていますので、著者らの新しい海面水温データだけでIPCCのこれまでの主張が覆るかというと、そこは慎重であるべきだと思います。

ハイエイタスの存在は、海面水温データだけでなく、3つの異なる地表気温データ、4つの異なる海洋上層水温データでそれぞれ独立に検出されています。また、複数の気候モデル実験で、熱帯貿易風の強化や2000年代の火山や太陽活動の影響といった「ハイエイタスを再現しうる要素」も特定されていますので、新しい海面水温データからハイエイタスが検出されないとなると、それらの研究結果をどう解釈したらよいかという問題が発生します。

現在までのところ、ハイエイタスに最も寄与しているのは低緯度の海面水温における変化傾向(IPO-太平洋数十年規模振動-の負位相に伴う水温低下傾向)だと考えられています。 著者らは北極域の温度上昇が大きくなったことを、ハイエイタスが幻想である根拠として挙げていますが、今回用いた新たな補正が海面水温変化の傾向の分布をどのように修正するのか、彼らのデータセットではIPOに伴う水温低下を打ち消している海域がどこなのか、など詳しく調べることが必要だと思います。

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