Horizon Scanning 2025-#28「熱波への暴露が老化を加速させる可能性」、「フランス革命発生時の噂の拡散メカニズム」等

2025年8月29日

Horizon Scanningでは、これから議論になることが予想される科学技術のトピックに関して、(1)海外SMCからの情報、(2)学術出版社や研究機関からの情報をお送りします。

掲載日: 2025年8月26日 | 掲載誌: Nature Climate Change

熱波への暴露が老化を加速させる可能性

熱波への長期的な曝露が老化を加速させる可能性がある。この研究では台湾の約2万5千人(平均生物学的年齢46.3歳)を対象に2008~2022年の健康データを分析し、生物学的年齢と実年齢の差(老化加速度)を産出。その結果、累積的な熱波曝露が増えるごとに老化加速が0.023~0.031年上昇することが分かった。さらに、労働者や農村住民、エアコン普及率が低い地域の住民が特に影響を受けやすいことが示された。参加者は一定の順応を示したが、健康への悪影響は持続していた。この研究は、熱波に対する社会的・地域的格差が健康リスクを拡大することを明らかにし、脆弱な集団を守る政策や資源配分の重要性を強調している。

論文リンク

掲載日: 2025年8月26日 | 掲載誌: Nature Medicine

遺伝子組み換え豚の肺が人間で9日間機能

Nature Medicineに掲載される論文によると、研究チームは遺伝子組み換え豚の肺を人間患者に移植し、9日間機能したとのこと。異種間肺移植の最初の事例である可能性がある。これまでの研究は豚の腎臓・心臓・肝臓に集中し、遺伝子改変を用いて、人間の免疫システムがこれらの臓器を即座に拒絶する抗原(antigens)を除去する研究をが行われてきたが本研究でも同じ戦略を用い、脳死と診断された39歳の男性に肺を移植したという。患者の身体は即座に肺を拒絶せず、その後9日間機能した。しかし、移植後24時間で肺の障害の兆候が現れ、移植3日目と6日目に拒絶反応の兆候が見られたため、実験は9日目に中止されたとのこと。

論文リンク

専門家コメント

掲載日: 2025年8月28日 | 掲載誌: Nature

フランス革命発生時の噂の拡散メカニズム

1789年7月20日から8月6日にかけてフランス全土に広がった「大恐怖(The Great Fear)」について、現代の疫学モデルを用いることにより、その拡散過程が解明された。大恐怖では、武装集団や貴族の陰謀に関する噂が農村部に広がり民兵が組織されたが。実際の武装集団は現れず、最終的に土地所有者への攻撃につながった。この研究では当時の道路網を基に噂の伝播経路を再現し、人口、識字率、小麦価格、土地所有制度などの社会経済データと組み合わせて分析した。その結果、噂は平均1日45kmの速度で道路網に沿って広がり、郵便中継所近くの町で特に発生しやすかった。識字率や所得が高いが小麦価格も高い地域で大恐怖が起こりやすく、領主が土地所有を証明する文書を必要とする地域でも頻発した。研究は、大恐怖が感情的爆発ではなく当時の政治的・経済的条件に基づく合理的な広がりだったことを示唆している。

論文リンク

掲載日: 2025年8月26日 | 掲載誌: JNeurosci

感情のポジティブな誤認は脳の老化を示唆?

JNeurosciに掲載される論文によると、年齢を重ねるにつれ、感情をポジティブに認識する傾向が強まる可能性があるとのこと。過去の研究では、この認識傾向が精神的な健康を維持するための人間の適応メカニズムである可能性が示唆されていましたが、研究チームは、これが実際は加齢に伴う認知機能の低下を示す兆候である可能性を指摘している。研究チームは感情認識タスク(emotion recognition task)に参加した665人の被験者のデータを分析。感情をポジティブに認識する傾向(bias)が、他のタスクにおける脳のより低いパフォーマンスと関連していたとのこと。

論文リンク

掲載日: 2025年8月20日 | 掲載誌: the bmj

注意喚起:更年期を迎えた女性で商業用ホルモン検査を検討中の方へ

the bmj に掲載された論説記事によると、更年期を迎えた女性を対象に科学的根拠に裏付けられていないサービスを提供し、健康に害を及ぼす可能性がある商業的なウェルネス企業が急増しているとのこと。研究チームは、更年期症状の管理のために「個人に合わせた」ホルモン療法を目的として、女性に対し定期的なホルモン検査(routine hormone panel testing)を宣伝する傾向が出てきていると指摘。研究チームは、この検査は、主流の治療法と同等の有効性や安全性の検証レベルに到達していないことの多いカスタムホルモン療法(custom hormone regimens)とともに、科学的根拠に裏付けられていないと主張している。更年期女性にとっての効果的な治療は、基本的に数値(ホルモンレベル)からではなく(症状の)聴き取りから始まる、とのこと。

論文リンク

掲載日: 2025年8月22日 | 掲載誌: PLOS Medicine

幼少期の抗生物質投与と自己免疫疾患のリスクとの関連性

これまでに、出生前ないし幼少期の抗生物質への暴露が自己免疫疾患の発症に寄与するというエビデンスが発表されている。そこで韓国の全国規模コホート研究で、妊娠中や乳児期の抗生物質曝露と子どもの自己免疫疾患リスクの関連を検討したところ、全体的に抗生物質曝露と1型糖尿病、若年性関節炎、炎症性腸疾患、自己免疫性甲状腺疾患などのリスク上昇は認められなかった。ただし妊娠初期から中期にセフェム系抗生物質を使用した場合、炎症性腸疾患のリスクがやや高まる傾向が示された。また、生後2か月以内の抗生物質曝露では自己免疫性甲状腺炎のリスク上昇が示唆された。全体として明確な因果関係は確認されなかったが、抗生物質使用は適切な適応に基づくことが重要であり、特定の時期や薬剤による影響については今後さらなる研究が必要とされるとのこと。

論文リンク

掲載日: 2025年8月20日 | 掲載誌: Nature

老齢の星の内部構造が明らかに

これまで老齢の星の内部構造はよく分かっていなかったが、新しい研究で、爆発した星がそれを観察する手がかりを与えたことが報告された。通常、星が超新星として爆発すると内部の層が混ざり合ってしまい、その構造を突き止めるのは難しくなる。しかし2021年、2021yfjと呼ばれる星が外層のほとんどを失った後に爆発し、研究者たちに内部を直接観測する機会をもたらした。この観測から、超新星爆発の直前に星が放出した、ケイ素と硫黄を豊富に含む厚く巨大な殻が見つかった。また、ヘリウムも検出されたが、これは意外な結果だった。というのも、この軽い元素は超新星の初期段階ですでに失われていると考えられていたからである。

論文リンク

掲載日: 2025年8月19日 | 掲載誌: British Journal of Ophthalmology

子どもの近視予防にオメガ3が役立つ可能性

魚に多く含まれる脂肪酸「オメガ3」を豊富にとる食事は、子どもの近視を防ぐ助けになる可能性があることが国際的な研究で示された。一方で、バターやパーム油、赤身肉などに含まれる飽和脂肪酸を多くとると、近視のリスクが高まるかもしれないと国際研究チームが報告した。研究では、中国の子ども約1000人を対象に視力を調べ、食習慣に関するアンケート結果と近視の進行を比較した。アンケートでは、屋外で過ごす時間や読書・執筆、スクリーンを見ている時間についても質問した。その結果、オメガ3を最も少なく摂取していた子どもたちは、近視の進行を示す指標が最も大きく、逆にオメガ3を最も多く摂取していた子どもたちは最も小さかった。また、飽和脂肪酸については逆の傾向が見られ、摂取量が多いほど近視の進行リスクが高まることが分かった。

論文リンク

掲載日: 2025年8月22日 | 掲載誌: Frontiers in Climate

山火事で死亡率が急増:間接的な被害も要因

国際研究チームは、2023年8月にハワイ・マウイ島ラハイナで起きた大規模な山火事を調査し、地域の死亡率が大きく上昇したと報告した。その月の死者数は予測より82人多く、通常より67%の増加にあたった。さらに、火災が最も激しかった週には死亡率が通常の約3.7倍に跳ね上がっていた。研究チームは、この増加は火災による直接的な炎や煙、火傷だけでは説明できないと指摘する。医療体制の混乱によって必要な薬や救急治療を受けられなかったこと、さらに持病の悪化などが死亡率上昇の大きな要因になったという。

論文リンク

掲載日: 2025年8月21日 | 掲載誌: Redox Biology

硫化⽔素が遺伝⼦の発現を制御する仕組みを解明

東京科学⼤学の研究チームは、細菌が硫化⽔素に応じて遺伝⼦発現を制御する仕組みを解明した。多くの細菌は、硫化⽔素に応じて鉄の取り込みなどに関わる遺伝⼦の発現を調節しており、その機能が⽋損すると抗⽣物質耐性が弱まることがわかっていたものの、細菌が硫化⽔素に応じて遺伝⼦発現を制御するメカニズムは不明だった。この研究では、硫化⽔素に応答する転写因⼦を詳細に解析したところ、転写因⼦に結合しているヘムが硫化⽔素による転写因⼦への硫⻩修飾を触媒しており、この硫⻩修飾の有無で転写が調節されることを明らかにした。この発⾒は、細胞内におけるヘムの新規機能の解明と、新たなターゲットに基づく抗⽣物質の開発につながると期待されている。

論文リンク

掲載日: 2025年8月24日 | 掲載誌: Australian Journal of Primary Health

オーストラリアの長期COVID患者、人口比で生活の質(QOL)・生活能力の低下を経験

Australian Journal of Primary Healthに掲載された論文によると、オーストラリアの患者グループを対象に長期COVID感染の症状が生活に与える影響を調査した結果、このグループはオーストラリア人口の98%よりも障害の程度が高かったとのこと。研究チームは、2020年から2022年半ばまでにCOVID-19に感染し、2022年末時点で世界保健機関(WHO)の長期COVID患者の定義に該当する121人の成人を募集。日常的な障害の程度と機能(level of disability and function)、生活の質(quality of life)を評価する調査を実施しました。一般人口と比較した結果、長期COVIDは生活の質・基本的な生活能力(ability to do basic life tasks)の著しい低下と関連していた。この結果は、COVID患者にリハビリや支援サービスを提供する場合、対象を長期感染者に絞った支援が必要であり、また、日常のより複雑な活動(疲労管理や家庭内・地域社会・社会での活動など)への支援に優先的に取り組む必要があることを示唆するという。

論文リンク

専門家によるこの記事へのコメント

この記事に関するコメントの募集は現在行っておりません。