201145
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低線量被ばくの人体への影響について:近藤誠・慶応大

Ver.1.1 (110405-17:12 Updated 110405-23:56)

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近藤誠(こんどう・まこと)

慶応義塾大学医学部放射線科講師

1948年生まれ。東京都出身。慶應義塾大学医学部卒。患者の権利法を作る会、医療事故調査会の世話人をつとめる。

 

 テレビや新聞で報道されている被ばくに関する専門家のコメントに100ミリシーベルトを基準として「これ以下の被ばくは問題ない」とするものが多々見受けられますが、この表現には問題があるので、指摘します。

「広島、長崎のデータなどから100ミリシーベルト以下では人体への悪影響がないことは分かっています」という記事がありました。

 確かに100ミリシーベルト以下の被ばくでは火傷のような急性症状は出ません。急性症状について言っているなら妥当な表現です。

 しかし、広島、長崎で被爆した人の追跡調査では50ミリシーベルト以下の低線量被ばくでも発がんによる死亡増加を示唆する研究結果があります。[文献1]

 放射線はわずかな線量でも、確率的に健康に影響を与える可能性があります。

 低線量被ばくについては、日本を含む世界15カ国で40万人の原子力施設作業員の調査をしたレポートがありますが、これによると、被ばく量が50ミリシーベルト以下でも発がん率は上昇しています。[文献2]

 また被ばく量が1シーベルト上がるごとに、がんによる相対過剰死亡数が率にして0.97(97 %)増える計算です。相対過剰死亡率の計算は若干難しいので、結果だけ示しますと、死亡統計により国民死亡の30 %ががんによる日本では、10ミリシーベルトを被ばくすれば、がんの死亡率は30.3 %、100ミリシーベルトの被ばくでは33 %になります。

 100ミリシーベルト以下は安全だとする説は、ここ数年でほぼ間違いだとされるようになっています。

 人間は放射線被ばくだけで発がんするわけではありません。

 私は、「発がんバケツ」という考え方をします。それぞれの人が容量に個人差のある発がんバケツを持っています。放射線だけでなく、タバコや農薬など、いろんな発がんの原因があり、それがバケツにだんだんとたまっていき、いっぱいになってあふれると発がんすると考えます。

 ある人のバケツが今どのくらい発がんの原因で満たされていたかで、今回被ばくした量が同じでも、発がんする、しないに違いがでます。ですから、放射線量による発がんの基準値を決めるのは難しいのです。

 たばこを吸う本数による発がんリスクも、吸う本数や年齢、吸ってきた年月により変わり、計算が難しい。ですから、放射線被ばくのリスクと喫煙による発がんのリスクを比較してより安全だということに疑問を感じます。

 同じ記事中に

「100ミリシーベルトを被ばくしても、がんの危険性は0.5 %高くなるだけです。そもそも、日本は世界一のがん大国です。2人に1人が、がんになります。つまり、もともとある50 %の危険性が、100ミリシーベルトの被ばくによって、50.5 %になるということです。たばこを吸う方が、よほど危険と言えます」とあります。

 0.5 %という数字は、国際放射線防護委員会(ICRP)の2007年の勧告中にある、1シーベルトあたりの危険率(5 %)に由来していると思います。つまり1シーベルトで5 %ならば、その10分の1の100ミリシーベルトならば、危険率は0.5%になるというわけです。しかし、この数字は発がんリスク(がんになるリスク)ではなく、がんで死ぬリスクです。ここでは、2人に1人ががんになるというのは発がんの確率ですから、ここに、危険率(がんで死ぬリスク)の0.5 %をプラスしているのは、発がんリスクとがん死亡のリスクを混同していると考えられます。

 リスクを混同している上に、喫煙量も明示せずにたばこの方が危険と言っている。

 メディアの方は、こういう乱暴な議論に気をつけ、科学的な根拠の誤用に気をつけていただきたいと思います。

 

参考文献

文献1:Brenner DJ, Doll R, Goodhead DT., et al. "Cancer risks attributable to low doses of ionizing radiation: assessing what we really know." Proc Natl Acad Sci U S A. (2003) Nov 25;100(24):13761-6.【PubMed

文献2:Cardis E, Vrijheid M. Blettner M., et al. "Risk of cancer after low doses of ionising radiation: retrospective cohort study in 15 countries." BMJ (2005) 9;331(7508): 77【PubMed

 

【関連記事:放射線被ばくに関して:近藤誠・慶応大

他関連文献: Shuryak I, Sachs RK, Brenner DJ. "Cancer risks after radiation exposure in middle age." J Natl Cancer Inst. (2010) Nov 3;102(21):1628-36. 【PubMed

4/6-23:56 SMC追記:文献1として謝って別の文献を掲載しておりました。お詫びと共に差し替えましたことをここに記録致します。

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専門家によるこの記事へのコメント

  1. 放射線取扱業務経験者

    名無し様、コメント有難うございました。

    線量限度(実効線量)を考える場合は、「がん死のリスク」と「遺伝的影響のリスク」を併せた各組織の総和を見積るので、「危険率」の中には「遺伝的影響のリスク」も入っているはずだと思い込んでしまいました。
    ご案内いただきました資料をみると、「がん死のリスク」と「遺伝的影響のリスク」について、それぞれリスクを求めています。
    ご教示有難うございました。

  2. 名無しさん

    >>放射線取扱業務経験者さん

    http://www.rist.or.jp/atomica/data/dat_detail.php?Title_Key=09-02-08-04
    >>低線量低LET放射線の全身均等照射による放射線誘発癌(身体的影響)の生涯死亡リスクは、線量-線量率効果係数を2とすると、一般公衆の場合、男女、全年齢平均でSv当り、約5E-2
    ということで、この和訳が間違っていなければ 100mSv被爆での死亡率0.5% で正しいと思われます

  3. 自由人

    なんて、理路整然とした説明でわかりやすいことか。
    凡人の私でも、テレビ放送に出演して説明する御用学者の解説に日ごろから疑問に感じていたことをスッキリとご説明いただいて本当感謝いたします。
    それに普通に考えて腑に落ちますし。

    出来たらですが、日本人の発ガン率における時代的推移と、放射性物質の汚染に関する時代的推移と云う観点から、それに於ける相関関係を紐解いていただければ幸いです。

    日本人は明治大正なりの大昔の死亡統計は無くとも、昭和初期から統計でも国民死亡の30 %ががんなのでしょうか?

    個人的には、戦後の原爆実験時代にかなり長期間に渡って放射性物質汚染により被曝したことが30%と云う数字を叩きだしている。
    そして、その事実が誰も立証できないままに平成を向かえ、お陰で今やガン保険セールス花盛りとなっている。

    そんな仮説を信じています。
    喫煙しない人が肺がんになることも多くタバコとの因果関係が見直される中、その関連性は少なからずあると考えます。

    • nory

      死亡率と罹患率は分けて考える必要があると思います。

      癌死亡率が増えているように見えるのは、主に、ガン以外の病気での死亡が減ったことと、高齢化のためです。
      要するに、癌で死んでしまうほどに日本人は長生きになった、ということです。
      がん研究振興財団の年齢調整された死亡率の推移(http://goo.gl/Vw6Un)を見ると、女性については1960年以降は下降傾向、男性は1995年頃まで微増だったものの、それ以降は下降傾向となっています。75歳未満であれば、男女ともに下降傾向です。
      大気圏内核実験が盛んに行われていたのは1949~81年ですが、期待するような相関関係があるようには思えません。

      一方罹患率(http://goo.gl/ccFo8)は上昇傾向にあるようです。
      核実験などの何らかの要因で発癌率が高くなったのか、検査技術の向上や検査する機会が増えて発見される数が増えたためなのかは分かりません。

      私は、
      医療が進む → 高齢化して癌死亡率が高まる → 癌が怖いから検査する → 癌発見率が高まる
      という流れてあって欲しいと思います。
      他国の核実験などで日本人の罹患率を増やされたと考えるのは癪なので。

      • 自由人

        コメントありがとうございました。

        そうですね^^;罹患率を申し上げたかったつもりが、あるべき医学統計的な観測指標を無視して、余りに雑把な感想論を述べてしまって失礼致しました。

        発癌の罹患率の上昇については、想定される交絡因子が余りにも多くて、起因根拠を核実験由来の放射能のみに特定して割合を求める事自体が困難と云うか、不可能に近いことは否めません。

        私も罹患率の上昇が、他国の核実験に起因していないことを願いたい気持ちなんですが、何かしらそれを裏づけたくて・・・。
        でないと、ホントに癪ですもん。

  4. 放射線取扱業務経験者

    大きな疑問が2点
    1.「危険率は0.5%になるというわけです。しかし、この数字は発がんリスク(がんになるリスク)ではなく、がんで死ぬリスクです。」との記述がありますが、この「危険率」とは、「確率的影響の起こる確率」であって「死亡率」ではないはずです。
    2.文脈から考えると、確率的影響は、「しきい値なしモデル」で決着したように読めるのですが、まだ論争中ではないでしょうか。(ICRP勧告が安全側をみて「しきい値なしモデル」を採用していることに反対はありませんが、それと学問上の決着は別だと思います)

  5. 野上隆

    ありがとうございました。記事と同内容のコメントがテレビでなされていたのを聞いて以降、違和感を感じいたのがようやくスッキリしました。

    ところで2人に1人ががんになるという発がんの確率を最近よく耳にしますがどのような統計から明らかにされたのか教えていただければ有難いのですが

専門家によるこの記事へのコメント

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