201226
各専門家のコメントは、その時点の情報に基づいています。
SMCで扱うトピックには、科学的な論争が継続中の問題も含まれます。
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記事の引用は自由ですが、末尾の注意書きもご覧下さい。

海外専門家コメント

ES細胞治療による視力改善の臨床試験について

 

Ver.2.0 (120206-00:30)

・これは、2012年1月28日にジャーナリスト向けに発行したサイエンス・アラートです。

・記事の引用は自由ですが、末尾の注意書きもご覧下さい。

<SMC発サイエンス・アラート>

ES細胞治療による視力改善の臨床試験について:専門家コメント

 1月23日、米国バイオ企業アドバンスト・セル・テクノロジー社は、2011年に始めた胚性幹細胞(ES細胞)により作製した網膜細胞を用いて目がほとんど見えない患者の視力を回復させることに成功したとの研究成果を、イギリスの医学誌Lancetに発表しました。これは安全性を確認するための試験ですが、ES細胞治療の可能性を表すものとして科学界で注目されています。このニュースに関し、海外専門家のコメントをお送りします。

※正確さよりも早さを優先して翻訳しております。原文を添付致しましたので、必要であれば訳し直してご利用下さい。

原著論文:
Schwartz, S.D., Hubschman, J-P., Heilwell, G. Franco-Cardenas, V., Pan, C.K., Ostrick, R.M., Mickunas, E., et al. (2012). Embryonic stem cell trials for macular degeneration: a preliminary report. The Lancet. Retrieved January 23, 2012, from The Lancet website.【リンク

 

ダニエル・ブライソン教授
(Professor Daniel Brison)

英国・マンチェスター 北西ES細胞センター 共同ディレクター
Co-Director of the North West Embryonic Stem Cell Centre, Manchester

「 ES細胞治療にとって、これはとても胸を躍らせるような瞬間です。この研究は、ピアレビューされた科学報告として初めて、ヒトの胚性幹細胞(ES細胞)を患者へ安全に移植できることを示しました。もちろん研究は安全性を考慮し、非常に狭い視野領域に対しての非常に早期の治療として行われましたが、それでもES細胞治療のうえで画期的な出来事です。

 この結果は、イギリスにとっても重要です。今回のアメリカの治療報告から4ヵ月遅れで、ロンドンでも同様の治療が始まろうとしています。これらの臨床試験は研究グレードで作られたヒトES細胞を用いており、眼という極めて限定的な身体部位にのみ移植することが可能です。ES細胞が持つ、多くの潜在可能性を拓いていくには、現在英国で作られようとしている、新世代の臨床グレードのES細胞を用いることが重要です。」

【コメント原文】

 This is a very exciting moment for embryonic stem cell therapies. This is the first peer-reviewed scientific report showing that cells derived from human ES cells can be transplanted safely into a patient with no sign of complications. Although the study is limited to safety considerations, very small in scope, and at a very early stage, this is nonetheless a ground breaking moment for embryonic stem cell therapies. It is also very significant for the UK that the second trial of these therapies has now begun in London, only 4 months behind the US trial. These trials have used human ES cells created at research grade and this was possible as they were transplanted into the eye which is a very localised site in the body. In order to realise the full potential of ES cell therapies in the future, it will be very important to use the new generation of clinical grade ES cells now being produced in the UK.

クリス・メーソン教授
Professor Chris Mason

英国・ユニバーシティ・カレッジ・ロンドン 再生医療学 生物学的処理 理事
Chair of Regenerative Medicine Bioprocessing, University College London

「 2011年6月にES細胞治療を受けた二人の米国人による予備データは非常に心強いものですが、これは本当に患者の視力を改善できるかどうかという治療以前の、この手法の安全性を示すために必要なデータ収集の始まりに過ぎません。病院で治療を始める前の安全性と効果を試すための実験がすべて完了するまでは、少なくとも5~10年はかかります。

 英国は世界でもトップレベルの細胞治療を進めています。このことを踏まえれば、ヨーロッパ初のES細胞治療がロンドンで行われたことは驚くにあたりません(訳注:Lancetの論文発表と同日に、ACT社により英国でも同様の臨床試験が開始されました:詳細はこちら)。

 Geron社の脊髄損傷に対する研究と今回のACTの眼の疾患研究のおかげで、患者さんたちの受けるES細胞治療の安全性について、少しずつ分かってきています。ES細胞治療が安全で効果的だと証明できるまで、まだまだ時間はかかりますが、患者の皆さんの人生を変えうる治療の実現のために、努力を続けていきます。」

【コメント原文】

  The preliminary data on the two US patients treated using human embryonic stem cell-based therapies in June 2011 is highly encouraging, but is only the start of gathering the necessary safety data before it is possible to test if the therapy will have an impact on patients' vision. Overall the process of testing for safety and efficacy is likely to take a minimum of 5-10 years before the potential therapy could enter routine clinical practice.

  It is not surprising that the first European human embryonic stem cell-based therapy was carried out in London, given that the UK is a world leader in cell therapy. “The safety of embryonic stem cell-based therapies in patients is now slowly starting to emerge with both Geron data for spinal cord injury and now ACT for retinal disease. It is still a long way to go before we will have the answer as to whether embryonic stem cell-based therapies will be safe and efficacious, but progress continues to be made towards striving for the ultimate goal of life-changing therapies for patients and their carers.

 

ダスコ・アイラク博士
(Dr Dusko Ilic)

英国・キングズ・カレッジ・ロンドン 幹細胞研究科 講師
Senior Lecturer in Stem Cell Science, Kings College London

「 ロバート・ランザ氏とアドバンスト・セル・テクノロジー社の研究チームが、最もメディアと市民に理解してほしいであろうことは、進行中の、加齢黄斑変性とシュタルガルト病に対する、ヒトES細胞から作られた網膜色素上皮(RPE)による臨床試験は、あくまでも安全性を確かめるための試験だということです。

 以前の臨床試験では、網膜疾患の動物モデルにおいて(ES細胞で作られた)RPEを用いて光受容体を救出することができました。その結果、おかしな症状が出ることはなく視力が改善しましたが、人間はラットとは違います。初めての臨床試験の最優先事項は患者の安全性です。

 もし誰もがRPEによるES細胞治療を受けた盲目の患者たちが視力を取り戻せると期待しているとしたら、たとえ治療が安全だと確認されても−このこと自体がアドバンスト・セル・テクノロジー社の目的です−、(期待を裏切られた、と)無用な失望をさせられる危険性があります。」

【コメント原文】

  The most important thing is that Robert Lanza and his team at the Advanced Cell Technology get across a message to the media and the public that ongoing clinical trials for dry age-related macular degeneration and Stargardt's disease with retinal pigment epithelium (RPE) derived from hES cells are safety trials. Even though in preclinical trials, the RPE were capable of extensive photoreceptor rescue in an animal model of retinal disease, resulting in improvement in visual performance without evidence of untoward pathology, we should keep in mind that people are not rats. The number one priority of initial clinical trial is always patient safety. If everyone expects that the blind patients will see after being treated with hES cell-derived RPE, even if the treatment ends up being safe (which is what Advanced Cell Technology are trying to determine in this trial), they risk being unnecessarily disappointed.

ピーター・コフィ教授
(Professor Peter Coffey)

ロンドン・プロジェクト:失明治療ロンドンプロジェクト・ディレクター
Director of the London Project to Cure Blindness

「 ようやく期待のヒトES細胞研究が臨床試験の段階に入りました。この研究は、治療法の安全性を判断するのに役立ちます。この試験が視力研究の分野であることを大変嬉しく思っています。今まで目の網膜の疾患に苦しんできた人々を助けてくれます。この研究がうまくいけば、私たちもES細胞治療法を用いた臨床試験を始めたいと思います。」

【コメント原文】

  At last seeing fruits of human embryonic stem cell research entering clinical trials. This will help determine the safety of these therapies. I am immensely happy that this has happened in the eye. And will only help those patients with, until now, blinding eye diseases. Hopefully we will be able to enter our own clinical trials using embryonic stem cell therapy soon.

 

関連リンク

本件に関し、日本の当該分野の第一人者である、理化学研究所 発生・再生科学総合研究センター網膜再生医療研究チームの高橋政代チームリーダーが、コメントを発表しています。下記リンクからご参照下さい:

●ACT社 ES治療についてのコメント [2012.1.28発表]

補記

 初版アラートではクリス・メーソン教授コメントに「(訳注:今回の報告は米国で実施された。英国トライアルの報告はまだであり、コメンテータが混同している可能性有り)」との訳注を付けておりましたが、Lancet発表の同日に、英国でのトライアルが開始されたとの御指摘を頂きました。お詫びと共に訂正させて頂きます。

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