2012426
各専門家のコメントは、その時点の情報に基づいています。
SMCで扱うトピックには、科学的な論争が継続中の問題も含まれます。
新規データの発表や議論の推移によって、専門家の意見が変化することもありえます。
記事の引用は自由ですが、末尾の注意書きもご覧下さい。

専門家コメント

骨形成の促進と骨吸収の抑制を同時に行うタンパク質を発見

Ver.1.1 (120717-11:30)

・これは、2012年4月19日にジャーナリスト向けに発行したサイエンス・アラートです。

・記事の引用は自由ですが、末尾の注意書きもご覧下さい。

・このサイエンス・アラートは豪日交流基金(Australia-Japan Foundation)からの支援をいただき、作成されたものです。

<SMC発サイエンス・アラート>

骨形成の促進と骨吸収の抑制を同時に行うタンパク質を発見:専門家コメント

  セマフォリン3A(Sema3A)というタンパク質をマウスに投与すると、骨の形成を促進され、同時に古くなった骨の破壊(骨吸収)を抑制することを、東京医科歯科大学などの研究チームが実験でつきとめました。骨粗しょう症などの骨の病気の新しい治療法の開発が期待されます。論文の著者と専門家にコメントをいただきました。

論文著者コメント

高柳 広 教授(たかやなぎ・ひろし)

東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科 分子情報伝達学
JST ERATO 高柳オステオネットワークプロジェクト

 骨は硬く安定した組織に見えますが、実際には皮膚などと同じように新陳代謝を繰り返しており、古くなった骨が破骨細胞により破壊され(骨吸収と呼ばれる)、新たな骨が骨芽細胞によって作られる(骨形成と呼ばれる)サイクルが繰り返されることで、丈夫さやしなやかさが維持されています。健康な状態ではこのバランスは均衡しており、骨の量は一定に保たれていますが、加齢や閉経などの要因でこのバランスが崩れ、骨吸収が骨形成を上回ると骨粗しょう症などの疾患に陥ってしまいます。現在、骨粗しょう症の治療では骨吸収を抑える薬剤が主に使用されていますが、この場合、骨形成も同時に抑制されてしまうことがあり、骨吸収・骨形成の双方を制御し、骨量を回復させる薬剤・治療法の開発が望まれています。

 本研究グループは、神経細胞が回路を作る過程を制御することや、免疫細胞であるT細胞の抑制に関わることが知られていた「Semaphorin 3A (Sema3A)」というたんぱく質が骨芽細胞から産生され、骨芽細胞自身と破骨細胞の両者に働きかけることにより、骨吸収の抑制と骨形成の促進という2つの作用を同時に持ちあわせることをマウスにおいて明らかにしました。 Sema3Aの機能を失ったマウスでは、骨吸収が促進し骨形成が低下した結果、骨量の異常な低下がみとめられました。また、骨に穴をあけてその再生過程を検証する骨再生モデルマウスや、骨粗しょう症モデルマウスにSema3Aたんぱく質を投与すると、骨の再生を促進し、骨の減少を食い止めることができました。

  今回の発見により、骨粗しょう症や骨折、関節リウマチ等の新しい治療法の開発に繋がることが期待されます。また、老化して骨量が低下傾向にあるマウスでは、血中のSema3Aたんぱく質量が低下していることから、疾患診断バイオマーカーとしても利用できる可能性も示すことができました。

専門家コメント

T.J.マーティン 教授(Professor T.J. Martin)

豪州・メルボルン大学 セント·ヴィンセント医学研究所
Emeritus Professor of Medicine in the Bone Cell Biology and Disease Unit at St Vincent's Institute of Medical Research and the University of Melbourne

 この興味深い研究は、神経系統と骨のより強い関係を明確にしています。セマフォリン3A(Sema3A)が骨の中で生産されることは何年も前から知られていました。この研究が明らかにしたのは、Sema3Aが、骨生成を促進し骨折を抑止する骨芽細胞から作られることです。骨折を防止する薬剤は全て骨生成も抑制してしまうので、骨粗鬆症を防ぐことだけに効果がある薬の開発が求められています。

 しかしながら、新薬の開発には多くの課題が残ります。セマフォリン3Aは、中枢と抹消の双方の神経系統や心臓の発達において重要な役割を果たすと考えられています。この分子は、セマフォリン4D(Sema4D)などと同じ様な効力を持つ関連分子の一族に属します。Sema4Dについては、本論文を作成した同じ執筆者が最近、骨中で生産され、かつ、骨の生成を阻害すると、指摘しています。

 これまでに論文として公表された治療研究は限られられています。遺伝子実験で明らかになった制御経路は非常に興味深いのですが、多くの課題を抱えています。セマフォリン3Aが直ちに薬として使えるとは考えにくいのですが、骨組成と骨折予防の同時促進を究明するための鍵として、その開発の試みに多大な刺激を与えるでしょう。

【コメント原文】

This interesting science extends the link between the nervous system and bone. It has been known for some years that Sema3A is produced in bone, but this work shows that it is a product of the osteoblast that both promotes bone formation and limits its breakdown. There is much interest in developing drugs that will do just that for osteoporosis, since existing inhibitors of bone breakdown all inevitably decrease bone formation.

The pathway to a drug will provide many challenges though. Sema3A is known to play important roles in development of the central and peripheral nervous system and heart. It is one of a family of related molecules that overlap in their effects – including particularly Sema4D – that these same authors showed recently to be produced in bone by osteoclasts and to inhibit bone formation.

The treatment studies in the paper are limited, but the control pathway revealed in the genetic experiments is of great interest, posing many further questions. Although it is not easy to see Sema3A itself as a drug, it provides much that will influence thinking as attempts are made to develop the “holy grail” of an inhibitor of breakdown that promotes bone formation.

シャオ 准教授(Associate Professor Yin Xiao)

クイーンズランド工科大学 健康及び生物医学革新研究所
Institute of Biomedical Innovation at Queensland University of Technology

 本論文では、骨吸収細胞の活発化を防ぐと同時に骨生成細胞の活性を促すといった、セマフォリン3Aの役割を慎重に検証した上で、この分子を骨減退治療に適用する可能性を提示しています。検証は遺伝子をノックアウトした多くの動物や細胞を用いて行われました。

 しかしながら、この調査結果を臨床利用するためには、まだまだ詳細な検査を必要とします。セマフォリン3Aの受容体と、それにより引き起こされる細胞内のシグナル伝達経路は、まだ明らかになっていません。この分子の作用による骨の吸収と生成の仕組みは、殆ど不明なままです。とはいえ、この研究で得られた知見は、セマフォリン3Aそのものを理解し、その服用による潜在的な副作用をより深く理解するために有用です。

【コメント原文】

This paper has carefully demonstrated the role of Semaphorin 3A in preventing the activity of osteoclasts (bone resorption cells) and increasing the activity of osteoblasts (bone forming cells), indicating the potential application of this molecule in the treatment of bone loss.

A number of gene knockout animal models and cells have been used to prove the concept. The result is convincing and the phenomenon has been showed clearly in the paper.

However, to translate this research result into clinical application, it still needs more detailed investigation. The receptor for Semaphorin 3A and the subsequent activation of cell signalling pathways have not been unveiled and the mechanisms for this molecule working on bone resoprtion and formation are still largely unclear.

This information from this study is useful for better understand the molecule and the potential side effect upon its application.

ポール・アンダーソン博士(Paul Anderson)

南オーストラリア大学 筋骨格系生物学研究所
Senior Research Scientist in the Musculoskeletal Biology Research Laboratory at the University of South Australia

この執筆者たちは、ネズミ内のセマフォリン3Aが、骨の再構成を制御するシグナル伝達に重要な役割を果たすことをつきとめました。

現在、骨粗しょう症治療法は発展途上で、一般的に、骨吸収または骨生成のいずれか一つに絞って行われます。 特に、骨吸収を抑止する合成物は、骨の損失を防ぐのには有効であっても、骨の組成育成にはまったく効果がありません。よって、骨生成をも促進する有用な治療法を見出すため、研究者と製薬会社の協調した調査研究が続いています。

仮に、セマフォリン3Aが、人間にもマウスと同様の効果を与えると証明できれば、この分子が骨吸収の防止だけでなく、骨生成を推進する治療に向けた、注目の的となる可能性があります。

【コメント原文】

The authors have identified a molecule in mice, Semaphorin 3A, which appears to play an important role in signalling the control of bone remodeling.

Current and developing therapies for osteoporosis typically target either bone resorption or bone formation but not both. In particular, compounds which reduce bone resorption alone are considered to be effective only in preventing bone loss but cannot be used to increase bone gain, and so there has been a concerted effort by researchers and drug companies to develop promising treatments which can increase bone formation.

If Semaphorin 3A can be shown to play a similar role in humans, this could potentially be a valuable target for therapeutic treatment for reducing bone resorption as well as increasing bone formation.

 

 

記事のご利用にあたって

マスメディア、ウェブを問わず、科学の問題を社会で議論するために継続して
メディアを利用して活動されているジャーナリストの方、本情報をぜひご利用下さい。
「サイエンス・アラート」「ホット・トピック」のコンセプトに関してはコチラをご覧下さい。

記事の更新や各種SMCからのお知らせをメール配信しています。

サイエンス・メディア・センターでは、このような情報をメールで直接お送りいたします。ご希望の方は、下記リンクからご登録ください。(登録は手動のため、反映に時間がかかります。また、上記下線条件に鑑み、広義の「ジャーナリスト」と考えられない方は、登録をお断りすることもありますが御了承下さい。ただし、今回の緊急時に際しては、このようにサイトでも全ての情報を公開していきます)【メディア関係者データベースへの登録】 http://smc-japan.org/?page_id=588

記事について

○ 私的/商業利用を問わず、記事の引用(二次利用)は自由です。ただし「ジャーナリストが社会に論を問うための情報ソース」であることを尊重してください(アフィリエイト目的の、記事丸ごとの転載などはお控え下さい)。

○ 二次利用の際にクレジットを入れて頂ける場合(任意)は、下記のいずれかの形式でお願いします:
・一般社団法人サイエンス・メディア・センター ・(社)サイエンス・メディア・センター
・(社)SMC  ・SMC-Japan.org

○ この情報は適宜訂正・更新を行います。ウェブで情報を掲載・利用する場合は、読者が最新情報を確認できるようにリンクをお願いします。

お問い合わせ先

○この記事についての問い合わせは「御意見・お問い合わせ」のフォーム、あるいは下記連絡先からお寄せ下さい:
一般社団法人 サイエンス・メディア・センター(日本) Tel/Fax: 03-3202-2514