専門家コメント
3.11から3年~除染~
Ver.1.0 (140307-15:00)
・これは、2014年2月27日にジャーナリスト向けに発行したサイエンス・アラートです。
・記事の引用は自由ですが、末尾の注意書きもご覧下さい。
<SMC発サイエンス・アラート>
3・11から3年:専門家コメント
2011年3月11日。東日本大震災でおきた地震や津波は、多くの人命をうばったばかりではなく、福島第一原発事故をも引き起こしました。その震災からもうまもなく3年がたとうとしています。日本全体で復興に取り組んできたこの3年間、どのような技術や知見を日本は得たのでしょうか。そしてこれからの日本は復興にあたり、どのような課題に取り組んでいくべきなのでしょうか。サイエンス・メディア・センターでは除染、放射線測定、健康、ロボットそれぞれのテーマにおいて専門家よりコメントをいただきました。
今回は長期化する除染問題についての専門家のコメントをご紹介します。
森田 昌敏 環境放射能除染学会理事長
愛媛大学農学部 客員教授、環境放射能除染学会 理事長
1944年生まれ。1967年東京大学理学部化学科卒業。1972年東京大学大学院工学系研究科博士課程修了(工学博士)。国立環境研究所統括研究員、国連大学顧問などを経て、現在は愛媛大学農学部客員教授。専門は合成化学。
【放射能除染の現況と課題】
福島第一原発の事故の発生により1号炉、2号炉、3号炉からの放射性物質が環境に漏出し、放射能汚染が発生した。その規模はチェルノブイリ事故の1/5程度であり、当初は放射性希ガス、ヨウ素131が放出され、続いて揮発性の高い放射性セシウム(134,137)が漏れ、大気中微粒子および雨にうたれて地表に落下した。揮発性の乏しいストロンチウム90などは原子炉内に残留し、潜在的な汚染の源となっている。
汚染レベルを低下させるべく除染が開始され、その作業は今年(2014年)にピークを迎える。落下してきたセシウムは土壌、木、屋根や道路等の表面に付着し、それを取り除くために表層の土壌除去や高圧洗浄といった土木的手法が展開されている。土木的手法の効果と放射性元素の崩壊による自然滅により、事故後3年を経て汚染レベルは、ほぼ半滅すると思われる。
セシウムの吸着除去について新しい技術が提案されてきている。例えばプルシアンブルーを用いた選択的吸着や磁化吸着体を用いての吸着・除去技術がある。これらは水系に溶け出してくるセシウムの除去には有効である。しかし、土壌のような固体から液体や気体にセシウムを移行させるのは難しい。現在の課題はセシウムが雲母やその風化した粘土により強固に吸着し、土壌からの移行が難しくなっていることがある。濃硝酸を用いて粘土を分解すれば移行させることが可能であるが、非現実的であろう。環境にやさしい抽出分離法が求められる。
一方で多くの重要な課題が指摘される。放射能低減のためには地域住民の同意、放射能汚染土壌の収容施設とそこでの体積の縮小、住民や消費者の不安の解消、そして除染の費用や賠償など社会経済的側面である。
環境放射能除染学会は講演会・研究発表会などを通じて、除染の社会的な側面に着目した活動を学際的に展開しようとしている。今年は福島県郡山市で第3回の研究発表会を行い、また環境省と共に国際シンポジウムを行う予定である。
石井 秀樹 特任准教授
福島大学うつくしまふくしま未来支援センター
1978 年、埼玉県生まれ。2003年京都大学理学部卒。2010年東京大学新領域創成科学研究科博士課程単位取得退学。2010年より法政大学サステイナビリ ティ研究教育機構リサーチ=アドミニストレータ。2012年3月より福島大学うつくしまふくしま未来支援センターへ。現、特任准教授。専門は造園学。
放射性元素は人為的に無くすことは事実上困難であり、その消滅は放射性壊変による自然減少を待つしかない。放射線の影響を減らすためにできることは「隔離」と「遮蔽」である。「除染」とは隔離と遮蔽をするために汚染物を取り除き、移動することである。
【福島での除染技術の現状と課題】
汚染の主たる原因は2011年3月中旬の原子炉建屋の水素爆発であり、ヨウ素131(半減期8日)、セシウム134(半減期2年)、セシウム137(半減期30年)が大気を介し国土的に拡散した。ヨウ素131は事実上消滅し、広域汚染の除染対象はセシウム134とセシウム137が主である。
これまでの除染は、放射性管理区域などの局所的汚染への対処が主であったが、福島では宅地、農地、森林を含めた広大なエリアの面的除染が課題である。目的も空間線量率の低下による外部被曝低減、土壌浄化による農作物への移行抑止など多岐にわたる。住宅や道路など撤去できない構造物では、環境に散逸しないよう捕集しながら放射性物質を取り除かなければならない。
土壌や植物など回収した膨大な放射性廃棄物を保管するためには「減容化」が求められる。土壌では大半のセシウムが4ミクロン以下の微細な粘土鉱物に吸着している。比重や粒径の違いから遠心分離器で粘土鉱物を集約、1/3以下に減容化し、9割以上のセシウムを集める技術が開発された。さらにセシウムを分離するには、800度程度の熱でセシウムを気化する技術、酸で溶かし出す技術などが開発されたが、エネルギーや費用を伴うため、膨大な汚染物処理には課題が残る。農地や森林からの植物バイオマスは、放射性元素拡散を防ぐフィルタを設けた炉で燃焼し、灰にすれば減容化が進む。
原子炉建屋内の汚染水は複数の放射性核種が含まれ、核種毎の化学的性質の違いを用いて吸着し除染する。だが水素の一種であるトリチウムだけは、放射能を示さぬ通常の水素と化学的性質も物理的性質も似ており、他の核種のような分離・濃縮ができない。トリチウムは汚染水では水分子(H2O)を構成する原子として存在する。このように「除染」は汚染物を取り除くだけでなく、放射性物質の物理的性質や化学的性質を用い、汚染物から選択的かつ効率的に放射性元素を分離・濃縮、よりコンパクトにする技術だといえる。だが放射性元素の濃縮は、複数の工程を伴い、膨大なエネルギーや費用がかかる。
【技術的課題だけではない除染】
また除染には、そもそも「技術的限界」や「弊害」があることも忘れてはならない。汚染物の除去といっても、放射性物質を100%取り去ることは事実上困難である。ガンマ線は放射線源から数百m以上飛ぶため、局所的除染のみではなく、宅地ならば少なくとも半径20m、理想的には半径50m以上の除染が必要である。また移動による再汚染の可能性もあり、再除染が必要となる場合もある。山地除染で表土を取り除けば、地すべりや洪水リスクが高まる。
放射性物質を集めて貯蔵する施設には容量の限界がある。福島県は山間部が多く道路が限られ、汚染物の移動もままならない。社会が除染に使えるコストと、移動と貯蔵容積のキャパシティを見極め、どこを除染対象とし、どこまで放射性元素を濃縮させてゆくのかを社会的に決定しなければならない。
汚染物を受け入れる中間処理施設や仮置き場も必要である。Not In My Back Yard(NIMBY)という言葉があるように、自分が生活する場の近くに迷惑施設ができることに抵抗を持つ人は多い。除染を進めるには、放射性廃棄物の移動や貯蔵、処を進めるインフラの整備、それに伴う利害調整や合意形成が不可欠となる。社会工学的視点も導入し、一連の体系だった除染システムの構築が必要である。住民の意向や倫理的問題にも十分配慮しなければならない。
最後に「除染」は、それ自体が「目的」ではなく、あくまで被災者の生活再建に向けた「手段」である点を強調しておきたい。除染には限界があり、除染を実施しても健康被害が生じないレベルまで空間線量を下げることが難しいエリアも存在する。福島での原子力災害は、除染だけで根本的解決ができないほどの汚染が生じたことを忘れてはならない。また除染の実施をもって、早期の帰還を促したり、補償を打ち切ったりすることがあってはならず、被災者の自己選択と避難の権利を認める視点もまた重要である。
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