2014916
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専門家コメント

日本におけるデング熱の発生について

 

・これは、2014年9月11日にジャーナリスト向けに発行したサイエンス・アラートです。

・記事の引用は自由ですが、末尾の注意書きもご覧下さい。

<SMC発サイエンス・アラート>

日本におけるデング熱の発生について

日本国内において70年ぶりにデング熱の患者が発生し、多くの感染者が確認されております。

今回の件で注目すべき点について、研究者のコメントをお伝えします。

 

斉藤 美加 助教

琉球大学 医学研究科 微生物腫瘍学講座

デング熱ウイルスを媒介する蚊は、熱帯地域では主にネッタイシマカですが、今回の流行はヒトスジシマカによると考えられます。デング熱には根本的な治療薬やワクチンが存在しないため、媒介蚊対策が必要とされ、現在、薬剤の噴霧や蚊の発生源となる水溜まりをなくす措置がとられています。流行の長期化の様相も呈しており、持続的な蚊の対策が必要になってきています。

1990年代に、殺虫剤(ペルメトリン)を繊維に練り込んだ網(オリセットネット)が日本で開発され、マラリア媒介蚊防除用の蚊帳として用いられ、WHOも有効性を認めています。長崎大学の五十嵐名誉教授らは、ベトナムにおいてオリセットネットをカーテンや網戸に用いたところ、デング熱媒介蚊の数が減り、デングウイルスの活動を抑える効果があったと発表しました。私たちも、ラオスのある村全体を対象に、家屋内に蚊が侵入しやすい風通しや隙間にオリセットネットを設置したところ、ネッタイシマカの蚊の数や密度を減らし、その年のデング熱の流行を抑えることができました(対象村では3人の重症患者を含む14人の患者が発生)。ネットは、一度セットするだけで、少なくとも流行期間は効果が持続することがわかりました。

デング熱は、流行が限局している早い段階での抑え込みが非常に重要です。オリセットネットの日本のヒトスジシマカへの効果は不明ですが、現在行われている対策に加え、一時的にでも、公園施設や周辺施設等に導入を検討すべきと考えます。ちなみに、オリセットネットの環境への影響は殺虫剤散布よりも少ないと考えられています。

 

森田 公一 教授 

長崎大学 熱帯医学研究所 ウイルス学分野

日本では、2010年以降、年間200例を超えるデング熱の輸入症例(海外で感染して日本で発症すること)がみられ、国内での小規模な流行は予想されていたといえます。昨年は、日本を旅行したドイツ人女性が帰国後にデング熱を発症する例があり、日本国内での感染が疑われました。しかし、今回の代々木公園の例では短期間に多数の患者が発生しており、その点がきわめて特異といえます。

代々木公園は媒介蚊であるヒトスジシマカの密度が高いようで、訪問者も多いと聞いています。ただし、「ヒト・ヒト感染(ヒトからヒトへ、飛沫などを通じて感染が広がること)」のないデング熱ウイルスの場合、密度や訪問者の問題では説明がつきません。短期間に多数の蚊がウイルスを保有するに至った未知の要因を、今後の解析によって明らかにし、効果的な対策を講じる必要があります。

代々木公園以外の、新宿中央公園、横浜市の公園でも、同じ遺伝子系統のデング熱ウイルス感染の可能性が取りざたされています。代々木公園の周辺で感染した人が潜伏期(通常は数日から1週間)の後、発症した状態(ウイルスが血液中に存在する)でこれらの公園を訪問し、ヒトスジシマカに吸血され、その蚊がさらに他の人を刺した結果なのではないかと思われます。今後の流行規模は、上記の「未知の要因」の有無によるといえるでしょう。

今後、日本に侵入する可能性のある蚊媒介性ウイルスは他にもあります。すでにアメリカに侵入しているウエストナイルウイルス、熱帯地域で流行しているチクングニアウイルスなどです。いずれも、警戒の強化が必要とされます。

 

佐藤 雪太 准教授 

日本大学 生物資源科学部 獣医学科

現時点でのメディアによる報道では、病原体(ウイルス)の増殖時間、蚊が次の吸血源動物を吸血するまでの期間など、時間的要素の説明が不足していると感じました。また、ヒトでは感染してもすべての場合で発症する訳ではないことをしっかり伝えるべきでしょう。あわせて、このことが国内でデング熱ウイルス保有者が潜在していた原因である可能性にも言及するべきでしょう。

媒介蚊の種類や生態を考えると、これから秋が深まるにつれ蚊の活動が終息していくことが予想されるので、いたずらに不安を強調するのではなく、冷静に対応が可能であることをしっかり伝えてほしいと思います。また、行政が適切な感染拡大措置を取っているのかをしっかり監視する視点での報道が求められます。その際に、措置の科学的根拠について専門家の意見を聞くことが重要です。

感染研昆虫医科学部の研究により、ヒトスジシマカの分布限界が北上しており、環境変化との関係が示唆されています。環境変化が蚊の発育周期の短縮に関連する場合、蚊の発生個体数が増加する可能性があります。また、ヒトスジシマカの分布範囲だけではなく、分布密度の変化にも注目すべきでしょう。 グローバル化社会を目指せば、当然今回のようなリスクも引き受けることになります。すなわち、国際物流が活発になれば、様々な病原体も「流通」する可能性があります。その際に国内に定着するかどうかは不明ですが、感染サイクルが成立するため必要な条件が揃えば、今回のように感染が拡大するでしょう。

さらに、デング熱のような輸入感染症対策として考えておくべきことは、対応可能な研究機関の確保と人材育成です。日本の国立研究機関は、一律の人員削減政策の影響を受けてどこも人手不足です。これでは輸入感染症に限らず、国が対応すべき疾病防除体制が維持できません。この機会に国の体制整備を再検討してほしいと考えています。
 

緒方 一喜 理事 

公益社団法人 東京都ペストコントロール協会

ヒトスジシマカの成虫に対して薬品を散布して防除を行った場合、その効果は一時的で緊急避難的なものです。成虫対策だけでは解決できないと考えています。恒常的に防除するには、幼虫に対する継続的な薬剤散布と抜本的環境対策が重要です。横浜市のある地域では月に1回の薬剤散布を行い、効果が上がっています。

ヒトスジシマカは主に道路脇の雨水ますのたまり水から発生します。流れ込んだ雨水が一定期間留まってしまう構造自体が問題でしょう。そもそも現在の雨水ますの構造は道路が舗装されていないことを前提としたものであり、過去のなごりであると言えます。アメリカでも同様の問題があり、薬剤の散布で対処しています。所轄官庁である国土交通省を交えた雨水ます自体の規格を変えるのは有効な手段です。

デング熱に限らず、現代日本において病気を媒介する動物で最も大きな問題はカであり、これを機に抜本的な対策が進むことを期待します。

参考文献
緒方一喜 et al.「殺虫剤によるヒトスジシマカ成虫防除の試み」、『ペストロジー』27巻2号、pp.51-58(日本ペストロジー学会、2012年)。
緒方一喜「横浜市のある住宅地におけるヒトスジシマカの発生動態調査とその防除成績」、『ペストロジー』28巻2号、pp.89-99(日本ペストロジー学会、2013年

 

島田 瑞穂 助教

自治医科大学 医学部 感染免疫学講座 医動物学部門

今回のデング熱患者の発生について、代々木公園周辺での感染蚊(飛翔距離約100m)による発症に限定されており、感染者が居住各地に戻ってからデング熱と診断されても、全国に感染が拡大することはないと考えます。9月4日報道の代々木公園内での感染蚊の確認についても、これら感染蚊からのデング熱患者が今後2週間以内に報告されることはあっても、秋を迎え蚊が減少することと、立ち入り禁止措置による現場の人口圧減少により、今回のデング熱感染は終息すると考えます。
 
また、感染者の入院という報道により、デング熱の重症化リスクを連想させる可能性がありますが、デング熱自体に治療適応はなく、入院治療が必要となるのは、複数回のデング熱罹患による「デング出血熱」の場合となります。代々木公園周辺訪問後の発熱で医療機関の受診が推奨されるのは、デング熱が「感染症法に基づく医師の届け出義務」を要する4類感染症であるためです。

今後注意すべき点は、日本の冬期においても東南アジアではデング熱の流行は続いていることから、海外からのデング熱の持ち込み例が日本人・外国人共に例年通り続く可能性がある点と、次の夏にも今回同様の散発的な流行が日本国内でも発生し得ることを記憶しておく必要がある点と考えます。
 
デング熱予防対策として、蚊の発生を抑制する細かな対応が一つの選択肢になります。日本国内でデング熱を媒介するヒトスジシマカは、人の居住空間周辺の小さなたまり水で発生します。私たちの研究室では、銅の利用による墓地でのボウフラ抑制の検証(銅製の水差しや銅屋根から落ちる雨水では、銅がボウフラ生育を阻止する至適濃度になると確認)や、天然物を用いた持続可能な方法として「たで藍(藍染に使われる植物)」を活用し、雄蚊を早期に集積死滅させることで交尾に至る雌の割合を減少させるというように、次世代蚊を抑制する方法も実験室内で検討しています。
 
最後に、日本に存在しないと考えられてきた蚊媒介性感染症が、都の中心部で発生した事実からも、日本の医学教育において衛生動物学(寄生虫学含む)が、諸外国と比較し重視されていない点を懸念しています。

都野 展子 准教授 

金沢大学 理工研究域 自然システム学類 生物学コース

マスメディアの今回の件についての報道は適切だという印象をもっています。
しかし、地球温暖化とこの件との直接の関係はないと考えます。地球温暖化は事実で、確かにヒトスジシマカの分布域の拡大や、繁殖可能期間の延長につながっているとおもいます。しかし、それよりもデング熱が慢性的に流行している地域との交流頻度に注目すべきです。日本で流行したのが1930年台から太平洋戦争の頃までだということはその裏付けとなるでしょう。
 
熱帯に多い蚊媒介性疾患の日本での流行は、日本でのヒトスジシマカの繁殖が増加していると考えるよりも、物資の輸送の増大や外国人労働者の増加、低緯度の海外勤務者の増加などを背景として考える方が適当だと考えています。
 
地球温暖化とデング熱の日本での流行を結びつけて考える上で考えられる危険な要素は、ネッタイシマカが日本で生息するようになった場合です(これが実際に終戦前後熊本市で起こったと報告されています)。この場合はヒトスジシマカよりも病気の伝播効率が高くなってしまいます。
しかし、今回のデング熱騒ぎはあくまでヒトスジシマカが媒介昆虫となっていますし、日本の気候変化が原因となりヒトスジシマカが増加しているわけではありません。
ヒトスジシマカは日本でのヒト居住地にみられる最も普通の蚊の1種です。媒介昆虫がもともと存在しているところに病気の持ち込まれる頻度が増えていることが問題であり、これに対する対策を考えるべきでしょう。
 
今年の1月、昨年の夏に日本を旅行したドイツ人がデング熱に感染したことが報道されていたように、デング熱をもった蚊や、症状が出ていない感染者が日本国内に増加していることを示す兆しはあちこちで出ています。地球温暖化とからめた議論より、まずはその対策を考えるべきです。
 
デング熱を日本に入れないというのは、すでに無理だとおもいますので、具体的にはデング熱やチクングニアなど蚊媒介性疾患に対する一般の方および医療関係者の認識を深めることが重要でしょう。デング熱は迅速に対処すれば死ぬ病気ではなく、一般的な日本国民の生活は蚊の吸血に日常的に晒されているわけではないため、感染者が吸血されて次の感染者をつくる、というサイクルが起こる可能性は低いです
蚊を必要以上に恐れることはありません。しかし、病気の症状や病気の感染するシステムについて、公衆衛生学的な知識を普及させることは重要です。

 

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