20141120
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専門家コメント

アルツハイマー病を判定する新技術: 専門家コメント

 

・これは、2014年11月17日にジャーナリスト向けに発行したサイエンス・アラートです。

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<SMC発サイエンス・アラート>

アルツハイマー病を判定する新技術:専門家コメント

血液を調べることでアルツハイマー病の原因となる物質が脳内にたまっているかどうかを判定する技術を国立長寿医療研究センターなどが開発しました。この件に関する専門家コメントをお送りします。

 

西村 正樹 教授

滋賀医科大学 分子神経科学研究センター 認知症研究分野

アルツハイマー病では症状が出た後で脳アミロイドβ(Aβ)を除去しても治療効果が上がらないことから、Aβ蓄積の初期に診断し、さらなる蓄積を抑えることが不可欠と考えられます。一方で、65歳以上の高齢者の約半数には脳内にAβの蓄積がみられるとする報告もあることから、Aβ蓄積開始時に行うべき有効な治療法とともに、信頼性が高くかつ簡便で負担の少ないスクリーニング診断法の開発が急務です。この点、今回報告されたバイオマーカーによる診断法は、少量の末梢血を用いる点、脳内Aβ蓄積への高い感受性と特異性を示す点など、求められる緒条件を充分に満たすことが期待できる優れた手法です。


今後の課題としては、対象例を増やした前向き研究によって信頼度と感度の検証を行うことと、APP669-711(今回の研究で脳Aβ蓄積と関連があるとされたタンパク質)ペプチド代謝の解明があります。本研究は予めPET検査で脳にAβが蓄積しているかどうか判定した例を対象にしています。著者らは、蓄積の有無を最も感度良く判定する指標としてAPP669-711/Aβ42比に注目していますが、脳Aβ蓄積のない中高齢者を同様の手法で追跡することにより、臨床で使えるか指標かどうかを評価するとともに、脳Aβ蓄積をどの段階から検出できるかという点についても検討すべきでしょう。また、APP669-711については、従来の論文では脳内や脳脊髄液内でも検出されていないことから、前駆体タンパク質からどのような経路によって産生されるペプチドなのか、なぜAβ42変動の基準として有効なのかなど、基礎的な知見による生物学的意義の確認が必要だと考えています。

 

岩田 淳 さきがけ研究員

東京大学 医学部附属病院

今回の結果は極限られた少数の被験者集団において得られたデータです。これまでも世界中から今回と同様の「血液でアルツハイマー病が診断できる」という発表が数多くありました。それだけニーズがあるということなのですが、結局別の患者集団での再現性がないため,実用化されたものはまだありません。一つの集団で見つかった異常が別の集団で再現されることが実用化に際して最も重要だと考えますので,今回の結果も是非,他の患者集団での再現が待たれます。

もし,今回の結果が他の集団でも再現できるようであれば、今回の血液マーカーを用いた判定が、従来のアミロイドPET*画像による判定と同じ意義を持つことになります。そうなれば多くの被験者で早期のアルツハイマー病をスクリーニングすることが可能といえるでしょう。アミロイドPET画像検査は感度は高いですが,非常に高価かつ一人一人の検査に時間がかかる上放射線の被曝があります。一方で脳脊髄液の検査は比較的安価ではありますが侵襲度が血液検査に比べて高い上やはり一人一人に時間がかかる点が問題です。安価かつ短時間で可能な血液検査が実用化されれば,健康診断で使用出来るようになることも想定されます.そういった状況で、もし初期段階から使えるアルツハイマー病治療薬が開発されれば「検診等で高脂血症をすくい上げ、早い段階でスタチンを用いて治療する事で心筋梗塞や脳梗塞を予防する」のと同様のこと,つまり「脳内にアミロイドが蓄積している対象者をすくい上げ,治療薬でアミロイド蓄積の進行を抑制することで認知機能低下の発症を予防する」事がアルツハイマー病でも可能になり,大きなインパクトがあるでしょう。

*アミロイドPET:PET(陽電子放射断層撮影)を用いた検査法。PIBなどのアミロイドに結合する薬品を体内に入れることで、アミロイドが沈着している部分を確認する手法。

 

山田 正仁 教授

金沢大学大学院 脳老化・神経病態学(神経内科学)

アミロイドβ蛋白(Aβ)の沈着はアルツハイマー病の脳の主要な特徴です。それを反映するマーカー(アミロイドマーカー)で、現時点で確立しているものにはアミロイドPETと脳脊髄液Aβ1-42の2つがあります(現在いずれも保険適用なし)。アミロイドPETは多額の費用がかかり、脳脊髄液採取には腰椎穿刺を要するため、より簡便で非侵襲的な血液マーカーが求められてきました。

この研究論文では、アミロイドPETによる脳アミロイド沈着所見を基準としてみた場合、高感度な免疫沈降・マススペクトロメトリーシステムを用いて測定した血しょう中のAPP669-711/Aβ1-42が、優れたアミロイドマーカーであることが報告されました。今後、この結果が確認され血液マーカーとして確立すれば、認知症の診療や予防(発症前の先制医療)において、アルツハイマー病の診断や発症リスクの予測、治療・予防の効果をみる指標として役立つことが期待されます。他施設のシリーズにおける血液サンプルの検討や、血しょうAPP669-711/Aβ1-42が脳アミロイド沈着を反映する仕組みの解明(血しょうと脳脊髄液の同時解析を含む)が待たれます。

一般の方にご注意いただきたいことは、これらのマーカーはアミロイドというタンパク質の脳への沈着を示唆するものであって、アルツハイマー病そのものを診断するものではないということです。たとえば、認知症の高齢者でマーカーが陽性であった場合、ただちに認知症の原因がアルツハイマー病であるとは診断できません。認知症でなくても高齢者では脳にアミロイドがしばしばみられますので、その人の認知症の原因はアルツハイマー病以外である場合もあります。また、認知機能が正常な人でマーカーが陽性であった場合でも、その人が将来必ずアルツハイマー病を発症するとはいえません。アルツハイマー病では発症の25年ほど前から脳にAβの沈着が始まることが推測されていますが、個人差があることが予想され、その意義を確立するためには、長期に渡る研究が必要です。

 

 

舟本 聡 准教授

同志社大学大学院 生命医科学研究科

今回の研究の価値は、たった0.25 ml程度の血液からアミロイドβタンパク質等を測定する技術を確立して、新規のマーカーAPP669-711を発見したことです。被験者の負担は軽いため、早期診断の促進や普及に多いに貢献できると思われます。

一方で、いくつか気になる点もあります。まず、今回のマーカーが人種の枠を超えて広く当てはまるのかどうかです。第2に、血しょうだけでなく髄液でも同じ結果が得られるのかという点です。第3に、マーカーが体内でどのようにして作り出されたのか、アミロイドβタンパク質の産生の研究者として非常に興味があります。第4に、過去に「髄液においてアミロイドβ38とアミロイドβ42の比率がマーカーとして有効」とする報告がありますが、今回の血しょうでも同じことが言えたかどうかという点です。

実用化に向けての課題は、今回の手法が特殊な質量分析器機を用いているために、汎用されるには時間がかかることでしょう。早期診断は早期治療とセットになってこそ有効といえますが、そのような治療法がなければ必要以上に不安を煽ることになります。したがって、診断にくらべて遅れている治療や予防法の開発に力を注ぐことも重要です。

 

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