20141221
各専門家のコメントは、その時点の情報に基づいています。
SMCで扱うトピックには、科学的な論争が継続中の問題も含まれます。
新規データの発表や議論の推移によって、専門家の意見が変化することもありえます。
記事の引用は自由ですが、末尾の注意書きもご覧下さい。

専門家コメント

科学報道におけるプレスリリースとメディアの誇張について:専門家コメント

・これは、2014年12月19日にジャーナリスト向けに発行したサイエンス・アラートです。

・記事の引用は自由ですが、末尾の注意書きもご覧下さい。

<SMC発サイエンス・アラート>

科学報道におけるプレスリリースとメディアの誇張について:専門家コメント

動物実験による結果をヒトでもそうであるかのように扱うなど、医学や健康分野の報道に見られる誇張と研究機関のプレスリリースにおける誇張についての論文が12月10日、BMJ誌に掲載されました。この論文に対する専門家のコメントをお届けします。

元論文

Petroc Sumner et al., "The association between exaggeration in health related science news and academic press releases: retrospective observational study", BMJ, 349:g7015, 2014

http://www.bmj.com/content/349/bmj.g7015

 

 

横山 広美 准教授/広報室副室長

東京大学大学院理学系研究科 現代科学論・科学コミュニケーション分野

この論文は、イギリスにおける健康に関する科学ニュースの誇張が、大学などの研究機関のプレスリリース(記者向けに発表する資料)に誇張に基づいていることを指摘しており興味深く読みました。日本においても健康に関する科学情報の誇張は各方面で問題になっています。しかしプレスリリースについては、欧米と以下のように形態が異なることから、単純に比較はできないことに注意が必要です。

 

欧米の大学や研究機関によるプレスリリースは、広報担当者が組織内部で研究者に取材を行い、短い記事にして配信しています。一人で広い分野をカバーする記者が、一目で発表の内容を把握できるようにするためです。一方で多くの日本のプレスリリースは、研究内容の詳細まで書き込んだ説明資料であり、記事ではありません。記者の多くは広報担当者がすでに「料理した」記事を受け取ることは好まず、「素材のまま」である研究者自身が書いた資料を好み、取材前の勉強資料として役立てています。欧米と比べ大規模メディアに大人数の科学記者がいて、担当分担が進んでいるためだと考えられます。

 

上記のように簡単にイギリスの結果を日本に反映することはできないでしょう。しかしながら、日本でも「誇張」の問題は深刻です。社会に向けて適切な内容を発信するための対策として、段階に応じて以下の3点を提案します。

 

【提案1】組織内での発表前プレスリリースを同分野の研究者が査読する

わかりやすく書かれているか、書き足すべきところはあるか、といった点に加え、誇張がないか、競争相手について必要以上に悪く書くなどしていないか、(論文が元になっていない場合)発表すべき内容か、(主著者が海外研究者である場合)そもそも発表者として適切か、という観点も必要でしょう。私の所属する大学部局では以前からこうした査読を行っています。

 

【提案2】発表倫理教育の徹底化

誇張をしてはいけない、という当たり前の倫理は、近年、研究倫理の一貫である「発表倫理」として注目を集めています。誇張のみならず、意図をもってわざとミスリードする、不適切な情報が発信されているのに是正するための声を上げないなど、発表倫理に関する多くの問題が存在します。学生のころから(あるいはシニア研究者になっても)、研究倫理、科学コミュニケーションの一貫として、等身大の成果報告の重要性を教育していく必要があると考えています。

 

【提案3】政府は安定した無理ない学術行政の運営を

一般的に研究者が追い詰められ誇張が常態化するのは、外圧となる成果を強く求める学術政策のまずさにあります。イギリスでは多くの大学の基礎的な学科が、運営費交付金を傾斜配分するための評価Research Assessment Exercise(通称RAE、2014年からはREF)に耐え切れず学科閉鎖に追い込まれており、苦しい学術行政下にあります。過度な競争をあおるのではない、無理のない学術行政の運営が期待されます。

 

和田 教授

東京国際大学 国際関係学部 国際メディア学科

広報・マーケティングの実務経験と、日本広報学会・日本社会心理学会等の社会科学系の査読者・投稿者の経験からコメントします。

 

今回の問題は、(1)学術論文(査読システム等で保証されるもの)、(2)大学広報・科学コミュニケーション担当者の手を経たプレスリリース(大学からのメディアリレーションズ)、(3)そのプレスリリースに基づく一般雑誌報道という3段階で考察できます。この論文の問題提起は、(1)学術論文が、(3)一般雑誌に取り上げられる際の「誇張」と「正しい科学的知見」との差異です。その媒介変数として、(2)大学広報や科学コミュニケーターの介在も含まれます。

 

早稲田大学では「科学コミュニケーター」養成のMAJESTyという修士課程を設置していました。米国PR史では早い段階(例:1640年代のハーバード大学設立時のPR活動、1748年のキングスカレッジ=現コロンビア大学の世界初と言われる「ニュースリリース」など)から、アカデミズムによるジャーナリズム(新聞)を通じての、パブリック=一般市民に対する科学PR活動が重視されてきました。英国も長い科学コミュニケーションの歴史があります。日本でアカデミズムがパブリックに接近しようと努力し始めたのは、極めて最近と言えます。その背景には現代の先端科学の巨大化・予算獲得や、科学技術政策における競争原理導入などが考えられます。

 

今回調査対象となった、(1)学術論文が直接リリースされ、それが(3)一般雑誌に報道されることは日本では極めて少ないと思います。一般に日本のジャーナリズムが取り上げるのは学術論文そのものではなく、『サイエンス』や『フォーブス』など海外の、“科学的知見も取り扱う”一般雑誌に取り上げられた場合です。(2)大学広報・科学コミュニケーションの担当者・専門家は日本でも着実に増加しています。

しかし、予算・人員・活動の制約、短期的成果(広報のアウトプットやアウトカム)が重視される傾向にあります。したがって、「科学的知見」に「ニュース価値」を生むことが科学コミュニケーションの現場では求められます。また、そのプロセスに外部のPR会社・専門家が関与する場合、さらに「ニュース価値」志向が求められると思います。日本の科学ジャーナリズムにも問題はあります。STAP問題でも、一般メディア(テレビやネットも含めて)の科学ジャーナリズムは、細分化され先端化された科学的知見を追いかけるのに精いっぱいであることが証明される結果となりました。

 

この論文は、(2)大学広報(おそらく広報・PR担当者)のプレスリリースを問題にしています。しかし、(1)学術論文と比較すれば、おそらく「ニュース価値」重視の要約・誇張は日本でも十分に起こりえる問題です。したがって、科学ジャーナリズムにはそれを前提に「科学的知見」への適正な評価、論評が求められます。しかし、そうしたジャーナリズム機能は現在のメディア企業の人的・時間的・経営的観点から制限されています。こうした社会的背景には、一般メディアに依存する市民や青少年の科学リテラシーの問題もあります。原子力広報から生命科学へ、そして宇宙開発(はやぶさ)へと人々の関心・話題は移りつつありますが、「誇張」に関する「ニワトリとタマゴ」状況が日本でも続いていると考えます。

 

長神 風二 特任教授

東北大学 東北メディカル・メガバンク機構 機構広報渉外・企画分野

この論文では医科学と基礎医学の分野のみを取り上げていますが、プレスリリースが誇張される傾向にあるのは必ずしもこれらの分野だけではありません。日本ではプレスリリースの発信が研究者の所属する機関に一元化されている問題を数年前から指摘してきました。研究機関同士が競争関係にある中では、アメリカのように学会や学術誌の出版元など複数の関係機関から論文成果の情報が出ることで相対化が可能になる仕組みの方が良いように思えます。

 

研究成果が誇張して発表された場合の社会的制裁も、森口尚史氏のような極端な場合を除いて働きません。加えて、特に大学からの発表の場合には学内に発表者の研究室以外に近い分野の研究者がいない場合もあります。研究機関内でのチェックが効きにくい構造といえます。

 

「研究機関広報のプレスリリースは一定の節度を持つべきだ」というこの研究の趣旨には同意しますが、現状の責任を広報担当者のみに押し付けることはできません。なぜなら「健全な」科学広報は記者や報道機関との緊張関係から生まれるからです。ジャーナリストは研究機関からのリリースをチェックし、誇張された情報を真に受けることがあってはなりません。また、研究機関側はジャーナリストが故意に誇張した報道を行った場合には厳しく批判すべきです。私は記事掲載後にできるだけ記者へ事後連絡をするようにしていますが、こうした活動をする広報担当者は少ないように思います。共犯関係ではなく緊張関係の構築が重要です。

 

記者の時間的な制約もこの問題の原因でしょう。記者は発表から解禁までのわずかな時間で記事を準備します。その結果、リリースのままの記事が増えるのです。報道機関の論理では他社に先駆けることが重視されますが、多くの研究発表は1日や2日の違いに意味があるとは思えません。また、報道機関はそれが「ニュース」であるかどうかも重要視しますが、果たしてそれが科学的な成果を伝えることにおいて本質的なことなのでしょうか。中期的には科学報道を取り巻く文化全体を見直していくべき問題が背景にあると考えています。

 

岡田 小枝子 広報室長

 

高エネルギー加速器研究機構 広報室

欧米の研究機関や大学では、プロレベルのサイエンスライターが広報室に居る場合が多く、プレスリリースは読み応えのあるストーリー性の高いものになっており、今回の論文が指摘しているような誇張が多い場合もあるかもしれません。それをそのままマスメディアが使ってしまうジャーナリズム上の問題点も多々指摘されているようです。一方、国内については、少なくとも私が業務としてきた基礎科学分野のプレスリリースは、論文の翻訳調のものが多く、過度な誇張が多いようには見受けられません。その一因として、前述した広報体制や広報戦略の違いのほかに、英米の記者と違い、日本人の記者にとっては英語で書かれた原著論文を読むということのバリアが高いという背景もあるかと思います。欧米風のストーリー性が高いリリース文に移行すべきか否かというのが、ずっと個人的な懸案事項であったこともあり、今回のイギリスの研究結果は興味深いものではありますが、これをそのまま取り入れて国内の反省材料にするには、諸条件がかなり異なっていると感じます。

 

田中 幹人 准教授

早稲田大学大学院 政治学研究科 ジャーナリズム・コース

今回の論文は、内容分析という手法に則り、労力をかけて丁寧に実施された信頼できる研究結果だと思います。メディア/マス・コミュニケーション研究からは、現代社会に流通するニュースは、国や企業などの組織広報が出す一次情報にますます強く依存するようになってきていることが指摘されていましたが、今回の研究は科学広報もまたその流れのなかにあることを改めて示した成果と言えるでしょう。

 

そもそも研究広報の担当者が、自分たちの研究成果のプレスリリースがメディアに取り上げられ、より多くの人々に知られることを目指すのは当然ですし、社会への説明責任を果たすためにも大切なことです。しかし、各研究機関がよりわかりやすく、より多くの人に成果を実感して貰おう、と工夫した結果として皮肉にも起こってしまう「広報競争」が何をもたらすかについては、立ち止まって考える必要があります。このことは、広報担当者自身が日々悩んでいるのではないかと思います。

 

実際、日本でも大型研究機関の出すプレスリリースは、一般市民が読んでも研究成果について把握できるくらいわかりやすくなってきました。このことは、科学コミュニケーションの手法が発達し、科学広報に関わる人材が育成された成果であると解釈できますが、また一方で、新たな課題も生み出しています。

 

まず、プレスリリースの「発達」は、ジャーナリストにもインパクトを与えています。私たちが5年前に日本の科学ジャーナリストを対象に行った調査でも、近年は広報からのプレスリリースがとても分かりやすくなった反面、取材時間が減っていく環境の中では、かえってオリジナリティに富んだ記事を書きにくくなってきているとの証言を得ています。

 

またオンラインメディアでは、こうしたプレスリリースをほぼコピペして即座に記事として配信してしまう例も目立っています。ニュースは鮮度が命ですから、その後でプレスリリースをもとに丁寧な取材を重ねた独自記事が出てきても、読んでもらえません。

 

さらに言えば、プレスリリースには成果を宣伝するのと同時に、「あまり注目されたくない部分」を意識的にせよ無意識にせよ隠すという傾向があることが研究からも分っています。

 

かつては、ニュースにおける公共性を追究する責任は、主にジャーナリズムが担っていました。ところが現在では、その責任は広報担当者、ジャーナリスト、そしてニュースを見る一般市民にも分配されています。広報担当者は自分の組織のためだけではなく、公共のためになるプレスリリースをいかに書くか。ジャーナリストはプレスリリースの焼き直しではないニュースをいかにして実現するのか。そして読者である市民は何を 「価値あるニュース」として選択するのか。本論文は、このような議論のきっかけを与えたといえるでしょう。

 

備考:コメンテータである田中はSMCのリサーチ・マネージャーです。今回はスタッフが、その専門性がコメンテータとして適切として判断し、あえて通常の手続き(電話インタビューによる取材と原稿確認)を踏んで独立にコメントを取得しました。

 

記事のご利用にあたって

マスメディア、ウェブを問わず、科学の問題を社会で議論するために継続して
メディアを利用して活動されているジャーナリストの方、本情報をぜひご利用下さい。
「サイエンス・アラート」「ホット・トピック」のコンセプトに関してはコチラをご覧下さい。

記事の更新や各種SMCからのお知らせをメール配信しています。

サイエンス・メディア・センターでは、このような情報をメールで直接お送りいたします。ご希望の方は、下記リンクからご登録ください。(登録は手動のため、反映に時間がかかります。また、上記下線条件に鑑み、広義の「ジャーナリスト」と考えられない方は、登録をお断りすることもありますが御了承下さい。ただし、今回の緊急時に際しては、このようにサイトでも全ての情報を公開していきます)【メディア関係者データベースへの登録】 http://smc-japan.org/?page_id=588

記事について

○ 私的/商業利用を問わず、記事の引用(二次利用)は自由です。ただし「ジャーナリストが社会に論を問うための情報ソース」であることを尊重してください(アフィリエイト目的の、記事丸ごとの転載などはお控え下さい)。

○ 二次利用の際にクレジットを入れて頂ける場合(任意)は、下記のいずれかの形式でお願いします:
・一般社団法人サイエンス・メディア・センター ・(社)サイエンス・メディア・センター
・(社)SMC  ・SMC-Japan.org

○ この情報は適宜訂正・更新を行います。ウェブで情報を掲載・利用する場合は、読者が最新情報を確認できるようにリンクをお願いします。

お問い合わせ先

○この記事についての問い合わせは「御意見・お問い合わせ」のフォーム、あるいは下記連絡先からお寄せ下さい:
一般社団法人 サイエンス・メディア・センター(日本) Tel/Fax: 03-3202-2514

専門家によるこの記事へのコメント

この記事に関するコメントの募集は現在行っておりません。