専門家コメント
OXITEC社の遺伝子組み換え蚊(GMM)放出計画について: 専門家コメント
・これは、2015年2月10日にジャーナリスト向けに発行したサイエンス・アラートです。
・記事の引用は自由ですが、末尾の注意書きもご覧下さい。
<SMC発サイエンス・アラート>
OXITEC社の遺伝子組み換え蚊(GMM)放出計画について:専門家コメント
フロリダ州で蚊を媒体とした感染症を防ぐため、OXITEC社が遺伝子を組み替えた蚊を環境中に放出することを計画しています。次の世代の幼虫が成虫になる前に死ぬよう遺伝子を組み替えた蚊(Genetically modified mosquitoes 以下、GMM)で、同様の試みはすでに英領ケイマン諸島などで実施されていますが、今回放出を計画している地域では反対運動が行われています。この件に関する専門家コメントをお送りします。
WHOと米・国立衛生研究所のGM蚊についてのガイダンス
http://www.who.int/tdr/publications/year/2014/guide-fmrk-gm-mosquit/en/
都野 展子 准教授
金沢大学 理工研究域 自然システム学類 生物学コース
この問題は放逐地域の状況やGMMの防除効果などいくつかの要因について検討する必要があるように思います。以下の4点についてコメントします。
1 GMMの安全性について
実施団体はオスだけを放しメスは放さないので、GMMがヒトを吸血することはないと説明しています。
しかしメソッドをみるとマニュアルでオス・メスはわけています。オスの方が生育にかかる日数が短いことを利用して分けているのだとおもいますが、数百万個体も放逐することを考えると、一匹のメスも混ざらないと言い切るほうが難しいでしょう。
また遺伝子が野外に拡散することはないと説明していますが、例えば狂牛病でも絶対ありえないと言われていたヒトへの感染があることが後に認められたように、科学の歴史上ありえないと言われていたことが覆されたことは数多くあります。また、自然生態系の中で、他の動物による捕食や近縁種の蚊との交雑など、実験室では測定し得ない他生物との相互作用を考慮に入れると、遺伝子拡散が起こりえないとは言い切れないでしょう。
2 GMMの実施効果について
OXITEC社のリリースによればパナマの10ヘクタールほどの居住区に430万個体のGMMオスを半年かけて放し続け、局所個体群を9割減少させたと報告しています。しかし、その根拠であると考えられる論文(注1)を確認したところ、9割減少とはどこにも書かれておらず最も効果の見えた週で8割減、見方によっては処理区のほうが蚊の多い時期もあります。世代期間が短く増殖率の高い昆虫個体群は半年程度で1オーダーの減少を示すことは他の原因でも起こりえます。個体群の低密度を維持するにはGMM放飼はどのくらい継続しなければならないのか、など当然湧いてくる疑問に対する回答をOXITECは与えていません。OXITEC社のいうGMMオス放逐は個体群を効果的に減少させたという広報は十分な裏付けをもたないと考えます。
3 放逐地域の状況について
GMMの効果があると判断された場合でもその野外での実施の可否は状況次第でしょう。
例えばデング熱がひどく流行している状況において、かつ地域のカに殺虫剤耐性が備わり殺虫剤に効果がない場合、GMM適用について議論する余地はあると思います(個人的には反対ですが)。
デング熱などネッタイシマカが媒介する感染症が流行しているわけではない状況では、「デングが流行しているわけでもないのになぜGMM蚊を放逐するのか」、「われわれはモルモットか」といった住民の方の意見はもっともだと思います。。
4 私見
カルタヘナ議定書(注2)に参加している国ではGMMの適用は許可されないでしょうが、法的な拘束とは関係なく、個人的にはGMMには反対です。それは他の防除策の適用が十分可能であり、GMMしかないという状況下ではないと考えるからです。GMMの実地試験にも使われたパナマにおいて1900年初頭にゴーガス(注3)が徹底した幼虫対策を行い、黄熱病(ネッタイシマカが媒介する感染症)を駆逐したのは有名な話です。最近ではベトナムでもケンミジンコによるネッタイシマカ幼虫対策が成功しています。ネッタイシマカの分布はヒト居住区内に限られるため、住民が幼虫対策に協力的であれば、駆除は可能です。GMM放逐に住民の賛意を得る努力よりも、住民にネッタイシマカの幼虫発生源対策に協力を求める努力を行政は考えるべきです。
(注1)
Harris, AF., et al. (2012) Successful suppression of a field mosquito population by sustained release of engineered male mosquitoes, Nature Biotechnology, 30, pp.828-830.
http://www.nature.com/nbt/journal/v30/n9/full/nbt.2350.html
(注2)カルタヘナ議定書
http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/kankyo/jyoyaku/cartagena.html
(注3)William Crawford Gorgas (1854-1920)
米国陸軍の軍医。パナマでの黄熱病対策の先駆者。
山本 大介 助教
自治医科大学 感染・免疫学講座 医動物学部門
デング熱やチクングニア熱にはワクチンや治療薬が無いため、病原体であるウイルスを媒介する蚊(ネッタイシマカなどのヤブカ)を減らすことは感染の予防や感染拡大の防止に非常に効果的だと考えられます。しかし、殺虫剤の使用は耐性を持つ蚊が出現すること、残留薬剤が人体や環境へ悪影響を及ぼす場合があることが問題視されています。そこで、遺伝子組み換え蚊(GMM)の利用は殺虫剤に代わる方法の一つとして研究されています。ただ、新しい技術のために一般の人々への技術情報の伝達・理解が不十分であること、また安全性を裏付けるデータがこれまでの方法に比べて少ないことから、計画の実施対象地域の住民から反対の声が出ることは当然だと思います。
今回の計画は、「卵からふ化して幼虫になると死ぬ遺伝子」を持ったGMMのオスを大量に放し、自然界のオスの代わりにメスと交尾させて子孫を殺すというものです。オスの蚊は刺す(吸血する)ことは無いため、放したGMM自体が直接人体に危害を加えることはないとされています。また、自然界の雌と交尾して産まれた子孫が死んでしまいますが、放したGMMオスも数ヶ月の寿命で死ぬことからGMMが自然界に残留することもないと考えられます。OXITEC社は以前にも他の地域でGMMを使ってネッタイシマカを減らしたと発表していますが、まだ 実施後数年しか経っていません。もう少し長期で実施地域の蚊の数の推移や感染防止の効果を調べて行く必要があると思います。また、自然界の蚊の急激な減少がその地域の生態系に与える影響も調べて行く必要があると思います。
蚊が媒介する病気はデング熱の他にもマラリアなどがあり、温暖化や国際化によって今後さらに問題になることが予想されます。GM技術を用いた蚊のコントロールによって蚊が媒介する病気の感染拡大防止への効果が期待されますが、GMMを利用するには、住民らの理解を得ることはもちろんです。そのためにも、さらに様々な実験・解析をした上で、多くの専門家を交えた議論が必要だと思います。
畠山 正統 主任研究員
独立行政法人 農業生物資源研究所 昆虫科学研究領域
害虫を防除するために不妊化したオスを放すという手法自体は昔からあるものです。国内でも放射線を照射し、不妊化した個体を放すことでウリミバエの根絶に成功した例があります。OXITEC社は遺伝子組換えによって不妊化したネッタイシマカ(以下、GMM)を用いることから、不妊化の確実性はより高いといえます。
科学的には、放射線照射による不妊化よりも遺伝子組換えによる不妊化の方が確実であり安全性も高いと考えられます。しかし、農作物をはじめとした遺伝子組換え生物を環境中に放出することに対して根強い反対があることも事実です。実施地域の住民に対する丁寧な説明がなければ反対運動が起こることは避けられません。今回のトライアルに関しては周辺の住民に詳細な説明が十分に行われていないのではないでしょうか。
GMMの放出は、致死率の高い感染症を媒介するネッタイシマカを減らすために行われます。GMM放出のリスクとデング熱などの感染症の流行を抑止する効果を比較して、GMMの効果が明らかに大きいことを示すことが必要だと思います。リスクが全く無いとは言い切れない以上、効果とリスクを比較して説明し、理解を得ることが重要です。
今回の件についての報道は、GMMの安全性についての部分が薄いように思います。
例えば、今回遺伝子組換えによってネッタイシマカに導入されている遺伝子はほ乳類にとっては無害であると既に明らかになっているということや、GMMを増殖する際には不妊化遺伝子を働かせないためにテトラサイクリンという抗生物質が用いられており、この抗生物質を摂取できない環境中では繁殖できないように処理されているといった、安全性確保のための仕組みに触れられていません。また、感染症を媒介するのは動物を刺して吸血するメスであり、放出するGMMはオスのみという点も強調しても良いのではないでしょうか。
日本ではカルタヘナ法(注4)によって遺伝子組換え生物の使用が厳しく管理されているため、GMMによる害虫防除は導入されづらいと思います。現在、環境中への拡散を防止する措置を執らない使用が認められている昆虫は、遺伝子組換えカイコの飼育実験1例だけであり、今回の報道にあるようなGMM放出の承認は現実的でないでしょう。
(注4)カルタヘナ法
http://www.maff.go.jp/j/syouan/nouan/carta/about/index.html
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