2015311
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専門家コメント

ビスホスホネート薬の一つが慢性閉塞性肺疾患(COPD)に有効、とした報告について:専門家コメント

・これは、2015年3月10日にジャーナリスト向けに発行したサイエンス・アラートです。

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<SMC発サイエンス・アラート>

ビスホスホネート薬の一つが慢性閉塞性肺疾患(COPD)に有効、とした報告について:専門家コメント

群馬大学の研究チームは、マウスによる実験で、骨粗鬆症などに用いられるビスホスホネート系薬(アレンドロネート:Alendronate)が、慢性閉塞性歯肺疾患(COPD)の症状緩和に有効であると報告します。COPDは、タバコの煙に含まれる有毒物質によって、気管支の炎症、肺胞の破壊などが進む病気です。2020年には全世界における死因の第3位に予測されています。論文は、3月11日付けのNature Communicationsに掲載されました。この件に関する専門家コメントをお送りします。
 

【論文タイトル】

 Manabu Ueno. et al,'Alendronate inhalation ameliorates elastase-induced pulmonary emphysema in mice by induction of apoptosis of alveolar macrophages', Nature Communications 6, Article number: 6332

http://www.nature.com/ncomms/2015/150310/ncomms7332/full/ncomms7332.html

【参考リンク】

COPDについて(公益財団法人結核予防会のサイト)
http://www.jatahq.org/headquarters/copd.html

伊藤 功朗 助教

京都大学医学部附属病院 呼吸器内科

本研究は、モデルマウス(マウスエラスターゼ肺気腫モデル)を用いて、骨粗鬆症の薬としてすでに使われているビスホスホネート系薬「アレンドロネート」の肺気腫に対する有用性を示したものです。アレンドロネートを気道に注入して吸わせたところ、タンパク分解酵素(エラスターゼ)の作用による肺気腫の形成が抑えられたとしています。さらに、この抑制効果が、免疫細胞の一種(活動性肺胞マクロファージ)が細胞死(アポトーシス)に関連したカスパーゼ3という酵素を活性化させ、細胞死を誘導した結果もたらされたことも明らかにしました。試験管内の実験では、アレンドロネートが、肺胞マクロファージの遊走能(移動性)、貪食能(他の細胞や異物を消化するため取り込むこと)、炎症を誘発する作用、タンパク分解酵素(MMP9)の産生などを抑制したとしています。
 
ビスホスホネートは、骨粗鬆症の治療薬として広く用いられています。その作用は、破骨細胞のアポトーシスを誘導し、骨吸収を抑制することにあります。破骨細胞は「マクロファージにも分化しうる細胞(単球系細胞)」の一つとして知られています。本研究の新規性は、「肺胞マクロファージに対するビスホスホネートの作用」について着目した点や、実際に動物モデルで肺気腫の治療効果が得られた点にあるでしょう。
 
ただし、報告では「炎症が成立した段階での気腫形成を抑制する」としており、気腫形成後の肺胞再生効果については不明です。よって、まずは、まだ軽症のCOPDや肺気腫を対象に、病態の進行を防ぐ効果をねらった臨床応用が想定されます。COPDには「肺気腫(肺胞病変)」と「慢性気管支炎(気道病変)」の2大病態がありますが、どちらのウェイトが大きいかは患者ごとに異なります。肺胞の病変が抑制されたことでCOPDへの有用性が期待できる一方、残る気道炎症への有用性を評価していく必要があるといえます。ビスホスホネート系の薬はすでに複数種が市販されており、適応用量内であれば、ヒトへの安全性はほぼ確認されています。今後は、ヒトへの投与方法の検討と、肺胞病変に対する臨床効果とを慎重に評価していく方向への発展性が期待されます。

 

山田 充啓 院内講師

東北大学病院 呼吸器内科

本論文はCOPDの主要病態の一つである肺気腫において、肺胞マクロファージ(注1)が病態形成に関与していると考え、アレンドロネートを吸入させることで肺気腫形成を抑制できないか検討しています。もともとアレンドロネートはマクロファージの一種である破骨細胞を抑制する働きがあり、同じマクロファージである肺胞マクロファージを抑制できないかと考えた訳です。動物実験の結果、喫煙暴露肺気腫モデルマウスにて、アレンドロネートの投与により肺気腫形成が抑制されることが明らかになりました。この論文ではアレンドロネートにより肺胞マクロファージの細胞死がおきること、肺胞マクロファージの貪食・遊走機能が抑制されることも明らかにしています。

アレンドロネートはもともと副作用として消化管粘膜刺激作用がある薬剤です。吸入による気道粘膜に与える影響はさらなる検討が必要かもしれません。また、アレンドロネートで肺胞マクロファージを抑制することによる感染防御に対する影響も検討が必要でしょう。しかしながら、ヒトへの臨床応用を目指すにあたって解析すべき課題はあるものの、既に他疾患に臨床応用されている薬剤を用い、肺胞マクロファージを標的にしたユニークな発想に基づく研究であり、新たなCOPD治療法の開発につながることが期待されます。

 

注1: 肺胞マクロファージ
白血球の一種で、肺胞に侵入した微生物やたばこの煙など粒子状物質を貪食・除去し、肺胞表面をきれいに保つ役割をする。

 

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