2015513
各専門家のコメントは、その時点の情報に基づいています。
SMCで扱うトピックには、科学的な論争が継続中の問題も含まれます。
新規データの発表や議論の推移によって、専門家の意見が変化することもありえます。
記事の引用は自由ですが、末尾の注意書きもご覧下さい。

専門家コメント

英チーム、遺伝子の23%が季節に応じて発現していると報告

・これは、2015年5月11日にジャーナリスト向けに発行したサイエンス・アラートです。

・記事の引用は自由ですが、末尾の注意書きもご覧下さい。

<SMC発サイエンス・アラート>

英チーム、遺伝子の23%が季節に応じて発現していると報告:専門家コメント

イギリスの研究チームは、ヒトの血液などを対象に、マイクロアレーによる全遺伝子の発現解析を行い、23%もの遺伝子(5136個)が季節に応じて機能していると報告しました。発現の季節変動は北半球と南半球で逆転しており、高緯度や赤道付近の季節変動は小さかったとしています。さらに著者らは、得られた知見がワクチン接種の効果的なタイミングを探る材料になるとも述べています。論文は5月13日付けのNature Communicationsに掲載されました。この件についての専門家コメントをお送りします。

 

【論文リンク】
Dopico, X. C. et al. Widespread seasonal gene expression reveals annual differences in human immunity and physiology. Nat. Commun. 6:7000 doi: 10.1038/ncomms8000 (2015).
http://nature.com/articles/doi:10.1038/ncomms8000

 

石田 直理雄 チーム長

 産業技術総合研究所 バイオメディカル研究部門 時間生物研究チーム
(筑波大学生命環境科学研究科連携大学院教授 兼任)

今回の研究は、ドイツ、アメリカ、オーストラリア、ガンビアなどで疫学調査のために収集されたヒトの末梢血(単核球細胞)を対象にしたものです。これらのサンプルから抽出された約4000のメッセンジャーRNAを解析したところ、時計遺伝子(Bmal1/ARNTL)や免疫に関連する遺伝子(可溶性IL-6受容体、CRP、VitaminD受容体の各遺伝子)の発現が、夏に高く冬に低かったとのことです。この変動は、午前と午後のどちらに採血しても変わらなかったため、著者らは、日内変動の影響ではないだろうとしています。

さらに著者らは、16種知られる時計遺伝子のうちの9種(Bmal1,CLOCK,CRY1など)が季節変動を示したとしています。また、冬場に発現が高い遺伝子として、アディポカイン受容体やプロスタグランディン受容体などをリストアップしました。遺伝子発現の季節変動は北半球と南半球とで逆転しており、赤道に近いガンビアや高緯度のアイスランドではそれぞれに特異的な変動がみられたとのことで、たいへん興味深いと思います。さらに、健常女性の皮下脂肪組織を対象にした解析により、免疫関連分子(IL-6受容体やCRP)の遺伝子の発現が冬に上昇することを突き止め、冬場にリウマチやI型糖尿病の発症リスクが高いこととの関連を示唆しています。

生物にみられる季節性リズムの検討は、休眠や冬眠する動物、決まった季節に結実する植物などで行われてきましたが、長時間、一定環境下に保てない生物では遅れていました。その意味で、今回、ヒトのほぼ全ての遺伝子を対象に、網羅的に解析した点は評価できると思います。ただし、日内振動にくらべて季節振幅は大変小さく個人差もあるので、何例かの個人ごとの季節データが欲しいところです。著者らが述べる季節変動性遺伝子の変動とワクチン効果や病気との関係はすべて推測であり、分子機構の解明はこれからの課題といえます。今後、遺伝子の季節変動が、温度、日長、電磁気といった環境要因にどの程度影響されるのか解明されていくと、より興味深いと思います。

 

本間 研一 名誉教授

 北海道大学

春から初夏にかけて悪化するスギ花粉症のように、原因となる物質や病原体が特定の季節に優勢になることで季節性をみせる疾患(季節病)が、複数知られています。一方で、抵抗力や免疫機能などの生理機能も、季節によって変動することがわかっています。

本研究では、免疫機能などの季節変動が季節病の原因になりうることが示唆されていますが、今回の解析からそのように結論付けることはできないと思います。遺伝子発現の季節変動は、季節病そのもの、あるいは気温や日周期、社会生活の季節変化の結果にすぎない可能性があるからです。著者らの見解を裏付けるには、季節病のピーク位相と緯度の関係などを調べなければなりません。今回の研究はそこまで追求しておらず、結論は、今後に持ち越されたとみるべきでしょう。

 

粂 和彦 教授

 名古屋市立大学大学院薬学研究科

血圧や甲状腺ホルモン分泌量などに季節変動があることや、疾患発症にも季節性があることはすでに知られています。ただし、実際にヒトのサンプルを用いて、遺伝子発現レベルでの季節変動を調べたのは、今回が初めてです。論文では5000以上の遺伝子が変動していたとしていますが、この数値は、日周期性の変動をする遺伝子が数百個レベルとされていることを考えると、驚くべきものといえます。北半球と南半球で位相が逆になったことは当然ともいえますが、実際のデータで示されると、やはりインパクトがあります。

日周変動する遺伝子には、早朝、夜中、夕方などの多様な時間にピークを示すものが含まれます。一方、今回明らかにされた季節変動遺伝子は、夏か冬にピークを迎えるものがほとんどで、春や秋にピークを示すものが少なかった点も興味深いです。疾患との関連では、冬に白血球の免疫能を亢進させる遺伝子の発現が高いことが報告されましたが、冬に行う調査はインフルエンザなどの感染後のサンプルを多く含む可能性があり、免疫能亢進は感染による反応の可能性もあります。因果関係の解明にはより詳細な検討が必要でしょう。

データ処理については、いくつかの問題があると思います。たとえば、異なる被検者の異なる日時での採血によるサンプルを混ぜて使っている点です。サンプル数が多いため、個人差については排除できますが、厳密にコントロールされた連続サンプルを用いた研究と同一とはいえいません。また、サインカーブにフィットする方法を用いているため、年に1度のピークを示す季節変動しか抽出できません。春と秋に2回ピークを示すような季節変動遺伝子の検討も、今後の研究対象といえるでしょう。夏と冬にピークがもたらされる原因としては、温度変化、日長などが考えられますが、これらの環境要因をコントロールしたうえで、遺伝子発現との相関を考察する必要があると思います。

 

吉村 崇 教授

 名古屋大学 トランスフォーマティブ生命分子研究所(WPI-ITbM)

今回の論文では、地理的、民族的に異なるヒトの白血球や脂肪組織を対象に、1年を通した遺伝子発現の変化を全ゲノムで検討しています。その結果、24時間周期(概日リズム)を司る時計遺伝子、免疫系に関与する遺伝子など、数千個が季節に応じた変化をみせることがわかったとしています。興味深いことに、これらの遺伝子の発現パターンは、季節が反対の北半球と南半球では逆転していました。さらに、血中の白血球の細胞構成にも季節変化がみられ、免疫応答や心臓疾患、うつ病などの「発症率に季節の偏りがみられる疾患」と季節変化の関連解明につながりうるとしています。
 
一連の発見は画期的で、ヒトの季節リズムを解明するための大切な一歩だと思います。ただし、今回は現象(遺伝子発現や細胞構成と季節との相関)の報告であり、病気の罹患率との因果関係は不明です。論文にも書かれていますが、日照時間、温度、湿度などの、どの環境因子が遺伝子に季節変化をもたらすのかは謎のままで、今後の解析が待たれます。
 
リスや渡り鳥など、ごく一部の生物種では、1年周期のリズムを刻む内因性の「概年時計(circannual clock)」の存在が確認されています。ところが、ヒトを含むほとんどの生物においては存在が明らかにされていません。概年リズムの存在を示すには、数年間にわたって実験動物を明暗周期、温度、湿度などを一定に保った環境に置き、リズムを観察し続ける必要がありますが、実現するのはたやすくありません。それでも、概年時計の有無や周期変動を発振するしくみの解明は生物学に残された大きな謎といえ、研究のさらなる発展が期待されます。

記事のご利用にあたって

マスメディア、ウェブを問わず、科学の問題を社会で議論するために継続して
メディアを利用して活動されているジャーナリストの方、本情報をぜひご利用下さい。
「サイエンス・アラート」「ホット・トピック」のコンセプトに関してはコチラをご覧下さい。

記事の更新や各種SMCからのお知らせをメール配信しています。

サイエンス・メディア・センターでは、このような情報をメールで直接お送りいたします。ご希望の方は、下記リンクからご登録ください。(登録は手動のため、反映に時間がかかります。また、上記下線条件に鑑み、広義の「ジャーナリスト」と考えられない方は、登録をお断りすることもありますが御了承下さい。ただし、今回の緊急時に際しては、このようにサイトでも全ての情報を公開していきます)【メディア関係者データベースへの登録】 http://smc-japan.org/?page_id=588

記事について

○ 私的/商業利用を問わず、記事の引用(二次利用)は自由です。ただし「ジャーナリストが社会に論を問うための情報ソース」であることを尊重してください(アフィリエイト目的の、記事丸ごとの転載などはお控え下さい)。

○ 二次利用の際にクレジットを入れて頂ける場合(任意)は、下記のいずれかの形式でお願いします:
・一般社団法人サイエンス・メディア・センター ・(社)サイエンス・メディア・センター
・(社)SMC  ・SMC-Japan.org

○ この情報は適宜訂正・更新を行います。ウェブで情報を掲載・利用する場合は、読者が最新情報を確認できるようにリンクをお願いします。

お問い合わせ先

○この記事についての問い合わせは「御意見・お問い合わせ」のフォーム、あるいは下記連絡先からお寄せ下さい:
一般社団法人 サイエンス・メディア・センター(日本) Tel/Fax: 03-3202-2514

専門家によるこの記事へのコメント

この記事に関するコメントの募集は現在行っておりません。