2015630
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専門家コメント

すい臓がん、より精度の高いバイオマーカーを発見

専門家コメント・これは、2015年6月23日にジャーナリスト向けに発行したサイエンス・アラートです。

・記事の引用は自由ですが、末尾の注意書きもご覧下さい。

<SMC発サイエンス・アラート>

すい臓がん、より精度の高いバイオマーカー候補を発見

スタンフォード大学の研究チームは、すい臓がんの診断や予後予測に使えそうなバイオマーカーを新たに発見したとの研究成果を発表します。がん細胞が血液中に放出する小胞(エキソソーム)に内包されるグリピカン1(GPC1)を調べるという手法。論文は6月25日、Natureに掲載されました。
この件についての専門家コメントをお送りします。
 
【論文概要リンク】
Sonia A. Melo et al.,‘Glypican-1 identifies cancer exosomes and detects early pancreatic cancer’, in Nature.
http://nature.com/articles/doi:10.1038/nature14581 

 

田原 栄俊 教授

広島大学 大学院医歯薬保健学研究院

すい臓がんは早期に発見することが難しく、比較的早期に転移が起こり、予後がきわめて悪いがんの一つです。がんの転移には、細胞が分泌する細胞外小胞(エクソソーム)が関係していることがわかってきています。

今回筆者らが同定した「Glypican-1(GPC1)を内包するエクソソーム( circulating exosome: crExos)、以下GPC1+crExos)は、これまでの腫瘍マーカー(CA19-9)を上回る精度ですい臓がんと相関することが示されています。さらに、自然発症がんのモデルマウスを用いた継時的な実験において、「MRIの画像検査では捉えることのできない段階でも、血液中のGPC1+crExos の量が腫瘍の大きさと相関して上昇すること」が示されており、ヒトのすい臓がんの早期診断バイオマーカーとして期待されます。

このようながん由来のエクソソームを特異的に検出する技術は発展途上、臨床応用にはなお多くの課題があります。筆者らは、エクソソームを直接ビーズに捕捉させ、さらにGPC1の抗体を用いて検出する手法で測定していますが、これは高感度に検出できる技術ではありません。今後、エクソソーム自体のマーカー(CD9やCD81など)とGlypican-1が感度よく検出できる方法が開発されれば、画像では発見できない初期段階(ステージゼロ)で、すい臓がんを発見できる可能性を秘めており、大いに期待したいところです。

 

 

落谷 孝広 主任分野長

国立がん研究センター研究所 分子細胞治療研究分野

エクソソームはあらゆる細胞から分泌される膜小胞体で、われわれの血流を循環しています。また、エクソソームには核酸やタンパク質が内包されており、由来する細胞によって、特異的な分子が内包されています。近年、エクソソームを利用した疾患バイオマーカーの探索が行われていますが、すい臓がん患者に特徴的なエクソソームの検出は十分な成果が得られていませんでした。

本論文では、乳がん細胞株由来のエクソソームに含まれるタンパク質を、質量分析法を用いて解析しています。その結果、乳がん細胞由来のエクソソームには細胞膜タンパク質であるGlypican-1(GPC1)が含まれることを突き止めました。フローサイトメトリー*を用いたエクソソーム検出法を利用してGPC1陽性エクソソームがすい臓がん細胞株由来エクソソームにも多く存在することを明らかにしています。このGPC1陽性エクソソームは、すい臓がん患者の血中に感度、特異度の高いマーカーとして確認されています。著者らはこの新しいすい臓がん由来エクソソームの検出が、低侵襲的な診断方法となることを強調しています。

本研究は、近年、がん研究で注目されている細胞外小胞を利用した、すい臓がん由来エクソソームマーカーの発見をした点で注目すべきものです。更にこのマーカーは、健康な人はもちろん、良性疾患との鑑別にも有効であることに加え、すい臓がんの前がん病変でも血液中に検出されるという点が重要です。すい臓がんの最大の問題点であった、「発見が遅れることによる治療困難な状態」を回避するという観点からも朗報です。また、GPC1陽性エクソソーム中にはすい臓がんに特徴的なKras遺伝子変異が見出されることも新しい発見です。
今後の実用化に向けて、エクソソーム精製不要で、かつ効率的な検出系が必要になると思います。更に多数の臨床検体を用いた実証研究も必要であり、特に前がん病変における解析数は極端に少ないため、慎重に進める必要があります。課題はありますが、本論文はこのような難治がんにおけるエクソソーム診断が、がんの診断・治療体系に新たな革命をもたらす可能性を示した論文として評価できます。 

*フローサイトメトリー: 短時間に大量の細胞を1つづつ測定する手法

 

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