201583
各専門家のコメントは、その時点の情報に基づいています。
SMCで扱うトピックには、科学的な論争が継続中の問題も含まれます。
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記事の引用は自由ですが、末尾の注意書きもご覧下さい。

専門家コメント

英政府、条件付きでネオニコチノイド系農薬の使用を許可

専門家コメント・これは、2015年7月31日にジャーナリスト向けに発行したサイエンス・アラートです。

・記事の引用は自由ですが、末尾の注意書きもご覧下さい。

<SMC発サイエンス・アラート>

英政府、条件付きでネオニコチノイド系農薬の使用を許可

イギリス政府は7月22日、ハチの個体数減少への関与が疑われているネオニコチノイド系農薬のうち、クロチアニジンとチアメトキサムの使用を条件付きで認めることを発表しました。今回の判断は農業団体 National Farmes Union の求めに応じたもので、国内のナタネ畑のうち5%に対し年間120日間に限り使用を許可したとのことです。EUでは2013年から2年間、クロチアニジン、チアメトキサム、イミダクロプリドのネオニコチノイド系農薬3種の使用を禁止していました。
本件についての専門家コメントをお送りします。

【論文リンク】

National Farmers Union プレスリリース
http://www.nfuonline.com/news/press-centre/neonics-emergency-use-application-approved/

本件についての英SMC配信コメント
http://www.sciencemediacentre.org/expert-reaction-to-the-uk-government-decision-to-authorise-the-limited-use-of-two-neonicotinoid-pesticides/ 

 

永井孝志 主任研究員

国立研究開発法人 農業環境技術研究所

EU(欧州連合)はミツバチに対するリスクの懸念から、ミツバチが好む作物に対するイミダクロプリド、クロチアニジン、チアメトキサムの3種のネオニコチノイド系農薬による種子処理、土壌処理、茎葉散布を、2013年から2年間の期限付きで禁止しました。

ところが、ネオニコチノイド系農薬はナタネ栽培に欠かせない農薬であったため、イギリスはこの規制に反対の立場をとっていました。そして害虫によるナタネ栽培への被害が現実的なものとなり、農業者団体からの要望を受けてイギリスが緊急措置をとったものと考えられます。

この規制にはそもそもいくつかの問題点がありました。まず、2013年の時点ではミツバチへのリスク評価に必要なデータがほとんど得られておらず、極端に安全側に偏った非現実的なシナリオでの評価に留まっていました。つまり、ミツバチに対するリスクはわからない状況下で、予防原則に基づいた規制だったといえます。次に、禁止されたネオニコチノイド系農薬の代わりに使用される農薬とのリスクの比較を行っておらず、規制が本当にミツバチへのリスクを下げるのかどうか不明なままでした。

EUの2年間の期限付き規制は今年の12月に終了するため、現在その先の措置が検討されている状況です。しかしながらEU各国の状況は様々であるため、今回のイギリスの先行的な動きが、EU全体の動きに影響を与えるかどうかは不透明です。一方日本では、EUでの禁止措置が「危険であることの証明」と誤解されることが多くなっています。今回のイギリスの動きを機に、「実際にはネオニコチノイドの規制がミツバチにとって良いかどうかも評価されていない」ということがもっと周知されても良いと考えます。

 

 

林 岳彦 主任研究員

国立環境研究所 環境リスク研究センター

今回の決定について注目すべき点は、「害虫による被害増加の防止」という観点に基づき、ネオニコチノイド系農薬の部分的な使用許可が出た点にあると考えます。EUが2013年からの時限的使用制限を決めた際には、ネオニコチノイド系農薬の使用制限が害虫による被害増加をもたらすリスクについてはほぼ考慮されていませんでした。今回の使用許可は、その時に考慮されていなかった害虫被害増加のリスクが実際に現れてきたことに対する「緊急的な」措置であると捉えることができます。

農作物への害虫による被害を考える際にぜひ念頭においておきたいことは、害虫の種類や量は地域や農作物等によって大きく異なるということです。そのため、被害や対策について一概に語ることは難しいのが現状です。例えば、地域Aにおいてある農薬の使用制限が害虫被害を増加させなかったとしても、別の地域Bでは被害が増える場合があります。農薬の使用制限がもたらす害虫被害のリスクの増加分は、地域により大きく異なるのが普通です。今回の英国における措置の内容を見ますと、害虫の被害が大きな地域(英国における総ナタネ作付面積の5%)のみを対象とした使用許可であり、大きな害虫被害の防止を目的とした「それなりに抑制的」な使用許可であると考えます。

 

“そもそも論"になりますが、本来ならば、社会的に影響の大きな規制は以下のようなプロセスにより決定・運用されるべきだと考えています:
(1) 科学的・経済的・社会的・倫理的側面からの総合的な規制影響評価の実施
(2) 規制影響評価の結果に基づく規制の可否の検討と決定(*多様な利害関係者による熟議に基づくことが望ましい)
(3) 規制実施後の影響のモニタリング
(4) モニタリング結果に基づいた定期的な規制の見直し

2013年からのEUによる時限的使用制限の決定の際には、規制の導入に際して「ネオニコチノイド系農薬がミツバチに与える影響が大きいのか小さいのか」という点に絞った評価しか行われていません。また、その決定プロセスは、多様な利害関係者による熟議を経たものというよりも、狭い範囲の科学者が行なった評価のみに基づくテクノクラティックな側面が強いものであったと言わざるを得ません。さらに、規制実施後の影響のモニタリングがされているのかも明確でありません。

規制検討における初動としては専門家主導による論点を限定した評価に基づくのも仕方ない側面もあります。しかし、将来的に規制を根付かせていく(今回の英国のような”反乱"を生まない)ためにも、より多用な側面を視野に入れた総合的な規制影響評価を行い、規制により変化する「リスク・ベネフィット・およびそれらの分配の公正さのバランス」に関する「あるべき姿」について社会の中でより開かれた議論を行っていくことが必要であると考えます。

 

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