専門家コメント
ネオニコチノイド系農薬の種子コーティングのミツバチへの影響
・これは、2015年8月21日にジャーナリスト向けに発行したサイエンス・アラートです。
・記事の引用は自由ですが、末尾の注意書きもご覧下さい。
<SMC発サイエンス・アラート>
ネオニコチノイド系農薬の種子コーティングのミツバチへの影響:専門家コメント
イギリスの研究チームは、イングランドとウェールズを対象に、2000〜2010年までの農薬使用量やナタネの収穫量、ミツバチのコローニー消失などのデータを分析し、種子コーティングの使用量増加がミツバチのコロニー消失の増加と関連しているとする研究成果を発表しました。また、農業生産者はコーティング種子を使うことで他の殺虫剤の散布量を減らしており、経済的利益があった可能性があるとも分析しています。論文は8月20日のScientific Reportsに掲載されました。
本件についての海外専門家コメントをお送りします。
翻訳は迅速さを優先しております。ご利用の際には必ず原文をご確認ください。
【論文リンク】
Budge et al., 'Evidence for pollinator cost and farming benefits of neonicotinoid seed coatings on oilseed rape' , published in Scientific Reports
http://www.nature.com/articles/srep12574
五箇 公一 主席研究員
国立環境研究所 生物・生態系環境研究センター
これまでネオニコチノイドをはじめとする農薬のミツバチへの影響評価は、室内レベルの急性毒性試験や、コロニーレベルでの室内もしくは野外試験しか行われていませんでした。今回の研究のように、長期的な農薬使用により、ハチの生息数・コロニー数にどれだけの影響が生じているかを景観スケール(ここではイングランドとウェールズを9つの区画に分けて、各区画のミツバチ集団の動態と気象データ、農薬使用量、および収穫量等の環境条件との関係)で評価した事例は極めて少なく、この成果は野外での影響実態を把握する上での重要な基礎データとなると考えられます。
同時に本研究では、ネオニコチノイド農薬を使用することによる負の影響だけではなく、その利益についても評価しています。例えば、本剤を使用することにより、有機リン剤をはじめとする他系統薬剤の空中散布回数がどれだけ減少するのか、あるいは、収穫量がどれだけ増えるのか、そしてそれらがどれだけの経済効果を農家にもたらし得るのか、というネオニコ使用の「利益=ベネフィット」についても定量的な評価を行っている点が、従来のリスク評価一点張りの研究事例とは大きく異なります。リスク−ベネフィット解析を含めて、農薬のリスク管理を議論していることは高く評価できるでしょう。
ただし、ミツバチの減少そのものの経済的な損失は計算されておらず、定量的なリスク−ベネフィット解析には至っていないことは今後の課題と言えます。もっとも、この課題はネオニコの問題に限らず、生物多様性保全という分野全体に通じる問題であり、その前進にはまだデータと実例の積み重ねが求められます。
本研究では、ネオニコチノイド農薬、特にイミダクロプリドの使用量とミツバチコロニーの減少の間に、統計学的に有意な相関があることを根拠として、野生ミツバチに対する悪影響を論じています。しかし、景観スケールでの生物集団の動態には、様々な環境要因が複雑に影響しており、今回の解析で用いられた限られた説明要因だけで農薬の影響を断定することは困難と考えられます。こうした広域スケールでの評価はさらなる研究が行われることで、再現性や汎用性を検証していくことが望まれます。
星 信彦 教授
神戸大学大学院農学研究科
今回の研究は、ネオニコチノイドを実験的に検証している過去の研究とは異なり、疫学的スケールを広げ、経済的な視点から解析している点に新規性があります。ただ批判するだけでなく、その有用性を述べた上で生態系への悪影響を論じている点は評価すべきだと思います。
不十分な点としては、論文中の考察にも一部述べられていましたが、2010年以降、現地ではイミダクロプリドに代わってクロチアニジンやチアメトキサムの使用が増加しているということが挙げられます。これらの「第二世代」ネオニコチノイドがイミダクロプリドと同様の効果をもたらすかという点は非常に気掛かりです。
著者らはネオニコチノイドについて、生態系を乱す不利益と農家の手間が省ける利点とを比較し、経済的事情により社会は後者に重きを置くことを余儀なくされるだろうと述べています。しかし,生態系を撹乱することは人類にとって大きなリスクであるため、農家の手間が省ける利点を持ち、かつ環境に対するリスクのない新たな農薬の開発が求められていくと思います。この点に対する今後の課題や展望が本論文では甘かったように感じます。さらに、農家側の被害算出額と実際の被害総額とは10~100倍ほど差が出る場合が多いので被害総額の算出法が気になるところではあります。
今回の論文によって、現地におけるミツバチのコロニーの減少には気象条件(気温や日照時間)も関与していることが明らかになりました。一方で、ネオニコチノイド処理によりハチが減少するのは間違いないと言えると思います。
本論文ではネオニコチノイドの中でも主にイミダクロプリドを対象にしており、現在使用量の最も多いジノテフランに関する言及がありませんでした。また、ピレスロイド系農薬とイミダクロプリドの組み合わせがハチに影響する[Gill et al., 2012]という報告もあります。そのため、ネオニコチノイドを使用することにより,毒性が高いと思われる旧型農薬(ピレスロイド系農薬等)の葉面撒布使用回数が減少するという点は生態系にとって有益かもしれません.
著者らはネオニコチノイドの使用に関して利益もあるとまとめた上で、使用の是非に関しては明言していません。しかしながら、「利益と不利益」という観点だけで使用を推進することはできませんし、今後、鳥類や哺乳類を含んだ生態系への影響に関する報告が期待されます.
林 岳彦 主任研究員
国立環境研究所 環境リスク研究センター
この論文では、(1)イミダクロプリドの使用量とミツバチのコロニー消失との相関関係、(2)ネオニコチノイド系農薬を用いた種子コーティング処理がナタネ農家にもたらす収益、の2点について言及されています。ただ、解析に問題があるため、(1)の結果で示されている相関関係は見かけ上のものである可能性がある程度以上に高く、(2)の結果の解釈にも一定の留保が必要であると考えます。
まず、(1)の問題点についてです。この研究では『コロニーの消失率』を説明するために、主に『イミダクロプリドの使用量』を用いて解析しています。
第一の問題点は、『コロニーの消失率』と『イミダクロプリドの使用量』が、それぞれ独立に時間が経つにつれて変化する可能性が考慮されていないことです。解析する際にこの点を調整せずに分析すると、本来因果関係がない場合でも見かけ上の相関関係が生じる可能性が高くなります。論文では『イミダクロプリドの使用量』の変化傾向については検討されていますが、『コロニーの消失率』については検討されていないため、相関関係が見かけ上だけのものである可能性が残ります。
第二の問題点は、『イミダクロプリドの使用量』と『コロニーの消失率』のデータはU字型を示しているようにも見えるのにも関わらず、直線的な統計モデルを当てはめていることです(論文中Figure 3)。少なくとも論文中で直線的な統計モデルを当てはめることの妥当性が別途議論されてしかるべきですが、そのような議論も行われていません。
第三の問題点は、分析の中で気候・地理的要素しか考慮されておらず、生態学的に重要だと思われる潜在的な交絡要因が統計モデル中に含まれていないことです。例えば、ナタネ農地周辺の蜜源の面積は大きな影響を与える要因ですが、今回は考慮されていません。不十分なモデルで解析が行われており、相関関係が見かけ上だけである可能性があります。
第四の問題点は、『コロニーの消失率』の調査が無作為に行われていないことです。調査自体が無作為に行われていない場合には、「コロニー調査を行う/行わない」という調査対象の選択の際に生じる偏りが見かけ上の相関関係をもたらしている可能性を十分に除外できません。
一方、(2)の問題点は、種子コーティングと収益以外の潜在的に重要な要因が考慮されていないことにあります。このような解析を行う場合には、例えば「害虫の手強さ」と「農薬の使用量」の関連といった、他の要因についても考慮しないと、本来の因果的関係が見えてこない場合があります。本論文ではこういった要素が全く議論されていないため、結果の解釈には一定の留保が必要だと思います。
個人的には、著者たち自身は限られたデータの範囲で、できる限りの解析を行なっていると思います。解析の問題点の多くは本質的にはデータの乏しさによるものであり、その点については著者たちによる落ち度が大きいとは考えておりません。ただし、調査観察データの統計解析の観点から見ると問題点の多い論文ではあることは否めません。掲載の可否の判断はともかくも、ディスカッションにおいて本来議論されるべきにも関わらず抜け落ちている重要な論点が多く、査読者の基準が甘いように感じました。
また、本論文を実際に読むと、示されている結果に対する著者たちの解釈の筆致も非常に控えめであることが分かります。しかしながら、この論文の内容がメディアに出る際には「ネオニコチノイド系農薬と野外でのコロニー消失との関連が初めて示された」という要約文のようになりやすく、本論文内で実際に述べられている内容とニュアンスがかなり変わってしまうのが難しいところだなと感じます。
永井 孝志 主任研究員
国立研究開発法人 農業環境技術研究所 有機化学物質研究領域
「ネオニコチノイド(ネオニコ)問題」を扱った論文が多数公表されていますが、この問題を論じるためには意味の無い研究が大多数を占めています。この研究もそのひとつと言えるでしょう。
私が「ネオニコ問題」を論じる上で注意して扱うべきだと考える論文の特徴は、以下の3点を強調しているものです:
1.ネオニコを与えたらハチなどの虫が死んだ(何らかの影響が出た)
ネオニコは殺虫剤ですので、虫に対する毒性が強いのは自明のことです。
2.死んだミツバチからネオニコが検出された
分析技術が向上したことで、何かしらのものは検出されるのが現状です。分析の対象によってバイアスのかかったデータも出てきますし、なにより検出されただけでは死因との関係もわかりません。
3.ミツバチの減少とネオニコ使用量に相関があった
相関関係があるということは必ずしも因果関係があるということを示してはいません。例えば、先日私のブログでも紹介したとおり(http://shimana7.seesaa.net/article/423588076.html)、日本でのネオニコの出荷量とFAXの普及率のデータを見てみると高い相関関係がありますが、両者はまったく関係ありません。研究の解釈や報道の際には相関と因果の識別を注意深く行う必要があります。
今回の論文は特徴のうちの3.に相当し、言及する価値が低い論文だと考えています。特に、ネオニコの使用量が多い地点は他の農薬の使用も多いことが想定されます。ネオニコと生物のリンクを見ているつもりが、他の農薬の影響を見ているだけかもしれません。さらに、論文中でイミダクロプリド(今回の研究の対象となったネオニコ系農薬)の使用量とミツバチのコロニーの減少の相関を示すものだとしているFigure3.は、著者の主張にこじつけた解釈がなされています。著者はイミダクロプリドの使用量が増加するとともにミツバチのコロニー減少率が上がっていると解釈していますが、逆の相関(イミダクロプリドの使用量が多いほどミツバチ減少率が低い)とも取れるデータです。実際に私が同じデータを解析したところ、逆の相関を導くこともできました。つまり、この研究で用いられているデータから何かを論じることは不可能だと考えます。
この問題を論じるためには、ネオニコによる生物へのリスクと、ネオニコの代替となる農薬のリスクを比較しなければなりません。ネオニコの使用を中止する、という管理措置は代替農薬の使用を増加させます。その結果としてリスクがどうなるかは、リスクを相対的に比較しなければわからないのです。
Prof David Goulson
Professor of Biology (Evolution, Behaviour and Environment), University of Sussex
これまでにもネオニコチノイドの負の影響についての報告が相次いでいましたが、今回の成果は大規模な解析で根拠を示した初めてのものです。今回の研究はイミダクロプリド(ネオニコチノイド系農薬の一種)のみを取り上げており、他のネオニコチノイド系農薬でも同様の影響が出るかは評価できていないことに留意すべきでしょう。著者らはネオニコチノイドを用いても収量は大幅に増減しなかったとしており、その点も興味深いと思います。
原文
“Although many experiments in the lab or field have found negative impacts of neonicotinoids on bees, this is the first to provide evidence for large scale impacts on honeybee colony losses across an entire country. It should be noted that the study particularly implicates imidacloprid, but that the authors were not able to test for similar impacts of other more recently introduced neonicotinoids such as thiamethoxam or clothianidin because these chemicals have not been in use for sufficiently long to allow this kind of analysis to be performed.
“It is interesting that the study found no benefit of imidacloprid for crop yield, echoing similar reports from the USA and Canada (for soya bean) which suggest that neonicotinoid seed dressings are often used in situations where they provide no measurable benefit to the farmer.”
Dr Christopher Connolly
Reader in the Medical Research Institute at the University of Dundee
今回の発表は、ネオニコチノイドとミツバチをめぐる議論に新たな側面を与えたといえます。コーティングした種子を使うことで秋の農薬散布が減らせるのは朗報といえますが、ミツバチが受粉を行う春の開花時に散布量を減らせない点、コーティング種子で収量が大幅に増えるわけではない点なども考慮すべきでしょう。また、著者も言及している通り、クロチアニジンやチアメトキサムといった他のネオニコチノイド系農薬にこの結果を当てはめるべきではありません。今回の研究はイミダクロプリドの使用量とミツバチのコロニー消失の関連を示していますが、両者の因果関係を明らかにしたものではないため、研究の解釈には注意が必要です。
原文
“The study by Budge et al makes an important new contribution to the debate over the risk to bees from the neonicotinoids. The good news is that the use of imidacloprid-coated OSR seeds reduces the subsequent need for autumn spraying of insecticides. Sadly, this use does not reduce the spraying in spring, during flowering, when bees are providing pollination services.
“Despite farmer’s fears, there appears to be no widespread benefit to crop yield in the use of imidacloprid over the use of insecticidal sprays. Therefore, the choice of insecticide should be more about their relative risk to the environment and the need to circumvent emerging pest resistance to insecticides.
“The authors correctly point out that their findings should not be extrapolated to the use of the other neonicotinoids, clothiandin and thiamethoxam, as small differences in their chemical structure can exert major differences in their toxicity.
“Moreover, caution is needed in the interpretation of this study. Although it demonstrates a convincing correlation between honeybee losses and the use of imidacloprid, it does not demonstrate cause and effect. For example, according to the FERA website (http://pusstats.fera.defra.gov.uk/myresults.cfm) the use of fungicides, herbicides, insecticides sprays and molluscicides on OSR have all increased in the last 7 years, so other chemical hazards also exist. Nevertheless, I believe that the combined evidence (laboratory and field) against the use of imidacloprid on pollinator visited crops is now very strong.”
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