20151014
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専門家コメント

2015年ノーベル生理学医学賞、大村智特別栄誉教授、ウィリアム・キャンベル名誉教授らに授賞

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<SMC発サイエンス・アラート>

2015年ノーベル生理学医学賞、大村智特別栄誉教授、ウィリアム・キャンベル名誉教授らに授賞:専門家コメント

スウェーデン王立科学アカデミーは10月5日、2015年のノーベル生理学医学賞を、抗寄生虫薬を開発した北里大学特別栄誉教授の大村智博士、ドリュー大学名誉研究フェローのウィリアム・キャンベル博士と、抗マラリア薬を発見した中国中医科学院の屠呦呦氏に授与すると発表しました。

本件についての専門家コメントをお送りします。

 

松崎 桂一 教授

日本大学 薬学部 生薬学研究室

日本の公衆衛生は世界最高水準を誇り、寄生虫感染症により生命の危機に及ぶことはほとんどありません。しかし、世界では公衆衛生が脆弱、あるいは環境上、困難なために、感染症が風土病として根強く残っている地域がまだ多くあります。大村先生が発見したエバーメクチンは、土壌放線菌Streptomyces avermitilisの生産するマクロライド系抗生物質で、節足動物、寄生虫の神経系に作用します。このエバーメクチンより開発されたイベルメクチンは、動物の寄生虫病薬として市販されましたが、ヒトの様々な寄生虫感染症にも低容量で有効かつ安全性が高いことが明らかとなり、アフリカおよび南米の風土病であるオンコセルカ症や、フィラリアの治療並びに予防に無償で提供されることになりました。この結果、これらの感染から人々を救い、生活環境の改善に大きく貢献したばかりでなく、寄生虫感染症の治療法に新たな道を切り開いたといって過言ではないと思います。このように地域的な疾患に対する医薬品開発は、世界的な大手製薬企業でもなかなか手を出しにくい領域です。アカデミアが積極的にこの課題に取り組むべき領域であるとも考えています。

大村先生は今回受賞の対象となったエバーメクチンの他にも、微生物の生産する生理活性物質の探索で数多くの有用物質を見出しており、その中には医薬品あるいは試験薬として利用されているものも多くあります。これらを通じて、新しい合成法の確立を含む化学領域や、分子遺伝学、分子生物学など生化学領域の発展に大いに寄与していることも忘れてはならないと思います。

なお、北里研究所の創設者である北里柴三郎先生は、ドイツ留学後、研究に邁進するばかりでなく、研究者への指導、国民への教育、そして行政への働きかけを行うことにより、我が国の公衆衛生の向上に寄与しました。その精神を受け継がれた大村先生が、寄生虫による感染症の治療薬を開発したことで医学生理学賞を受賞されたのは、感慨深いものがあります。

 

濱野 真二郎 教授

長崎大学 熱帯医学研究所 寄生虫学分野

感染症は今なお人類共通の大きな脅威だと言えます。貧困に喘ぐ熱帯地域を中心に蔓延する寄生虫疾患は、人々の健康を損ない心身の苦しみと甚大な社会経済的な損失を生み出しています。大村智博士はウィリアム・キャンベル博士と共に土壌中の放線菌から、動物の寄生虫に大変な効き目を示すエバーメクチンを見出しました。さらに、その誘導体であるイベルメクチンはメルク社から世界保健機関(WHO)に無償提供され、オンコセルカ症による失明とリンパ系フィラリア症による象皮病や陰嚢水腫の患者発生の激減に貢献しました。その結果、保健・介護サービスがない不遇な状態で「生きて経験する病苦」から多くの人々が解放され、人々が地域社会の一員として健康に生きて働くことが可能となったのです。
 
WHOは17の感染症を「顧みられない熱帯病」(Neglected Tropical Diseases: NTDs)と指定して、そのコントロールや撲滅を目指しています。熱帯病は貧困と共にあり、治療薬を必要とする人々は購買力に乏しいため、熱帯病治療薬の開発費が回収される見込みは乏しく、通常は企業の投資対象とはなりません。このジレンマを克服することが熱帯病治療研究の喫緊の課題です。感染症を専門とする次世代研究者の育成はもちろん、イベルメクチンの成功例にも見られるように、産官民学の国際的なパートナーシップの構築が課題解決に向けた1つの鍵になると考えられます

 

北 潔 教授

東京大学大学院医学系研究科

大村智博士の受賞についてはすでに多くの解説がなされているので、詳細は譲りますが、最も重要な点は最初のスクリーニングで有効成分を見出した大村博士のグループの功績が高く評価されている事でしょう。薬剤やワクチンの開発には長い時間と膨大な資金、人材が必要であり、この過程が重要である事は間違いありません。しかし何と言っても肝心なのは、最初に新薬の候補となる化合物を見出す作業だと言えます。「自然からの贈り物」をその鋭い感性と地道な努力で見出した大村博士のグループの努力は賞賛に値するものです。受賞理由の最終章に「エヴァーメクチン、アルテミシニン、そしてグローバルヘルス」とあり、現在主に使用されている「イベルメクチン」を指しての授賞ではありません。今回の受賞は、その「はじめの一歩」を評価していると考えられます。

上述した様に、最終章には「グローバルヘルス」との記載があります。「新興・再興感染症」や「顧みられない熱帯病」に対する先進国の責務に関する認識は以前に比べかなり良くなっており、WHOに加えグローバルファンド、DNDi(顧みられない病気のための新薬開発イニシアティブ)や多くの国際機関が動いています。日本においてもGHIT(グローバルヘルス技術振興基金)をはじめとしてSATREPS(地球規模課題対応国際科学技術協力プログラム)やJ-GRID(感染症研究国際展開戦略プログラム)を通して、国際的な貢献を試みています。その一部は評価されつつありますが、本当に重要なのはこれからでしょう。真に骨太で、後継者を育成するプロジェクトの立ち上げが最重要課題だと言えます。この課題を達成するには応用研究のみならず、最先端の多分野融合型のレベルの高い基礎研究が必須です。そのためには本年4月に発足した日本医療研究開発機構と研究者の自由な発想で進める文部科学省の科学研究費補助金からの充分なサポートが重要です。

今回、ノーベル経済学賞を受賞したアンガス・ディートン氏の受賞理由の一つが「世帯調査を手がかりに発展途上国の生活水準と貧困を評価する研究」です。いずれの受賞も1980年代の研究が現在に大きい影響を与えています。本当の意味での「グローバル」を念頭に、長い目で将来を見据えた地道な研究をより一層尊重する潮流を期待しています。

 

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