2010128
各専門家のコメントは、その時点の情報に基づいています。
SMCで扱うトピックには、科学的な論争が継続中の問題も含まれます。
新規データの発表や議論の推移によって、専門家の意見が変化することもありえます。
記事の引用は自由ですが、末尾の注意書きもご覧下さい。

 12月3日、米航空宇宙局(NASA)などの研究グループは「ヒ素を利用して生息する微生物」を米カリフォルニア州のモノ湖で発見したと発表しました。NASAはこの会見を「宇宙生物学上の発見」と予告していましたが、このことから「宇宙人発見か」と誤解(*1)され、話題になりました。しかし、その本当の学術的意義に関しては、あまり正確に伝わっていない部分もあります。
 さらに現時点において、海外のインターネット上では研究者が「この研究の実験手法は適切では無かったのではないか」と問題提起し、大きな議論になっています(末尾・関連リンク参照)。科学においては、追試、つまり第三者である科学者による研究の再現こそが、決定的な検証になることはもちろんです。しかし、これには時間もかかります。ニュースの一連の動きに関し、現在の状況に関して専門家の意見をお届けします。

「NASA発表:ヒ素を利用して生息する微生物を発見」とその後の議論に対する専門家コメント

 

Ver.1.5 (Updated: 101211)

記事の引用・転載(二次使用)は自由ですが、末尾の注意書きもご覧下さい。

※印刷に適したPDFバージョンはコチラです。

 

<SMCJ発 ホット・トピック>

「NASA発表:ヒ素を利用して生息する微生物を発見」とその後の議論に対する専門家のコメント

 12月3日、米航空宇宙局(NASA)などの研究グループは「ヒ素を利用して生息する微生物」を米カリフォルニア州のモノ湖で発見したと発表しました。NASAはこの会見を「宇宙生物学上の発見」と予告していましたが、このことから「宇宙人発見か」と誤解(*1)され、話題になりました。しかし、その本当の学術的意義に関しては、あまり正確に伝わっていない部分もあります。

 さらに現時点において、海外のインターネット上では研究者が「この研究の実験手法は適切では無かったのではないか」と問題提起し、大きな議論になっています(末尾・関連リンク参照)。科学においては、追試、つまり第三者である科学者による研究の再現こそが、決定的な検証になることはもちろんです。しかし、これには時間もかかります。ニュースの一連の動きに関し、現在の状況に関して専門家の意見をお届けします。

*1(SMC注):誤解の多くは、非専門家が「宇宙生物学(Astrobiology)」を「『宇宙生物』の学問」と勘違いしたことによると思われます。本来の学問領域名が意味するニュアンスは「宇宙的観点からの生物学」と言った方がより正確です。

 

 

○ 北里 洋(きたざと ひろし)領域長, (独)海洋研究開発機構海洋・極限環境生物圏領域

[地球生物学、海洋微古生物学(有孔虫)、深海生物学]

【今回の発表について】 

   生物学の常識を覆す大きな発見だと思う。とくに、強アルカリ、高塩分の環境で、核酸や塩基のリンの位置を周期律表で同族元素であるヒ素が自由に入りうることが面白い。

 おそらく、これから地球の極限環境から続々と報告されるようになると思う。もしかしたら、ヒ素以外の元素でも置き換えられるかもしれない。

 生命史という立場で見ると、生命の初期進化の段階でいろいろと試された生物の一つであるのではないかと期待している。多細胞生物では、アノマロカリスなどを生んだ「カンブリア大爆発」が知られているが、もしかすると、今回の発見はそれ以前に「原核生物進化の大爆発」があった可能性を示しているように思う。つまり、現在の環境ではリンを使う生物がエネルギーを効率的に取り出すために圧倒的に有利であるCHONSP で構成される生物がマジョリティーを占めるが、初期地球環境ではヒ素生物がマジョリティーであったかもしれない。

【研究に関する議論について】

 本当ならば面白い、というのが前提であると思います。このような話は、石油生成分解菌のときにもありました。センセーショナルなだけに検証が必要であることは言うまでもありません。

 

○ 小林 憲正(こばやし けんせい)教授, 横浜国立大学大学院工学研究院

[分析化学・アストロバイオロジー]

【今回の発表について】

   今回の発表の意義は、遺伝を司る物質が、通常のDNA以外の形態が可能ということは予測されていたが、それが地球上で見つかったこと。地球外生命探査においては、地球生物と同様のシステムのみを探す(例えばPCR法を用いてDNAを探す)は問題が多いことが、改めて示された。

 また、生命の起源を考える時、これまでは、リンを使った核酸が生じ、それから生命が誕生したと誰もが信じてきた。しかし、生命が誕生したとされる原始海洋や海底熱水系ではリンの濃度は低く、核酸中のリン酸の起源が問題であった。一方、海底熱水系ではヒ素の濃度が高いところが見つかっている。ヒ素型核酸を有する生命が先に誕生し、より高機能のリン酸型生命があとから誕生した、という可能性も選択肢に入れる必要が生じた。

 

○ 高井 研(たかい けん)プログラムディレクター, (独)海洋研究開発機構海洋・極限環境生物圏領域

[地球微生物学、宇宙生物学]

【今回の発表について】

   今回の発見は、誰もが思い付きそうで思い付かなかった独創的かつロジカルな作業仮説を構築し、誰もができそうな極めて単純な実験で、前人未到の発見を得たことが重要です。

 この成果からは、地球生命の限界という概念を拡張した。生命の環境可塑性が想像できます。

 ヒ酸を使える微生物の限定性と普遍性。進化的意義。本当にヒ酸をリン酸の代わりに使っているのかどうか、そしてその酵素の認識性。あたらしい酵素を使うのか、もともとリン酸用酵素がそのまま触媒するのか。こうした点で、興味は尽きません。

 

【研究に関する議論について】

 私は「実験手法についての選択に関しては、ベストでない方法をつかってしまったのは確かであるが、その他の疑問は論文の中身を良く読むと反論できている」と思っています。

 したがって現在、この成果の真偽について、疑義を与えるような本質的な批判はないと思います。

 

【髙井先生は、下記URLでわかりやすくこのニュースを解説されています】

「プレカンブリアンエコシステムラボラトリー」

http://www.jamstec.go.jp/less/precam/j/news.html

 

○ 高野 淑識(たかの よしのり)研究員, (独)海洋研究開発機構 海洋・極限環境生物圏領域

[地球生命科学、有機宇宙地球化学]

【今回の発表について】

   今回の発見は、次の2点において画期的だと言える:

  (1) 元素周期表の縦軸(P->As)が変わっただけで、バクテリアは、代謝・複製機能を使いこなせるということ。

  (2) 特殊なバクテリアではなく、ありふれた存在のバクテリアが(1)のような驚くべき代謝変換を難なくこなしていること(環境適応)。

 このことから、同じような代謝機構は、単に調べられていないだけで、他の微生物も有しているのではないかということが想像出来る。これは、微生物の環境適応能力の高さ、したたかさ、柔軟さを示す面白い例である。

 

○ 丸山 正 (まるやま ただし)海洋生物多様性研究プログラム プログラムディレクター, 

(独)海洋研究開発機構海洋・極限環境生物圏領域

[地球生命科学、有機宇宙地球化学]

【今回の発表について】

 今回の研究は、生物の非常に重要な成分であるリン(核酸の骨格をつなげている、たんぱく質の情報伝達でリン酸化が情報の制御にかかわるなど)が、ヒ素に置き換わっている可能性があるという意味で大変重要な報告でした。

 以前に日本(東北)で発見されたものとして葉緑素のマグネシウムが亜鉛に置き換わっている光合成細菌が見いだされて皆が驚きましたが、今回のは、それより何倍も重要な(より生物としては一般性が高くて重要と思われるリンが置き換わっているという意味)発見と思われます。

 しかも系統樹を見ますと、ヒ素の耐性はあったのかもしれませんが、非常に近隣の系統関係の近いものからほんの少しだけ離れているだけなのに、生体成分にヒ素を取り込んでいるということが示されているように思われます。ということは、非常にわずかの変異(遺伝子の変化)によってリンという重要な要素をヒ素で置き換えても大丈夫という変化が生じているように思われます。これは、今後メカニズムが解明されれば、ヒ素の解毒機構の全く新しい側面を示すかもしれないという期待を抱かせます。

 今回の結果ではいろいろな方法で、生体成分(核酸やたんぱく質)にヒ素が取り込まれているようだというデータを示していますが、本当にリンの代わりにヒ素を取り込んだ核酸やたんぱく質が、どのように機能するのか(つまりDNAの複製や遺伝子発現など)については今後の問題として残ると思われます。

 確かにリン酸の含有量が非常に少なくなっていますので、置き換わっている可能性は高いと思いますが、慎重な解析が求められると思います。

 次に、このような生体成分の置換の意義ですが、上に述べた葉緑素のように単に金属が置き換わっているだけではなくて、リンのような生物の情報分子にかかわるものが置き換わっているということは、生物の機能の可塑性や成分の置き換えの可能性を考えた時に、新しい分野を開く可能性を示唆しているように思われます。極端な例としては、炭素をケイ素で置き換えているような生物がいたらもっと驚きは大きいでしょう。また、地球上で生物の立体異性が異なる生物がもし現れたとしたら、地球上の生物の起源論につながってきます(生物の起源が一度であったという確証はありません)。今回の場合には、生命の起源論には展開しないで、非常に少ない変化でリンの代わりにヒ素が使えるようになったというのが驚きです。

 生物は炭素型の生物を考える場合にも、キラリティーや遺伝暗号など、広い自由度の中からある選択をしているように見えますので、それらの自由度のなかから異なる生物が存在する可能性があります。今回の発見により、我々はさらに注意して、我々の常識的な生物像には当てはまらない生物が存在している可能性(生物の多様性)を考えておく必要を感じさせてくれたように思われます。それらの生物が見いだされた場合には、我々の生命観や生命の起源論も見直すようなことも生じるかもしれません(今回の場合には、そのようなことはありません)。

【研究に関する議論について】

   この論文では速報的ですので、細胞内にヒ素が存在することをいくつかの方法で示していることと、一応生体の成分を分析していることで示していますが、まずは核酸やリン脂質、たんぱく質(リン酸化されたたんぱく質に相当するもの)を高度に精製して測定すると同時に、どこにヒ素が入っているのかを見る必要があると思います。

 私は構造解析の専門家ではないので、よくわかりませんが、結晶解析(まさにワトソンクリックがDNAの構造を決めたような解析)やNMRなどや一分子を見る方法でも現在は可能になっていると思いますので、そのような方法で、どの程度核酸などに取り込まれているか、だけではなくて、構造がどの程度変化しているのかまで見る必要があると思います。

 リンについてはポリリン酸などのような形で細胞内に蓄積されていたものを使っている可能性もありますので、それらから供給されていないことを見ることも必要かとはおもいますが、上のようにきちんと分子構造まで含めて解析をしていくことが重要かと思います。

 批判は容易かと思いますが、まずは確認することだと思います。DNAは半保存的な複製はしますが、リンを含まない培地での増殖によってリン酸はだんだん希釈されるので、世代数をどこまで伸ばせるかも重要な視点かと思います。これについては結構培養していたようですが、培養株を多くの研究者が調べてみる必要があると思います。

 それにしても、他の近縁の細菌からの遺伝的距離が非常に近いのが気になります。進化的に多くの変化が生じたとはなかなか信じられない話だと思います。つまり、核酸にからむ多くの酵素類が、ヒ素を取り込んだ核酸でも正常に基質として利用できるか?ということです。遺伝的な近縁性からは多くの酵素での変化は考えにくいように思いますので、リンがヒ素に置き換わった核酸やリン脂質などリンが関与する多くの酵素が変異しているとは遺伝的な距離からは考えにくいと思います。何か、常識的ではない変化(ちょっとした変化)によってこのようなことが生じているとしても、大変面白いと思います。

 

○ 山岸 明彦(やまぎし あきひこ)教授, 東京薬科大学 生命科学部

[生命初期進化の研究、タンパク質工学]

【今回の発表と議論について】

   今回の研究では、リンを用いた場合とヒ素を用いた場合を比較した場合、生育速度および菌密度が大きく異ならないので、ヒ素の中に混入したリンによる生育とは考えられません。すなわちヒ素に依存した生育と考えられます。

 これまでも、ヒ素の毒性はヒ素がリンの代わりに取り込まれることによると考えられていましたので、ヒ素の取り込みそのものは驚くべき結果でありません。ヒ素が生物の活動を支えることができたという点が新規な点です。

 最も重要な点は、ヒ素がDNAの中に取り込まれている事です。これは、単離したDNA中のヒ素と炭素の比率、XANES,XSAFSとよばれる元素間の相互作用を図る方法で確認されています。とりあえず、ヒ素はDNAの中に入っている(全部ではないと思いますが)と思われます。

 この生物がHalomonadaceaeに属する細菌であることから、代謝の古い、新しいを議論する事は、現時点ではできません。ただし、この菌株の単離方法や近縁種の性質を総合的に考えると、この菌株はヒ素の多い環境に適応した菌である可能性が考えられます。

 宇宙における生物および生命探査を考える際に重要な点は、今回の研究が地球上の生物を構成する元素、あるいは成分)とは異なった生物の成育が可能である、という点を実験的に示したことにあると思います。

 

○ 山本 啓之(やまもと ひろゆき)技術研究主幹, (独)海洋研究開発機構海洋・極限環境生物圏領域

[微生物生態学]

【今回の発表について】

   微生物がヒ素の酸化還元反応からエネルギーを獲得する反応は知られていたが、この場合では細胞の構成成分にヒ素は取り込まれない。モノ湖から発見されたバクテリアは、リンの代わりにヒ素を利用して細胞を作り上げている。SFの世界から抜け出してきたという表現が当てはまる生物である。

 リンは生物に不可欠の元素とされ、「リンが含まれない生物など存在しない、ウイルスでさえ遺伝子に含まれるリンを必要とする」というのが今までの常識である。ヒ素を生体高分子の構成元素とする生物の発見により生物学の根本原理は変わる。

 発見されたバクテリアは、水環境や腸内などに生息する系統に近縁なグループとされている。どのような環境で、いつの時代に、リンからヒ素に乗り換えたのか?単なる環境適応であれば、ヒ素を無毒化すれば目的は達成できる。リンと置換える必要性はリンの欠乏という条件が予想できる。(まだ発表されていない研究成果に関して)論文が公表されると、何かしらの予想も立つと思います。

 

 

【関連リンク】

○Wolfe-Simon F, Blum JS, Kulp TR, et al. “A Bacterium That Can Grow by Using Arsenic Instead of Phosphorus.” Science. 2010

http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/21127214

※発表元論文

 

○Wired Japan: 「砒素で生きる細菌」に疑問の声

http://wiredvision.jp/news/201012/2010120923.html

※記事末尾に、英語の元記事へのリンクもあり。

 

○“Arsenic-associated bacteria (NASA's claims)”(英語)

http://www.zoology.ubc.ca/~redfield/

※Rosie Redfield博士らによる、実験手法の妥当性に疑問を呈する記事。

 

○AAAS: Science Insider:

http://news.sciencemag.org/scienceinsider/2010/12/author-of-controversial-arsenic-.html?etoc

※議論を伝える記事(英語)

 

○元となった論文の著者による反論コメント(英語)

http://www.ironlisa.com/gfaj/

 

○海洋研究開発機構 極限環境生物圏領域

http://www.jamstec.go.jp/biogeos/j/

 「プレカンブリアンエコシステムラボラトリー」

  http://www.jamstec.go.jp/less/precam/j/news.html

 

 

【記事について】

○ 私的/商業利用を問わず、記事の引用・転載(二次利用)は自由です。

○ 二次利用の際にクレジットを入れて頂ける場合(任意)は、下記のいずれかの形式でお願いします:

・一般社団法人サイエンス・メディア・センター ・(社)SMC

・(社)サイエンス・メディア・センター ・SMC-Japan.org

○ リンクを貼って頂ける場合は http://www.smc-japan.org にお願いします。

【お問い合わせ先】

○この記事についての問い合わせは下記まで:

  一般社団法人 サイエンス・メディア・センター(日本)

  Tel/Fax: 03-3202-2514

  E-mail: inquiry[at]smc-japan.org

記事のご利用にあたって

マスメディア、ウェブを問わず、科学の問題を社会で議論するために継続して
メディアを利用して活動されているジャーナリストの方、本情報をぜひご利用下さい。
「サイエンス・アラート」「ホット・トピック」のコンセプトに関してはコチラをご覧下さい。

記事の更新や各種SMCからのお知らせをメール配信しています。

サイエンス・メディア・センターでは、このような情報をメールで直接お送りいたします。ご希望の方は、下記リンクからご登録ください。(登録は手動のため、反映に時間がかかります。また、上記下線条件に鑑み、広義の「ジャーナリスト」と考えられない方は、登録をお断りすることもありますが御了承下さい。ただし、今回の緊急時に際しては、このようにサイトでも全ての情報を公開していきます)【メディア関係者データベースへの登録】 http://smc-japan.org/?page_id=588

記事について

○ 私的/商業利用を問わず、記事の引用(二次利用)は自由です。ただし「ジャーナリストが社会に論を問うための情報ソース」であることを尊重してください(アフィリエイト目的の、記事丸ごとの転載などはお控え下さい)。

○ 二次利用の際にクレジットを入れて頂ける場合(任意)は、下記のいずれかの形式でお願いします:
・一般社団法人サイエンス・メディア・センター ・(社)サイエンス・メディア・センター
・(社)SMC  ・SMC-Japan.org

○ この情報は適宜訂正・更新を行います。ウェブで情報を掲載・利用する場合は、読者が最新情報を確認できるようにリンクをお願いします。

お問い合わせ先

○この記事についての問い合わせは「御意見・お問い合わせ」のフォーム、あるいは下記連絡先からお寄せ下さい:
一般社団法人 サイエンス・メディア・センター(日本) Tel/Fax: 03-3202-2514

専門家によるこの記事へのコメント

この記事に関するコメントの募集は現在行っておりません。