2011318
各専門家のコメントは、その時点の情報に基づいています。
SMCで扱うトピックには、科学的な論争が継続中の問題も含まれます。
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原子炉・放射線に関して:豪州SMC発・専門家コメント

これはAustralian Science Media Centreによるサイエンス・アラート(2011/3/16-12:58)の翻訳です。※あくまで、コメント時にそれぞれの専門家が把握していた状況に基づいています。ご注意下さい。

記事の引用・転載(二次使用)は自由ですが、末尾の注意書きもご覧下さい。

・このサイエンス・アラートは豪日交流基金(Australia-Japan Foundation)からの支援をいただき、作成されたものです。

<海外SMC発 サイエンス・アラート>

原子炉・放射線に関する海外専門家コメント

今回の災害に関して、オーストラリアのSMCが収集した専門家コメントをお送りします。(なお、コメント発行から時間が経っていることもあり、その後の状況変化に鑑みて、不要と思われる項目、誤解を受けかねない項目は、翻訳にあたり無視しています)

スティーブ・クロスリー氏(Steve Crossley)

1996–2002年の6年間英国の原子力産業界で働いた経験を持つ放射線物理学者
Radiation physicist based in Perth. He worked in the British nuclear industry for six years from 1996 to 2002

 

1)  原子力発電所で400ミリシーベルトの放射線が計測されたと聞きましたが、この量はどういう意味がありますか。エックス線など他の放射線と比較できますか。チェルノブイリやスリーマイル島の事故と比べてどうですか。

 この値がどこで計測されたか、どの物質による放射線科、またこの放射線レベルがどのくらい続いたか、がわからないと、健康への影響やそのほかの事故との比較はできません。

 

2)現地で働いているスタッフは大丈夫ですか?

「放射線レベルは時間と共に変化し、また場所によっても違うと考えられます。現場の作業員は必ず放射線検出装置を使いながら作業に当たるでしょうし、作業員や監督者はこの測定値を理解した上で、なるべく作業者の被ばくが小さくなるように確認しながら作業を続けると思います。緊急時には、通常の被ばくの規定値(大変低く設定されています)を上回ってしまうことがあります。

 

3)  これらの放射線レベルは、原子発電所の周りに住んでいる人たち、また遠く離れた地域に住んでいる人たちにとってどのぐらい危険ですか?
現在は半径20キロまで(*1)避難勧告が出ていますが。

「半径20キロ範囲の避難勧告は、原子力施設の緊急時の措置としては標準的な対応です。(日本時間3/16午前の時点までで)東京で観測されている放射線の量は全く気にする必要がありません。健康には影響ありません。東京の放射線レベルが上昇したといっても、世界には自然の放射線量がこれより高い地域がたくさんあります(*2)」

*1(SMC注):コメント時の数値。3/17-09:00現在は半径20kmは避難、半径30kmが屋内退避です。

*2:参考リンク

放射線科学センター「暮らしの中の放射線」http://rcwww.kek.jp/kurasi/

→p41「自然放射線の量」http://rcwww.kek.jp/kurasi/page-41.pdf

(公)体質研究会「高自然放射線地域住民の健康調査」内   http://www.taishitsu.or.jp/HBG/index.html

→「世界の高自然放射線地域」http://www.taishitsu.or.jp/HBG/ko-shizen-2.html

プラディップ・デブ講師(Dr Pradip Deb)

豪州RMIT大学(Royal Melbourne Institute of Technology)放射線医学研究科
Senior Lecturer in Medical Radiations at the School of Medical Sciences, RMIT University

「400ミリシーベルトは約4000回のX線撮影に相当する、非常に高い数字です。しかし、人が400ミリシーベルト/時(mSv/h)の放射線に数分間、被ばくするのであれば致死的なものではありません」(下記の被ばくレベル分類を参照してください)

「高レベルの被ばくは身体の機能に重大な問題を引き起こす可能性があります。被ばくの影響は、どれぐらいの量の放射線を浴びたのか、どういう浴び方をしたのかによります。一時的に多量の放射線を浴びると急性の放射線障害を引き起こすか死ぬ可能性があります。生き残った場合でも後でがんが発生する可能性があります。

「年齢、性別、生活習慣、食生活、体温や健康状態などによって身体への放射線の影響が変わります。子どもと高齢者への影響が一番大きいです。放射線障害の重症度は放射線物質の量や身体の皮膚がどれくらい露出していたのかにもよります。

 

「急性放射線障害の症状には4つの段階があります。前駆期(48時間以内)、潜伏期(数日から数週間後)、急性期(数週間から数ヶ月後)、そして第4段階は、回復あるいは死亡ということになります。放射線量のレベルが非常に高いと、この4つの段階すべてが48時間以内にあらわれます。」

 

「被ばくは血液細胞の変化を引き起こし(白血球細胞が急激に減少)、疲労(悪心、吐き気、下痢)、発熱、インフルエンザのような症状、脱毛が現れる可能性があります。放射線対策は距離、防護、時間の3つがあります。放射性物質からできるだけ遠く離れ、適切な防護で体を守り、被ばく時間を少なくすれば、影響を小さくすることができます。二次被爆を引き起こす恐れがあるので、被ばく者はなるべく周りの人から隔離する必要があります。」

「放射線の影響度は放射線のレベルや量で想定できます。被ばくレベルは以下のようなスケールで分類できます:

 

2.5シーベルト(2500ミリシーベルト)未満 – 致死量以下

症状は:不快感、疲労、眠気、体重減少、発熱、腹痛、不眠症、情動不安、水泡

2.5 – 6.5シーベルト(2500 – 6500 ミリシーベルト)- 潜在致死量

* 血液細胞の産生が大きく減少

* 悪心・吐き気が三日間ぐらい続く

* 白血球が減少

* 2週間後に:寒気、疲れ、口腔潰瘍

6.5 – 10シーベルト (6500 – 10000 ミリシーベルト)- 超致死量

* 胃粘膜や腸にダメージを受ける:消化吸収障害や潰瘍、脱水症状

* 被ばくから一週間:感染症、体液喪失、血液の損失や循環器系の梗塞で死に至る可能性

10シーベルト(10000ミリシーベルト)以上の急性投与

* 脳や脊髄に回復不能なダメージ

* 症状:動揺、調整能力の低下、呼吸困難、意識障害、被ばくから数時間から数日後に死亡

X線撮影との比較

胸部のX線撮影を1回実施したときの被ばく量は約0.1ミリシーベルト(100マイクロシーベルト)。通常の被ばく許容量(1年間に20ミリシーベルト)に比べて、非常に小さい。

ドン・ヒグソン博士(Dr Don Higson)

オーストラリア放射線防護学会フェロー/豪州エンジニア機関フェロー
Fellow of the Institution of Engineers Australia and Fellow of the Australasian Radiation Protection Society

「東北日本にある福島第一原子力発電所でここ数日の間に起きたことは、結果的に、「原子発電の安全性を示した」と理解されることになるでしょう。過去最悪な地震と津波により、40年ほど前に建てられたこの原子発電所は大きな損傷を受けました。その結果、6つの原子炉の中の3つはもう使えないでしょう。それでも、原子炉に損傷はありませんし、敷地外への放射性物質の放出も危険な水準に達しておらず、市民への大きなリスクはありません。」

 

「地震と津波による犠牲者は出ていますが、これまでのところ放射線による犠牲者は出ておらず、最悪の事態が生じた場合においても死者は出ないと想定されます。報道によると、発電所で働くおよそ200人の従業員の被曝の確認が現在行われているところです。そのうちの一人には100ミリシーベルトあまりの被曝が認められたそうです。理論的には、100ミリシーベルトの被曝の影響は、20年後にごく低い確率でがんを生じる程度ですし、実際、その確率は被曝が無い場合と比較したときに有意なものではありません。人口の25%の死因はがんであり、これは被曝の有無に関係ありません。10から100ミリシーベルトの被曝は、全身CTスキャンによるものと同程度です。」

 

「発電所の周辺に住んでいる20万人以上の避難は、予防対策としては納得できるものですが、 市民を守るためにあらゆる手だてを尽くしているということを示したい政府による過剰な反応と言えるでしょう。政府が本当に避難の必要性を信じているかもしれませんが、いずれにせよ避難された方が早く家に帰られることを願いましょう。避難した住人のみなさんはそれぞれたくさんの困難を抱えており、被曝について不必要な心配をさせられる場合ではありません。」

 

「今回の発電所事故への損傷による被害がチェルノブイリ事故の規模に至る可能性はゼロです。その理由は、

• チェルノブイリ事故のときには格納容器がありませんでした。完全な炉心溶融(メルトダウン)が起こり、核分裂生成物は直接大気中に放出されました。

• 核分裂生成物、ヨウ素-131の半減期は8日間です。したがって、チェルノブイリと比較した場合、福島第一の原子炉の中にあるヨウ素131はすでに崩壊がかなり進んでいるでしょう。希ガスの核分裂生成物の崩壊はさらに早く進行します。

• チェルノブイリ事故では、甲状腺がんを防ぐ安定ヨウ素剤による対応は事故の一週間後まで持ち越されましたが、日本ではすでに始まっています。」

 

 チェルノブイリの事故はもちろん悲惨なものでしたが、それでも事故当初に懸念されたほどの被害はありませんでした。原発敷地外の市民に対して放射性物質が引き起こした健康被害としては、ヨード131による子供の甲状腺ガンの増加だけです(これについては2005年のIAEAによる報告書を参照)。これ以外にチェルノブイリ事故が般市民の健康に与えた影響としては、強制退去や放射線の健康被害についての過剰な報道によって引き起こされた精神的なものしかありません。実際、強制退去させられた人々のほとんどについて、元の場所に留まった場合の方がより良い健康状態を保てただろうと認識されています。

 

 福島第一原発での深刻な問題は、非常用ディーゼル(通常の電源供給がなくなった際に冷却システムに電源を供給するためのもの)が正常に起動したものの、津波によって浸水してしまったことです。発電所は津波(そして地震)に耐えうるように設計されていますが、今回の津波は予想されていたよりもはるかに大きいものでした。この停電が、原子炉の燃料コアの冷却に不具合を生じさせ、そして燃料の損傷(部分的な炉心溶融)の原因となったと考えられます。

 

 建屋を破壊した爆発の原因はほぼ間違いなく水素ですが、これはおそらく炉心で起きた冷却水と燃料の金属被覆が反応して生じたものでしょう。沸騰水型の原子炉の内部では、圧力容器の内部で生じた蒸気はタービン室に送られますが、水素等その他の気体も一緒に移動します。(これとは対照的に、スリーマイル島原子力発電所の加圧水型原子炉においては、一次冷却水は圧力容器から出ることなく、その内部を循環するだけです。そのため、1979年の事故時に水素がタービン室に入ることはありませんでした。)

 

 私は、これらの古い原子炉の耐久性に感銘を受けました。40年物のクルマのことを考えてみて下さい。2011年モデルのVolvoと比較したときに、より多くの不具合が生じ、より高い確率で事故を起こし、そしてその事故の結果もより悪いものとなる、と考えられるのではないでしょうか。そして、もしその古いクルマが用済みとなったときは、おそらく人々は2011年モデルの新しい安全装備を持つクルマを買うでしょう。

 

 原子力発電所の地震に対する安全性の評価および設計は、通常、まず「MCE:最大想定地震」「SSE:安全停止地震」「S2:設計用限界地震」と呼ばれるものを設定することから始まります。これらは、発電所の立地場所において起こりそうな地震(もしくはそれによる影響)の最大の規模を指します。そして、発電所はそのような事態が生じたときに、安全に運転を停止してメンテナンスができるように設計されます。福島原発は、設計用限界地震をリクタースケールでM8.2と設定したようですが、先週起きた一連の地震の中で最大のものはM9.0だったということです(水平・垂直方向にどれぐらい離れていたのかは分かりませんが)。リクタースケールは対数ですので、実際に起こった地震は、設計の8倍の大きさだったということになります。

 

 原子炉の安全性評価について一般的なことを述べると、S2よりも大きいが起こる可能性が低い地震は、普通起こりえます。前の段落で述べた「決定論的」アプローチにおいては、このような地震の起こるリスクは「容認可能」もしくは「許容可能」と呼ばれます。しかし、決定論的アプローチでは、このようなリスクがどれぐらいであるのかについての情報は全くありません。確率論的アプローチでは、原発の敷地境界にいる個人に対するものだけでなく、住民全体に対するリスクの見積もりが可能で、その場合、このリスクは確率論的なリスク限界と照らし合わせて評価されます。これは、原子炉の立地場所の決定や、ある場所においてどのような防護が必要になるかの決定の参考になります。例えば国際原子力機関がこの件について調べていますが、そのような評価はまだ行われていません。このことはおそらく、確率論的アプローチは広報にとって好ましくない(つまり、事故が起き得ると考えていると思われてしまう)、もしくは決断を下す人間が確率について理解していないからでしょう。福島原発での出来事は、決定論的アプローチに欠陥があることを示唆するものです。

 

この記事の翻訳に際しては、豪日交流基金(Australia-Japan Foundation)の後援を頂いています

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専門家によるこの記事へのコメント

  1. muramatsu keiko

    栗林様
    私も中部大学の武田教授のサイトをフォローしています。彼の仮説は「注水が失敗して最悪容器が爆発する場合、現在の放射線漏洩量が10倍になり、しかも1ヶ月被爆地に滞在すること」を想定しています。一概に「人体に甚大な悪影響あり」とあおっているわけではありません。いくら現状混乱していても、1ヶ月被爆地から動けないということも無いのではと考えます。つまり、最悪の状態の具体的な状況を想定して下さっているわけで、落ち着いて読まれれば、混乱することはないと思います。
    100%のリスク回避をしたければ、地球の反対側の核シェルターに逃げるのが一番という極論になります。でも、非現実的です。彼のサイトからは、今準備すること・不必要な心配をしないことが手に取るようにわかります。

  2. 栗林健太

    分かりやすくご説明いただき、どうもありがとうございます。

    中部大学の武田教授は現在の福島第一原発の状況が、人体に甚大な悪影響を及ぼす可能性があると以下のウェブサイトで述べられております。武田教授の見方は正しいのでしょうか。素人の私としては、大変混乱しております。ご意見を伺いたく、どうぞよろしくお願いいたします。

    http://takedanet.com/2011/03/post_b9fc.html

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