2011513
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専門家コメント

「ドングリを収集し熊に与える行為」について

Ver.1.0 (110513-14:45)

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<SMCJ ホット・トピック>

「ドングリを収集し熊に与える行為」について:専門家コメント

 昨年11月、ある動物保護団体が、全国の公園などからドングリ類を収集し、熊の餌とするために、山中に運びこみました。この活動を一部の報道機関が取り上げ、その行動に関して、支持から批判まで、様々な意見が投げかけられております。動植物(熊やそれ以外、森林)の研究者にコメントをいただきました。

 

○ 横山 真弓(よこやま・まゆみ)准教授

兵庫県立大学 自然・環境科学研究センター(野生動物保護管理学、栄養生態学など)

Associate Professor Mayumi Yokoyama, Institute of Natural and Environmental Sciences, University of Hyogo

 ツキノワグマ(以下、クマ)の出没や捕殺が報道されると多くの市民から「餌のない時に、クマに餌を与えたい」との声が寄せられます。本当に人間が考える餌さえ与えれば、クマの出没問題は解決するのでしょうか?残念ながら、餌を一時的に散布したところで、クマの出没をとめることにはつながりません。その証拠に、2010年秋にドングリ類が散布された地域において、出没被害は減りませんでした。それどころか、林道近くや集落の裏山に散布される事態が発生し、逆に様々な野生動物を集落近くへ誘引する危険性が高まりました。クマの出没被害をくい止めるためにはどのようにしたらよいのでしょうか。この問題をひも解くためには、ドングリを実につけるブナ科植物の生態とクマの生態を正しく理解する必要があります。

クマの出没要因と被害防止について

 クマが人里へ出没する直接的な要因は、たしかに、秋のブナ科堅果類(いわゆる、ドングリ類)の実りが一斉に凶作となるためです。これに間接的な要因が出没被害を助長していると考えられます。中山間地域の過疎化、高齢化による人里環境の変化など人間側の問題が間接的な要因です。これらの要因が複数関係し合い、出没による被害が甚大なものへと発展しています。特に2004年以降、秋に全国的な大量出没が発生する年が繰り返されています。

 クマは冬に冬眠しますが、冬眠に備え脂肪を体にため込む必要があります。そのため、秋になるとホルモンなどの生理的な状況が変化し、食欲が増大するため、効率良くエネルギーを摂取できるドングリ類を好みます。しかし、このドングリたちは、毎年実をつけてくれるわけではなく、豊作の年もあれば凶作の年もあります。問題はこの豊作・凶作のリズムが地域的に一斉に起こることです。一斉凶作の年は、クマは、代わりの食物を探すため、行動範囲を広げます。この時、すぐにクマが利用しやすい状況にあるのが、人里にあるカキやクリの放棄木です。クマの生息地近くの高齢化した中山間地域においては管理収穫が行われず、秋には大量の実が放置され、野生動物の格好の餌となってしまっています。作物として改良されたカキは栄養価が高く、一度に大量に得ることができます。

 たとえば、クマの出没被害に苦しむ世帯数39世帯の集落で調査を行ったところ、259本のカキの木がありました。そのほかにもクリ44本、モモ・スモモ25本が確認されました。カキの木の実の収量は、樹齢10年目で40kgほどに達するといわれています。多くの木が樹齢30年を超えていますので、少なくとも1集落で10トンを超える量が放置されている計算になります。この町には、同じような集落が60ほどもあり、出没被害も甚大な物になる年があります。もちろん柿の実にも豊作年と凶作年がありますので、年変動はありますが、毎年膨大な量の実が放置されていると考えられます。

 食物を探索しながら動き回るクマにとって、楽に一度に食料を得られる集落は、果樹園のように見えるかもしれません。学習能力の高いクマは、この場所を良いえさ場と覚え、食糧不足の時に繰り返し利用するようになります。しかも、出没しても追い払われることがなければ、安全な場所と認識するとクマの執着は高まり、人の安全が脅かされる結果となってしまいます。出没被害を減らすためには、集落側のクマを引き寄せる要因を取り除くことが最も重要といえます。食べるものがなければクマはやってこないのです。

 このように答えると、「山が荒れているから凶作が起こるのだ」とよく言われます。本当に山は荒れているのでしょうか。山を変えれば問題は解決するのでしょうか。まず、「山が荒れている」という表現は、多くの場合人工林で使われている表現です。人工林が経済林として成立しなくなってから20年以上が経過しており、確かに間伐などの手入れが行き届かなくなった人工林が多くありますが、クマの出没被害の問題とは少し異なります。もし、「山が荒れてクマが出没する」のであれば、毎年クマが出没することになりますが、毎年クマの大量出没が起こっているわけではありませんので、この問題とは異なることが理解いただけると思います。

ドングリ類散布による生態系への影響

 クマの生息地となるのは、落葉広葉樹林が多い山間部です。地域によって樹種に差はありますが、ブナ、ミズナラ、コナラ等のブナ科が多く生育しています。このブナ科の植物の種子がいわゆるドングリ類であり、動物たちにすべて食べられると、次世代が育ちません。ドングリの木が一斉に凶作になれば、ある年の動物たちの餌が減り、動物の数を減らすことができます。動物たちが減った翌年に、一斉に実をつければ、生き残ることのできるドングリも増え、次世代の木は育っていくわけです。ドングリ類の豊作凶作をつける説はそのほかにも多くありますが、ドングリたちは植物の種子であり、動物たちの餌になるためだけに生産されるわけではないことを強調しておきます。

 このようにドングリだけでなく、森林の植物資源は常に変動し、その変動に応じて動物も増えたり減ったりすることで、生態系のバランスが調節されています。残酷に思われるかもしれませんが、生態系の中で生活できる力を持った動物だけが生き残り、その力がない動物は死に至ります。それが「野生」の動物の生活の姿です。また弱い生き物は他の生物に「捕食」されますが、動物が死んで食べられ、他の動物の生命が保たれますので、動物の死も、生態系の中で重要な役割を担っています。

 そのような生態系の営みの中に、ただクマだけがかわいそうだという人間の感情を持ち込んでしまうと、思わぬ環境の悪化を招きかねません。ドングリ類の散布は、自然のバランスを無視した、人による餌付けにあたります。生物にどのような影響を与えてしまうのかもわかりません。植物にとっては、ネズミの数が減らなければ、次世代が育たない状況であったところに、他からドングリ類が持ち込まれることによりネズミが減らない状況が続いてしまうと、木の天然更新が阻害されてしまうかもしれません。あくまでも自然の営みを尊重し、人間の生活圏の管理を徹底させ、クマを人里に引き寄せないようにして、人為的な捕殺を避ける取り組みのほうが、クマを守ることにつながります。

 クマの出没被害に苦しむ地域では、過疎化高齢化が著しく、カキの木を切りたくてもなかなか切ることも難しくなっています。いま必要なのは、このような地域の集落環境を動物たちが侵入しないような場所に変え、人々が安全に安心して暮らせるように支援することです。クマが出没しなければ、駆除する必要もありません。日本の山間部の豊かな生態系に不用意に干渉せずに、このクマ問題を解決するためには、まずはクマの生息地近くの人々の暮らしを守ることから始める必要があると考えます。
 

○ 安藤 元一(あんどう・もとかず) 教授

東京農業大学 農学部バイオセラピー学科 野生動物学研究室(動物共生分野)

Professor Motokazu Ando, Laboratory of wild animals, Human and Animal-Plant Relationships, Tokyo University of Agriculture

 収集したドングリ類を散布することの植物生態学的な影響については、一般にいわれている遺伝的攪乱の危険性以上の情報は持ち合わせていません。動物側への影響については、近年はクマに限らず、動物を餌付けすることについて否定的な論調が多いようです。しかし私は餌付けは一律に良い悪いをいうべきものはなく、TPOによって是非は変わると考えています。

 人工給餌の功罪のうち「功」の方をみると、ニホンザルの餌付けであきらかなように、これによって野生動物の栄養条件が改善され、繁殖率を高めることができます。例えば絶滅寸前の希少猛禽を野生下で保護しようとするとき、奥山の植生を改善して餌動物が増やすといった方法は理想的かもしれませんが、そうしているうちに絶滅してしまうかもしれません。こうした動物では栄養条件が改善すれば繁殖成功率が上がることがわかっていますので、冬期の給餌などは有効でしょう。放野されたトキに給餌するのも同様です。しかしこうした趣旨の給餌は保護関係者からの抵抗感もあり、あまり行われていません。

 餌付けの第二の「功」は、人と野生鳥獣との距離を縮めることができることです。野生動物がいることの価値を実感するためには、実物を見ることが不可欠ですが、鳥の餌台のような給餌には、人と鳥との接点を作る効果もあります。獣害では人慣れが大問題になりますが、家庭の庭先に鳥を呼ぶような場面まで、同じに考える必要はないと思います。こうした場合は鳥獣との接点を作る効果の方がずっと大きいと思うからです。

 他方、「罪」の方をみると、ゴミに餌付いたクマ、観光餌付けされたサル、農産物に誘引されて出てくる獣害動物など、近年はこちらの事例の方がずっと多くなっています。この中で感じるのは、給餌に関する科学研究がサルの場合などを除いてきわめて少ないことです。上記のように給餌は「強い薬」ですので、大きな副作用もあります。強い薬は動物がかわいそうといった感情だけで使ってよい「市販薬」ではありません。強い薬を使うには多くの症例研究が必要です。餌をどんな場所に、いつ頃、どれくらい置けば、どれくらいの影響があるかといった研究が必要です。こうした調査を行わないで少量の餌を置いても、繁殖率の向上につながらないで里におびきよせるだけといった結果につながりかねません。

 以前に高知県で(今は絶滅した)カワウソへに対して小規模な給餌が行われたことがありましたが、その広い行動圏からみると、とても効果があがるものではありませんでした。クマへの給餌についても、「やらないよりは気持ちだけでも」は、逆効果につながる可能性が高いと思います。
 

 

 

○ 中村 幸人(なかむら・ゆきと)教授

東京農業大学 地域環境科学部 森林総合科学科(森林環境保全分野)

Professor Yukito Nakamura, Department of Forest Science, Faculty of Environment Science, Tokyo University of Agriculture

 ドングリを播くと森林の生態系を乱すことになるのかという問いかけですね。森への影響は直接的なものと間接的なものが考えられます。毎年、同じ森にドングリが持ち込まれますと生態系を循環する物質がある程度増加することは考えられます。ドングリですと炭水化物が主で食物連鎖上、動物がエネルギー源として利用し、分解物を土壌動物、そして植物が再利用します。がしかし、森の植物の光合成能力にも限界があるので物質生産が増えてもある程度まででしょう。専門外ですが持ち込まれた物質を他の生物が利用することで、特定の種の個体数の維持、あるいは増加を招き、それが生態系の他の生物にどのように影響するのかということでしょう。複雑ですね。しかし緊急避難的な一時的な持込みは継続的な持込みより影響は小さいでしょう。

 間接的にはドングリが発芽・定着して成長し、森の生態系に影響を与えるのではないかという心配があります。土壌と日射、気温、降水量などの気候要因が適していれば、ドングリの発芽は促せるでしょう。人々の暮らしている暖温帯に多いドングリは常緑のカシ類、コナラやクヌギを冷温帯のいわゆるブナ林域に置いても発芽は難しいでしょう。発芽してもほかの樹種との競争に勝って成長することは厳しいと言えます。また、ドングリは昆虫による食害を受けやすく、生残の可能性も少ないものです。したがって持ち込まれたドングリが成長して森を変えてしまうことはないと思います。

 

【関連リンク】

<随時追加の可能性があります>

○環境省「クマ類出没対応マニュアル」

http://www.env.go.jp/nature/choju/docs/docs5-4a/index.html

 

○環境省「クマに注意!−思わぬ事故をさけよう−」

http://www.env.go.jp/nature/choju/docs/docs5-4a/kids/index.html

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