専門家コメント
腸管出血性大腸菌O104について:専門家コメント
Ver.1.3 (120716-18:00)
・これは、2011/7/25にジャーナリスト向けに発行したサイエンス・アラートです。
・記事の引用は自由ですが、末尾の注意書きもご覧下さい。
・このサイエンス・アラートは豪日交流基金(Australia-Japan Foundation)からの支援をいただき、作成されたものです。
<SMC発サイエンス・アラート>
腸管出血性大腸菌O104について:専門家コメント
ドイツ欧州を中心に2011年5月から腸管出血性大腸菌感染が頻発しています。この腸管出血性大腸菌O104による集団感染に関し、専門家の解説をお届けします。
森田 幸雄(もりた・ゆきお)准教授
東京家政大学 家政学部 栄養学科
2011年5月1日、ドイツ、特にドイツ北部で血清型O104:H4の大腸菌に罹患した患者が初めて報告され、その後、多くの患者が発生する事態となった。患者発生のピークは5月21日~22日であり、現在の発生は極めて少なく、本食中毒は速やかに沈静化している。しかし、7月5日現在(The European Food Safety Authority :EFSA:欧州食品安全局)のまとめでは、16カ国で3,941人の患者が発生し、52人が死亡している。死亡者の内訳は溶血性尿毒症症候群が36人、腸管出血性大腸菌感染症が16人である。
16カ国で発生しているが、ドイツが圧倒的に多く、患者数は3,804人、死亡者は50人である。ドイツ以外ではスウェーデン、デンマーク、フランス、オランダ、 英国、米国、オーストリア、スイス、ポーランド、スペイン、ルクセンブルグ、カナダ、チェコ、ギリシャ、ノルウェーで患者が認められるが、これらの患者の多くは本食中毒が流行した時期にドイツ北部を訪問した人である。しかし、スウェーデンの死亡を含む1例やフランスの発生患者等はドイツへの旅行歴がない散発事例である。原因食品としては、“ドイツ北部産もやし”や“スペイン産きゅうり”が発生当初に疑われ公表された。現在、最も可能性のある原因食品は、ドイツ北部やフランス、ボルドー地方で栽培されたスプラウト(Bean and seed sprouts:植物の新芽の総称。発芽野菜、新芽野菜)であり、ドイツの国立ロベルト・コッホ研究所はスプラウトの生食を控えるように注意喚起をしている。また、ドイツやフランスの食中毒疫学調査から、エジプト産フェヌグリーク種子の疑いが強くなったため、EUでは現在、特定輸入業者のフェヌグリーク種子の回収と、エジプトからのスプラウト用種子の輸入を禁止している。
そもそも大腸菌は哺乳動物の腸内に常在細菌として生存している。その中に病原性を示す大腸菌がある。腸管病原性大腸菌(EPEC)、腸管毒素原性大腸菌(ETEC)、腸管侵入性大腸菌(EIEC)、腸管出血性大腸菌(EHEC)、腸管凝集性大腸菌(EAEC)、分散接着性大腸菌(DAEC)等である。ユッケ事件で有名になった腸管出血性大腸菌は志賀毒素(ベロ毒素とも言う)を産生する大腸菌のことであり、血清型O157、O111、O26等の血清型は志賀毒素を産生する割合が高い。血清型O157でも志賀毒素を出さないものがあり、志賀毒素を出さないものは腸管出血性大腸菌とは言わない。今回、欧州で流行したO104は腸管凝集性大腸菌と腸管出血性大腸菌の両要素を兼ね備えた新しく出現した病原体(新興感染症起因菌)で、“腸管凝集性志賀毒素産生性大腸菌(EAggEC STEC)O104:H4”である。
世界保健機関の欧州地域事務局(WHO-Europe: http://www.euro.who.int/en/home)によると本食中毒の潜伏期間は通常は48-72時間であるが、1日から10日間もありうるとしている。今回のフランスの患者の潜伏期間は7日から12日で平均9日であり、細菌性食中毒としてはかなり長い潜伏期間である。症状は腹痛、下痢で、下痢は出血性下痢となることがあり、発熱および嘔吐も伴うことがある。通常、発生後10日以内に回復する。腸管出血性大腸菌O157等では特に子供や老人が溶血性尿毒症症候群(HUS)となり死亡する。しかし、今回の食中毒では子供や老人が多いという特徴はなく、HUSを発生した患者は、“女性の方が男性よりも多く、さらに20歳以上に多く発生する”という特徴であった。ただ、これは、原因食品と疑われているスプラウトを女性や20歳以上の人が好んで食べるという“摂取のバイアス”がかかっているからかもしれない。
本食中毒については現在いろいろな情報の解析が行われ、食中毒発生状況の全容が解明される日も近いと思われる。本食中毒は食品を介した感染であり、食品→人の感染は起こったものの、人→人感染の流行の報告はみあたらない。すでに欧州では新たな患者は極めて少ない。4月下旬から5月中旬にドイツを訪問した人も、潜伏期間を考えると今から発症することはないであろう。今回は原因食材の特定(推定)と対策(流通停止や生食をひかえること)により制圧できうる事例であると思われる。 今日はグローバル社会であり、人は短時間で世界中を移動できる。また、食材の流通も国際的であり、特に、カロリーベースの食料自給率が4割の我が国は多くの食材を発展途上国等から輸入している。今回、欧州で分離された“腸管凝集性志賀毒素産生性大腸菌(EAggEC STEC)O104:H4”も、いつどのような形で我が国に侵入してくるかわからない。日頃からの監視と、異常が発生したときの早期探知、迅速な疫学調査およびそのデータ解析・情報公開ならびに早期対策がグローバル社会では、より必要になっていると思われる。
なお、本文は7月17日までの情報で記述している。今後、新たな情報が公開されれば、本文の内容も大幅に変更しなければならない。それも、“グローバル社会がゆえ”ということを理解して頂きたい。
ジェームズ・パトン教授(James Paton)
感染症研究センター所長 アデレード大学
Director of the Research Centre for Infectious Diseases at the University of Adelaide
欧州で発生している志賀毒素産生大腸菌(Shiga toxigenic E. coli, STEC)による集団感染事件の株(O104:H4)は、非常に稀なものであり、日本や世界中で過去に何度も感染事件を起こしたO157:H7菌とは異なる。
実際、欧州の0104:H4菌は世界中で下痢の原因となっている腸管凝集性大腸菌(EAggEC)の仲間である。しかし、他の腸管凝集性大腸菌(EAggEC)とは異なり、今回の菌は志賀毒素産生大腸菌(STEC)と同じように、志賀毒素を作る能力を持っている。この能力を得たのは、恐らく、バクテリオファージ(細菌に感染する小さなウイルス)に感染することで、志賀毒素の遺伝子が運ばれたからだと思われる。
志賀毒素産生性大腸菌は、人間の腸内に定着し、腸管腔に志賀毒素を放出することによって病気を引き起こす。毒素は血中に吸収され、身体の腎臓や小さな血管を攻撃する。その結果、命にかかわる溶血性尿毒症症候群(haemolytic uraemic syndrome, HUS)になることもある。消化器官に血液を送る血管の損傷で、志賀毒素産生性大腸菌患者の多くは出血性下痢の症状が出ることがある。
通常では、志賀毒素産生性大腸菌が原因の下痢が溶血性尿毒症症候群(HUS)へと至るケースは患者の中の5%未満だが、今回の欧州の感染の発生で溶血性尿毒症症候群(HUS)に至った患者たちの割合は非常に高く、患者全体の約25%だった。そのため、O104:H4 は感染力の強い菌といえる。原因はまだ分かっていないが、考えられるのは志賀毒素が多く生産されたこと、または、腸から毒素が吸収されやすくなっていることがありえる。
一般的に使用されている抗生物質はO104:H4菌に対して効果がない。しかし、ドイツでは志賀毒素産生性大腸菌感染症や溶血性尿毒症症候群(HUS)患者に治療に抗生物質は使われていないため、ドイツの感染事件に関してさほど重要ではなかった。確かに、このような治療法は、病気の悪化に繋がる恐れもある。抗生物質の志賀毒素産生性大腸菌への投与は、バクテリオファージに運ばれる志賀毒素の遺伝子を高レベルで発現させるようになり、腸内に放出される毒素の量を加速度的に増やす。
腸には無害な志賀毒素産生性大腸菌が何千種存在するため、食べ物や人間の糞便サンプルから志賀毒素産生性大腸菌を検出するのは難しい。
志賀毒素産生性大腸菌を検出するのに最も効果的で正確な方法は、PCR(polymerase chain reaction, ポリメラーゼ連鎖反応)を使って志賀毒素の遺伝子を検出することだ。(PCRは)高感度かつ正確であり、1億の大腸菌の中から一つの志賀毒素産生性大腸菌を検出することができる。しかし、志賀毒素のPCRテストは、ほとんどの臨床検査であまり行われていない。
志賀毒素産生性大腸菌は、よく家畜の腸内に存在しており、肥料が直にかかっているサラダ野菜のように、肉や乳製品の糞便汚染を介して人間に感染する。特にサラダは生食であることから、リスクが高い(志賀毒素産生性大腸菌は十分に加熱されることによって死滅する)。
【コメント原文】
The strain of Shiga toxigenic E. coli (STEC) responsible for the recent European outbreak is unusual (serotype O104:H4), and is quite distinct from the STEC strains usually associated with disease in humans, such as the notorious O157:H7 strains that have caused many outbreaks in the past, including a recent outbreak in Japan.
The European O104:H4 strain actually belongs to a distinct pathotype of E. coli called Enteroaggregative E. coli (EAggEC), which is a common cause of diarrhoea all over the world. However, unlike other EAggEC strains, this one has acquired the capacity to produce Shiga toxin, just like the STEC strains. The likely mechanism whereby this has occurred is by the strain becoming infected with a bacteriophage (a small virus that infects bacteria) which actually carries the gene for Shiga toxin.
STEC bacteria cause disease by colonizing the human gut and releasing Shiga toxin into the intestinal lumen. The toxin is then absorbed into the blood and then attacks the kidneys and the small blood vessels, resulting in a life-threatening condition called haemolytic uraemic syndrome (HUS). Damage to the blood vessels supplying the gut is also largely responsible for the severe, often bloody diarrhoea suffered by patients with STEC infection.
Typically, fewer than 5% of patients with diarrhoea caused by STEC develop HUS, but in the European outbreak, the proportion of people with HUS was very much higher – about 25%. Thus, the O104:H4 strain is extremely virulent. The reason for this is not yet known, but possible explanations might include higher production of Shiga toxin, or better absorption of toxin from the gut.
The O104:H4 strain is also resistant to a number of commonly used antibiotics. However, this was not an issue in the German outbreak, because antibiotics are NOT used to treat patients with STEC infection or HUS. Indeed, such therapy may make the disease worse, because exposure of STEC to antibiotics causes the Shiga toxin genes carried by the bacteriophage to be expressed at a much higher level, massively increasing the amount of toxin released into the gut.
It is not easy to test for STEC strains in food or human faecal samples, because most of the STEC strains look just like the thousands of harmless E. coli strains that are present in the human intestinal tract.
The most sensitive and accurate way of detecting the presence of the strains is to test for Shiga toxin genes by PCR. These are very sensitive and accurate, and can detect a single STEC bacterium amongst 100 million other E. coli strains. However, Shiga toxin PCR assays are not routinely performed by most clinical laboratories. STEC bacteria are commonly found in the intestines of livestock and usually enter the human food chain through faecal contamination of meat and dairy products, as well as salad vegetables that have come in contact with manure. Salad is a particular risk, because it is eaten raw (STEC are killed by thorough cooking).
スティーブン・スミス博士(Stephen Smith)
臨床微生物学部講師 トリニティ・カレッジ、ダブリン、アイルランド
Lecturer in Clinical Microbiology at Trinity College Dublin
溶血性尿毒症症候群(HUS)を引き起こす大腸菌はもやしが原因であることが実験室内で確認されている。米国・テキサス大学のアルフレッド・トレス博士(Dr Alfredo Torres)の研究チームは、OmpAと呼ばれる細菌がタンパク質の表面上に存在することが必要だと発見した(source http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/16332780)。
確かに、もやしは2005年にミシガン州とバージニア州で発生した感染事件に関与していた。大腸菌(およびサルモネラ)はもやしの種子の表面に付着し、数ヶ月間潜伏することができる。発芽中に菌の数を十万倍にも増やすことができる。しかし、今回のドイツの感染事件の鍵を握るのは、細菌は発芽管の外だけではなく、中にも存在していたと考えられる。したがって、洗っても効果はなかったと思う。したがって、種はどこから来たのかを探しだし、ただちに出荷を停止することが優先だった。さらに、将来的に農家の苗床や消費者に渡った種を検査する必要が出てくるかもしれない。1997年、ミシガン州で溶血性尿毒症症候群(HUS)を引き起こした大腸菌の感染があった。今回の流行は以前と同じく、若い女性に感染者が多く見られる(68%が女性、平均年齢は31歳)。Source: http://www.cdc.gov/ncidod/eid/vol7no6/breuer.htm#11
【コメント原文】
E. coli that causes HUS has been shown to bind to Alfafa sprouts before in a laboratory situation. Dr Alfredo Torres and colleagues at the University of Texas have shown that this requires a protein on the bacterial surface called OmpA. (source http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/16332780)
Indeed, sprouts were implicated in an outbreak in Michigan and Virginia in 2005. E. coli (and indeed Salmonella) can stick tightly to the surface of seeds needed to make sprouts and they can lay dormant on the seeds for months. During germination the population of bugs can expand 100,000 fold. However, and this is probably the key to the German outbreak, the bacteria are inside the sprout tube as well as outside. Thus washing probably had no effect. Thus it was crucial to source where the seeds came from and recall any stock. Furthermore, it could be essential in the future to test seeds sent to nurseries and indeed consumers. In 1997 there was an outbreak of E. coli causing bloody diarrhoea and HUS in Michigan. In common with the current outbreak, younger females were disproportionally affected (68% were female, and the median age was 31 years). Source: http://www.cdc.gov/ncidod/eid/vol7no6/breuer.htm#11
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