20111125
各専門家のコメントは、その時点の情報に基づいています。
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海外専門家コメント

Geron社による幹細胞臨床試験の停止について

Ver.1.1 (120711-11:30)

・これは、2011年11月17日にジャーナリスト向けに発行したサイエンス・アラートです。

・記事の引用は自由ですが、末尾の注意書きもご覧下さい。

・このサイエンス・アラートは豪日交流基金(Australia-Japan Foundation)からの支援をいただき、作成されたものです。

<SMC発サイエンス・アラート>

Geron社による幹細胞臨床試験の停止について:専門家コメント

 ヒト胚性幹細胞を用いた世界初の臨床試験を、米国政府の承認にもとづき実施中の米国企業Geronは、14日にこの事業の活動を停止することを発表しました。Geron社は、これは経営の意思決定であり、今後は癌の治療開発に集中すると述べています。今回の発表について英国と豪州のSMCを通じて発表された専門家のコメントをお伝えします。

※精確さよりも早さを優先して翻訳しております。原文を添付致しましたので、必要であれば自由に翻訳し直してご利用下さい。

チャールズ・フレンチ=コンスタント教授(Professor Charles ffrench-Constant)

ディレクター, 英国・エディンバラ大学 再生医療MRCセンター
Director at the University of Edinburgh's MRC Centre for Regenerative Medicine

 Geron社が幹細胞の製品開発より抗癌剤の開発を最優先にしたことは、病院で使える幹細胞に基づいた治療法を開発する難しさと経費負担を表しています。それでも、(Geron社は)幹細胞治療に対するさまざまなイシューを見つけ、これらの発見は同じ分野で活動する人々に役立つことでしょう。ただ注意して頂きたいのは、今回(のGeron社の動き)は商業的プレッシャーを反映しての決定であり、現在まで行っていた脊髄損傷の治療に対しての幹細胞の移植に関して問題があったわけではありません。

 

【コメント原文】

 In prioritising their anti-cancer drugs over stem cell based products, Geron's decision illustrates the difficulties and costs of bringing stem cell based therapies to the clinic. They have however made enormous advances in defining the various issues that need to be considered for stem cell therapies, advances that will be of huge value to others in the field. It is important to note that their decision reflects current commercial pressure, and does not point to any issues over their current trials in stem cell transplants as treatment for spinal cord injury.

アジーム・スラニ教授(Professor Azim Surani)

英国・ケンブリッジ大学
Marshall-Walton Professor, University of Cambridge

 幹細胞を用いた治療はこの研究分野の終点ではありません。もちろん、この研究は医療の発展にさまざまな影響を与えるでしょう。例えば、幹細胞研究は、成人の病気が発症する過程を、培養条件で再現することが可能な素晴らしい疾患モデルを作り出すことができ、基礎研究に大きく貢献します。このようなモデルを使って、新しい病気の予防や治療薬を開発することが可能となります。何よりも、このような研究を通じ、私たちは過去には予測が不可能だった用途や基礎知識を得ることができるようになりました。

 

【コメント原文】

  Stem cell-based therapy is not the only end point of research in this field. Indeed, this research can contribute in multiple ways to advances in medicine. For example, stem cells provide the basis for building excellent disease models in culture that can mimic events leading to diseases in adults. Using such models, it is possible to develop new therapeutic agents to prevent or cure diseases. Above all, from such studies we gain fundamental knowledge which can provide the foundation for applications in ways that are not always predictable as has often been shown in the past.

ジョイス・テート教授(Professor Joyce Tait)

英国・エディンバラ大学 ゲノミクス社会と経済研究(ESRC)イノゲンセンター
ESRC Innogen Centre, University of Edinburgh

 表だって示されることはあまりありませんが、コストや時間といった制約要素は、企業にとって開発中の細胞治療技術を断念させる大きな要因です。生命科学のイノベーションの最先端に立つ細胞治療は、肥大化した製薬システムのなかで、コストと時間の制約を受け続けるでしょう。これまでに開発された新薬は、この制約のコストを償却するのに、十分に大きな利益を(開発企業に)もたらしました。しかし、まだ初期段階にある細胞治療がターゲットにできる市場は限られています。

 中小企業が最初のコンセプトを製品化するまで育てられないのはこのせいです。規制当局はこの問題を認識しており、EUや米国で進化している評価システム内を治験が進めるように努力はしています。しかし、それでも収益性の高いマーケットまで届くまで、コストや時間を削減することは出来ていません。Innogenセンターの研究は、現在の評価システムを見直す必要があると示しています。(公的資金によって研究される)21世紀の科学には、納税者に基礎科学の成果を還元するためにも、21世紀なりの状況に即した評価システムが求められているのです。

 

【コメント原文】

  Regulatory demands, both cost and time, are a major – but rarely specified – factor in company decisions to pull out of a cell therapy at various stages of its development.As with most innovation at the cutting edge of the life sciences, cell therapies will be subject to the costly and lengthy regulatory requirements that have evolved in the context of the blockbuster pharmaceutical drug pipeline.Until recently profit margins on new drugs have been high enough to cope with the regulatory costs, but early cell therapies are likely to be niche market products, at least in the early stages of marketing.

  This means that at present small to medium sized companies are incapable of taking a product from initial concept to a viable market. Regulatory agencies are aware of this problem, and are making efforts to move therapies through the still-evolving regulatory systems in the EU and USA. But this does not yet lower the time and cost barriers enough to allow products like cell therapies to make it all the way to a viable, profitable market. The Innogen Centre’s research points to the need to re-think regulatory systems across the board, from cell therapies to pharmaceuticals and stratified medicine. 21st century regulatory systems are needed for 21st century science in order to reap the benefits of basic science that is publicly funded.

ジョン・マーティン教授(Professor John Martin)

心臓血管内科, 英国・ユニバーシティ・カレッジ・ロンドン
Professor of cardiovascular medicine at University College London

 私は前にも公の場で、Geron社の選択した研究デザインと対象疾患には問題があり、試験が成功する可能性は低いと述べました。失敗するべくして失敗したのであり、これを挫折と捉えるべきではありません。まず取り組むべき適切な幹細胞の試験は、私たちの心臓に関するものです。心臓からは、治療の質に関する定量的なデータを得ることが可能だからです。

 

【コメント原文】

  I have said publicly that the Geron trial had no real chance of success because of the design and the disease targeted. It was an intrinsically flawed study. And for that reasons we should not be describing this as a set back.The first trials of stem cell that will give an answer are our own in the heart. The heart is an organ that can give quantitative data of quality.

ボブ・ウィリアムソン教授 (Professor Bob Williamson)

科学政策長官、豪州科学アカデミー
Secretary for Science Policy of the Australian Academy of Science

 臨床試験を断念する理由は数多くあるでしょうが、Geron社が活動を停止することには、脊髄損傷を持つ人々を失望させたことでしょう。幹細胞治療は倫理的配慮が必要な一方で、期待されている分野でもあるため、今回の決定は大きな意味を持つと言えるでしょう。しかし製薬業界は浮き沈みが激しく、特に研究を治療に昇華する際(のコストが大きな問題になるので)、もしかしたらGeron社は、幹細胞に比べると抗癌剤のほうが利益になると考えたのかもしれません。現在、他の幹細胞治療に関する臨床試験もいくつか実施されており、その一部は上手く行っています。ヒト胚性幹細胞研究の本当の成果は、一つの細胞胚がどうやって人間に育つのかについての基本的な知識を前進させたことです。私たちは柔軟性を維持し、あらゆる種類の幹細胞に関しての基礎知識を高め、治療に適用していかねばなりません。

 

【コメント原文】

  There can be many reasons for abandoning a clinical trial, and people with spinal injury will be very disappointed that Geron has stopped this study. Because stem cell therapy is such an emotive area with ethical implications, it may be argued that the decision is of great significance. However, there are always ups and downs in the pharmaceutical industry, particularly when research is being turned into treatment, and Geron may well have thought that its cancer drugs have more chance of making money than stem cells. There are several other clinical trials under way that use stem cells for therapy, some of which are going well, but the real success of stem cell science has been in helping scientists work out the basics behind the way a one-cell embryo develops into a living human being. We need to retain the flexibility to use every kind of stem cell to advance our basic knowledge and to apply this for care in the clinic.

ミーガン・マンジー博士 (Megan Munsie)

教育、倫理、法律と 社会意識課ディレクター、Stem Cells Australia
Director of the Education, Ethics, Law and Community Awareness Unit at Stem Cells Australia

 Geron社が脊髄損傷の臨床試験を中止することになったのは大変残念なことです。Geron社の先駆的な幹細胞治療プログラムが続けられるように、必要な技術と財政資源を持つ協力者が見つかることを願うばかりです。Geron社はこれまで、アメリカ食品医薬品局が要求する厳格な基準を満たすために必要な、膨大な前臨床データの取得のために投資してきました。肝細胞の治療に期待している脊髄損傷を持つ人は、これからはスイスのステムセル社が実施中の臨床試験に注目するでしょう。

 

【コメント原文】

  It is really disappointing that Geron will cease its spinal cord injury trial. We can only hope that Geron is able to identify partners with the necessary technical and financial resources to allow their pioneering stem cell therapy program to continue. Geron invested heavily in their approach and compiled substantial pre-clinical data to meet the rigorous standards demanded by the FDA. Attention of those with SCI who hope to benefit from stem cell therapy will now focus on the progress of the clinical trial by StemCells Inc in Switzerland.

【関連リンク】

Geron社が発表した幹細胞の臨床試験停止のプレスリリース【リンク

 

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