海外専門家コメント
変異型ウイルス論文の検閲に関する議論について
Ver.1.0 (111224-17:10)
・これは、2011年12月24日にジャーナリスト向けに発行したサイエンス・アラートです。
・記事の引用は自由ですが、末尾の注意書きもご覧下さい。
<SMC発サイエンス・アラート>
変異型H5N1ウイルス論文の検閲に関する議論について:専門家コメント
H5N1型の鳥インフルエンザの研究結果が大きな問題を引き起こす可能性があるとして、米国・バイオセキュリティ国家科学諮問委員会(NSSAB)の要求に応じ、研究チームは原稿から一部を削除すると合意しました。この科学技術研究成果の検閲という問題は、学術研究の自由と市民の安全のバランスを考えるうえで話題になっています。この議論に関し、海外SMCから到着したコメントをお送りいたします。
※精確さよりも早さを優先して翻訳しております。原文を添付致しましたので、必要であれば自由に翻訳し直してご利用下さい。
【議論の背景】
ロン・フォーシェ(エラスムス医療センター)そして河岡義裕教授(東京大学医科学研究所)らの2つのウイルス学の研究チームがH5N1型の鳥インフルエンザのDNAを分析したところ、突然変異が見つかり、人間に感染しやすい新型インフルエンザウイルスに変化する恐れがあることを見いだしました。NSSABは、この研究成果が生物兵器を開発中のテロリストに利用される危険性があると懸念。現在、非公開となった情報へのアクセスについて議論が進行中です。
変異ウイルス研究に関わった研究者が以前サイエンス誌に発表したコメント
「これより恐ろしい病原体は考えられません。これに比べると炭疽菌はまったく取るに足りません。
Scientists who worked on the mutated virus had previously told Science:
"I can't think of another pathogenic organism that is as scary as this one… I don't think anthrax is scary at all compared to this."
"[The H5N1 mutant strain is] probably one of the most dangerous viruses you can make".
ジェイク・ダニング博士, ピーター・オペンショー教授
(Dr Jake Dunning and Prof Peter Openshaw)
ユニバーシティ・カレッジ・ロンドン 環境サイエンス
Centre for Respiratory Infection, National Heart and Lung Institute, Imperial College
ヒトの病気に関係がある動物モデルを通じて、フォーシェと河岡たちは少数の変異によって、ウイルスがヒトの間で効果的に感染し、重篤な病気をもたらす型になることを見つけました。現在、最も恐れるべきことはこれまで現れた型の鳥インフルエンザが、こうした変異によって自然に進化するのではないかということです。
(実験は全て)特定な環境と制限された条件の中で実地されましたが、今回の結果は「現実世界」でこのような進化があり得る可能性があることを示していて、真剣に受け止めるべきです。 このような研究には適切な安全対策と注意が必要だということは明白であり、これまでに誌上で公開された危険な病原体に関する研究結果のどれも悪意を持つ者によって再現されたり、または間違って放出される可能性があることを忘れてはいけません。しかしまた、もしも(強毒性の)鳥インフルエンザウイルスのような病原体がアウトブレイクする場合に備え、それに関する科学的知識を蓄積することが必要です。
科学者たち、科学研究を支援する人たち、それと私たちを生物テロから守る人々の三つのグループが協働する必要があります。科学的な無謬性を保ちながら、発表する際の潜在的リスクとバランスを取れるような国際的なアプローチを実地する必要があります。
【コメント原文】
"Using an animal model that's relevant to human disease, Fouchier and Kawaoka have shown that relatively few mutations may be required for an influenza virus to evolve into astrain that can pass effectively between individuals and cause serious illness. A key fear has been that this will happen naturally, in avian flu strains that already circulate in the wild.
"Although conducted in a specific environment and under controlled conditions, these important findings suggest that similar evolution of naturally-occurring avian flu in the 'real world' is biologically plausible and should be taken seriously."
"Clearly, this kind of research needs to be conducted using appropriate security and precautions, with consideration of how any published findings could be manipulated by those with malicious intent, or lead to an accidental release of a dangerous pathogen. It is equally important, however, that scientific knowledge is allowed to progress if we are to optimise preparedness for potential outbreaks of avian flu and other pathogens.
"Scientists, those who fund scientific research and those tasked with protecting us against biological threats really need to work together on this. We must ensure that a considered approach is taken internationally, balancing any assessment of the potential risks of conducting and publishing this type of research with a genuine need to maintain scientific integrity."
ウェンディ・バークレー教授(Professor Wendy Barclay)
英国・インペリアル・カレッジ・ロンドン、インフルエンザウイルス学主任
Chair in Influenza Virology, Imperial College
フォーシェと河岡の実験により、H5N1型鳥インフルエンザの突然変異から哺乳類の間で感染しやすい新型インフルエンザが生まれることが示されたのは、学界の研究者や政府が出資する科学的研究機関にとって大変意義深いと思います。
これらの実験は、私たち研究者が、なぜこのような研究をやっているか、情報の検討や共有はどうしているのか、といった歓迎すべき(社会的)議論をもたらしました。しかし、今回のような研究から分かった情報が将来、ある「権限」を持っている人々に制限されるかもれしないことは非常に心配です。誰が対象となるのか?どうやって決められるのか?最終的には、「情報の誤った使用」は「ビッグ・ブラザー(により、監視されている)社会(注)」より重要とされるのでしょうか?
マスコミの中ではすでに何度か報道されていますが、今回の突然変異はそれほど新規性は無く、予想外のものでも無かったので、インフルエンザウイルスについて詳しい人なら誰でも想像ができたと思います。しかし、今後も研究を進めていくためには、情報の信頼性を検証し、データの意味するところを正しく評価するために、実験の詳細を他の研究者と共有することが大切です。
科学のノウハウを非公開にすることによって、実際に起きる可能性が低い情報の誤用を阻止できるという論理は、私にとっては納得いきません。むしろ、感染症の制御に向けた研究の進歩が遅くなるという危惧を持っています。」
(SMC注)ビッグ・ブラザー:ジョージ・オーウェルの小説「1984年」に登場する、監視社会によって世界を支配する独裁者
【コメント原文】
"The experiments reported by Fouchier and Kawaoka that describe influenza mutants of the H5N1 bird flu strain that can transmit between mammals have important implications for many researchers, both in academia and in government-funded research institutes and bodies.
"These experiments have prompted a welcome discussion about the work that we carry out as researchers, why we do it and how the information should reviewed and shared. It is a very worrying idea that information from this type of work may be restricted to those that 'qualify' in some way to be allowed to share it. Who will qualify? How will this be decided? In the end is the likelihood of misuse outweighed by the danger of beginning a Big Brother society?"
"As has been quoted several times in the press already, the exact mutations that made this transformation possible were not particularly novel or unexpected so anyone with a reasonable knowledge of influenza virology could probably guess at them if they so wished. However the technical details of the experiments are important to share with other experts in the field so that the robustness of the findings and implications of the data can be truly assessed, and so that this new information can be used to move the state of the art forwards.
"I am not convinced that withholding scientific know-how will prevent the highly unlikely scenario of misuse of information, but I am worried that it may stunt our progress towards the improved control of this infectious disease."
フィリップ・キャンベル博士(Dr Philip Campbell)
ネイチャー誌編集長
Editor-in-Chief, Nature
ネイチャー誌は現在、バイオセキュリティ国家科学諮問委員会(NSABB)が述べた2つの論文の中の1つをレビュー中で、彼らと活発に議論しています。
今回の研究は、ある分子の機能を使うことによって、ヒトに感染しやすいH5N1型の新ウイルス開発に繋がる可能性があることを見つけました。データと実験的方法を制限したいというNSABBのかつてない要求を尊重し、その要求の背後にある動機を理解しています。公衆衛生のために研究する科学者たちにはインフルエンザに関する科学的分析の詳細を完全に知る必要があります。
現在、私たちは関係者と共にどのように科学的手法と研究成果のデータへの適切なアクセスを可能にできるのか、どうNSABBの要求に従うべきなのかを相談しています。
【コメント原文】
"I confirm that Nature is considering one of the two papers mentioned by the National Science Advisory Board for Biosecurity (NSABB) and we are in active consultation with them.
"The research identifies molecular features which may contribute to allowing the H5N1 virus to be more transmissible in humans. We have noted the unprecedented NSABB recommendations that would restrict public access to data and methods and recognise the motivation behind them. It is essential for public health that the full details of any scientific analysis of flu viruses be available to researchers. We are discussing with interested parties how, within the scenario recommended by NSABB, appropriate access to the scientific methods and data could be enabled."
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