201261
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専門家コメント

震災前後の脳変化と外傷後ストレス障害(PTSD)症状の関連について

Ver.1.0 (120604-18:00)

・これは、2012年5月24日にジャーナリスト向けに発行したサイエンス・アラートです。

・記事の引用は自由ですが、末尾の注意書きもご覧下さい。

<SMC発サイエンス・アラート>

震災前後の脳変化と外傷後ストレス障害(PTSD)症状の関連について:専門家コメント

  仙台市の学生達の東日本大震災前後の脳画像を分析し、震災後の外傷後ストレス障害(PTSD)症状を評価したところ、震災前から前帯状皮質の脳体積が減少していた人はPTSD病状が出やすいという結果が得られたと、東北大学加齢医学研究所の研究グループが22日に発表しました。論文の著者と専門家にコメントをいただきました。

原著論文:

Sekiguchi, A., Sugiura, M, Taki, Y. et al. (2012). Brain structural changes as vulnerability factors and acquired signs of post-earthquake stress. Molecular Psychiatry.

http://www.nature.com/mp/journal/vaop/ncurrent/abs/mp201251a.html

関口 敦(せきぐち・あつし)研究員(論文著者)

東北大学加齢医学研究所脳機能開発研究分野

【概要】

   東日本大震災発災前にMRIを用いて脳画像計測を行っていた仙台在住の健康な大学生に協力していただき、震災後に脳画像計測を再び行い、震災前後の脳画像と震災後の外傷後ストレス障害(PTSD)症状を評価したところ、(1) 震災前から前帯状皮質の脳体積が減少している学生がPTSD症状を生じていること、(2) PTSD症状が強いほど眼窩前頭皮質の脳体積が減少すること、の2点を世界で初めて明らかにしました。本成果はPTSDの発症機序の解明につながり、PTSDの早期発見、予防の一助になると期待されます。

【背景】

  これまでの脳研究では、外傷後ストレス障害(PTSD)に生じる脳形態の変化として様々な脳部位の萎縮が指摘されていた。これらの基礎研究をPTSDの予防・早期発見に活用するためには、脳萎縮がPTSD症状の原因なのか結果なのかの解明が必要であった。しかし、過去の研究はストレス暴露後の脳画像評価が主であり、 ストレス暴露前後の縦断研究による解明が待たれていた。

 東北大学加齢医学研究所脳機能開発研究分野では、主に東北大学の健常学生を対象とした脳画像研究を行っており、東日本大震災前の脳画像のデータを多数保有しており、このデータベースを活用して震災前後の縦断研究を行った。

【方法】

 震災前に東北大学加齢医学研究所では、震災前にMRI装置を用いた脳画像計測を行っており、この中から仙台周辺に在住して軽度の被災をしていると思われる学生を再募集し、脳画像の再計測を行った。震災前後の脳画像と震災後3~4か月時点でのPTSD症状を評価した。

【結果】

 脳形態画像解析の結果、右前帯状皮質においてPTSD症状と震災前の脳灰白質量が有意な負相関を、左眼窩前頭皮質においてPTSD症状と震災前後の脳灰白質変化 量と有意な負相関を示した。更に、これら脳領域が震災後PTSD症状の48%を説明することが明らかになった。

【考察】

 本研究結果から、震災前から前帯状皮質の脳体積が減少している被災者において、PTSD 症状を生じやすく、PTSD症状出現に伴い眼窩前頭皮質の脳体積が減少することが明らかになった。前帯状皮質の機能として、恐怖や不安の処理に関与することが知られており、恐怖や不安の処理の機能不全がPTSD症状の誘因として関与することが示唆された。また眼窩前頭皮質は条件づけ恐怖記憶の消去に関与していることから、恐怖記憶の処理の機能不全が震災後早期のPTSD症状の出現の背景にあることが示唆された。

 本研究において、震災後早期に出現するPTSD症状の原因及び結果となる脳形態変化を解明した。これらの成果は、大規模災害直後の心的外傷体験への生理反応に対する理解を深め、PTSD症状の早期発見・予防に資する基礎研究として意義深いものである。

山末 英典(やますえ・ひでのり)准教授

東京大学医学部附属病院精神神経科

 まず、未曾有の災害への被災で多方面に混乱が生じがちであった中、この貴重なデータを収集して貴重な知見を得た、著者らの専門家としての不屈の精神と冷静な姿勢に、強い感銘を受けました。心からの敬意を表明させていただきます。

 心的外傷体験の後に、その体験の恐ろしく生々しい記憶が繰り返し蘇ってしまったり、その体験が生じた場所や状況を避けて生活が困難になってしまうなどの、心的外傷後ストレス障害の症状の背景には、恐怖を処理する脳部位の機能不全や体積減少が存在していることが確実視されていた。そうした脳の機能不全や体積減少について、幾つかの双生児研究や縦断研究が行われていた。そして、一部は心的外傷体験やその後に生じた強烈なストレスによって生じた変化であることが推測されていた。また一部は、遺伝や幼少期の環境の中で形成されたストレスへの脆さの一種で、外傷体験後の心的外傷後ストレス障害への罹りやすさを規定していると示していた。

 本研究は、2011年3月11日に生じた東日本大震災の前後に撮像した脳MRI画像を解析し、強いストレス体験への反応の個人差に結びついた脳形態の個人差についての知見を追加した研究である。

 震災後に心的外傷後ストレス障害の一部の症状が比較的強く認められた被験者では、震災前の時点で前部帯状皮質の体積が比較的小さく、震災後と震災前の前頭眼窩皮質の体積の差が比較的大きいことを主な結果として報告している。前者の結果は、前部帯状皮質の体積が比較的小さいことがストレス体験への脆さと結びついていることを示唆する興味深い結果であると思われる。この脳部位が恐怖の処理や心的外傷後ストレス障害の症状出現と関わるとする先行する幾つもの研究とも一致した結果である。

 一方で、後者の結果については、本研究が震災前から震災後にかけて前頭眼窩皮質の体積減少が生じたことを示せていないこと、同部位の体積減少が心的外傷後ストレス障害に関与することを指示する先行する知見が少ないことから、解釈には注意を要する。著者らが可能性を示唆しているような、震災を経験したことで前頭眼窩皮質の体積が減少して心的外傷後ストレス障害の症状が生じたかどうかを検証するためには、心的外傷後ストレス障害を呈した被験者や強いストレス体験を有さない比較対照からのデータ収集が必要であると思われる。

 

 

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