20121012
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SMCで扱うトピックには、科学的な論争が継続中の問題も含まれます。
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専門家コメント

ノーベル医学生理学賞関連・専門家コメント

 

Ver.1.1 (121012-17:00)

・これは、2012年10月9日にジャーナリスト向けに発行したサイエンス・アラートです。

・記事の引用は自由ですが、末尾の注意書きもご覧下さい。

・このサイエンス・アラートは豪日交流基金(Australia-Japan Foundation)からの支援をいただき、作成されたものです。

<SMC発サイエンス・アラート> 

ノーベル医学生理学賞関連コメント:専門家コメント

【SMCによる解説】
 2012年のノーベル医学生理学賞は、リプログラミングを発見した業績により、ジョン・B・ガードン卿と京都大学の山中伸弥教授に対して贈られ、既にさまざまに報道がなされています。

 しかし、今回の受賞理由である研究の先には、「再生医療の実現」という未来があり、そこに至るまでには、社会全体で議論すべき倫理的・法的・社会的問題群(ELSI; Ethical, Legal and Social Issues)が存在します。こうした問題への取り組みは、しばしば科学者によっても「科学の発展を阻害するもの」と誤解されがちですが、現代において科学研究が行われるうえでは、避けて通れないものです。

 (山中教授自身が会見で触れているように)再生医学研究の分野は、以前からこうした問題についても先進的な取り組みをおこなってきました(下記・参考リンク)。そこでSMCでは、再生医療に関わるさまざまな社会の問題に取り組まれている研究者の方々に、現時点の報道を踏まえてのコメントをお願いしました。

(参考:文部科学省 iPS細胞等研究ネットワーク|"iPS Trend"「国際幹細胞学会「患者ハンドブック」について」
 

児玉 聡(こだま さとし)氏
京都大学大学院文学研究科 倫理学専修 准教授

 本日朝刊の主要新聞社の社説は、山中教授のノーベル医学生物学賞受賞について書いたものが多かった。当然ながら多くの社説は山中教授の苦労話も交え、今回の受賞がいかに快挙であるかを解説するものであった。

 一方で、祝賀ムードに水を差すのがためらわれたのか、研究の倫理的側面について紙幅を割いたものは少なかった。受精卵の破壊を伴うES細胞に比べて、iPS細胞は倫理的問題が少なくなったものの、精子や卵子の作製や不妊治療への応用の是非などの問題はある。この点を控えめに指摘した社説はいくつかあった。その中で、産経新聞は核物理学の事例を挙げ、科学技術には正負両方の側面があるとして、市民も交えた議論の必要性を説いていた点が評価できる。

 70年代に遺伝子組換え技術が開発されたときは、科学者達が米国に集いアシロマ会議を開催して指針作りを行った。iPS細胞版のアシロマ会議を日本が率先して開くような提案を、メディアが喚起してみてはどうだろうか。
 

加藤 和人(かとう かずと)氏
大阪大学大学院医学系研究科・医の倫理と公共政策学  教授 

 「科学研究の本質について、および倫理的課題への取り組みの重要性について伝えてほしい」

 教科書を書き換える歴史的発見に賞が与えられたことは大変すばらしい。今回は報道内容が相当に準備されていたと思われ、背景も含めしっかりとした報道がなされている。その上で、さらに二つのことを強化していただきたい。

 一つは、ガードン教授の研究のような一見、地味な基礎研究が、何十年も経て山中教授に受け継がれ、やがて社会に応用面で利益がもたらされる研究につながってきたことをしっかりと伝えること(表面的でない科学コミュニケーションの重要性)である。長い時間と研究の裾野の拡がりがあってはじめて科学が社会に貢献できることを忘れてはならない。

 今後、iPS細胞研究への支援は当然強化されるだろうが、それに加えて、現在は何の注目も浴びずに孤独に頑張っている第二、第三の山中伸弥がしっかり育つようにすることが重要である。

 二つ目は、iPS細胞とその応用に伴う倫理面や社会面の課題に関する取り組みの強化がこれまで以上に必要だということを伝えることである。山中教授が記者会見で述べているように倫理面の課題は次々と生まれてくる。最近も話題になったiPS細胞から生殖細胞を作る研究の進め方や、動物胚へのヒトiPS細胞の導入を伴う「ヒト-動物キメラ作成」研究の進め方を含め、多数の課題がある(Cell, 139, 1032, 2009)。

 いずれも簡単に答えが出ない問題であるが、先取りして取り組むほど、本当に社会に必要な研究が進み、社会への利益は大きくなると考えるべきである。そのためには、研究に携わる科学者と、科学の現場がわかる倫理の専門家、そして患者や市民を含む社会の多様な構成員が参加する「熟議」の場を設けること、および議論の活性化のために、倫理的・社会的課題について調査研究ができる専門家を多数配置することが必要だ。

(一部、10月9日のジャーナリスト向けのサイエンス・アラートに加筆)

 

見上 公一(みかみ こういち)氏
総合研究大学院大学 学融合推進センター 助教


 山中教授のノーベル医学生理学賞受賞は広くメディアにて報道されており、その内容は各報道機関で多少の違いはあるものの、歴史的な背景や今後の課題などについても言及されています。今回の報道では2007年に山中教授の研究グループがヒトiPS細胞の作成に成功し国内外で大きく取り上げられて以来の「蓄積」を感じると共に、山中教授自身が社会的な側面にも関心を持っていることが見て取れました。報道の影響力というものを考え、iPS細胞研究の全体像を丁寧に取り上げる姿勢は非常に重要であると思います。

 ただ、気になる点が二つほどあります。

 一つは「iPS細胞」と「再生医療」とのつながりです。今回の受賞は、同時受賞者であるガートン博士の業績と関連し、リプログラミングの機構を明らかにし、人為的にコントロールできる技術を確立したことと捉えるべき性質のものと思います。一部の報道にもありましたが、そのような技術を更に発展させたダイレクト・リプログラミングなどの技術も研究が進んでいることを踏まえ、体性幹細胞を利用した再生医療技術などを幅広く検討し、どのような場合にiPS細胞が必要となるのかという議論へと展開させていく必要があると思います。これは医療経済的な視点とも深く関係しており、治療の対象とその費用対効果ということも考えなくてはならないでしょう。

 また、広く日本の科学技術政策という視点からiPS細胞研究の位置づけについて更に検討する必要があるかと思います。学術研究に関しては今後も山中教授がセンター長を務めるCiRAが中心的な役割を担っていくことが予想されますが、山中教授の業績は革新的な知識・技術の産出が思いがけないところで起こる可能性を示唆しているものです。過度な支援の集中は一方でそのような可能性の目を摘み取ることにもなりかねません。国家的プロジェクトという位置づけが時として柔軟な対応を難しくする場合がありますが,限られた科学技術予算をどのような理念に基づいて配分するのか、あるいは企業とどのような連携を行うのかなど、行政側の今後の対応について継続して目を向けていくべきだと思います。

 

仙石慎太郎(せんごく・しんたろう)氏
京都大学 物質-細胞統合システム拠点(WPI-iCeMS) イノベーションマネジメントグループ代表
     准教授(科学・技術経営、バイオ・ヘルスケア産業論)

 今回の山中教授、そしてガードン先生のノーベル医学・生理学賞授賞は、創薬や再生医療等への応用という意味よりも、生命の根源の理解に繋がる基礎的な研究成果の評価であるということと、この仕事がほぼ日本でなされた研究であることが重要と感じます。今回の受賞は、私の所属するWPI-iCeMS及び京都大学としても大変な慶事であることに加え、研究者として「壮大なサイエンス」を行う意義を説く、これ以上ない例示であり薫陶として、大いに励みになります。

 本年度のノーベル医学・生理学賞は、ガードン先生によるアフリカツメガエルの体細胞核初期化が1962年、山中先生によるマウスiPS細胞の作出が2006年。各々の時代における嚆矢の研究が、実に40余年の歳月を隔て、あくまで「リプログラミング(再初期化)」という、生物学上の重要概念で紡がれたものです。今回の授賞理由には、科学研究の最高栄誉を司る、ノーベル財団ならではの判断とメッセージを感じます。

 ノーベル財団のプレスリリースをみても、力強い応用展開の可能性を提示しつつも、あくまで基礎科学研究上の業績が主対象となっています。とかくiPS細胞といえば、特に再生医療の早期実現が注目、期待される傾向にありますが、このような科学研究上の業績を再現的に創出していくために、我が国の基礎研究の充実・振興がもっと喧伝されて欲しいと願っています。

 一方で、本年度のノーベル医学・生理学賞の結果に、とりわけ本分野をリードしてきた米国研究者のなかには、日英研究者の共同受賞への祝賛と同時に、忸怩たる思いを少なからず感じられている方もおられるのではないでしょうか。現実面でも、ノーベル賞というひとつの巨大な牽引力が失われる影響は今後あるかもしれません(SMC注)。

 

【SMC注】ヒトES細胞株を世界で初めて確立し、2007年に山中教授と同日にヒトiPS細胞を報告したウィスコンシン大学のジェームズ・トムスン教授や、MITホワイトヘッド研究所のルドルフ・イェーニッシュ教授など、アメリカは依然として再生研究の中心地の一つであり、臨床応用を視野に入れた世界をリードする研究を行っている。一方で、今回の受賞はこうした再生医療の実現に向けた研究は脇に置いた、科学的意義に注目した判断となっている。現在渦中にある大統領選でも、再生医学研究の扱いは、オバマ、ロムニー各候補のあいだの重要な論点となっている。
 

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