20141016
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専門家コメント

The Lancet で発表された「早期治療を行った幼児からHIVを再検出」の論文について:専門家コメント

 

・これは、2014年10月7日にジャーナリスト向けに発行したサイエンス・アラートです。

・記事の引用は自由ですが、末尾の注意書きもご覧下さい。

<SMC発サイエンス・アラート>

The Lancet で発表された「早期治療を行った幼児からHIVを検出」の論文について:専門家コメント

10月3日発行のThe Lancet において、生後間もなく集中的な治療を行い血液中からHIVが検出されなくなっていた幼児から再度HIVが検出されたという論文が掲載されました。

この件で注目すべき点について、研究者のコメントをお送りします。

服部 俊夫 教授・芦野 有悟 准教授

東北大学大学院 医学系研究科 感染病態学分野

宮城県で外科手術のための凍結血漿の輸血によってHIVに感染した例では、血中でHIV抗体が確認できるようになるまでに1ヶ月を要しました。今回のケースでは、出生直後にすでに感染が明らかで、12時間後に治療が開始されています。この乳児は、子宮内でHIVに感 染した可能性が高いと思われます。妊娠中の母親にART(抗レトロウイルス治療)を行うことで子宮内感染を防止することができるため、妊婦へのHIV検査の徹底が重要です。

ARTによって、見かけ上、HIVの増殖が無くなっていても、多くの場合は体内のどこかにウイルスが残っているため、治療を中止するとまたウイルスが増えてしまいます。今回は、抗体そのものが検出されず、特殊な白血球(メモリー細胞と思われるT細胞)による免疫反応がみられたこ とが、HIVの存在を示す重要な証拠となっています。HIV感染者ではT細胞自体が少なくなってしまうため、今回のような解析は、あまり用いられていませんでした。ARTは治癒を目指す治療ではありません。治療効果の判定には、従来の手法(CD4陽性リンパ球数の測定)だけでなく、IGRAなどのT細胞の機能を調べる検査*などを継続して用いるのも有効と思われます。

*
IGRA(nterferon gamma release assay: インターフェロン-γ遊離試験)
抗原の刺激によってリンパ球から産生されるγインターフェロンの量を測定する検査。結核菌への感染有無を調べるのに使われるが、HIV感 染やがんなどによる免疫反応の強さの指標としても有力視されている。

 

【英文コメント】

Our blood transfusion case showed seroconversion takes one month after contaminated frozen plasma was given to the patient during surgery. Obvious infection of this baby after 12 hours after delivery indicates this baby was infected in utero. The risk of in utero infection could be prevented if ART was conducted to the pregnant mother. It is important to screen HIV status in pregnant women.  

Discontinuation of ART has not given successful results so far due to a large numbers of heterogeneous reservoirs. The active immune status of this baby reflected by T cell responses is informative evidence to show the presence of pathogens in the body as well as memory cells. The effort to develop T cell based assay was not promoted due to T cell immune deficiency in HIV infected individuals.  
Not only CD4 cell counts, but also more functional T cell assay like IGRA for latent TB infections maybe useful to monitor quality of T cells because ART therapy dose not aim cure.

 

松下 修三 教授

熊本大学 エイズ学研究センター

今回の報告は、ミシシッピでの症例を踏まえたHIVの早期治療についての仮説を裏付けるものです。新生児の場合はHIVの標的となるリンパ球が少ないことに加え、感染直後に治療が開始できるという特殊な状況があるため期待されていましたが、現在の抗ウイルス薬では治癒が得られないことが証明されたといえるでしょう。
そして、HIVの完治と感染予防を目指す研究の意義はこの報告により一層はっきりしたと考えています。

抗HIV薬の発達により、HIVはある程度コントロールできる感染症になりました。その状況下でAIDS研究の重要性を疑問視する声もあり、研究予算も減少しています。しかし、現在用いられている薬剤は治療を生涯続けなければならないことから、薬剤耐性ウイルスや薬剤の長期毒性、そして1年に250万円ほどかかる医療費の長期に渡る負担といった問題があります。国内だけでも年間約1500億円の負担を積み重ねているのです。こういった面からも、HIVの早期治療は期待されていました。米国で臨床試験も行われていますが、今回の報告を受けて今後どうなるかは分かりません。

今回の報告では、母親が出産までHIVの検査を受けなかったことで新生児が感染しています。日本ではこういったケースは極めて稀と言えますが、妊娠前にHIV感染がわかっていれば新生児への感染をほぼ防ぐことができたのです。より簡便な検査機会の研究や普及の重要性も学ぶべき点でしょう。国内の感染者数は現在判明しているものの数倍だと言われていますし、海外で感染して帰国する例も確認されていることから検査の普及は喫緊の課題です。社会的マイノリティの感染者が多いために声を上げる機会が少ないという側面もあります。

残念な報告ですが、ART下におけるウイルス潜伏のメカニズムの研究およびこれを攻撃する新たな治療法の開発、つまりコントロールではなく治癒を目指す研究の重要性がはっきりしてきたと思います。

 

小柳 義夫 教授

京都大学 ウイルス研究所

2009年の12月にミラノ大学病院でHIV陽性の母親から生まれた男児の血液中に、HIV抗原ならびに抗体が検出されました。男児は1ミリリットル当たりのウイルスコピー数が150,000以上に達していました。

この男児に対し、出生後12時間目に抗HIV剤の併用療法(ART)が始められた結果、ウイルス血症は急速に減少し、3ヶ月目にはHIVは男児の血液中から検出されなくなりました。その後3年間のARTを継続し、治療終了時点ではウイルス抗体ならびにウイルス抗原、ウイルス培養などすべてのHIV検査では陰性となり、抗HIV剤投与が母親の同意のもと中断されました。ところが、休薬後2週間以内に再び1ミリリットル当たり36,000コピー以上のウイルスが出現し、再度同じ抗HIV剤を使ったARTが開始されました。このときも、血液中のウイルスは急速に低下しました。

この症例は、HIV感染後のきわめて早い時期に始めたARTにより、血液中におけるウイルスのコントロールは3年間にわたり完全に達成されていた反面、ウイルス完全排除はできていなかったことを示すものです。この結果は、新生児のように「感染後きわめて早期の段階でのART」によってもHIV感染症の完治は困難であることを示しています。アメリカのミシシッピー州でも同様の症例(ミシシッピーベビー)が知られており、それを追認したかたちとなりました。一方、HIVに耐性を示すCCR5遺伝子欠損ドナーの骨髄移植によって完治した例も報告されております(いわゆるベルリン患者)が、患者とドナーのHLA(白血球のタイプ)が不一致だと移植できないことから一般化できる治療法ではありません。

【参考】アメリカ・ミシシッピ州での症例について
・CNNニュース 
http://www.cnn.co.jp/usa/35050720.html
・ロイター
http://jp.reuters.com/article/worldNews/idJPKBN0FG0CU20140711

【参考】HIVの治療法について(2013年の記事)
WSJニュース
http://jp.wsj.com/news/articles/SB10001424052702304523904579156821500453790

 

Samjaya Senanayake Associate Professor

Australian National University Medical School

 HIVをコントロールする抗ウイルス薬は多くありますが完治した例はありません。ドイツにおいて「遺伝子変異のためにHIVに耐性をもっているドナー」から骨髄移植を受けた男性だけが完治したと報告されています。いわゆる「ミシシッピベイビー」は抗HIV薬による治療後、2年間休薬してもHIVが検出されませんでしたが、その後ウイルスが検出されています。

今回報告されたケースも同様の結果を示しています。血液中からウイルスが検出されなくなったとしても体内からウイルスが消えたわけではないようです。治療方法を見つけるにはまだ模索が必要です。

 

【コメント原文】

“Although there are a large number of antiviral medications to control HIV, a cure hasn’t been found. The “Berlin patient” is the only person to successfully come off anti-HIV medications following a bone marrow transplant from a donor with a resistant mutation. It was thought that a child called the “Mississippi baby” had been cured of HIV after having no detectable virus for over 2 years off medications but the child unfortunately relapsed.
 
This case report from The Lancet also describes an unsuccessful attempt to get another young child, who was born with HIV, off antiviral treatment.  At the time of stopping the antiviral medicines, the child’s immune system was still responding as if HIV was present even though the virus was undetectable. And within two weeks of stopping treatment, the virus became detectable again. This case shows that undetectable HIV in the blood does not mean that the body is free from virus and that there is still some way to go before a cure is found.”

 

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