専門家コメント
BSL-4レベルの研究施設が国内で稼働していないことについて:専門家コメント
・これは、2014年11月28日にジャーナリスト向けに発行したサイエンス・アラートです。
・記事の引用は自由ですが、末尾の注意書きもご覧下さい。
<SMC発サイエンス・アラート>
BSL-4レベルの研究施設が国内で稼働していないことについて:専門家コメント
西アフリカにおけるエボラ出血熱の流行拡大と先進各国での2次、3次感染が問題となっており、日本においても感染者が入国した場合の対応などが憂慮されています。先進各国はBSL-4レベルの研究施設を稼働させており、エボラ出血熱ウイルスの扱いにも慣れているとされています。BSL-4の病原体を扱える施設は世界19カ国で40施設整備されており、日本にも約30年前に国立感染症研究所と理化学研究所内に設置されていますが、周辺地域住民の同意が得られないためにBSL-4病原体を扱う施設としては稼働できていません。この件に関する専門家コメントをお送りします。
福士 謙介 教授
東京大学 国際高等研究所 サステイナビリティ学連携研究機構
感染症に関する問題は、水や食糧と並んで市民の関心が高く、日本でもBSL4施設の稼働が必要なことは、十分理解されていると思います。ただし、BSL4施設は、原発やごみ処理場などと同じ「近くに建設してほしくない迷惑施設」のひとつです。迷惑施設は近隣住民に対するリスクとベネフィットの関係で議論されることが多く、たとえば、大規模な雇用を生み出す原発の場合は、住民がリスクを負う一方で、ベネフィットも享受していました。ところがBSL4施設には、そのようなベネフィットが見当たりません。しかも、病原体漏出といった問題が起きたときにリスクを負うのは近隣住民のみという不公平感もあります。現存のBSL4施設を稼働させるのであれば、問題がおきた場合の対応と補償について具体的に示す必要があると考えます。
アメリカでは、原子力やBSL4微生物などを扱う設備は、砂漠の中などに設置されている場合があります。日本にも過疎地はありますが、距離感がアメリカとは全く異なります。上空を飛べない、市街地から数百キロ離れている、といったさまざまな条件を付けると、果たして候補地をみつけられるでしょうか。一案として島に移すのも手かと思いますが、検体移送が天候に左右され、空輸中に事故がおきうると考えると一筋縄ではいきません。
一般に、「コストとリスクの関係」は互いに中央で交差する2曲線であらわされますが、日本は安全側(高コスト、低リスク)に偏りがちです。ただし、メディアは安全側によりすぎないよう、WHOなどが出す情報にバイアスをかけずに伝えてほしいと感じています。たとえば、2009年に新型インフルエンザ(A型H1N1亜型インフルエンザ)が大流行した際に、WHOは「海外渡航の制限をしないよう推奨する」としましたが、国内ではそのような報道はあまりなく「H5N1亜型と遺伝子を交換することで、強毒性に変異しうる」といった内容が目立ちました。
日本の衛生環境を考えると、BSL4レベルのウイルスを媒介する昆虫や動物が環境中に定着する可能性は、現時点では低いと思われます。一方、航空機による移入にどう備えるかが重要でしょう。BSL4施設が使えないということは、ワクチンや薬の開発もできない、ということです。国内のみならず、国際的な役割も果たせていないわけです。日本は科学力が高いだけに残念に思います。
小柳 義夫 教授
京都大学 ウイルス研究所
危機はいつ襲ってくるかわかりません。2014年の春からの西アフリカにおけるエボラウイルスのアウトブレイクは、自然界のダイナミズムに対する人間社会の脆弱性をあらためて表出した社会事象だといえます。この疾患の死亡率はきわめて高いため、ウイルスや感染者の検体は通常の実験室で扱えるものではありません。しかし、空気接触を含む病原体に対する遮蔽対策が完備された実験室(BSL-4施設)では、完全にコントロールすることができます。50年にわたるエボラウイルスなどの危険病原体研究の歴史から、明らかにされた事実です
日本は、空気のない宇宙空間に有人の実験棟を稼働させるほどの技術大国です。しかし、宇宙服に似た防護服を使って実験を行う危険病原体の対策と研究能力については、大きく遅れています。BSL-4施設が国内にないことは、その象徴的といえます。そして、BSL-4施設がないために、危険病原体の対策を担う研究者の養成も滞っています。その理由は、危機に対する国のあり方についての合意形成がなされていない点にあり、われわれ科学者からの国民への説明が充分でなかったからといえるでしょう。国家は民を守り民が国家を形成するというのが、近代国家の原則です。国がこの種の問題に対策を講じるのは当然であり、わが国においてもBSL-4施設の設置とその稼働は必要だと考えています。その説明責任を、科学界そして行政担当者は担っています。
国は、昭和56年に国立感染症研究所にBSL-4施設を作りましたが、地域住民との対話が不十分だったために、現在まで稼働されていません。住宅と近接していたという設置計画の不備があったとされ、新たなBSL-4施設の設置が考えられています。地域住民ならびに国民との対話が重要であることは言うまでもありません。実際に、そのような活動を始めている研究者もいます。同じくBSL-4施設で取り扱うべきマールブルグウイルスを分離したマールブルグ大学にはBSL-4施設が設置されており、地域住民がそれを誇りとしているという話も聞きます。国民を守るためのBSL-4施設の設置とその稼働の合意形成ができるか、その責任が問われているのです。
備考) 小柳教授は学術会議による、以下の提言を出したメンバーの一人である。
『我が国のバイオセーフティレベル 4(BSL-4) 施設の必要性について』日本学術会議(2014.3)
http://www.scj.go.jp/ja/info/kohyo/pdf/kohyo-22-t188-2.pdf
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