2015219
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専門家コメント

新しい仕組みを用いたHIV感染防止の研究について:専門家コメント

・これは、2015年2月18日にジャーナリスト向けに発行したサイエンス・アラートです。

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<SMC発サイエンス・アラート>

新しい仕組みを用いたHIV感染防止の研究について:専門家コメント

アメリカの研究者らはサルを用いて、HIVに取り付いて増殖を抑えることで感染を防ぐ、新しい仕組みのHIV感染防止手法の試験を行ったと報告しました。試験の結果、長期に渡り感染を防止する効果があったとのことです。論文は2月18日、Natureに掲載されました。
この論文に対する専門家のコメントをお送りします。

【論文リンク】

Matthew R. Gardner, et al. 'AAV-expressed eCD4-Ig provides durable protection from multiple SHIV challenges', Nature 519, 87–91, 2015
n10.1038/nature14264

 

山本 浩之 グループ長

国立感染症研究所 エイズ研究センター 第2グループ

この報告は、抗体を誘導するエイズワクチン開発が難しいのに対し、遺伝子治療の手法による類似したエイズ防御法の可能性を動物レベルで探ったものです。
HIV(ヒト免疫不全ウイルス)は標的細胞に入る時、エンベロープという「鍵」に相当する自身のタンパク質を用います。細胞側の2種類の「鍵穴」は、CD4とCCR5です。ヒトが作るHIVへの抗体はエンベロープに結合し、ウイルスが細胞に侵入するのを防ぎます(中和)。しかしHIVは、体内で大量に増殖しているためエンベロープも変異を起こし、「鍵」の性質を保ちつつも中和抗体から簡単に逃避することができます。
感染拡大により、HIVは実に多様な種類に達しています。従って多様なHIV株を広く中和する、広域活性中和抗体の誘導などが望まれています。しかし知られている最も強力なものですら、全てのHIV株を中和することはできません。

これに対し著者らは今回、抗体ではなく「鍵穴」側を再現するCD4とCCR5の合成物質(eCD4-Ig)を設計しました。いかなるエンベロープでも細胞侵入は必須なため、この合成物質は極めて幅広いHIV株に対し中和作用を示します。eCD4-Igを別種の遺伝子治療用のウイルスに組み込んで接種しておくと、体内に余分な「鍵穴」が多数存在する状態となり、入ってくるHIVのエンベロープによる細胞侵入を打ち消す効果が期待されます。サル実験ではこのウイルス接種を受けた全頭で、HIVの感染を防ぐことに成功しました。

今回の報告は、広域活性中和抗体誘導ワクチン開発ができていない現況において、遺伝子治療の手法を用いてHIV感染防御効果を生み得る可能性を示唆するものです。明らかでない点は、防御効果が実際どのように体内で生じたのかということです。例えばこの手法が、HIVの攻撃が生じた際に未知の有利な免疫を追加で作る可能性が挙げられます。今回はHIVを静脈から感染させましたが、大半のHIV感染が始まる粘膜面でどのような防御を示せるかなど、解明が期待されるところです。

 

松下 修三 教授

熊本大学 エイズ学研究センター

HIV感染予防は、世界で最も大きな課題の一つです。HIVワクチン開発では、ウイルスと結合し、細胞への感染を防御できる中和抗体が必要不可欠と考えられています。体内において、このような中和抗体の産生を誘導できるワクチン開発が望まれる一方で、その開発の難しさも明らかになってきています。

今回、Michael Farzan 博士らは、従来の抗体を誘導するワクチンに代わり、ウイルスに取り付いて増殖を抑制する分子(eCD4-IgG)を、ベクターを利用して生体内で作らせる「遺伝子治療」を開発しました。この治療でもウイルスを不活化するため、ワクチンと同様の効果が得られます。ポイントは、「HIVが細胞表面に取りつくための部位」に着目し、鍵を握る主分子(CD4)とサブ分子(CCR5)の重要部位(活性部位)をつなげてeCD4-IgGを作製した点です。最大のインパクトは、eCD4-IgGが長期に渡って感染防止効果を発揮すると明らかになったことでしょう。そのほか、この分子が既存の抗体よりも低い濃度で広範囲のウイルスを抑制した点、サルへのウイルス接種を繰り返しても感染を阻止できた点、感染細胞を排除するADCC活性(注1)をもたらすことがわかった点も評価に値します。

問題は、体内でeCD4-IgGに対する自己抗体が作られ、効果が失われる可能性はないのかという点です。その場合には、CD4に対する自己抗体が産生される可能性もあり、副作用が出るのではないかとの懸念もあります。ただし、本研究での検討によると、これまで有望とされてきた中和抗体では抗イディオタイプ抗体の産生が認められたのに対し、この手法では同抗体の産生と反応のレベルは低いとされています。

ただし、これらはあくまでもサルを用いての結果であり、自己抗体の産生に関しては、ヒトでの臨床試験をやらなければわからないところがあります。使用されているベクターの長期安全性に関しては、すでに血友病の遺伝子治療などに用いられていることから問題ないと思います。しかし、ヒト(成人)の約30%がこのベクターに対する中和抗体を作り出すとされており、そのような人々の治療には使えません。

今後の課題は、「今回得られた長期の治療効果がeCD4-IgGによるものか、抗CD4自己抗体の誘導によるものかを明らかにすること」と、「より多くの種類のHIVを用いることで、CD4-IgGへの感受性の低いHIVの場合に効果が得られない可能性があるのかどうかを検証すること」にあるでしょう。

注1:ADCC (Antibody-Dependent-Cellular-Cytotoxicity)活性
ナチュラルキラー細胞などが抗体を介して標的細胞を殺傷する活性

 

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