2015410
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専門家コメント

ティラノサウルス類の死肉食やかみ合いについて

・これは、2015年4月9日にジャーナリスト向けに発行したサイエンス・アラートです。

・記事の引用は自由ですが、末尾の注意書きもご覧下さい。

<SMC発サイエンス・アラート>

ティラノサウルス類の死肉食やかみ合いについて:専門家コメント

イギリスとカナダの研究チームは、ティラノサウルス類のダスプレトサウルスの化石を分析し、頭部の傷は同種のかみ合いによって付けられたものであるとする研究成果を発表しました。また、傷の中には同種による死肉食の際につけられたものもあるとしています。論文は4月9日付けのPeer J に掲載されました。この件に関する国内専門家コメントをお送りします。

【論文リンク】
Hone D, Tanke D. (2015) Pre- and postmortem tyrannosaurid bite marks on the remains of Daspletosaurus (Tyrannosaurinae: Theropoda) from Dinosaur Provincial Park, Alberta, Canada. PeerJ 3:e885 https://dx.doi.org/10.7717/peerj.885

 

久保 泰 研究員

福井県立恐竜博物館

 

この研究はティラノサウルス科のダスプレトサウルスの亜成体(成体になる前の段階)の化石についた傷についての報告です。頭骨の傷の多くは治癒の跡があるため、生息時にできたものだと判断されました。頭骨の傷は同種内の争いでできる可能性が高いことや、歯で噛みついたような傷の形から、著者らは少なくとも生前についた傷の一部は同種内の争いによると判断されています。

死後にできたと考えられ る治癒の跡のない傷は、歯の跡の間隔が広いことから大型の肉食動物によりつけられたと考えられます。この地層で見つかる大型の肉食恐竜はティラノサウルス科の恐竜だけです。同じティラノサウルス科でもダスプレトサウルスよりゴルゴサウルスの方がたくさん見つかるのですが、著者らはダ スプレトサウルスによる共食いをより強く主張しています。頭部より肉が多く、食べ応えのあるはずの体幹の骨に傷が少ない理由ははっきりとしません。著者らは、体の大部分が 埋 まっていて頭骨が露出しているような状況を想定しています。

古生物学にはこの研究のようにロジックだけで組み立てているものがあり、専門家でなくても研究者と同じ立場で考えられます。PeerJは オープンアクセスの学術雑誌ですので、 興味を持たれた方は、研究の結果を鵜のみにせず、その根拠を調べて自分なりに研究の信憑性を考えてほしいと思います。

 

平沢 達矢 研究員

理化学研究所 倉谷形態進化研究室

 

今回発表されたのは、ダスプレトサウルスというティラノサウルス類恐竜の骨化石に残る傷跡が同種間の闘争によってつけられたものだという報告です。同様の報告は過去にもありましたが、この論文では傷跡と治癒痕について詳細に記載しています。治癒の痕跡があることから生息時につけられたものだと同定され、傷跡のサイズや形状から同種間の闘争によってつけられたと推定されました。


その中で、頭骨に傷跡が集中していることから、なわばりや異性を争っての闘争だったのではないかと議論されていますが、私はこの点には検討の余地があると考えました。爬虫類や鳥類の頭骨の表面には筋肉が付いていないので、体の他の部分に比べて、浅い咬み方でも骨にまで傷が残る確率が高いと考えられます。頭骨以外の筋肉に覆われている部分で骨にまで歯が達するような傷をつけられると致死率が高く、死んでしまった場合は生息時につけられた傷なのか死後に食べられたときにつけられた傷なのか分からなくなってしまいます。したがって、頭骨に咬み跡の治癒痕が多いのは、筋肉に覆われていないことのバイアスがかかっている可能性があります。このダスプレトサウルス骨格には、生息時につけられた傷以外に、死後につけられた傷も認められました。死後につけられた傷も同種(ダスプレトサウルス)によるものであると推定されており、少なくともダスプレトサウルスは死んだ同種の個体を食べることはあったようです。上に述べた頭骨にかかるバイアスについて解明が進めば、生息時に同種につけられた傷が、なわばりや異性を争う社会行動としての闘争だったのか、単に捕食のために襲われたものなのか、明らかになるのではないかと思います。


このような研究は、社会行動の進化や恐竜中心の生態系における食物連鎖の復元に結びついていくと期待されます。子孫である鳥類と同様に、恐竜の一部は巣を作り抱卵をしていたことが分かっていますが、その他の生態については、まだまだ未解明な部分があります。また、恐竜が繁栄していた中生代の生態系が現在見られる生態系のどれかと似ていたという保証はなく、捕食者と被食者の比率や同種間での闘争の頻度がまったく異なっていた可能性もあります。

 

對比地 孝亘 (ついひじ たかのぶ) 講師

東京大学大学院 理学系研究科

 

今回の発見は、大型肉食恐竜であるティラノサウルス類において、骨格に残されていた噛み跡に基づいて、生存中に同種間で頭部をお互いに攻撃するようなかみ合い(捕食を目的にしたものではなく、例えば縄張り争いやメスを巡るような場合の争い)が行なわれていたこと、またこの個体の死後、ティラノサウルス類の他の個体によりその死体が食べられていたことを推測したものです。同種間での頭部のかみ合い、およびティラノサウルス類同士による死肉食(scavengering)は、すで先行研究により他の種のティラノサウルス類においてその存在が示唆されているので、今回の発見はそれを補強するものです。

本研究に意義としては、特定の標本に残された噛み跡の形態を詳細に記載し、生存中に作られたもの(その後の治癒に跡が見られる)と死後作られたものを判別し、それぞれの形成理由について細かく検討している点にあります。絶滅脊椎動物の行動については、それを化石記録から推定するのは困難な場合が多く、今回の研究は証拠に基づいて科学的に推測できる限界まで議論していると思います。一方で、少ない証拠から話を膨らませすぎている印象も否めません。ティラノサウルス類という動物でなかったら、それほどニュース性を持つ研究ではないかもしれません。

 

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