専門家コメント
韓国でMERSの感染が拡大、死者も発生
専門家コメント・これは、2015年6月4日にジャーナリスト向けに発行したサイエンス・アラートです。
・記事の引用は自由ですが、末尾の注意書きもご覧下さい。
<SMC発サイエンス・アラート>
韓国でMERSの感染が拡大、死者も発生
韓国を中心に、中東呼吸器症候群(MERS)の2次感染、3次感染が広がっています。韓国の報道によると、4日の時点で感染者は死者3人を含む計35人に上り、隔離対象者が1600人超えたとのことです。この件に対する専門家のコメントをお送りします。
【関連解説リンク】
6月3日付けのThe Lancetで、米英の専門家らが現状と感染制御について解説しています
Alimmudin Zumla et al.,‘Middle East resporatory syndrome’ The Lancet.
http://www.thelancet.com/journals/lancet/article/PIIS0140-6736(15)60454-8/abstract
【参考リンク】
MERSに関するQ&A(厚生労働省)
http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou19/mers_qa.html
中東呼吸器症候群(MERS)(国立感染症研究所)
http://www.nih.go.jp/niid/ja/diseases/alphabet/mers/2186-idsc/2686-mers.html
神谷 亘 特任准教授
大阪大学 微生物病研究所 臨床感染症学研究グループ
ウイルス感染症は致死率だけが大きく取り上げられる傾向にありますが、今回は、必要以上に強調することはないように思います。エボラウイルスなどと異なり、MERS感染で重症化する人の多くは基礎疾患をもつ人です。よって、何らかの疾患をもつ人には注意していただきたいと思います。
ここ数日で感染者数が急激に増えていることから、一部で「ウイルスが変異したのか」との疑問が出ています。今後、ウイルスの遺伝子解析を行い、変異が認められた場合には、それが病原性に関わるのか否かを調べることが重要でしょう。ただし、現段階でウイルス変異や病原性の強弱を論じることは、科学的根拠に基づいていないと思います。
幸運にも、今のところ日本で感染者の報告はありませんが、MERSに対する抗ウイルス薬やワクチンはないので、今後の韓国の状況を注意深く見ていく必要があると思います。
(2015年6月8日 配信)
松山州徳 室長
国立感染症研究所 ウイルス第三部 第四室
韓国では、6月5日までに41人の感染者が確認されていますが、全てが最初の一例目に由来する「病院内での感染」です。市中で予期せぬ感染者が見つかっていないので、今のところ、感染拡大は制御されているといえます。一方、感染者が予想外に多いことから、「ウイルスが変異したのではないか」という意見もあります。しかし、2013年と2014年には、サウジアラビアの病院内でも1人の患者から複数への感染が確認されているため、現在の感染拡大はこれまでのウイルスの性質を大きく逸脱するものとはいえません。
今回のウイルスの遺伝子解析が進めば、当然、変異した部位が認められるはずです。というのは、MERSウイルスのようなRNAウイルスでは、常にゲノムの複製ミスによる変異が繰り返されているからです。インフルエンザウイルスの場合は「変異と感染の関係」がよく解明されているので、「変異による強毒化」を予測することができるのですが、コロナウイルスではこのような関係が解明されていないので、変異を調べてもその病原性の強弱を知ることは期待できません。
つまり、韓国での感染拡大については、遺伝子変異よりもむしろ、一例目の感染者が病院内で激しくウイルスを放出したため、2次感染者が予想外に増えてしまったと考えるほうが妥当と思われます。
(2015年6月5日 配信)
西浦 博 准教授
東京大学大学院 医学系研究科
韓国で、MERSの初感染者が「感染拡大の源(スーパースプレッダー)」となり、多数の2次および3次感染者が出ていると報告されました。韓国国内における報道は日に日に過熱しており、現場は対策に追われています。ただし、報道の多くは累積感染者数(患者総数)と、3次感染者が発生した点しか伝えておらず、このままでは必要以上に不安をあおることになりかねません。メディアはより詳細な状況を把握できるはずで、その内容を伝えることが必要だと思います。例えば、初感染者数、2次感染者数、3次感染者数といったように、感染世代別の感染者数を把握し、それぞれの数を報道すれば、流行の広がり方がより正しく理解されるようになるでしょう。現時点では3次感染者は2次感染者数よりも少ないですが、今のうちに「MERSの場合、1つの感染世代を経るのに7~12日間程がかかる」ということも伝達すべきと思います。つまり、最も近日に発病した感染者から7~12日以上を経過しても次の感染者が現れなくなれば、流行が少しずつ終息に向かっていると推測できます。また、死亡例が出たからといって、ヒステリックに一喜一憂して反応しないことも重要です。有効な抗ウイルス療法がない現状において、患者が死亡するリスクは4割弱です。今回はすでに30名を超える感染者が確定していますので、一定数の死者が出ることは覚悟しなくてはなりません。
中東地域への旅行者は、ラクダと接触しないように注意すべきでしょう。韓国においては、不用意に医療機関に近づかない限りは特別に心配することはないと思います。というのは、韓国では特定の医療機関のみで入院を管理しており、接触の有無も追跡されているからです。ただし、これから「感染者が認められている国」へ行く場合には、あらかじめ、帰国後に発熱や咳、息切れ等がおきた場合に相談すべき医療機関や窓口を確認しておくことが必要です。そして、今後、受診者に対応する可能性がある第1種・第2種の指定医療機関は、接触者や健康観察者が相当数に増えることを想定し、訓練を実施しておくと良いと思います。そうすれば、あらかじめ患者のプライバシー保護や問い合わせ時の対応ルール作りが可能ですし、接触対応をする医療従事者のシフト等も作っておけます。
現在、韓国では流行を止めることに躍起になっており、1000人以上に対して行動制限を実施しています。ただし、主に院内感染による患者が約30人いるだけの状況において、このような制限が必要だったかなど、事後検討が必須と思われます。仮に日本でMERS患者と診断された場合、韓国で行われている接触者追跡を前例として踏襲する必要はないかもしれません。
最後に、現在の日本には、こういった事態に対応し、現地追跡や流行状況の分析をできる疫学研究者が極めて少数しかいない点を強調しておきたいと思います。幸運なことに、これまでの日本にはSARS患者もエボラ患者も入らずにきていますが、デング熱やMERSでおわかりのように危機は身近に迫っているといえ、早急に専門家を育成しなければなりません。
(2015年6月4日 配信)
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