2015615
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専門家コメント

プリオン病を抑制するプリオン遺伝子多型

専門家コメント・これは、2015年6月11日にジャーナリスト向けに発行したサイエンス・アラートです。

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<SMC発サイエンス・アラート>

プリオン病を抑制するプリオン遺伝子多型

イギリスの研究チームは、特定のプリオンタンパク質遺伝子多型がクールー病や一部のクロイツフェルト・ヤコブ病といった「プリオン病」の発病を抑制したとする研究成果を発表しました。パプア・ニューギニアの現地住民にみられる、コドン127Valという遺伝子多型がプリオン病を抑制するとのことです。論文は11日、Natureに掲載されました。
本件に関する専門家コメントです。

 
【論文リンク】
Emanuel A. Asante, et al., 'A naturally occurring variant of the human prion protein completely prevents prion disease’, Nature, Published : 10 June 2015.
http://www.nature.com/nature/journal/vaop/ncurrent/full/nature14510.html 

【参考リンク】
プリオン病(難病情報センター)
http://www.nanbyou.or.jp/entry/3665
プリオン病(東京都福祉保健局)
http://www.fukushihoken.metro.tokyo.jp/iryo/nanbyo/nk_shien/iryohi/38.html

 

横田 博 教授

酪農学園大学 獣医学群 獣医生化学研究室

ヒトや多くの動物で知られているプリオン病は、神経組織にプリオンタンパク質が蓄積することで神経細胞死を誘導する病気です。感染源は異常な立体構造をしたプリオンタンパク質自身であり、神経細胞内に侵入すると正常なプリオンタンパク質の立体構造をも異常化させるといわれています。

本論文では、クールー病(プリオン病の一種)にかからない人々のプリオン遺伝子を調べ、127番目のアミノ酸がグリシン(127Gly)からバリン(127Val)に置き換わった変異をもつことを発見しています。マウス脳内でこの変異体プリオンタンパク質を発現させて調べてみると、現在知られている様々なヒトのプリオン病に感染しなかったとのことです。興味深いことに、2000年代にイギリスで大量発生し、牛のプリオン病(BSE)に起因すると考えられている「ヒトの変異型クロイツヤコブ病(vCJD)」にも感染しなかったとしています。

この結果は、以下の5点を示唆しています。
1)プリオン蛋白質が異常化する過程で、127Glyが決定的な役割を担っている。
2)プリオン遺伝子の127番目のアミノ酸を調べることによりプリオン病に罹患するリスクが予測できる。
3)家畜等でも同様だとすると、127Valを持つ種を飼うことで、プリオン病の予防が可能となる。
4)構造異常化には他の因子(X因子)が関わっているとされているが、X因子との相互作用の有無や仕組みを明らかにする可能性がある。
5)タンパク質のはたらきは立体構造で決まるが、立体構造を形成する上で個々のアミノ酸の厳密な役割は謎のままである。役割が分かれば、欲しい蛋白質を設計する手がかりになる。

しかし、上記3)、4)、5)は予測の段階なので、本研究成果の大きな意義は更なる研究を待つ必要があります。

 

鎌足 雄司 助教

岐阜大学 生命科学総合研究支援センター

プリオン病は、元々存在する正常なプリオンタンパク質が何らかのきっかけにより異常な構造に変わり、脳内に蓄積することにより急速に病状が進行する致死性の神経変性疾患の一つです。このプリオン病には、病気を発症しやすかったりしにくかったりする遺伝子多型があることが古くから知られていました。特に129番目の多型は多くの研究者が注目していました。

今回Asanteらは、元々マウスに存在するマウスプリオンタンパク質をヒトプリオンタンパク質に置き換えたマウスを使って、ヒトの遺伝子多型に対するプリオンの感染性の違いを調べました。そして、127番目のアミノ酸を指定する配列(コドン)がバリン(Val)に置き換わっている多型(127Val)はプリオン病にかかりにくいことを示しました。例えば、クールーというプリオン株をこのマウスに接種した場合、遺伝子型が127Gly/127Gly(1対の遺伝子の127番目がどちらもグリシン)をもつマウスは50匹全てがプリオン病を発症したのに対して、遺伝子型が127Gly/127Valをもつマウス98匹および127Val/127Valのマウス149匹は1匹も発症しませんでした。

これまで注目されていた129番目ではなく127番目が重要であったこと、またこれだけはっきりとした違いが示されたことは驚くべき結果であると思われます。今後、この結果も含めて、このプリオンタンパク質の構造変換機構の仕組みが異常型の構造に基づき論理的に説明することが出来るようになること、さらにプリオン病に対する治療法が確立されることが必要であると思われます。

 

北本 哲之 教授

東北大学 大学院医学系研究科

本論文では、プリオンタンパク質をコードする遺伝子のうち、「127番目のアミノ酸を指定する配列(コドン)がバリン(Val)に置き換わっている正常多型*(コドン127Val)」に、クールー病や孤発性CJD(遺伝性ではないクロイツフェルト・ヤコブ病)の発病を抑制する力があることを、遺伝子改変マウスへの感染実験で証明したとしています。クールー病はパプア・ニューギニアで初めて「ヒトからヒトへの感染」が証明されたプリオン病で、コドン127Valは現地人にも見られる正常多型です。世界的にみると、多くのヒトはグリシン(Gly)に置き換わる多型(127Gly)をもっているため、127Valは一般的ではありませんが、プリオン病の発病を抑制するとの結果は、大変興味深いと思います。

しかし、本論文で示されているコドン127Valのプリオン病発病の抑制は、完全なものとはいえません。対になっているもう片方の遺伝子に「129番目のコドンがバリンに置き換わった正常多型(129Val)」が存在すると、クールー病を完全に防ぐことができないと本論文の結果で同時に報告されています。また、これまでに私たちは「219番目のコドンがロイシンに置き換わった正常多型(コドン219Lys)」がクールー病に抵抗性を示すことを報告していますが、この正常多型もあらゆるプリオン病に抵抗性を示すわけではなく、イギリスの狂牛病(BSE)由来のプリオン病(変異型CJD)には感染しやすいことを突き止めています。この正常多型はコドン127Valよりもクールー病に対する抵抗性が強く、パプア・ニューギニアだけでなく多くのヒトにみられることもわかっています。

今回は、コドン127Valの正常多型が、孤発性CJDの中で典型的な症状を示すMM1タイプ(コドン129の多型がメチオニン/メチオニンで構成されている)の異常プリオンにかなりの抵抗性を示すことと、クールー病などでみられるMV2(同、メチオニン/バリンで構成されている)やVV2(同、バリン/バリンで構成されている)の異常型プリオンに対しても不完全ながら抵抗性をもつことは示されたといえます。つまり、本論文だけでは、コドン127Valの正常多型が全てのプリオン病に抵抗性を示すのかどうかまでは証明できておらず、本論文で扱ったもの以外のプリオン病も抑制できるかどうかを調べることが、今後の課題といえます。

*正常多型:病気の原因とならない多型のこと

 

田中 元雅 チームリーダー

理化学研究所 脳科学総合研究センター タンパク質構造疾患研究チーム

プリオンタンパク質の凝集体が伝播して生じる奇異な感染病、「プリオン病」は、狂牛病(プリオン病の一種)の異常発生が収まった現在でも、我々にとって潜在的な脅威であり、その分子機序の解明は重要な研究課題です。プリオン病がかつて蔓延したクールー族において、プリオン病に感染しなかった人々のプリオン遺伝子を調べたところ、127番目のアミノ酸が、野生型のグリシンからバリンに置換していました。この知見を基に、本研究では、置換していた127番目バリンのプリオン感染に対する抵抗性の有無について、ヒトのプリオンタンパク質を発現させたマウスを用いて調べています。その結果、マウスがもつ二つの染色体由来のプリオン遺伝子のうち、一つのプリオン遺伝子の127番目がバリンであれば、クールー病を含む一部のプリオン株の接種に対して抵抗性を示すことを見出しました。さらに驚くべきことに、二つのプリオン遺伝子の127番目が共にバリンであれば、あらゆるプリオン株の接種に抵抗性を示すことを発見しました。また、127番目がバリンであるプリオンタンパク質は、野生型のプリオンタンパク質によるプリオン感染の伝播を阻害させる作用があることも示唆されました。

本研究は、疫学的調査を基に、127番目のバリンがプリオン感染に抵抗性を示すことを実験的に明らかにした点で画期的です。しかし、127番目のグリシンとバリンというたった一つのアミノ酸の違いが、プリオンタンパク質にどのような構造の差異をもたらすのかは不明です。さらに、127番目のバリンはプリオンタンパク質が凝集する過程を阻害するのか、プリオンタンパク質の凝集体構造を変化させるのか、または、プリオン凝集体の細胞間の伝播過程を阻害するのか、その阻害作用機構も不明です。今後、127番目のバリン変異体の解析を行い、プリオンタンパク質の構造の差異や感染阻害機構を明らかにできれば、プリオン病に対する治療薬の開発に道が拓けると期待されます。

 

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