2015623
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専門家コメント

CRISPR-cas9システムを光で制御、より自在なゲノム編集へ

専門家コメント・これは、2015年6月17日にジャーナリスト向けに発行したサイエンス・アラートです。

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<SMC発サイエンス・アラート>

CRISPR-cas9システムを光で制御、より自在なゲノム編集へ

東京大学の研究チームは、CRISPR-cas9システムによるゲノム編集において、光によるスイッチング制御を可能にする技術を開発したという研究成果を発表しました。この技術によって、狙った時期に、特定の細胞中でのみゲノム編集が可能になると期待されています。論文は15日付けのNature Biotechnologyに掲載されました。
この件についての専門家コメントをお送りします。
 
【論文概要リンク】
Yuta Nihongaki, et al., "Photoactivatable CRISPR-Cas9 for optogenetic genome editing", Nature Biotechnology, Published online 15 June 2015  
http://www.nature.com/nbt/journal/vaop/ncurrent/full/nbt.3245.html

 

伊川 正人 教授

大阪大学 微生物病研究所 附属感染動物実験施設

CRISPR/Cas9システムは、DNAが切断された際に発動する修復機構(相同組み換えなど)や修復エラーを利用して、遺伝子を挿入したり破壊したりできることから、遺伝子配列を自在に編集できるツールとして脚光を浴びています。最近では、DNA切断ではなく、標的とするDNA配列に目的タンパク質を加えることで、遺伝子の働き方の調整(転写調節)や視覚化(イメージング)も可能にするなど、利用の幅が劇的に広がっています。

今回、著者らはまず、Cas9タンパク質を2つに分割し、ある薬剤下でのみ再び結合(二量体化)して活性を発揮するようにしました(FKBP-FRBシステム)。さらに、光スイッチタンパク質(Magnet)のしくみを併用することで、光で刺激したときにだけ結合して活性化させることにも成功しました。後者の「光誘導型Cas9 (photoactivatable Cas9; paCas9)」は元のCas9にくらべて活性が6割程度に落ちますが、DNAの2本の鎖を切断するには十分です。加えて、著者らは、二本鎖のうちの一方だけを切断するCas9(paCas9 nickase)や、いずれの鎖も切断しないCas9(padCas9)も作製し、それぞれの機能を確認しています。いずれも新たなツールとして利用でき、ゲノム編集技術をより使い勝手のよいものにしたといえます。

これまでの光遺伝学は光刺激の有無で遺伝子のオンオフを制御していましたが、本技術により光刺激によるゲノム編集の道も開かれたことになります。つまり、個体内では投与薬剤が拡散するために難しかった時空間的な遺伝子構造や発現の制御が、光刺激を用いることで、細胞レベルでも可能になったといえるでしょう。新規ゲノム編集ツールの一つとして、今後の展開が期待されます。

 

鈴木 賢一 特任准教授

広島大学 大学院理学研究科 数理分子生命理学専攻

今回、東京大学の佐藤守俊先生らは、光によってタンパク質の活性をオン・オフする分子スイッチ「マグネット」をゲノム編集技術にも応用し、光により遺伝子破壊(ノックアウト)したり、遺伝子挿入(ノックイン)を行う技術の開発に成功しました。マグネットは、アカパンカビ由来の青色光感受性タンパク質を改良して作った分子スイッチで、その名のとおり、磁石のNとSのように二つに分かれ、光の存在下で互いに引き合うのが特徴です。これまでに使われていた分子スイッチよりもさらに小型で制御性が高く、本研究はこれらのメリットをうまくゲノム編集に汎用されている人工ヌクレアーゼ (Cas9)に生かした例といえます。
 
このシステムの素晴らしいところは、従来の誘導型Cas9よりも厳密に、その活性を光で制御(オン・オフ)できるようになった点です。今回、報告された光感受性Cas9を用いれば、特定の神経細胞等を狙ってゲノム編集することが可能となり、行動と神経細胞の活動を研究する際の光遺伝学技術として広く重用されるでしょう。脳神経科学や医学の発展に大きな貢献をすると期待されます。

 

蝦名(えびな) 博貴 助教

京都大学ウィルス研 究所 ウィルス研究所附属ヒトレトロウィルス研究施設

1つのタンパク質を2つに分割すると、そのタンパク質の機能は失われます。しかし、その2つを適切に結合させると、元のタンパク質の機能を発 揮させることができる場合があります。筆者らは、結晶構造を元に、CRISPR/Cas9システムのCas9ヌクレアーゼを2つに分割した上 で、それぞれの断片に、「青色光を照射すると二量体を形成するタンパク質(pMagとnMag)」を付加しました。この手法により、必要に応 じてCas9ヌクレアーゼの活性を誘導するシステムを構築できたとしています。

このシステムの特徴は、光を照射した部位でのみ活性を誘導したり、その後、暗闇下に戻すことで活性を喪失させたりできる点にあります。さら に、これまでCRISPR/Cas9システムを元に開発されてきたしくみ(ヌクレアーゼ活性を完全に欠損させたCas9で遺伝子発現を抑制す る系、そして、活性を一部欠損させDNAに切れ目を入れる系)にも適応でき、いずれの活性も光照射でオン/オフを切り替えることができるとし ています。

ゲノム編集法を利用する際の懸念要素として、ヌクレアーゼの過剰発現がオフターゲット切断(*)の危険性を高める可能性があります。そのた め、必要な時にだけヌクレアーゼ活性を誘導できるこのシステムは、安全性に優れたシステムであると考えられます。また、Cas9を分割したこ とで遺伝子サイズが小さくなり、ウイルスベクター導入系での応用に適した系ともいえます。特に、恒常的なCRISPRの発現誘導によるオフ ターゲット切断の危険性が示唆されていたレンチウイルスベクター導入系において、安全なゲノム編集を可能にすると考えられます。


*オフターゲット切断:標的とした配列以外の遺伝子や部位を認識して切断すること

 

坪田 拓也 任期付研究員

国立研究開発法人 農業生物資源研究所遺伝子組換え研究センター  遺伝子組換えカイコ研究開発ユニット

本論文では、CRISPR/Cas9によるゲノム編集を、光を用いて制御することに成功したと報告しています。CRISPR/Cas9はTALEN(*)とともにゲノム編集を行うための重要なツールであり、様々な生物学分野において急速に普及している技術です。今回、一度、活性化されたCas9が、光を遮断することで再び活性を失ったことから、これまで化学的な手法では困難であった可逆的な制御も可能であるとしています。さらに、この方法は、標的以外のゲノム部位を傷つけてしまう「オフターゲット」を起こしにくいCas9や、「サイレンシング(遺伝子に後天的な修飾を施すことなどにより機能を不活性化すること)」を引き起こすようなCas9にも、有効であることが示されています。

ゲノム編集は医学や農業などの分野への応用が強く期待されている技術であり、簡便に制御できる新たな技術の開発に成功したという点において高く評価できます。一方で、今回の解析は培養細胞を用いたものにとどまっており、今後、個体レベルでの利用が可能かどうかを明らかにしていくことが重要だと考えます。また、光のオン・オフによって、どの程度、厳密な制御が可能かについても、さらに詳細に検討していく必要があるでしょう。

すでに、あらゆる生物でゲノム編集が可能であることが示されています。現在は、次のステップとして、特定の時期や組織においてのみ、ゲノム編集を行えるようにする技術開発が進められています。今回の成果を含め、より高度にゲノム編集を制御することが可能になれば、生物学の基礎研究および応用研究の両方の面において、なお一層の発展に貢献できるものと期待されます。

* TALEN(転写活性化様エフェクターヌクレアーゼ):植物病原菌に由来する、DNAの特定部位を切断するための人工的な酵素、または、この酵素を用いた遺伝子改変技術のこと。

 

鐘巻(かねまき)将人 准教授

国立遺伝学研究所 新分野創造センター
(総合研究大学院大学 生命科学研究科 遺伝学専攻 准教授兼任)

本論文は、近年急速に利用が広がっているCRISPR-Casという遺伝子改変技術において、青色光を当てた細胞においてのみ、ゲノム編集を引き起こすことを可能にする新技術について報告しています。CRISPR-Casによるゲノム編集の鍵は、ハサミに相当するタンパク質(Cas9)が、ガイドとなるRNAを介して「DNAの狙った部位」を切断できる点にあります。細胞は切断されたDNAを修復する機構があるので、それをうまく利用すれば、ピンポイントで遺伝子の破壊や挿入などが可能になるというわけです。ただし、DNAの切断を時空間的に制御するためには、もう一工夫が必要でした。
 
そこで著者らは、Cas9を二つに分割したうえで、それぞれに「青色光によって結合が促進されるタンパク質」を付加し、光を照射した時だけ活性をもつようにしました。こうすることで、青色光をあてた細胞のゲノムだけを編集できるようになりました。この「光活性化Cas9」も従来のCas9と同じような性質をもつため、ゲノム編集以外のCas9を用いた技術にも利用することが可能です。
 
現在、「光を利用して神経細胞や組織を操作する技術(光遺伝学:optogenetics)」が注目されていますが、本研究はそのような研究トレンドを上手くゲノム編集技術に取り込んだといえます。CRISPR-Casの改良は世界中で進んでおり、今後はこのような新技術を利用して、新たな生命現象の発見やより副作用の少ない遺伝子治療法の開発などが加速すると期待されます。ただし、ゲノム編集に関しては、複数の開発者たちから国際的な利用枠組みを構築する必要が提言されており、特に話題となっている「ゲノム編集を利用した遺伝子治療やヒト胚操作」については、研究者、医者、政治家、市民などを交えてこれから議論する必要があるように思います。

 

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