2015711
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専門家コメント

マウスでは心臓移植後の細菌感染で拒絶反応がおきても、再移植可能

専門家コメント・これは、2015年7月7日にジャーナリスト向けに発行したサイエンス・アラートです。

・記事の引用は自由ですが、末尾の注意書きもご覧下さい。

<SMC発サイエンス・アラート>

マウスでは心臓移植後の細菌感染で拒絶反応がおきても、再移植可能

アメリカの研究チームは、「臓器移植後に、感染症が引き金となって拒絶反応がおきた場合、再移植で拒絶反応がおきるとは限らない」と報告しました。著者らは、免疫寛容を誘導したマウスに心臓移植を行い、その後で細菌感染させました。すると、免疫寛容の破綻によって半数に拒絶反応がみられたものの、細菌排除後に免疫寛容状態に戻り、別の心臓移植を受け入れたとしています。論文は7月8日付けのNature Communicationsに掲載されました。この件についての専門家コメントをお送りします。

【論文概要リンク】

Spontaneous restoration of transplantation tolerance after acute rejection,Nature Communications,DOI: 10.1038/ncomms8566

 http://nature.com/articles/doi:10.1038/ncomms8566

 
 

福嶌(ふくしま)教偉 部長

国立研究開発法人 国立循環器病研究センター 移植医療部

臓器移植は、他に救う手段が残されていない末期的な臓器不全を対象に確立されたものですが、常に拒絶反応の問題がつきまといます。そのため、薬剤なしに免疫を抑制する(免疫寛容誘導)手法の開発が期待されていますが、今回の論文は、免疫寛容誘導が難しい心臓移植モデルを用いて、「細菌に感染すること」が免疫寛容誘導に寄与していると報告しています。
 
著者らは、「免疫細胞のはたらきを抑える抗体(抗CD154抗体)」と「心臓を提供するドナーの血液(特異的脾細胞血)」をレシピエントマウスに輸血し、一時的に免疫寛容の状態にしました。このマウスに心臓を移植し、60日目で細菌(Listeria monocytogenes:Lm桿菌)を感染させたところ、心臓は7~8日で拒絶されましたが、14日以上経過したところで新たな移植を施すと、この2次心臓は免疫抑制薬を用いなくても長期に生着したとのことです。合わせて、Lm桿菌そのものは抗原としては関与していないことや、感染後14日以上たつと制御性T細胞が機能することなども検証しており、非常に興味深いといえます。
 
もちろん、臨床においてはこのような状況はありえませんし、ヒトにくらべてマウスは圧倒的に免疫寛容を誘導しやすいので、同じ手法でヒトの心臓移植の免疫寛容が誘導できるとは思えません。ただし、免疫寛容の誘導に細菌感染による制御T細胞の機能が関与していたとする点は、今後の研究の発展を伺わせるといえるでしょう。

 

小林英司 特任教授

慶應義塾大学 医学部 ブリヂストン臓器再生医学寄附講座

臨床においては、移植後の感染症による炎症反応が引き金となり、安定していた移植臓器が拒絶されることがあります。著者らは、免疫寛容を誘導したマウスモデルを用いて心臓移植を行った後に、細菌に感染させることで免疫寛容を破綻させ、再移植を施す実験を行いました。その結果、感染症の終焉とともに、いったん失われた免疫寛容が自然回復したとしています。

マウスはアロ抗原(同種生物の個体間において、免疫応答を誘導しうる抗原のこと)が単純なため、心臓移植が成立しやすいことが知られています。一方、ヒトのアロ抗原は複雑で、移植患者は常に感染症の脅威に曝されているといえます。

つまり、臨床において寛容状態を維持するには、感染症をコントロールし、炎症反応を最小限に食い止める配慮が必要です。その意味において、今回の「一度記憶された免疫寛容は、感染症による炎症反応によって容易に破綻してしまうが、炎症の終焉とともにその免疫寛容が自然回復する」との知見はきわめて興味深いといえますが、複雑なアロ抗原をもつヒトにそのままあてはめるのは難しいでしょう。

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