専門家コメント
チンパンジーがヒトの顔を見分けるしくみ、ヒトと同様か
専門家コメント・これは、2015年7月15日にジャーナリスト向けに発行したサイエンス・アラートです。
・記事の引用は自由ですが、末尾の注意書きもご覧下さい。
<SMC発サイエンス・アラート>
チンパンジーがヒトの顔を見分けるしくみ、ヒトと同様か
京都大学の研究チームは、チンパンジーが、ヒトと同様のしくみを用いて、さまざまなコンピュータ画像の中から、「ヒトの成人と赤ん坊の顔」を正確に識別できるとする研究成果を発表します。実験は複数の個体で行われ、顔を反転させると識別力が大幅に低下する、サルの顔を識別することはできない、といったことも明らかになったとしています。論文は7月16日付けのScientific Reportsに掲載されました。この件についての専門家コメントをお送りします。
【論文リンク】
Masaki Tomonaga& Tomoko Imura, 'Efficient search for a face by chimpanzees (Pan troglodytes)’, published in Scientific Reports, 16 July 2015
http://nature.com/articles/doi:10.1038/srep11437
佐藤暢哉 教授
関西学院大学文学部総合心理科学科
視界に入る雑多なものから「特定の対象物」を見つけ出す視覚探索では、ひと目見ただけで「対象のもの」を見つけることができる「ポップアウト」という現象が知られています。ヒトの場合、たくさんのものの中に顔があっても、ポップアウト現象によって、非常に速やかに顔を見つけ出すことが知られています。今回の論文では、ヒトと同様に、チンパンジーが顔をポップアウト的に知覚していることが示されました。また、顔が逆さに提示されると、その現象が弱まったことなどから、ポップアウトは単に顔が視覚的に目立つために生じるのではなく、顔に含まれるパーツの配置など、より高次で全体的な情報処理が関わっている可能性が示されました。一方で、正面顔に対して認められたポップアウト現象が、横顔に対しては認められなかったとのことです。これは、目が合っているということ、いわゆる「アイコンタクト」が重要である可能性を示唆しています。これらの結果もヒトと類似していました。
さらに、一緒に飼育され、社会的な関わりが多い他のチンパンジーやヒトの顔、それまでに見たことのないヒトの赤ちゃんの顔においてもポップアウト現象が認められましたが、隣同士で飼育されて見慣れているはずのマカクザルの顔に対しては認められませんでした。この結果は興味深いです。というのは、当該研究機関で飼育されていてヒトとの社会的な関わりは密であるチンパンジーが、見慣れていても社会的な関わりが希薄なマカクザルに対してポップアウト現象を生じない、つまり「自身との社会的関係の重要度によってポップアウト的に知覚するかどうかが決まってくる」という可能性が考えられるからです。同様の効果が他の動物種(特にサル)でも認められるのかについて、今後さらに研究が進められることにより、このような効率的な知覚の進化プロセスが明らかになることを期待しています。
ただ、チンパンジーが、他のチンパンジーやヒトの顔を速やかに知覚できるのは、何度も見ることによって引き起こされているという点については疑問が残ります。論文中では、実験を繰り返し行い、何度も顔画像を見せた上で、ポップアウト効果に統計的な違いがなかったとしています。しかし、統計的にはギリギリで差が認められなかったとも読み取れ、その結果は十分ではないように思います。これには、統計的に違いがないことを示すという難しさもあるでしょう。この点に関しては、顔画像が繰り返し提示されることによって知覚の効率が上がった可能性と、顔が持っている社会的な重要性が混じり合っていることも考えられます。画像の視覚的な特性(明るさや色)の統制をより厳密にして、今後さらなる研究が待たれるところだと思います。
川合 伸幸 准教授
名古屋大学 大学院情報科学研究科
私たちヒトは、性別、およその年齢、過去に逢ったことがあるかどうか、また、会ったことのある人なら「どの程度の知り合いか」ということのほかに、「おおよその気分や情動」まで、顔から多くの情報を読み取っています。このような顔認識には、生まれてからの経験が重要なことが知られています。たとえば、ヒトの成人は、ヒトの顔をそれぞれ違ったものとして認識していますが、サルの顔を区別できる人は少ないでしょう。しかし、生後9ヶ月くらいまでのヒトの子どもは、ヒト成人の顔もサルの顔も同じように区別できています。その後、ちょうどわたしたちが「人種の異なる外国人の顔を区別することが難しい(他人種効果)」のと同じように、自分の種の顔についての区別が洗練化されていくとともに、他種の顔の違いが分からなくなっていきます。
本研究は、「成人がヒトの顔を見つけるのが早い」という現象をチンパンジーでも確認したものです。これは、素早い顔認識が重要であることを進化的な観点から補強することになります。この研究で対象となったチンパンジーはすべてヒトの飼育下で生まれ育ったため、ともに暮らす13頭のチンパンジーよりもヒトの顔のほうを多く見ています。したがって、このチンパンジーにとっては、もっとも顔を見る経験の多い「ヒトの顔」を素早く認識できたという結果は、経験が重要であることを示しています。一方で、同じ他種でも、関わりのないサルの顔を区別できないのは、飼育下で暮らすチンパンジーはサルの顔を間近に見ることがないので、当然の結果といえるでしょう。
また、正面の顔のほうが、横顔の認識よりも優れた結果を出していることについて、著者らは「視線があう経験の賜物」と解釈していますが、おそらく正面顔のほうが横顔よりも、「顔としての典型性」を満たしているからだと思います。^_^ という3つの記号だけで顔に見えるように、ヒトは正面顔を認識するためのテンプレート(ひな型)を強力に持っていますが、横顔のテンプレートは抽出するのが難しいと考えられます。その差異が結果に反映されたと考えるべきだと思います。
数年前に、生後、ほんのわずかな期間だけヒトかサルの顔を見せて、その後、どちらの種の顔も見せずにサルを飼育した研究が行われ、わずかであっても生後の経験が顔認識に重要であることが示されました。たとえば、サルに横顔の写真だけ見せて正面顔を見せないという経験を積むと、顔のテンプレートとして抽出する特徴が変化するのではないかと考えられます。実は、ほとんどの霊長類は「アイコンタクト」をしません。そのため、どれほど「アイコンタクト」が顔認識に重要なのかについては、今後、さらに研究が必要でしょう。
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