201586
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専門家コメント

寝た子を起こしてたたくエイズ治療戦略

専門家コメント・これは、2015年8月2日にジャーナリスト向けに発行したサイエンス・アラートです。

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<SMC発サイエンス・アラート>

寝た子を起こしてたたくエイズ治療戦略

米国とヨーロッパの研究チームから、体内のリザーバー細胞*に潜伏しているHIVを活性化させて治療する「ショック&キル」法について、2報の研究成果が発表されました。いずれも、複数の薬剤を組み合わせることで相乗的に潜伏HIVを活性化させ、そのうえで抗HIV薬で治療するとしています。論文は7月31日、PLOS Pathogensに掲載されました。この件についての専門家コメントをお送りします。

*リザーバー細胞:ウイルスに感染しているものの、ウイルス活性が抑制された状態にある細胞のこと

【論文】
1)
Guochun Jiang, et al., "Synergistic Reactivation of Latent HIV Expression by Ingenol-3-Angelate, PEP005, Targeted NF-kB Signaling in Combination with JQ1 Induced p-TEFb Activation", PLOS Pathogens, July 30, 2015
http://dx.plos.org/10.1371/journal.ppat.1005066

2)
Gilles Darcis , et al., "An In-Depth Comparison of Latency-Reversing Agent Combinations in Various In Vitro and Ex Vivo HIV-1 Latency Models Identified Bryostatin-1+JQ1 and Ingenol-B+JQ1 to Potently Reactivate Viral Gene Expression", PLOS Pathogens, July 30, 2015
http://dx.plos.org/10.1371/journal.ppat.1005063

 

 

吉村和久 室長

国立感染症研究所 エイズ研究センター第一室

現在のエイズ治療では、抗HIV薬の急速な進歩により、1日1回1〜2錠の服用がルーチンとなりつつあります。そのため、重篤な副作用やウイルスの抑制に失敗して治療を見直すことはほとんどなくなってきました。しかし、残念ながら、どんなに服薬を続けても、ウイルスを完全に体から排除することはできません。つまり、何年間もウイルスを測定不能なほど少量に抑え込めたとしても、一旦服薬を中断すると、ウイルスはすぐに増殖を始めるのです。そのため、エイズの根治を目指す治療戦略として、細胞内に潜伏しほとんど外に排出しないHIVを人為的に活性化し、免疫監視システムに引っかかるようにしてリザーバーを減らす方法(ショック&キルとかキック&キルと呼ばれる)が多く試されています。

今回の米国とヨーロッパのグループから出された2つの論文は、これまで単独で試されてきたlatency reversing agents (LRAs)(ウイルス再活性化薬)を組み合わせることで、活性化の効率を上げる試みを行った報告です。米国のグループは、前がん状態でもある日光角化症の治療薬としてすでに認可を受けている「ignenol-3-angelate(PEP005)」が、単独でも効果的にウイルスを活性化するだけでなく、別のLRAである「JQ1」と組み合わせると活性化効果が7.5倍に上がることを見いだしました。PEP005は既に臨床でも使われているため、毒性が低いとわかっている点も大変都合がいいといえます。一方、ヨーロッパのグループは、プロテインキナーゼC* 作用薬である「bryostatin-1」 や「ingenol-B」を、やはり「JQ1」と組み合わせることで、効率的にウイルスを活性化できると報告しました。双方とも、メカニズムの異なる2つのLRAを用いることで相乗的な活性化を実現させる点で、同じ方向性の論文であるといえるでしょう。個人的には、「PEP005には、潜伏感染しているウイルスをたたき出す働きだけでなく、ウイルスが感染するために必要な受容体を細胞表面から減らす作用があり、その結果、活性化したウイルスが周りの細胞に感染することを防ぐという効果もあった」という、「1粒で二度美味しい」報告をした米国のグループに1票投じたいです。

いずれの論文も、潜伏感染している細胞株や治療中の患者由来の細胞を用いて検証しており、これまでと比較すると格段に高効率なウイルスの活性化に成功したとしています。ただし、生体内でもリザーバーが活性化するのかどうか、またこの方法で本当に生体のリザーバーが減少するのかはわかりません。今後は、動物実験や、臨床試験による詳細な検討が必要だと思います。また、毒性が低く、かつ効率よくウイルスをたたき出す方法の開発とともに、どの潜伏細胞から、どのような状態のウイルスをたたきだすことがリザーバーを減らすことにつながるのかについての研究も重要になってくるでしょう。

*プロテインキナーゼC:細胞がさまざまな機能を果たすための情報伝達を担う酵素のこと
 

松下修三 教授

熊本大学 エイズ学研究センター

今回、発表された「キック&キル戦略」は、体内に残っているウイルス感染細胞を化学物質で刺激することにより、細胞内に潜伏しているウイルスを再活性化し(キック)、出てきたウイルスを排除(キル)するというものです。この戦略は、Archinらが「vorinostat(SAHA)」というHDAC inhibitor(がん治療で用いられている、腫瘍細胞の分裂を停止させる薬剤) を用いた臨床試験を行ったことで注目されました。しかし、その後の追跡調査研究で再現性が悪く、有効性に疑問がもたれています。このような状況の中で、今回出された2報の論文は、キック&キル戦略が可能であることを再び具体的に示したという点で意味があると思います。

HIVを再活性化する化学物質は“latency reversing agents (LRAs)”と呼ばれるようになっています。今回、それぞれの研究チームは、異なる2種のLRAsを用いて検証していますが、その際に「試験管内のモデル細胞」だけではなく、「長期にわたって抗HIV薬が有効に作用し、ウイルスの増殖が抑制されている症例の血液」を用いた生体外試験でも活性を確認しており、この点も評価できると考えます。

一方で、この先、LRAsの生体内での効果とヒトでの安全性の検討が重要であることは間違いありません。とりわけ、それらの効果の判定をどのようにするかが大きな問題です。いずれにしても、臨床試験が必要であると考えられます。

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