2025415
各専門家のコメントは、その時点の情報に基づいています。
SMCで扱うトピックには、科学的な論争が継続中の問題も含まれます。
新規データの発表や議論の推移によって、専門家の意見が変化することもありえます。
記事の引用は自由ですが、末尾の注意書きもご覧下さい。

【英国・スペインSMC発専門家コメント】 ブタからヒトへの肝臓移植についてのNature掲載論文(2025年3月27日配信)

・これは、2025年3月27日にジャーナリスト向けに発行したサイエンス・アラートです。

・記事の引用は自由ですが、末尾の注意書きもご覧下さい。

<英国・スペインSMC発サイエンス・アラート>

ブタからヒトへの肝臓移植についてのNature掲載論文:海外専門家コメント

ブタの肝臓の脳死患者への移植実験、10日間正常に機能することが確認
国際的な研究グループによると、遺伝子改変されたブタの肝臓が、脳死と診断された人への移植後、10日間にわたって正常に機能し続けたという。研究チームは、病院の倫理委員会の厳格な監督のもと、6つの遺伝子が編集されたバマミニブタの肝臓を、脳死と診断されたヒトに移植した。チームは、移植片の機能、血流、免疫および炎症反応を10日間観察し、肝臓は胆汁やブタのアルブミンを産生し、血流も安定し、拒絶反応も見られなかった。免疫反応は免疫抑制剤で制御された。この結果は、遺伝子改変ブタの肝臓がヒトの体内で生存・機能する可能性を示し、人間のドナーを待つ間の橋渡し治療として活用できる可能性があることを示唆している。ただし、この研究は10日間という短期間の観察に限られており、より長期的な研究が今後必要とされる。

論文リンク

ジャーナル名Nature

論文タイトル:Gene-modified pig-to-human liver xenotransplantation

Prof Peter Friend, 移植学教授

オクスフォード大学

この研究は異種移植の分野を非ヒト霊長類からヒトへと前進させ、ヒトの免疫や生理的システムの中で遺伝子導入した異種移植の評価を可能にするという点で、重要な研究です。
手技としても、既存の肝臓の解剖学的構造をほとんど破壊することなく、(比較的小さな)異種肝臓を挿入することを可能にする、非常に優れた外科的技術といえます。
今回行われた遺伝子操作は、最近報告された心臓や腎臓の臨床的異種移植や、ペンシルベニア大学で行われた異種肝臓の相互循環研究で用いられたものと同様(同一ではない)のものです。
脳死ドナーが元々持っている肝臓が存在するということは、この異種移植でどの程度肝不全患者を支えることができるかを推定することはできないことを意味します。しかし、この研究は、遺伝子改変により肝臓が急性の拒絶反応を回避できることを示しています。また、肝臓異種移植に伴う血小板の減少は限定的で、血小板数は7日以内に回復することを示しています。この現象のメカニズムは完全には解明されていません。
正常な血液凝固パラメータ(INRなど)が維持されていることは心強いと思いますが、異種移植片によって産生された凝固因子は直接測定されていないため、このデータだけでは、ブタから移植した組織が機能していることを決定的に証明できてはいません。

   

Rafael Matesanz, スペイン・国家移植機構創設者

異種移植(動物からヒトへの移植)の臨床段階に進む前の一般的な手法として、脳死だが血行動態が安定している患者に対して移植を行い、臓器の経過や移植された体への短期的な影響を循環を維持した状態で評価するという方法があります。
2021年以降、米国ではこのような形で少なくとも3件の腎臓移植(最長で61日間の追跡観察)と2件の心臓移植が実施されており、貴重な教訓が得られています。これらの移植は、現在までに行われた2件の心臓移植(いずれも死亡)および4件の腎臓移植(うち2件は数ヶ月の生存)といった、生体への臨床応用の前段階として行われました。
中国・西安軍事病院のチームは、10年以上にわたってブタからサルへのあらゆる臓器の実験的移植に関して豊富な経験を持っています。今回の研究は、世界で初めて遺伝子改変ブタの肝臓を脳死ヒトに移植した事例です。最終目的は、標準的な肝移植の達成ではなく、ヒトの肝臓が見つかるまでの「橋渡し臓器」として急性肝不全の患者を一時的に支えることです。
10日間の観察期間中、ブタの肝臓は良好な状態を保ち、基本的な代謝機能も許容範囲内で、急性拒絶反応の兆候もなかったとのことです。目的に沿った取り組みが成功したことを意味しており、近い将来、生体でも応用可能であることを示しています。
これは極めて重要な実験であり、これまでの心臓(生命維持臓器)や腎臓(非生命維持臓器)のアプローチとは異なる、新たな道を切り開くものです。病んだ肝臓の一時的な置き換えという選択肢を提示しています。

Iván Fernández Vega, 病理学教授

スペイン・オビエド大学

この研究は非常に意義深いものですが、慎重に評価する必要があります。 この論文は肝臓異種移植の歴史における画期的な成果であり、遺伝子改変されたブタの肝臓をヒト(脳死状態)に移植した事例を初めて報告したものです。科学的厳密さおよび臨床・免疫・組織学的・血行動態的評価の徹底ぶりから見ても、研究の質は非常に高いと思います。移植片には、高頻度に発生する超急性拒絶反応を防ぐための高度な遺伝子改変が施されています。 臨床的にも極めて重要な意味を持ち、この手法が最適化されれば、利用可能な臓器の供給源を拡大し、肝疾患の緊急症例で命を救う可能性があります。この研究は、これまでの心臓や腎臓の異種移植に関する知見を補完し、次のような重要な新知見を提供しています:

  • ・遺伝子改変ブタ肝臓がヒト体内で生存し、アルブミンや胆汁の産生といった基本的な代謝機能を果たせることを初めて示した。
  • ・他のモデル(最初の心臓異種移植など)で見られた微小血栓や重篤な凝固障害が、このケースでは認められなかった。
  • ・術後早期にASTや心筋酵素の上昇が見られ、これが肝障害と混同される可能性があることから、心筋損傷の可能性を評価する必要がある。
  • ・「橋渡し療法」としての異種移植の活用が提案されており、特に急性肝不全でヒト肝臓の提供を待つ患者に有効であるが、長期的なサポートには胆汁・アルブミンの産生が限定的であるため、根本的解決策にはならない。

しかしながら、この研究には以下のような重要な限界もあります:

  • ・サンプル数が1例(n=1)にとどまっており、一般化可能な結論や免疫学的・臨床的反応の明確なパターンを導き出すことはできない。画期的な一歩ではあるが、安全性・有効性・再現性を確認するには、生体でのより大規模な研究が必要である。
  • ・観察期間が10日間に限られており、これは家族の判断によるものだが、中長期的な移植片の生存性や、異種移植特有の急性・慢性拒絶に関する情報は得られなかった。
  • ・肝臓の基本機能(アルブミン合成・胆汁分泌)のみが評価されており、薬物代謝、解毒、免疫機能などの複雑な肝機能に関するデータは提示されていない。
  • ・今回採用された「ヘルパー型異所性移植」は、元の肝臓を切除できないため、たとえば肝細胞癌の患者に対する移植待機中の治療戦略としては適用できない。

 

記事のご利用にあたって

マスメディア、ウェブを問わず、科学の問題を社会で議論するために継続して
メディアを利用して活動されているジャーナリストの方、本情報をぜひご利用下さい。
「サイエンス・アラート」「ホット・トピック」のコンセプトに関してはコチラをご覧下さい。

記事の更新や各種SMCからのお知らせをメール配信しています。

サイエンス・メディア・センターでは、このような情報をメールで直接お送りいたします。ご希望の方は、下記リンクからご登録ください。(登録は手動のため、反映に時間がかかります。また、上記下線条件に鑑み、広義の「ジャーナリスト」と考えられない方は、登録をお断りすることもありますが御了承下さい。ただし、今回の緊急時に際しては、このようにサイトでも全ての情報を公開していきます)【メディア関係者データベースへの登録】 http://smc-japan.org/?page_id=588

記事について

○ 私的/商業利用を問わず、記事の引用(二次利用)は自由です。ただし「ジャーナリストが社会に論を問うための情報ソース」であることを尊重してください(アフィリエイト目的の、記事丸ごとの転載などはお控え下さい)。

○ 二次利用の際にクレジットを入れて頂ける場合(任意)は、下記のいずれかの形式でお願いします:
・一般社団法人サイエンス・メディア・センター ・(社)サイエンス・メディア・センター
・(社)SMC  ・SMC-Japan.org

○ この情報は適宜訂正・更新を行います。ウェブで情報を掲載・利用する場合は、読者が最新情報を確認できるようにリンクをお願いします。

お問い合わせ先

○この記事についての問い合わせは「御意見・お問い合わせ」のフォーム、あるいは下記連絡先からお寄せ下さい:
一般社団法人 サイエンス・メディア・センター(日本) Tel/Fax: 03-3202-2514

専門家によるこの記事へのコメント

この記事に関するコメントの募集は現在行っておりません。