ゴールデンゲートブリッジへの安全ネット設置による自殺減少
・これは、2025年3月21日にジャーナリスト向けに発行したサイエンス・アラートです。
・記事の引用は自由ですが、末尾の注意書きもご覧下さい。
<SMCJ発サイエンス・アラート>
ゴールデンゲートブリッジへの安全ネット設置による自殺減少 :専門家コメント
ournal Injury Preventionに掲載された論文で、研究チームはサンフランシスコのゴールデンゲートブリッジに安全ネットを設置することが自殺者数の減少に役立っていることを発見しました。2024年1月の安全ネットの設置以前と比べて、導入後12ヶ月の間で自殺者数が73%減ってました。安全ネットの有効性を確認するため、研究チームは3つの期間(2000年1月〜2018年6月;2018年8月〜2023年12月;2024年1月〜2024年12月)に分けて自殺率を調査。その上でそれぞれの期間において、現地で自殺防止のために働く第三者機関スタッフらの介入数と実際の自殺件数が連関しているかどうかも調査しました。安全ネット設置以前の自殺数は毎月2.48件、設置中は1.83件でしたが、設置後は0.67件に減っていました。スタッフ介入数は、安全ネット設置前で毎月8.22件、設置中14.42件、設置後11件でした。ここで介入数が安全ネット設置後に減少した理由は不明ですが、飛び降り自殺を意図して橋を訪れる人の数が、自殺手段のなくなったことを理由に減った可能性があります。全期間では介入2901件に対し自殺件数は681件でした。「本研究は橋の上からの飛び降り自殺件数を減らす手段として、障害物が非常に効果的である根拠を政策立案者に提供している」と研究チームは述べています。
【論文リンク】https://injuryprevention.bmj.com/lookup/doi/10.1136/ip-2024-045604
【掲載誌】Journal Injury Prevention
西尾隆 名誉教授
国際基督教大学
<コメント本文>
物的なセーフティネットの設置が自殺防止に一定の効果をもつことは、一般によく知られています。この論文は、自殺のサイトとして悪名高いサンフランシスコのゴールデンゲートブリッジの防護ネット設置の有効性につき、回帰分析などを使って科学的に証明したものとして注目されます。というのも、コストとの関係で設置の是非が論争になった経緯もあり、2024年1月完成の防護ネットの効果が世界的に注目されたからです。設置の前後で自殺者が73%減少した事実は自殺防止効果への強力な証明となり、人的介入の減少も自殺を試みる人自体が減っていることを物語ります。
日本でも駅の可動式ホーム柵の設置が進んでいるように、自殺や事故対策として物的バリアの有効性は社会的に受け入れられています。中高層ビルの窓の可動制限、屋上に通じるドアの施錠なども進んできました。こども・若者の自殺には衝動的なものが多いとされ、仮に一時的でも飛び降りを阻止する装置の意義は小さくありません。
自殺が多発した場所に和歌山県白浜町の三段壁があります。観光地のため、景観の点からも地形的にも防護ネットや柵の設置は有効な手段とは言えません。白浜では、1979年に地元の教会が始めた「いのちの電話」(現NPO法人白浜レスキューネットワーク)が自殺防止の中心的な役割を果たしてきました。
自殺は個人的で予防の困難な現象では決してなく、さまざまな政策対応が可能な社会の課題です。また物的対策と人的・社会的な介入について、地域ごと、自殺の手段ごとに多様な組合せがあることを示唆している点も、この研究の重要な貢献だと思います。
朝田佳尚 准教授
京都府立大学公共政策学部福祉社会学科
<コメント本文>
論文の指摘は一面的には正しいと言えます。たしかにネットを張れば、橋から身を投げる者の数は減少するでしょう。駅のホームドアなども同様の例ですが、物理的な障壁は人間の行動に直接介入・制御することができるために、非常に強力な効果を発揮すると言えます。
しかし、こうした障壁がもつ強力な効果は、あくまで「その場」に限定されることに注意を要します。アメリカ社会において継続的に自殺率が増加している現状からすれば、実のところゴールデンゲートブリッジから自死・自殺を遠ざけても、別の場所に移るだけということかもしれません。論文は自死・自殺に悩む様々な現場の関係者には嬉しい内容となっていますが、物理的な障壁が社会全体における自死・自殺の念慮者を減らすかどうかについては何も語っていないように思えます。
自死・自殺は複雑なメカニズムから発生しますので、様々な対策の効果を検証することには意義があります。ただし、そうした対策が従来から重要な要因として知られている失業率や精神疾患の罹患率、社会的孤立とどのような関係をもつのかを検証しないで提示されるのならば、狭隘な論点をやや過剰に誇示しているようにも映ります。抜本的な対策を発見する努力は続けながらも、現状ではやはり自死・自殺に直接対応するための地道な努力が必要ということでしょう。
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