2025820
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美浜原子力発電所での原発新設検討について

・これは、2025年8月20日にジャーナリスト向けに発行したサイエンス・アラートです。

・記事の引用は自由ですが、末尾の注意書きもご覧下さい。

<SMCJ発サイエンス・アラート>

美浜での原子力発電所新設に関する関西電力の調査開始発表 :専門家コメント

先日関西電力が調査の開始を発表した、美浜での原子力発電所新設についての専門家コメントです。

寿楽浩太 教授

東京電機大学

<コメント本文>

① 原発新設の背景
2011年の福島第一原発事故以降、国内では既存原発の再稼働の動きは進められてきたものの、原発新設は進んできませんでした。2020年代以降、脱炭素への試みとデータセンター普及に伴う電力需要の大幅増加、ロシアのウクライナ侵攻に端を発するエネルギー安全保障への意識の高まりといった複合的要因を受けて、これらを同時に満たす電力源が求められるようになりました。一方、世論調査でも既存原発再稼働への支持が再び高まってきたことを受けて、政府は「可能な限り依存度を低減」するとしてきた原発を、再び積極的に活用する方針へと転換しました。

原発の製造元である国内の主要重電メーカーにとっても、原発関連は潜在的な利益は大きいものの、同時に様々なコストがかかる大規模な事業です。メンテナンス関連のみではコストに見合う十分な利益を生み出し続けるのは難しく、やはり新規注文が見込めなければ民間のビジネスとしては成り立たない現状があると思います。新しいものを作っていかなければ原発の設計の技術、産業上の技術の基盤を維持することが難しいとの判断も働いたことでしょう。

ただし、原発事故後に発足した原子力規制委員会が設けた規制基準を満たすための技術的なハードルは上がっています。また、世論の支持も既存原発の再稼働に対してははっきり肯定的に変化しましたが、新規建設についても今後、同様の変化が起こるとは限りません。ただ、安全面で言えば、既存炉を改造するよりも、最初から新たな基準に合わせ、また福島原発事故の教訓を設計に反映させる方がより大きな改善が見込めるという見方もできます。例えば福島第一原発事故の際のように、原発が安全装置を動かすための電力を失っても、電力に頼らずに原子炉を冷やす仕組みなどがすでに提案され、海外では取り組まれています。

② 原発新設への課題
規制委員会の新たな基準に対応した新原発を現在のコスト水準で建設するには兆スケールの金額が必要です。その初期投資を確実に回収できるのか、それを投資家に納得してもらって電力会社が資金を確保できるのかが焦点になります。本当に新設を目指していくのなら、政府が電力会社への財政的なバックアップのスキームを構築する必要もあるでしょう。また、規制委員会の審査が長期化すると、その間に技術的な新しい論点が生じる可能性があります。もちろん、安全を厳格に追求することは欠かせませんが、同時に技術的・社会的な合意にかけるコストも高まり、経済的な事業性を損なう恐れがあります。それが将来的に電力会社の経営上の損失につながれば、最終的には電力料金や税金で社会がそれを負担する結果にもなりかねません。
また、原発の外部に重大な影響を及ぼすような深刻な原発事故は起きないと想定されていた福島第一原発事故以前とは異なり、今日では最悪の事態の可能性を認めた上での地域の合意形成や避難計画の策定が不可欠です。すでに既存原発の再稼働でもこの点が地域の難題となっています。

変化の多い時代の中、これらの課題に取り組む上での長期化は避けられませんが、その間に原発を取り巻く社会・経済・政治状況が根本的に変わってしまい、いつまで経っても最終的かつ安定的な合意には至らない可能性もあります。新設の場合にも同等かそれ以上の困難が予想されます。この点が本質的な課題といえます。

③ 新原発設置に向けて求められるリスクコミュニケーション
規制委員会は、従来の「原子力安全委員会」から改組された際、独立性を高めた一方で、法律上も社会・国民とのコミュニケーションの役割が取り除かれてしまいました。福島第一原発事故以前はそうしたコミュニケーションが推進側に協力する結果になっていたという反省を踏まえたことは理解できるのですが、社会・国民の安全を守る立場からリスクコミュニケーションを行う重要な主体が一つ失われてしまったとも言えます。地方自治体は、法律上も住民の安全の一義的な責任を担う立場から、それぞれ独自のリスクコミュニケーションを行っていますが、明確な法規定で定められたものではありません。現状では、原子力に関するリスクコミュニケーションに責任を持つ主体が不明になっており、情報や体制、役割を整備し直す必要があるでしょう。

また、これも福島第一原発事故を経た上での反省がゆえでもあるのですが、国内の原子力安全に関する議論は「安全は世論とは関係なく、科学的見地、技術的見地からのみ定めるべきものだ」という古典的な科学像に裏打ちされている節があることも懸念点としてあげられます。規制委員会はまさにそうした見地を繰り返し強調しているのですが、どのような、またどれくらいのリスクを受け入れて原子力を活用するのかは本来、最終的には社会が決めるべきものです。欧米ではそうした認識に立ってまず、「安全目標」と呼ばれる大目標を定めてから、技術的な各論、個別の安全上の判断については規制当局のプロに委ねていく、というやり方を活用しています。こうした国際標準のやり方を行うならば、規制委員会そのものがリスクコミュニケーションのチャンネルを作り、社会と交流していくことは不可欠です。なぜなら、彼らが則るべき「安全目標」はリスクコミュニケーション抜きには決められないはずだからです。当然、原発新設の際にはこのことが大きな焦点になるでしょうから、今後、規制委員会には見識ある対応が求められます。

④ その他ご意見
福島第一原発事故後しばらくは、裁判所の原発に関する訴訟判決は、それが原発利用に肯定的なものでも、否定的なものでも、万が一の重大事故が起きうる前提で判断しなければならないという見地は明確にした論理が一般化していました。しかしここ最近の訴訟判決では、この間に進められてきた従来より厳格な規制審査と安全対策により、福島第一原発事故のような重大事故の可能性は十分に抑制されているとの前提に重きをおきつつあるように思われます。これは実は非常に重要な変化で、もしかすると社会一般の原発のリスクに対する見方が再び変化していることを反映しているのかもしれません。また、こうした裁判所のスタンスの変化が、政治や行政の原子力に関する判断にも影響を与える可能性があると思います。

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