2025815
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米国保健福祉省が発表したmRNAワクチン研究開発助成中止について

SMC発 専門家コメント(2023/08/15配信)

【専門家コメント】

石井健 東京大学医科学研究所 教授:

① 米保健福祉省が果たしてきた役割と近年の動向
ワクチンの予防接種を小学校入学時までに義務付けるなど、米国の公衆衛生を担ってきたのが保健福祉省です。RFK Jr.は保健福祉省長官に就任以降、傘下のFDA, CDC, NIHに荒療治とも言える人事、予算削減を行っており、世界の保健福祉の根幹となる部分が音を立てて崩れ去っている印象を受けます。

② 今回の決定が国内外に与えうる影響
ワクチンをはじめ、生物製剤の原料はほぼ一国が担っています。経済安全保障上の摩擦が大きくなるにつれ、コストの上昇だけでなく、原料の輸入が難しくなり、結果として日米欧でワクチンが作れない、そのようなリスクがあります。この点は、mRNAワクチン開発への予算削減そのものよりもはるかにインパクトがあります。そしてこの構造とリスクは、製薬業界だけでなく、多くの産業に共通していることにもう少し自覚的であるべきです。
米国は自らが開発した技術を、自らが押さえ込む、矛盾した状態といえます。一方、mRNAワクチンの開発で後手を踏んでいる国々にとってはチャンスと捉えることもでき、mRNAワクチンを巡るパワーバランスが変化するかもしれません。
また、今回の決定はモデルナに代表される, mRNAワクチン開発を担う企業の経営を大きく圧迫する可能性があります。

③ mRNA ワクチン開発における日本の現状
第一三共や明治製菓ファルマは、mRNAワクチンの開発に成功しており、日本は高い技術を保持しています。
G7サミットにおいて合意がなされた、100日ミッション(新たな感染症に対し、100日以内に診断薬や治療薬、ワクチンを実用化しようという国際目標) の達成に向けて日本においても様々な分野を統合して研究が行われています。日本医療研究開発機構(AMED)内に設置されたSCARDAという組織が代表例として挙げられます。SCARDAではAIやウエアラブルセンサー、などのワクチンと少し外れた分野の先生も混じって破壊的イノベーション、新しいことやる土壌が生まれています。例えば、危険な感染動物を手術ロボットで解剖する技術や、AIを用いた感染地域の迅速な予測などを通じて100日ミッションの達成可能性を追究しています。

④ mRNAワクチンは「ウイルスの変異を促進し、パンデミックが長引く原因になる」とのRFKJr. の発言について
RFKJr. の一連の発言はもはや風評被害、デマの一種であり、SNSの溢れるデマに耐える訓練の一環とも捉えることができましょう。
mRNAワクチンに関しては、特に若年層の間に、痛くて熱が出るという強烈な不満がありました。コロナウイルスの変異に伴い、ワクチンの有効性が落ちると、「ワクチンを打ったのに罹患した」人が増え、これも非常に怒りを生むきっかけになりました。こういうことが重なり、SNS上でのmRNAワクチンに対する根拠のないネガティブな発言の増加につながっているのだと思われます。ここに事実に近い情報が交わり、検証がなされないことで、情報の格差が生まれ、日本でワクチンに懐疑的な政党が台頭するなどの政治的モメンタムが生まれています。一方で、ワクチンで副作用の被害を受けた人も報告されており、研究者はなぜそうなったのか真摯に調査を行っています。
本質的にはmRNAワクチンを打つ打たないは、リスクとベネフィットを比較して個人が判断すべきものです。

⑤ 公衆衛生の学理は崩れていない、ご安心を
mRNAワクチンの開発を中止することは、政治的な荒療治ともいえ、今後政治的・経済的な漁夫の利を得る人が必ず存在します。その「漁夫の利」を得たいのかどうかは、個人個人が考えることです。一方で、公衆衛生は、そうした利益とは一切関係なく、社会的・免疫的弱者を救うために存在します。「漁夫の利」を得るために公衆衛生を私物化し、悪用することは決して許されません。
公衆衛生には長きにわたる知見の積み重ねがあり、医療の基盤を成しています。それはRFK Jr. の一連の発言によって、決して左右されるものではありません。これからも安心して公衆衛生を頼って頂きたいです。

Prof. Adam Finn, University of Bristol:

mRNAワクチンは、将来のパンデミックに備えるための重要なプラットフォームの一つです。COVID-19パンデミックでは非常に大きな成功を収めました。mRNAワクチンは、非常に短期間で設計・大量生産が可能であり、新しい感染症や変異が早い病原体への対応に非常に適しています。ただし、その有効性と安全性を最大限に引き出すためには、今後も多くの研究と理解が必要です。mRNAワクチンは唯一の手段ではありませんが、私たちはこの技術を無視すべきではありません。次のパンデミックが必ず来ることがわかっているのですから。

Prof. Peter Openshaw, Imperial College London:

mRNAワクチン技術はCOVIDパンデミックにおいて極めて重要でした。Airfinityによる分析では、2020年12月8日から2021年12月8日までに、Pfizer-BioNTechワクチンは約600万人、Modernaワクチンは約170万人の死亡を防いだと推計されています。ワクチンはCOVIDの死亡率を大きく下げた要因です。スイスでは、人口10万人あたりの死亡率が13.82人から、ワクチンが始まってからは接種群の死亡率が0.67人にまで減少しました。ワクチンの効果は疑いようがなく、多くの研究によって確認されています。集中治療室への入院は、ほぼ未接種者に限られていました。mRNAワクチン後遺症のリスクも約50%低下させます。一部の批判的な発言には事実もありますが、RNAワクチンの広範な恩恵を見落としています。この重要な分野への資金削減は非合理的かつ有害であり、米国の研究者や企業が他国への移転を検討することも十分に考えられます。

Prof. Andrew Pollard, University of Oxford:

mRNAワクチンは、世界的にパンデミックを克服するために重要な役割を果たしました。ワクチン技術はCOVIDに対して有効であっただけでなく、将来の感染症対策にも必要不可欠です。この分野への投資を止めることは、世界の公衆衛生の将来を危険にさらすことになります。

Prof. Beate Kampmann, London School of Hygiene & Tropical Medicine:

mRNAワクチンはCOVIDパンデミックの対応において極めて効果的でした。短期間での開発と大量生産が可能であり、そのスピードは従来のワクチン技術に比べて大きな優位性を持っています。資金削減はこの革新的な技術の進展を阻害し、将来のパンデミック対応を危うくするものです。

Prof. Eleanor Riley, University of Edinburgh:

mRNAワクチンの開発は科学的ブレークスルーでした。安全で効果的であり、多くの命を救いました。ワクチン技術を後退させるような決定は理解できません。科学と公衆衛生の利益を最優先すべきです。

Prof. Azra Ghani, Imperial College London:

mRNAワクチンは、将来の感染症に対する迅速な対応に欠かせない技術です。この分野の研究を継続することは、国際的な公衆衛生にとって極めて重要です。米国の決定は、世界的な協力体制を弱体化させる危険があります。

Prof. Sarah Gilbert, University of Oxford:

mRNAワクチンはCOVIDパンデミックの成功事例です。私たちはこの技術をさらに発展させる必要があります。資金の削減は、科学の進展を遅らせ、将来の公衆衛生危機への対応能力を損ないます。

Prof. Jonathan Ball, University of Nottingham:

mRNAワクチンは革新的であり、感染症に対抗するための新しい道を切り開きました。米国が資金を削減することで、世界全体の科学的進歩が損なわれる可能性があります。

Prof. Robin Shattock, Imperial College London:

mRNAワクチンの研究は、COVIDパンデミックにおいて我々が迅速に対応できた大きな理由の一つです。この分野を後退させることは、将来の危機に備える力を失うことにつながります。

Prof. Christopher Chiu, Imperial College London:

mRNAワクチン技術は、感染症に対抗するための重要な武器です。この分野の研究を軽視することは、公衆衛生にとって深刻なリスクを伴います。私たちはむしろ研究を加速させるべきです。

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