オセルタミビル(タミフル®)による神経医学症状は単にインフルエンザウイルスの症状である可能性を示唆
8/5にJAMA Neurologyへ掲載された以下の論文に関する専門家コメントをお送りします。
オセルタミビル(タミフル®)による神経医学的症状は単にインフルエンザウイルスの症状である可能性を示唆
インフルエンザ治療薬のオセルタミビル(タミフル)を服用した子どもの副作用のひとつとして、気分障害や自殺念慮・自傷行為が報告されている。JAMA Neurologyに掲載された研究では、この薬がこれらの副作用の発生率を低下させる可能性があることが示唆された。研究では、インフルエンザ感染中に気分障害、自殺や自傷行為のリスクが増加したものの、オセルタミビルの投与はこれらのリスクを50%低下させたとのこと。これらの結果がインフルエンザ感染自体が重篤な神経精神科的リスクを高めることを示唆し、オセルタミビルの投与がこれらの合併症から保護する可能性があると指摘している。
【論文リンク(論文掲載後有効)】 doi:10.1001/jamaneurol.2025.1995
【掲載誌】 JAMA Neurology
【報道解禁(日本時間)】 2025年8月5日 00:00
岡部信彦 川崎市健康安全研究所 参与
本論文は、インフルエンザという、「よくある病気」における「ありそうな症状」・「注意の必要がある症状」を強調した研究だと言える。本研究は、オセルタミビル(タミフル®)によって生じるとの考えがある「神経精神医学的症状(Neuropsychiatric events)」の原因がオセルタミビルによるものではなく、インフルエンザ自体にあるとする研究となっている。本論文の意義は、原因を含めあくまで出現した症状について多角的に見る点にある。本論文では、オセルタミビルを使うことによって、インフルエンザによる神経精神医学的症状(症状リスクが)が良くなることも述べているが、オセルタミビルで神経精神症状がよくなっているのか、オセルタミビルでインフルエンザが改善しその結果として精神神経症が少なくなっているのかは記載がなく、議論が必要であろう。また、本論文はその研究結果から「インフルエンザすべてに対して右から左にオセルタミビルを処方する」ことを薦めようとしているものではないと思われる。
オセルタミビル服用後に出現した異常行動はかつて日本で医学的・社会的に大きな問題となり、我々もこれに関する疫学的研究をまとめ、論文化してきた。本論文で引用されているタミフル使用注意点に関する議論が行われた米国 FDA 小児諮問委員会(US Food and Drug Administration, 2005)には私も呼ばれ、日本での状況と研究の進捗などについて説明をしてきた。10年以上にわたる我々の研究では、オセルタミビル以外の抗インフルエンザウイルス薬も含めて、使用群と未使用群で異常行動の発生状況を調べている。すると、当初はオセルタミビル群、その後は導入された新規薬剤を含めて薬剤使用群と未使用群で異常行動等の発生状況は変わらず、異常行動の発生原因はオセルタミビル等の抗インフルエンザウイルス薬ではなく、インフルエンザ自体にありそうだ、ということがわかってきた。その観点からすると、本論文が「全く画期的である」とは言えないだろう。しかしこの分野は研究の数自体が少なく、疫学的研究は進んだが、メカニズムについてはわかっていない。そのため、本論文もインフルエンザあるいは薬剤における精神神経症状に関する研究を前進させるためには重要となる。
日本におけるインフルエンザ治療は、「薬の使いすぎだ」と言われるくらい(タミフル®が)トップクラスであった。新型コロナ発生時のも同様の状況はみられたが、新しい薬が出ると、効果の方が強調される一方、副反応について強調されることがある。タミフル出現時当初から日本ではタミフル使用量は急増し、一方タミフル服用後の、高層階からの飛び降り事故や自殺者の出現などの報告があり、メデイアからも注目されるところとなり、社会的にも問題が生じた。現在ではわが国ではインフルエンザによる異常行動を含む精神神経症状は生じ得ることであり、薬剤使用の有無にかかわらず注意が必要であるということについては日本では受け入れられている話になってきていると思う。アメリカもオセルタミビル製剤を多く使うようになっているが、おそらくはこの症状について日本ほど知られていないところがあり、軽症者も含め今回の研究に至ったものであり、その中で本研究が発表されたことには価値があるだろう。
現在の日本は、治療薬(タミフルなど)を使う場合の9割以上は、インフルエンザ迅速診断キットなどで診断が出てから薬を使っているが、アメリカでは、本論文でもその多くは臨床診断に基づいての薬剤使用であり、薬剤選択の環境は大きく異なる。海外には、「インフルエンザが想定されるならウイルス学的確定は診断はいらない」という議論や、タミフルのような高価な薬を「自然軽快する(self-limited, 自分で様子見て治る)」ような病気にジャンジャン使うべきではない、という議論がある。私自身も、抗インフルエンザ薬(抗コロナウイルス薬も含む)や抗菌薬は、左から右に自動的に投与するものではなく、医師がその適応は少なくとも頭の中で考えてから使用すべきものと思っている(「インフルエンザの季節に、熱だからタミフルですね、あるいは熱だからタミフルが欲しい」というようになるべきものではない)。神経精神医学的症状についても、さらに研究を進め、ではインフルエンザのどこに問題があるのかという点を検証していくことが必要だ。また新薬などが出た場合には、それが何かしら人に影響を与えるのかを見ていくことも重要だ。これを冷静な目で見ていくのが科学の役割であろう。
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